第286話 とある施設と潜入探索

▼セオリー


 目が覚めた時、そこは知らない天井だった。

 渦潮直下の海底に隠された秘密の入り口を開け、地獄めいたウォータースライダーに流されるまま辿り着いた。途中で意識を失っていたため、どれだけ経ったのかは分からない。


「巨大な下水道、って感じだな」


 身体を起こし、周囲を見回す。アーチ状の下水道が前後にどこまでも続いていた。幅は四車線道路くらい広く、天井の高さも10メートルくらいはあろうか。

 排水もちゃんとされているようで空気がある。俺は酸素ボンベとマスクを外してポーチにしまった。


「おきたー?」


 俺の側には少女が一人立っていた。よく見知った顔、しかし顔だけだと判別がつかない。ノゾミ・カナエ・タマエの誰かだ。


「あぁ、もう大丈夫だ。シュガーはどこに?」


 俺が尋ねると少女は前方へ指を向けた。どうやらシュガーは俺を置いて先に進んでしまったらしい。式神を残しているとはいえ、俺を置いて行くなんて珍しい。


(シュガー、今どこにいる?)


 まずは状況確認だ。念話術でシュガーに呼びかける。するとすぐに反応があった。


(……起きたか。喜べ、どうやら大当たりみたいだぞ)


(大当たり? ……もしかして偽神オトヒメの根城か?)


(そうだ。今俺は眷族の追跡をしている。マップを共有するから気付かれないように来てくれ)


(分かった)


 どうやらシュガーは眷族の尾行をしているらしい。スニーキングをするために俺を置いて行ったわけか。たしかに気絶中の男一人背負ってスニーキングは難易度が高そうだ。置いてかれた理由に納得する。


「じゃあ、行こうか。……ところで名前聞いて良い?」


 共有されたマップを確認しつつ、改めて少女に声を掛けた。


「タマエだよ!」


「おっけ、タマエな」


 どうやらタマエだったらしい。口から暴風を吐き出す属性アタッカーだ。なんでタマエをお供に置いて行ったんだろう。

 そんな疑問を残しつつ、シュガーの進んだ道を辿る。巨大下水道をしばらく進むと横穴が現れる。そこへ入って行くようだ。


 巨大下水道の側面には等間隔で横穴が空いていた。しかし、それらはどこに繋がるか分からない。なんなら俺たちが入って来た場所も出口は同じ横穴だったようだ。

 実際問題、闇雲に歩き回っても迷宮じみた下水道で迷子になるのがオチだったろう。眷族を早々に見つけてスニーキングしたシュガーの考えは正しい。


 横穴を進んでいくと金属扉にぶち当たった。扉の横には暗証番号を打ち込む用のテンキーが設置されている。いわゆるテンキーロックというヤツだ。

 シュガーから送られていたフレンドチャットを開く。そこには暗証番号が記載されていた。これも眷族の行動を隠れて盗み見た成果である。もしも眷族を見つけてすぐに倒していたら暗証番号は分からなかったろう。このゲームってスニーキング大事なんだなぁ、と改めて思わされる。


 暗証番号を打ち込み、金属扉を開けると薄暗い部屋へ通じていた。建物の非常口に通じる普段使いしないタイプの空間だ。奥を見ればさらに扉があり、そこも開けると今度こそ建物内の通路に出た。

 白を基調にした綺麗な通路だ。電灯も設置され、廊下全体が明るい。ここが海底の更に地下であることを忘れてしまうほどだ。


「秘密の施設……。うーん、偽神の根城にしては人工的過ぎやしないか」


 偽神眷属たちのフォルムを考えてみても偽神オトヒメの根城は海底神殿的な海に沈む廃墟のようなたたずまいを想像していた。しかし、これでは逆嶋バイオウェアのような巨大コーポの建造する研究施設といった方が近い。


 マップを確認しつつ、廊下を進んでいく。通路はドーナツ状に円を描いて建築されているらしい。進んでいくと壁にガラスがはめ込まれた場所があった。そこから建物の中心部を見れるようになっている。


「あれは……!?」


 ガラス窓から内部を眺めた結果、この建物がドーム状の形をしていることが分かった。中心部に巨大なドーム状の空間があり、俺たちが歩いている場所は建物の外周部なのだ。

 そして、中心部の空間に何があるのかと言うと───


「……竜宮城、か?」


 赤い屋根に白い壁面、屋根の先には金のシャチホコ。いわゆるファンタジックな竜宮城らしき大きな城があった。

 ただし周囲にある設備はそれとはちぐはぐだ。現代的な重機が周囲で動き、またドームの天井部分からは人工的なライトが降り注ぐ。

 竜宮城の周囲を歩く人影はウオビトのような魚人や甲殻類的な生物が多数を占める中、少数ながら忍者の姿もあった。


 バッと身体を屈めて壁の影に隠れた。窓ガラスということは向こうからもこちらが見えるということ。少々無警戒に眺め過ぎた。

 竜宮城前に立っていた一人の忍者を見た瞬間、俺の頭の中に『第六感シックスセンス』の警鐘が鳴り響いた。おそらく相当な強者、頭領である可能性が高い。


「早くシュガーと合流しよう」


 あの忍者たちこそ偽神討伐の邪魔をする者たちの差し金だろう。しかし、偽神討伐の邪魔をして一体何をしているのか。そもそもどこのクランの忍者なのだろうか。






 ドーム外周の通路において、窓ガラスのある場所は少し広い空間となっている。内側に向かっては窓ガラスがあり、外側に向かってはエレベーターが設置されているからだ。

 俺はエレベーターに乗り込むと下へ向かった。現在、シュガーは1階で身を潜めているらしい。あとは合流するだけだ。

 そんな中、まだ1階ではないのにもかかわらずエレベーターが停止した。当たり前のことではあるけれど、俺たち以外にもエレベーターは利用するのだ。つまり、誰かが乗ってくるってこと!?


 ヤバい、一瞬で倒せなければ潜入していることがバレてしまう。乗ってくるのは一人だけか? 一人だったら即仮死縫いで何とかなるかもしれない。しかし、複数人だったらどうする?

 エレベーターが止まってから扉が開くまでの数秒で脳内がフル回転する。いずれにせよ、武器は抜かねばなるまい。コンマ数秒でそう結論付け、曲刀・雷霆咬牙を抜こうと柄に手を添えた。

 そんな俺の腕をタマエが掴む。少女の筋力は思いのほか強く、腕が動かない。この強い意志、武器を抜くなというのか。しかし、タマエよ、この状況をどう切り抜けるっていうんだ。


 扉が開き、ぞろぞろとウオビトがエレベーターに乗ってくる。なんと4人だ。斬りかかっていたら取り逃しが確実に出ていただろう。結果論ではあるけれど、武器を抜かなくて正解だったわけだ。

 じゃあ、どうして俺たちは今大丈夫なのか。それはタマエの忍術によるものらしい。ウオビトたちはエレベーターの隅で縮こまっている俺たちが見えていない。これはタマエが風を操って姿を認識できなくしているからなのだ。なお、これは俺の勝手な推測である。

 というのも、忍術を使っているタマエが口から絶えず風を吐き出し続けており、説明を聞けないからである。


 風は壁のように俺たちの居る場所とウオビトたちの居る場所を断絶させている。こちらからはモザイクのかかったすりガラスのように見えているから丸分かりなんだけど、おそらくウオビトたちから見るとここには何も無いように見えるんじゃないかな。

 なるほど、シュガーがタマエを置いて行ったのにも頷ける。俺がスニーキングに有効な忍術を持っていないから、そのフォローだったのだろう。よく分かってんじゃねーか。


 何はともあれ、エレベーターで鉢合わせというスニーキング最大の危機はやり過ごすことに成功した。こうして俺とタマエはドーム状施設の1階、竜宮城のある内部空間へと足を踏み入れることができたのだった。

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