第285話 ぐるぐる海底潮流の秘密
▼セオリー
海底にて偽神眷属探しをし始めて一時間ほど経った。
しかし、未だに眷属のけの字も見当たらない。海中フィールドならではの海棲モンスターたちには何度も出くわしたというのに、眷属は全然いない。
さすがにそろそろ、これは何かおかしいぞ、と思い始めていた。そんな時、エイプリルから『念話術』の通信が入った。
(船長さんから報告だよ! 南西方面にイレギュラーな渦潮発生の予兆あり、だって)
(分かった)
乗ってきた漁船は俺たちの居場所からちょうど真上に位置するように追随してくれている。つまり、俺たちから見ても南西方面に渦潮が発生するということになる。
(船長さんが言うには今居る位置だと船の制御が効かなくなるかもしれないから、もう少し離れたいみたいだけど)
(そうなのか?)
うーん、大事を取るなら俺たちも船に合わせて距離を取るのが良いんだろう。酸素ボンベはまだ余裕があるけど、一旦補充をしに船まで戻ったって良い。
けれども……、
(なあ、シュガー。臭わないか?)
(なにっ、……一応、風呂には入ってるんだが)
(ちげぇーよ! イレギュラーな渦潮のことだよ)
(あぁ、そっちか)
コイツは一ボケ挟まないと死ぬんかとツッコミたくなったけれど、話が長くなるので我慢する。というか、現実の風呂事情はゲーム内に関係ないだろ。
(渦潮の発生を近くで観察してみたい)
(良いんじゃないか)
(ホタルも良いか? もしかしたら海の藻屑になるかもしれないけど……)
(あはは、構いませんよ。組長の判断に任せます!)
というわけで、満場一致で渦潮見物に行くことで決定した。
(ちょっと、そんな危険なこと私は納得してない!)
おっと、満場一致は嘘だったか。エイプリルは海上で反対しているらしい。すまんな、男の子は身の安全より興味が勝ってしまう生き物なんだ。
なんて、そんな身勝手な考えは心の内にしまいこむ。もし、こんなことエイプリルへ言おうものなら海に飛び込んで追いかけて来かねない。
もっともらしく「偵察するだけだよ」と言って船の方には予定通り離れてもらった。
「さあ、いくぞ。エンマ!」
というわけで、ダイオウイカ改めエンマ(命名:俺)の触腕に掴まれて渦潮発生地点まで移動した。名前の由来はそのまま閻魔大王だ。
まずいなぁ、一時的に支配してるだけなのに、なんだか愛着湧いてきちゃったよ。今からすでにお別れが寂しい。
目的地点が近付いてくると、たしかに海流が不自然に揺らめき始めている。
それからゴゴゴゴと地鳴りじみた音が鳴り響く。と同時に周囲を巻き込む強い海流が起き始めた。危険を感じ、即座にエンマへ命令して触手を岩肌に張り付かせる。危うく身体を持っていかれそうだった。たしかにこりゃ危険だ。
しかし、その危険を冒した甲斐もあった。
(きたきた、偽神眷属。やっと見つけたぞ)
渦潮発生地点の海底。底の部分が丸く左右に開き、大きな穴が出現する。そして、そこからバケガニとウオビトの編成部隊が出現したのだ。
なるほど、どうして見つからないのかと思えばヤツらは海底のさらに下から現れていたのだ。これでは見つかるはずもない。その上、イレギュラーな渦潮が起きた場合は基本的に漁船も海中探索中の忍者も距離を取る。だから、この決定的な瞬間は見落とされてきたのだろう。
あるいは暴力的なまでの渦潮を耐え抜く方法が無かったからか。今回はエンマのおかげで海底にへばり付くことができているけれど、俺たち単体では海流に呑まれていたはずだ。
偽神眷属の部隊は海岸へ向けて進んでいった。俺たちには気付かなかったらしい。今にして思えば海岸部への攻撃がゲリラ的に行われ、逃げた後の足取りが掴めないというのも、この海底よりもさらに深い穴へと潜り込んでいたからなのだろう。
さて、しばらくして渦潮も止んだので、さっきまでフタのように開いていた海底部分へ近づき、どうなっているのか調査する。
パッと見は普通の海底だ。ここに開閉部があるだなんて実際に目にしなければ信じられないだろう。
(ここは任せろ)
手をこまねいているとシュガーがカナエを召喚した。カナエは斧を巨大化させると海底に刺し入れ、まるでスコップの如く地面を削り始めた。まるでショベルローダーのように地面が掬い上げられていく。そして、瞬く間の内に開口部の全容が見えるようになった。
(これは……)
それは巨大な人工物、円形の金属でできた床だった。円の中心には縦の筋が刻まれており、おそらくは左右に開閉されることで地下に続く穴への開口部となるのだろう。
だがしかし、こんなSFの秘密基地じみた入り口は想定外だ。
(偽神の根城はこの先なんでしょうか)
(うーん……、眷族が出てきた訳だしそうなんだろう、けど)
自分で言っといて何だけど、なんだか腑に落ちない。眷族の見た目は普通にファンタジーのモンスターだ。それに対して、この金属扉は文明的過ぎる。そこに言い様の知れぬ違和感があった。
(だが、ここで時間を浪費するわけにもいくまい。セオリー、どうする?)
シュガーが答えを急かす。その理由は分かっている。というのも、そろそろ酸素ボンベが折り返しになるからだ。帰りのことを考えるとそろそろ危なくなってくる。
(潜入できるんなら潜入したいよな。こんな目印もない場所、次見つけろって言われても絶対に無理だ)
(それなら僕の酸素ボンベを二人に分けますよ)
そう言うとホタルはポーチから酸素ボンベを取り出し、俺たちへ渡した。
(お二人なら大丈夫だって分かってますから。僕は先に船へ戻っていますね)
そんなホタルの言葉に甘えて、俺とシュガーは二人で先に進むことにした。ホタルの帰り道は一人だと野生の海棲モンスターに襲われてもいけないので、エンマを護衛に付け、船までホタルを送ったら
命令するとすぐさまエンマはジェット機のように高速で泳ぎ出す。そして、すぐにホタルとエンマの姿は点となり、見えなくなった。
すでに愛着の湧いていたエンマだけれど、別れはいずれ来るものだ。短い時間だったけれど、ありがとうエンマ。感謝の気持ちを噛み締めるのだった。
(じゃ、こじ開けるぞ)
そんな感傷に浸っている俺を尻目にシュガーの呑気な声が聞こえる。見ればカナエが斧を小さくして開口部の縦筋にはめ込んだところだった。
ところでどうやってこじ開けるのか、プランは聞いていなかったな。シュガーのことだから何とかするんだと信じていたけれど。
「おっきくなぁれ!」
カナエの声が海中に響く。すると、開口部に挟まった小さな斧が見る間に巨大化していく。渦潮が始まる時に聞こえたゴゴゴゴという地鳴りが周囲に響き渡った。
あれ、これって結構危険な潜入じゃない?
疑問が確信へと変わる頃には、巨大化した斧により開口部が無理やりこじ開けられ、とんでもない力強さの水流とともに穴の中へと吸い込まれていったのだった。
世界が回る。グルグル回る。きっとトイレに流された汚物もこんな感覚を覚えるのだろう。もう少し上品な言い方をするならアホみたいな急角度で落下していくウォータースライダーって感じ。
とても楽しいものじゃない。というか、ぐるんぐるんと揺れる視界は一瞬で俺を3D酔いへと誘う。うっぷ、ヤバい、コレ吐きそ。うげぇぇぇ。
……からの視界暗転、ブラックアウト。ばたんきゅー。
潜入、成功……?
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