第287話 監視網掻い潜りし、ぬめり木箱

▼セオリー


 暫定竜宮城を内包する謎の地下施設、その一階に辿り着いた俺とタマエは物陰に身を隠しつつ、内部を観察していた。

 ウオビトの指揮の下、バケガニが木箱を竜宮城の中へ運んでいく。そして、周辺警備は忍者の担当といった感じか。


 統率が取れている。一連の動きに滞りが無く、手馴れた流れだ。一朝一夕で構築されたものではないだろう。そもそも何故ここにいる忍者たちは偽神眷属から攻撃を受けていないのか。あとバケガニが竜宮城の中へせっせと運ぶ木箱の中身は何だろう。


 色々と疑問は湧き上がるけれど、外から見ていても分からない。何はともあれ、シュガーと合流することが先決だ。

 というわけで認識阻害の風を吐き出し続けるタマエを抱き上げると、壁を背にしながらカニ歩きで移動していく。タマエの忍術で誤魔化せるのは前方だけらしいので背後は必ず壁にする。あと横からも見られないように注意深く眷属たちの動きを見て動く。


 こうしてすぐにシュガーと合流することができた。慎重に行動した結果でもあるけれど、タマエの手を借りたことで搦め手的な補助系忍術の重要性がよく分かった。

 シュガーと合流するまでに俺たちの目の前スレスレを眷属が通り過ぎていくのを何度も経験した。俺一人であればどこかで確実に発見されていたことだろう。そうなれば戦闘は免れない。

 一度でも発見されれば施設全体も警戒態勢に移行してしまう。そうなってしまうと、もう息つく暇もない。

 エイプリルの『影呑み』も便利そうだなぁと思うことが良くあるし、俺もそういう便利な忍術が欲しいものだ。


「追いついたな」


「おう、待たせた」


 ドームの天井を支える柱の一つ、たくさんの荷物が積まれている場所にシュガーは潜んでいた。ひそひそ声で声を掛け合う。俺が追い付くまで10分程度潜んでいたようだけれど、誰も近付いてこなかったらしい。どうやらこの場所は死角になっているようだ。


「しばらく観察してたんだろ。どうだ、竜宮城の方には忍び込めそうか?」


「竜宮城……、あぁ、真ん中にある城か」


 おっと、そうだ。竜宮城と呼んでいたのは俺の勝手な名付けだった。でも、状況的にそう考えて良いだろ。


「内部へ潜入となるとなかなか難しいな。入り口にいる忍者が厄介そうだ」


「……アイツか」


 物陰から二人して覗き込む。シュガーが指差すのは『第六感シックスセンス』が警鐘を鳴らした相手だ。やはりシュガーの目から見ても難敵らしい。

 荷物の裏に戻った後、作戦会議を開催する。いかにして難敵忍者の目を掻い潜り、竜宮城の内部へ潜入するか。


「とりあえず情報を増やすために忍者を一人『仮死縫い』して捕縛尋問するのはどうだ?」


「それは最終手段だな。バレた時点で厳戒態勢になるぞ。忍者同士は定時連絡もしているようだしな」


 竜宮城入り口にいる忍者以外にも忍者が少数ながら巡回している。彼らは密に連絡を取り合っている。なるほど、これではすぐにバレることだろう。


「じゃあ、タマエの忍術で隠れながら進むか」


「それが無理なのは一緒にここまで来たお前がよく分かってるだろう」


「やっぱり無理か」


 タマエの使用する一方向のみ認識阻害する忍術。これで中央にある竜宮城までバレずに行くのは不可能だろう。常時3人程度の忍者が入り口近辺を監視している。様々な方向から見ているのが憎いところだな。

 こう考えるとダイコクの使用していた全方位をカバーする段ボール型ユニーク忍具は高性能だったのだなと思う。とはいえ、無いものねだりをしてもしょうがない。

 そんな風に段ボール型忍具のことを思い出したからか、良い案を思い付いた。


「そうだ、バケガニが運んでいる木箱の中に忍び込んで運んでもらうってのはどうだ」


「なるほど、あの中に忍び込むのか。それなりにリスクはあるが、……一番成功率は高そうだな」




 作戦会議の末、シュガーの同意を得られたので木箱の中に紛れ込む作戦で潜入することとなった。

 バケガニは竜宮城へと荷物を運ぶ際、荷物の入った木箱を隣の部屋から持ってくる。つまり、外から運んだ荷物を一時的に置いておく部屋があるようなのだ。さっそく俺たちはその部屋へと忍び込んだ。見張りの忍者は一人だけ。上手いことタマエの忍術で誤魔化すことで潜入に成功した。


 入ってみるとその空間はかなりの大きさだった。そもそも部屋ですらない。最初に俺たちが渦潮に呑まれた後に辿り着いた下水道と似た造りをしたアーチ状の巨大通路が奥に向かってどこまでも伸びていた。

 手前には大型トラックが何台も駐車され、荷台から木箱が積み下ろしされている。荷物を下ろし切ったトラックはどこまでも伸びている道を折り返して帰っていく。

 なるほど、これは巨大トンネルだ。トラックの走り去っていく様子を見て思い至る。シュガーも同時に同じ発想に至ったようでお互いに顔を見合わせた。


「ずいぶんと手の込んだ施設だよな」


「あぁ、巨大コーポクランが関与してる可能性が高い」


「たしかに。……待てよ、あのヘビマークってヤマタ運輸だ」


 立ち並ぶ大型トラックを見ていて気付いた。摩天楼ヒルズで逃走の邪魔をしてきた忍者たち。その中にトラックを運転する忍者がいた。彼らの所属はヤマタ運輸。そして、ヤマタ運輸は海鮮料亭奇々怪海と同じくアニュラスグループ傘下のコーポクランだ。


「ここでアニュラスグループと繋がってくるか」


 シュガーの声には驚きが含まれている。俺も同じ気持ちだ。しかし、嬉しい誤算でもある。もしかしたらクロの悪事を暴く尻尾をつかんだかもしれないのだから。

 こうなったら何としてでも情報をつかんで帰りたい。トラックから降ろされ積まれる木箱の内、一番上に積まれたものへと近寄り、こっそりとフタをこじ開ける。タマエの忍術がここでも活躍した。上手いこと監視の忍者に見えないよう位置を調整して大胆かつ慎重に開ける。


 開けてみると木箱の中身は海産物だった。魚だけでなくカニやタコなど多種多様な生物が詰め込まれている。

 えっ、この中に身を潜めるの? 滅茶苦茶嫌なんですけど。という愚痴をこぼす暇もなくシュガーに背中を押されて木箱の中へ転がり込む。その上からシュガーも入って来た。パタンとフタを閉じる。うげげ、ぬるぬるして感触が最悪だ。


 それから運ばれるまでしばし待機。待ってる間に活きたタコに絡みつかれたりとハプニングはあったけれど何とか声を上げずに我慢できた。

 そうしてついに俺たちが潜む木箱をバケガニが運ぶ段となった。ガタンという音とともに不安になる浮遊感が身体を襲う。しかし、それも一瞬だ。そのまま竜宮城へと運ばれていった。

 竜宮城へ入る瞬間が一番緊張した。なんといっても一番警戒しなければいけない忍者が監視しているのだ。もし不意に木箱を開けて中をあらためられたりしたら一発でバレてしまう。まあ、シュガーが観察していた限りではそんなことしていなかったらしいから大丈夫だと信じよう。


 結果として竜宮城内部への潜入も問題なく成功した。木箱に小さな穴を開けて外を覗く。ついに城の中だ。つまり予想通り根城であるなら偽神オトヒメと対面できるということ。

 あれ、でもこっからどうやって外に出るんだ? このまま直接オトヒメの前まで出されたらどうしよう。もしかして俺たち飛んで火にいる夏の虫になってないか。


 慌てて周囲を確認する。木箱に即席で開けた小さな覗き穴で見てみるに、今は城内の廊下を歩いているらしい。今なら出られるかもしれない。

 とはいえ、それですぐに出ていくこともできない。バケガニは身体の前に木箱を抱える形で歩いている。つまり、木箱のフタを開けるとバケガニとこんにちはしてしまうのだ。

 そうならない為にはどうするか。いや、もうここまで来たならやってしまうのが早い。


「『不殺術・仮死縫い』」


 木箱から腕を出しバケガニの頭部へ咬牙を突き刺す。即座に『支配術・空虚人形』を掛けて支配する。命令は「俺たちの存在を無視してそのまま仕事を続けろ」だ。一瞬、人語を理解できるのか心配になったけれど、問題なくバケガニは仕事を続けた。

 それからこっそりと木箱から飛び出す。気力を集中させ天井に張り付くと廊下の先へ進んでいく眷属一行の後を一定の距離を置いて付いて行く。この先にオトヒメがいるはずだ。


 眷属の後を追い廊下を進んでいくと城の大広間に出た。

 そして、俺たちは偽神オトヒメだったもの・・・・・を見つけたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る