第21話 逆嶋防衛戦 その2~シャドウハウンド~
▼エイプリル
空気爆弾が功を奏し、大蛇が振り回す尻尾の直撃を受ける忍者は格段に減った。私の他にも水を操ったり、空気を操ったりできる忍者がいたため、それ以降は私を真似して仲間の忍者が蛇の攻撃を受けないようにお互いでフォローし合うことで戦いはより安定していった。
しまいには大蛇が圧縮水流を周囲に向けて放ち始めたけれど、その頃には周囲から駆け付けた上位ランクの忍者が周りを囲んでいた。そして最終的には無事に大蛇を撃退することに成功したのだった。
無事に大蛇を倒した。周囲の忍者たちは浮かれたように歓声をあげている。しかし、私は大蛇の消滅の仕方が気になった。スッと影に跳び込むような消え方。しかも、一瞬で消えてしまった。倒した側の忍者の中には私と同じように不可解そうな表情をしている者もいる。これは想像だけれど、今回は大蛇を討伐できたわけではない気がする。せいぜい撃退したといったところだろうか。
(あと、消え方が私の『瞬影術』に似てたのも気に食わないな)
転移系の忍術は元々ああいうエフェクトなのかもしれないけれど、他に転移忍術を見たことがないから比較のしようがない。しかし、どこかあの大蛇からは因縁めいたものを感じる。蛇自体というか、その奥の本質的なものというか……。
何はともあれ無事に大蛇を撃退したのは確かだ。他の忍者たちもそこかしこで集まって情報共有や報告することをまとめるために話し合いなどをしている。
それを横目で見ながら私はこれからどうしようかと考えていると、機動隊服を着こんだ背の高い女性がこちらにやってきた。長い黒髪をポニーテールにして揺らしている。
「こんばんは、私はシャドウハウンド所属のアヤメと言います。少しお話よろしいですか?」
「……はい、大丈夫です」
「それは良かった。実はお礼が言いたかったのです。あなたのおかげで隊員が何人も救われました。ご協力ありがとうございました!」
アヤメはそう言って深々と頭を下げた。
確かに機動隊の服装をした忍者も何人か助けた気がする。その人たちは皆シャドウハウンド所属の忍者ということなのだろう。
「いえ、あのまま大蛇が進行してきたら私のお世話になってる所まで被害が出そうだったから出張っただけですよ」
「それでもあなたの力で救われた命があるのです。礼を言わない理由にはなりません」
真面目な表情を一切崩さないアヤメに真っすぐそう言われるとなんだか照れる気持ちが沸き上がる。しかし、私の力が人助けの役に立った、それは喜ばしいことだった。
「分かりました。私としても協力できてよかったです」
私の返答を聞いたアヤメは小さく微笑んだ。
何か変なことを言っただろうか?
「ところで、あなたはどちらの所属ですか? 学生服ということは
「いえ、私は無所属です」
「おや、見たところ下忍のようですが無所属とは珍しいですね」
「あははー、それは色々ありまして、これから所属を決めるところなんです」
やはり下忍で無所属なのは珍しいようだ。アヤメはそれまでの真面目な表情を崩し、驚いた顔をしていた。依頼掲示板でも下忍の区分はおろか中忍辺りの区分ですら受注している忍者をほとんど見ていない。
「なるほど、……それでしたら、私のところに来ませんか?」
その瞬間、私にはアヤメの目がキラリと光ったように見えた。その眼光は獲物を狩る狩人のようだ。……もしかして、狙われてる?
私が引き気味に後ろへちょっと下がると、それを見たアヤメは手をぶんぶんと振りながらアワアワと言葉を続けた。
「け、警戒させるつもりはないのです! 我々は心からあなたのような人材を欲しているのです。とはいえ、いきなり不躾に失礼しました」
尻すぼみになっていく言葉を聞いていて思う。この人、堅物そうに見えたけど、もしかして、けっこう面白い人かもしれない。それにどうやら狙っているのは組織への勧誘のことみたいだ。
たしかシャドウハウンド所属と言っていたか。私としてはシャドウハウンドに所属するというのも悪くないと思っていた。警察機関であるシャドウハウンドなら悪い人を捕まえるクエストが多いかもしれない。
あとはセオリーが何て言うかな。いや、彼は私の思うようにして欲しいと言っていた。なら、私のことは私自身で決めちゃおう。
「アヤメさん、私シャドウハウンドに入りたいです」
私がそう返答するとアヤメは顔を綻ばせて手を取ってきた。
「本当ですか! 嬉しいです!」
よほど私が入隊を決めたことが喜ばしいのか、後ろからルンルンと聞こえてきそうな喜色満面の笑みだ。ぶんぶんと掴んだ手を振っており離してくれない。仕方がないので振られながら尋ねる。
「ちなみに入隊ってどうするんですか?」
「おっと、そうでしたね。今日は遅いので明日の朝十時ごろに、シャドウハウンドの管理事務所の方まで来ていただけますか」
「分かりました」
アヤメはそう言って名刺を渡してきた。
名刺には『機動捜査部隊シャドウハウンド隊長 アヤメ』と書かれ、裏にはシャドウハウンドの管理事務所の住所や電話番号が書いてある。この住所に明日行けばいいのだろう。
というか、シャドウハウンドの隊長って書いてあるんですけど! 私、失礼な対応とってないかな。思わず背筋を伸ばしてしまう。
「そういえば、あなたの名前を聞いていませんでしたね」
「あっ、申し遅れました。私はエイプリルと言います」
「ふふ、そんな畏まらなくて大丈夫ですよ。普通にしてください」
「は、はい」
「では、エイプリルさん、また明日お会いできるのを楽しみにしています」
アヤメはそう言うと、近くにいた機動隊服を着た忍者の下へ合流し、後始末にあたり始めた。私もいつまでもここに居ても邪魔になるだけだろう。早々に駄菓子屋へ戻った。
それから夜は更けていったが、逆嶋への襲撃は最初の大蛇の一回だけだった。
夜が明けて朝になった。
十時にはシャドウハウンドの事務所に居なければいけないので、建物の場所を正確に把握しておきたい。朝食を摂った後、ランに昨日もらった名刺に書いてあった住所をもとに場所を教えてもらった。
「エイプリルさん、この住所は警察の管轄建物ですけど何かしたんですか?」
携帯端末の地図機能で住所を調べたランは心配そうな顔で見てくる。私は昨夜の件で人助けをした結果、機動隊の隊長に呼ばれたという風に説明した。
ちなみに昨夜の大蛇襲来に関しては規模が大きかったためか記憶改ざんなどの処理はされておらず、単純に巨大生物襲来という内容になっていた。対処にあたった忍者たちも警察の特殊部隊という扱いだ。個々人の記憶を改ざんするより、情報を一部改ざんする方がシステム的に無理がでない、ということなのだろう。
「機動隊の隊長さんにお呼ばれされたんですか。ということは表彰されたりするんじゃないですか?」
「どうだろうね、そんな大したことをしたわけじゃないから」
「でも、あんまり危ない所に行ったら駄目ですよ。ニュースの蛇もすごく大きかったじゃないですか。食べられたりしたら死んじゃいますよ!」
「えぇ、次からは気を付けるね」
たぶん、次があればまた同じように立ち回るだろうけど、あまり心配させてもいられない。そう返事をしてから時計を見て早めに家を出た。まだ約束の時間まではだいぶ早いけれど街の被害を見ておきたい。
逆嶋の外周部には朝から工事作業の音が鳴り響いていた。
夜には気付けなかったが、朝になり陽の光に晒されたことで街の被害が浮き彫りになって見える。大蛇が進行してきたルートに沿って一直線に更地となっている。昨日まではあった建物がいまや見る影もない残骸となり果てていた。
その被害は目を覆いたくなるほどだ。
だが、あの大蛇はまだ討伐できたわけではない。一時的に撃退できただけだ。今日を含めて残り七日間、昨夜と同じことが起きる可能性がある。こんな悲惨な場所を増やして良いわけない。
昨夜の対応を見るに、逆嶋バイオウェアは中心地の高層ビルと工場を守るのに注力していたのだろう。対大蛇戦で市街地にいたスーツ姿の忍者は明らかに数が少なかった。
逆に機動隊服を着たシャドウハウンドの忍者はかなり多かったように思う。シャドウハウンドもこういう事態を予見して市街地を中心に守っていたのだろう。それなら私が一緒に力を合わせるべきはやはりシャドウハウンドだ。
約束の時間より十分程早くシャドウハウンドの管理事務所に着いた。
街の中心地にある高層ビル群から少し離れた位置にある三階建てのコンクリート構造だ。無骨な建物の外観からは見た目よりも機能性重視な様子が伺える。
正門にまわると『機動捜査部隊シャドウハウンド 逆嶋支部』と書かれた表札とともに影に食らいつく猟犬をイメージしたエンブレムが掲げられていた。
「もしかして、エイプリルさんかな?」
私が門前でエンブレムを見つめていると、門を開きながら男性が声をかけてきた。名前を知っているということは、アヤメに言われて迎えに来てくれた人だろうか。
「おはようございます。シャドウハウンドに入隊するために伺いました」
「おはよう、私はシャドウハウンド副隊長のタイドだ。アヤメ隊長に話は聞いているよ。さあ、付いてきてくれ」
建物を指差して進んでいくタイドを追って、私も中へ入っていく。隊長室は三階にあるようで階段を上っていった。階段を上っていく最中、思い出したようにタイドは話し始めた。
「そうだ、昨夜は隊員を救ってくれてありがとう。私は街の反対側に居てね。フォローが間に合わなかったんだ」
「いえ、私も大蛇を撃退する一助ができて良かったです」
「謙遜することはないよ。人助けに一歩踏み出せるのは立派なことさ。……ふむ、ところで君は討伐できたとは思わないんだね」
タイドの声音が真剣さを帯びる。
「大蛇の消え方が不自然だったので討伐はできてないんじゃないかと思いました」
「なるほど、よく見ているね。ウチの隊員にも君を見習わせたいよ。まんまと討伐できたとぬか喜びする者が何人もいたからね」
はぁ、とため息を吐くようにしてタイドは肩をすくめて見せた。
「私の固有忍術が転移系で少し似ているところがあったから気付けただけですよ」
「ふふ、先ほども言ったがそう謙遜することはないよ。忍者には観察力が大事だ。特に我々シャドウハウンドは取り分けて犯罪の痕跡への観察力を強く持たなければならない」
ちょうど階段を上り切り、三階に着いた。
タイドはそこで私の方を振り向いた。
「君はきちんと観察して不自然さを見抜いたんだ。それは君自身の力だ。胸を張って、自信を持って良いんだよ」
そういってタイドは微笑んだ。
なんだか真正面から褒められるとこそばゆい感覚がある。
「もちろん、過信するのはダメだけどね。さあ、隊長室に着いたよ」
タイドがドアをノックすると、中からアヤメの返事が聞こえた。返事を聞いてからドアを開け、中に入るとタイド自身は脇に退いた。
「昨夜ぶりですね。さあ、そのソファに腰かけてください」
「はい」
部屋の奥には執務机があり、その手前に客人対応用ソファとテーブルが用意されている。アヤメと私はテーブルを挟んで向かい合わせに座った。
「では入隊の手続きをしましょう」
「よろしくお願いします」
これから私の新しい戦いが始まるんだ。
ここに来てやっと実感が湧いてきた。胸の内にワクワクとした気持ちが溢れてくる。新たな場所で色んな人と関わって、たくさんの人を守れるくらい強くなってみせる。そう奮起したのだった。
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