第288話 なれ果てた偽神

▼セオリー


 隠れ潜みつつ、城の大広間を覗き込む。

 果たしてそこには竜宮城の主たる偽神オトヒメの姿があった。いや、断定してしまったけれど、本当にアレが偽神オトヒメなのか自信は持てない。それくらい非道な状態だった。



 オトヒメと思われるモンスターは体長10メートル近い巨大な人魚だった。上半身は人に近い見た目をしていて、腹部辺りから魚の特徴を備えている。人に近いと言っても肌の色は眷属のウオビトと同じく青っぽい色をしており、モンスターらしさが色濃い。

 だけど、そんな見た目がどうでもよくなるくらい気になる部分があった。それはオトヒメの全身が器具で拘束されていることだ。

 広間の端から伸びる複数の鎖が首と両腕を拘束し、腹部から下は網のような器具でがんじがらめにされている。まるでキリストの磔めいた惨状に、モンスター相手とはいえ惨たらしさを感じてしまう。


 そして、極めつけは顔に被せられたマスクだ。マスクには一本のチューブが通じていた。チューブの元を辿ってみると広間の床に巨大な機械が設置されている。

 バケガニたちが運んでいた木箱の中身、大量の海産物が機械の中へ放り込まれていく。バキバキと機械が唸りを上げる。どうやらミキサーらしき機構が内部に備わっているようだ。

 すり身となった海産物がチューブを通ってオトヒメの口腔へと流し込まれていく。その様はフォアグラを作るために強制給餌されるアヒルを思わせた。

 オトヒメは身体を震わせる。声にならない呻きを上げている。拘束が無ければ床をのた打ち回っているのではないかと思わせる身じろぎだけれど、それを鎖が封じていた。


 ビクビクと何度か痙攣した後、オトヒメは身体を大きく仰け反らせた。すると腹部に縦の亀裂が入る。ガパッという擬音とともに左右へ開腹されると、肉の狭間に人ひとりくらい平気で通れそうな大きさをした穴が出現した。

 ……ポロ、ポロ。穴の奥から半透明の球体が零れだしてきた。青白い球体の中には何か生き物の幼体らしき姿の影が見えた。つまり、球体は卵なのだろう。

 零れ出てきた卵はウオビトが丁寧に拾い上げて広間の脇からさらに別の部屋へ運んでいった。



 卵を排出したオトヒメは腹部を縦に割く穴を閉じ、肩で息をしながらぐったりとしてしまった。これが一つの流れになっているのだろう。オトヒメはこれを何度も繰り返しているのだ。


「なるほどな、哀れ偽神はコーポの手に落ちていたわけだ」


「なんつーか、モンスター相手とはいえ酷いな」


「なんだ、セオリー。オトヒメを解放してやろうとでも思ってるのか。また配下を増やそうって魂胆か?」


「そんなんじゃないって!」


 シュガーがジトーっとした目で見てくる。いや、本当に違うっつうの。

 たしかにオトヒメの状況はアリスやアーティといった俺が腹心にしてきた配下たちと似通った部分はあるけれど、そもそも俺は腹心を増やしたいと思ったことはない。勝手に増えるだけだ。


「ハァ、これだからナチュラルボーンたらしは」


「お前、マジでふざけんなよ……」


 シュガーがやれやれと肩をすくめる。おい、勝手に変な称号を付けるな。そういうのは誰かが言い始めると自然と広まっていっちゃうんだからな。


「冗談はそれくらいにして持っていかれた卵の方も気になるな」


 シュガーに言われて俺も頷く。ウオビトが運んだ卵にはモンスターの幼体らしき影があった。状況的に考えれば人為的に作られたモンスター牧場のような場所になってしまっているのではないだろうか。

 気になったなら即座に行動。ウオビトが卵を置きに行った隣接する部屋へ抜き足差し足忍び足で向かった。


 音を立てないようにしつつ、ふすまを開ける。ここまで竜宮城の内装はザ和風というテイストだったけれど、ふすまの先の世界はいきなりSFだった。白を基調にした明るい内装は現代的な建物のそれである。つまりは竜宮城を内包する外のドーム型施設と同様の内装だ。

 異なる点は円筒形のガラス容器が壁一面に並んでいることか。それも十や二十ではない。百か二百かそれ以上かという膨大な数だ。筒の中には先ほど見た卵が液体とともに浸けられている。

 卵の入った容器が立ち並ぶ反対側には、ちょうどテーブルの上で白衣を着た研究者然とした人間が卵を筒に詰め込む作業をしていた。


 忍者……、ではないらしい。監視カメラの類も無いようだ。俺はシュガーの方へ顔を向ける。シュガーも俺を見た。そして、こくりと一回頷いて見せた。俺たちの仲だとこれで意思疎通は十分だ。


 俺は『不殺術・仮死縫い』からの『支配術・空虚人形エンプティマリオネット』」で白衣の人間を背後から襲い、即座に傀儡とする。さらに手早く捕縛尋問を行い、情報を引き出した。


 彼は奇々怪海港にある海棲生物研究所の所員らしい。海棲生物研究所はアニュラスグループを構成するコーポ海鮮料亭・奇々怪海が出資している完全子会社のようだ。

 ここではオトヒメの生み出す眷属を養殖し、『服従の呪い』で子飼いにする研究が行われていたらしい。


 奇々怪海が偽神に関与している証拠は見つけた。あとは眷属を使って何をしようとしているのかまで分かれば、いよいよ詰めだ。しかし、いかんせんただの研究員ではそれ以上の情報までは持っていなかった。

 難しいところだ。偽神を捕らえ、眷属を子飼いの兵隊として増やしていた。それだけでも十分脅威ではある。しかし、これらの罪状だけで完全に糾弾できるかといえば、あと一歩足りないように感じる。

 例えば、この眷属たちを使って実際にどこかへ攻め入るという計画でも掴めば、そこを取っ掛かりにできるかもしれない。


「セオリー、ここまでだ。退散するぞ」


「うん? どうしたんだ、急に」


 急にシュガーがそんなことを言いだした。せっかく突破口の入り口を見つけたっていうのに、ここでおめおめと退却なんて勿体ない。


「あれを見ろ」


 シュガーに言われて研究員が作業をしていたテーブルへ目を向ける。そこには小型のトランシーバーらしき機械がブルブルと震えていた。


「定時連絡用の無線か」


「そうだ。応答できなかったからには、すぐにここへ忍者が駆けつけるだろう」


「しゃあない、逃げるか」


 こんなことなら支配したのは失敗だったろうか。いや、どちらにしても捕縛尋問しなければ奇々怪海の関与を裏付けできなかった。どこかのタイミングでしなければいけなかった。一般人相手であれば忍者相手に支配するよりもリスクが少ない。今が絶好のタイミングだったのは紛れもない事実だ。


 潮時を感じ、元来た道をひた走る。

 大広間を通った時、一瞬オトヒメを見た。拘束され、ただ眷属を産み落とすだけのモノとなり果てた偽神。

 今さらながら選択肢として、この場でオトヒメを倒してしまうという択もあった。そうすれば、山怪浮雲のぽんぽこ組が今直面している問題は即座に解決できただろう。アニュラスグループの計画にも打撃を与えられたかもしれない。


 いや、それを考えても後の祭りか。そもそも、拘束されてるとはいえ偽神が簡単に倒せるかは分からない。倒し切れずに敵の忍者が到着してしまえば最悪だ。

 今は俺とシュガーの二人しかいないのだ。無理は禁物。




 竜宮城内の廊下を忍者とすれ違う。いずれもタマエの認識阻害の風によって事なきを得た。そして、木箱の積み下ろしに使われていた巨大トンネルへ入ると、駐車されていたトラックの内一台に潜り込んだ。ちょうど積み荷を降ろし終え、発車するところだった。

 荷台でうつぶせになって竜宮城のあった場所を見送る。また、いずれ戻ってくることになるだろうか。


 だけど一つ言えるのは偽神オトヒメとアニュラスグループ、倒すべき敵が一つになったということだ。

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