第289話 奇々怪海港
▼セオリー
ヤマタ運輸のトラックが海を縦断する地下トンネルをひた走る。俺とシュガーを荷台に乗せているとは露知らず、逃走の手伝いをしているのだ。
そんなこんなでしばらくトラックに揺られていると、シュガーが俺へと教えるように声を上げた。
「フィールドが切り替わったぞ、奇々怪海港に入った」
言われてステータス画面を呼び出す。電子巻物には現在自分が居るフィールドの名前が大まかに表示される。それを見ると確かに現在地点が「奇々怪海港」となっていた。
中四国地方の西にあるフィールド、奇々怪海港。名前からも分かる通り、この漁港都市は海鮮料亭・奇々怪海の支配下にある。
フィールドの切り替わりから程なくして、海底トンネルは平坦な道から緩やかな登り坂へと移り変わった。登りになってからはあっという間だ。すぐにトンネルの終わりが見えてきた。
トンネルから出ると再び平坦な地面に戻る。トラックは徐行運転で進んでいき、ズラリと並ぶ十数台のトラックの列へ収まり、停車した。
運転手がトラックから降り、どこかへ歩いて行ったタイミングで周囲を観察する。広い建物だ。天井は高く、トタン屋根に覆われている。トラックが十数台並んでもなお余裕のある面積を考えると相当巨大な建物である。
俺とシュガーはトラックの荷台から抜け出すと、車体の影に潜みつつ、建物の中を移動していった。建物の出入口からは外が少しばかり見える。晴れた空と船着き場、そして繋ぎとめられた漁船が見えた。
「ここは漁港近くの工場なのか?」
「そうかもな。見ろ、積み荷が運ばれてきてる」
見てみると竜宮城にあったものと同じ木箱が工場の一角に山積みとなっていた。あの中には漁港で取れた海産物が詰まっているのだろうか。
この工場では木箱の運搬をバケガニではなく、フォークリフトを用いて人の手で行っているようだ。まあ、万が一にも眷属を支配して働かせているなんて状況を外部に知られたら大変なことになる。
逆に言えば、俺たちがさっきまで居た竜宮城とそれを覆うドーム型施設は全く眷属たちのことを隠していなかった。いわば悪事の中枢。漏れたら困るような秘密を知り得たのだ。山怪浮雲のぽんぽこ組も垂涎の情報だろう。
工場から出てみると、周辺には多数の監視カメラだけでなく、忍者の警備まで敷かれていた。どうやら工場を含む周囲一帯の敷地を管理している者は、この場所に相当重きを置いているらしい。
隠された秘密、……偽神の存在を知っている俺たちからすれば、この厳重さも頷ける。
結果的に言えば工場からの脱出には、シュガーの力を大いに借りることとなった。タマエの風術で積み荷を崩し、騒ぎを起こしてから監視カメラの目を掻い潜りつつの大脱出劇。それはもう色々とあった。俺一人だったらとても脱出は不可能だったろう。
最後に鉄柵を乗り越え、工場のあった敷地から離れる。去り際に敷地の入り口を見れば「海棲生物研究所」という表札が掲げてあった。竜宮城にいた研究員の所属場所でもあり、アニュラスグループ傘下の海鮮料亭・奇々怪海の子会社だ。
もう、言い逃れはできない。
竜宮城を内包する地下施設は海棲生物研究所と海底トンネルで繋がっていたのだ。
思えば大変な道のりだった。山怪浮雲へ行き、渦潮海峡に潜り、地下施設に潜入。とても一日でするスケジュールじゃない。
「というかさ、なんか難易度高くなかったか?」
海棲生物研究所から十分に距離を取った辺りで、俺はシュガーにぼやいた。
関東地方で色々やってた時も同じように危険な場所へ飛び込んだりと色々やらかしていたけれど、下忍・中忍ながらなんとかなっていた場面も多かった。しかし、今回の中四国での件は俺一人だと全然なんとかなってない。
「それは、……そうだろうな」
それに対して、シュガーはさも当然のように答えた。こいつにとっては現在の状況がある程度は予想通りだったらしい。
「なんか心当たりがあるのか」
「心当たりというか、そもそもぽんぽこ組の話を持ってきたのは俺だからな」
「ん? ……そうだな」
そんなことはみんな知ってる。
ニド・ビブリオの
たしか、ぽんぽこ組が偽神討伐に難航しているから手助けをして不知見組フォロワーになってもらおう、という算段だった。
「待てよ、シュガーが見つけてきたクエスト? つまり、そういうことか……」
「理解したみたいだな。ようは俺が見つけてきたクエストだから前提条件が頭領ランク推奨だったわけだ」
「そういうことなら先に言えよ、こちとらまだ中忍頭なんだぞ!」
驚きの後出し情報である。頭領シュガーによって地獄のピクニックへ連れて行かれていたのだ。そりゃ難易度も不自然に高いわけだろうよ。
いや、待てよ。だから今回はやたらとシュガーが親切にエスコートしてくれてたのか。こいつ、優しいのかスパルタなのか分かんねぇ……。
「でもどうだ、頭領クラスのクエストに触れてみるのも新鮮でいいだろう」
「そりゃ緊張感はいつもよりあったかもしれないけど」
緊張感の主な要因は、潜入時における隠密の重要さにあった。
今までの俺は隠密して潜入するとか言っておきながら、最終手段として見つかって戦闘になっても良いか、くらいに思っていた。なんだかんだバトルする展開になるのも楽しいしな。
でも、その考えのままだと手痛いしっぺ返しがくる。それこそ、摩天楼ヒルズでの一件はそうだ。俺の不用意さに端を発している。
それではダメなのだ。上位のクエストになってくると今までのやり方だと頭打ちになり、じり貧になる場面が増えてくるのだ。
これがシュガーなりの『‐NINJA‐になろうVR』における忍者ステップアップを目指した
「いや、そうなんだろうな。……勉強になった。ありがとな、シュガー」
「えっ? ……あぁ、うん。良かったな!」
ちょっと待て、これはどっちだ。
今の「えっ?」はガチ目なトーンだったぞ。本当に俺へ向けての忍者ステップアップインストラクションだったのか? それとも照れ隠しなのか?
分からない。忍者だって人の心までは読むことができない。なら仕方ない。どうせなら良い意味で受け取ろうぜ。俺はポジティブに捉えることにしたのだった。
「今の話は本当か!?」
奇々怪海港から山怪浮雲へと戻ってきた俺とシュガーは真っ先にぽんぽこ組へ向かい、事の真相をキンチョウ組長に共有していた。
話を聞いたキンチョウは目を見開く。もちろん、言葉だけでは信用できないだろう。追加で囚われた偽神と研究員のいた眷属量産部屋の写真も証拠として見せる。
この写真はシュガーが撮影したものだ。なんでも撮影用の忍具があるらしく、それを使用すると自分の視界をそのまま撮影して写真にできるのだという。おそらくだけどゲーム中のスクリーンショット機能で撮影した画面をゲーム世界に現像する、みたいなことをしているのかな。
これだけの証拠を見せられてはキンチョウ組長も信じる他ない。
わなわなと握った拳を震わせたまま勢いよく立ち上がると、そばに控えていたヤマイヌへ指令を飛ばす。
「緊急招集だ、ニド・ビブリオの上層部を呼べ。それから、まだ戦力が残っているクランを片っ端から見繕って声を掛けろ」
指示を受け、ヤマイヌが応接間を飛び出していく。キンチョウ自身も俺たちに断りを入れてどこかへ連絡をしに行ってしまった。組長自身も連絡に奔走する。人手の足りてなさが伝わってくる。
ワールドモンスターと戦い疲弊した山怪浮雲のクランに、俺たちがもたらした情報は劇薬だった。偽神眷属の侵攻は泣きっ面に蜂だったのだ。他のクランもキンチョウと同じ様子なら山怪浮雲の大部分を占めるクランが一致団結して反アニュラスグループとして動くだろう。
話し合いの段取りは瞬く間に決まっていく。ぽんぽこ組とニド・ビブリオ、そして我ら不知見組で話し合いをして大まかな方向性を決める。その後、山怪浮雲の有志クランで具体的な行動を話し合うことなった。
いよいよ、反撃の狼煙を上げる時だ。
摩天楼ヒルズに座すクロに一泡吹かせることはできるだろうか。
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