第20話 逆嶋防衛戦 その1~エイプリルと忍具作成~

▼エイプリル


 セオリーが向こうの世界へと戻っていった次の日の朝、私は一人街中を歩いていた。

 表向き街はいつもと変わらない表情を見せていたけれど、少し裏に回れば忙しなく走り回る忍者たちの姿があった。セオリーが言うには今日と明日の二日間は向こうの世界では深夜から昼にかけての半日にあたるから、おそらくプレイヤーの人数が少なくなるはずとのことだった。


 つまり、プレイヤー以外の戦力が大事になるということ。私も少しでいいから役に立ちたい。何かできることはないかな、そう思って街に出てみたはいいけれど、いきなり下忍が何かできるわけでもない。


 その後も手持無沙汰に街中をうろうろしていると無意識のうちに忍具屋へ辿り着いていた。そういえば、昨日は忍具作成依頼を出して自分たちで忍具を作れるようになろうという話をしていたのだった。その途中で大蛇に襲われてしまったから予定は頓挫したままだ。組織抗争では日中の戦闘行為が禁じられている。今は街の防衛に気を張る必要はない。だったら、空いている時間は自分の戦力を底上げすることに費やすのが良いだろう。


 忍具作成の技能を教えてもらう為には忍具屋に一定回数以上の忍具作成依頼を出すことが条件だ。クエストを同時に受けると納品でせっかく採掘した鉱石の量が減ってしまう。手早く技能を覚えるならクエストは無視して鉱石を掘りまくるのが効率がいい。


 そんなわけでツルハシ片手にさっそく鉱山へと向かった。

 鉱山へ向かう途中の山道では所々でスーツを着た忍者とすれ違った。おそらく逆嶋バイオウェアの忍者だろう。組織抗争に備えて何かしら準備をしているのかもしれない。それにしてもスーツ姿の人に交じって警察の機動隊のような物々しい装備をした人も見かける。あちらも忍者だろうか。


 そんなことを横目に思いつつ、鉱山へ辿り着くとすぐに鉱石採掘に取り掛かった。採掘可能なポイントを周り、バックパックが一杯になったら逆嶋へ戻る。それを昼に差し掛かるまで周回する。途中で昼食を挟み、忍具屋で忍具作成依頼を出して手裏剣等の常備忍具を確保する。その後はまた鉱山で採掘だ。

 午後は午前のノウハウもあり、より効率良く採掘ができた。最終的に午後五時頃には街へと戻る。今日だけでも相当な数の依頼をしたはずだ。コタローが言っていたノルマを基に考えるとそろそろ規定回数に到達するだろう。

 私はバックパックに詰めた鉱石を背負い、今日だけで何度訪れたか分からない忍具屋へ顔を見せる。そして、忍具屋の店主へ鉱石を渡して忍具作成を依頼した。すると、鉱石を見ていた店主はおもむろに私の方を向いて話しかけてきた。


「お嬢さん、貴方はよほど忍具のことが好きと見える」


「は、はぁ」


「なりたくはないですか?」


「何にでしょうか?」


「忍具を自分で作れるようになりたくはないですか?」


 ついに来た。

 私は飛び上がりそうになる興奮を抑えて首肯する。


「そうですね。いつまでも店主さんにお願いしてばかりでは悪いですし、自分でも作れるようになりたいです」


「そうでしょう、そうでしょう。さあ、こちらにおいでください」


 店主はカウンター席の後ろにある扉を開くと中へ招いた。覗いてみると扉の奥は工房のようになっているようだ。店主は普段そこで忍具を作成しているのだろう。


「こちらに掛けてください」


「失礼します」


 店主に促されるまま部屋の真ん中にある大きなテーブルに私が座ると、店主は壁側のテーブルに積んである巻物の内一つを取り出して持ってきた。そして、巻物をテーブルの上で広げると巻物の中央に手を当てる。


「簡易工房・解放」


 店主の言葉とともにボンっと軽く煙が噴き出すと、巻物の上に円形の台座のようなものが現れた。形を例えるなら陶芸用のろくろが近いだろうか。ろくろとの違いは台座の真ん中に穴が開いており、どこまでも奥へと続く空洞がある点だ。


「これは簡易工房と言いましてね。この穴の中に材料を入れて忍具を作成するのです」


 店主はそう言いながら鉱石をポイポイと中央の穴部分に入れていく。明らかに簡易工房の体積を超える量の鉱石を詰めているように見える。


「その真ん中の穴はなんなんですか?」


「この穴は亜空間忍術で作られています。中に入れた材料は簡易工房の分解機構にて全て分解され、材質や構成する物質ごとに分けられます。そうして抽出された素材で忍具を作成するのです」


「そうなんですね」


 私には何が何やらさっぱりだ。

 とりあえず、あの穴に入れたモノを素材として忍具を作れるってことだろう。


「さて、本題の忍具の作り方ですが、こちらはイマジネーションとインスピレーションが大事になりますよ。まずは簡易工房に手を添え、作りたい忍具を想像します。材質や強度、どういった用途で使う物かもここで細かく設定しなければいけません。そして、分解した素材をどこにどう使用するか指定し作成する。そうすることで忍具を創造できるのです」


 店主が手本のように簡易工房に手を添えると、すぐにクナイが一つ穴の中から出てきた。


「おぉー、こんな風に忍具はできていたんですね!」


「昔は鉄を溶かして成型してといった工程があったんですがね。忍術の発展により、簡易工房ができてからはこちらの方が主流ですね」


 私が作られたクナイを手に取って眺める。持ってみて分かったがこのクナイ異様に軽い。不思議に思っていると店主はそのクナイを指さす。


「そのクナイを他のクナイで傷つけてみてください」


 私は言われるままにポーチからクナイを取り出してクナイ同士をぶつける。すると、店主が今作ったばかりのクナイが簡単にポキリと折れてしまった。


「え、簡単に折れちゃった? というか中身スカスカだ!」


「そうです。それが忍具作成の面白いポイントです。私が手本で作ったクナイは内部構成をきちんと設定しませんでした。そのため、内部の構成物質が存在しない『クナイのようなもの』が出来上がったのです」


「……つ、つまり?」


「ふふ、少し優しい言い方にしましょうか。クナイの外見は作りましたが中身は作らなかったので空っぽの粗悪品が完成してしまった、ということです」


「きちんと頭の中で完成品を思い浮かべないと変な忍具ができちゃうってことですか」


「その通りです。最初は失敗も多いかもしれませんが、たくさん練習すれば素晴らしい忍具を作れるようになりますよ。では、この簡易工房は貴方に渡します」


 店主は簡易工房を巻物に戻すとそれを私に握らせる。


「これ、もらっちゃって良いんですか?」


「えぇ、もちろんです。どうか貴方だけの忍具を生み出してください。楽しみにしていますよ」


 忍具作成の簡単なレクチャーを受けた私は忍具屋を後にした。ステータス画面を確認してみると技能欄にしっかりと「忍具作成」が追加されていた。


「やった、これで戦力アップだよね。すごい忍具を作ってセオリーを驚かせちゃおう!」


 忍具屋を出るとそろそろ日も暮れかけている。私は足早に駄菓子屋まで戻った。借りている客間に戻ると私はさっそく簡易工房を広げた。

 一応、コタローから爆弾の作り方と材料は教えてもらっている。実際に爆発する様子も見せてもらったので構造や用途は分かっている。あとは上手く想像するだけだ。

 私は習ったことを反復するように簡易工房の穴へと採掘してきた鉱石類を入れていく。他にテープや不要になった布切れなども入れていき、材料をある程度貯めてから手を工房に添えた。


「よーし、完璧な爆弾を作っちゃうよ!」






 結果として言えば、成果はちゃんとした爆弾が一つできた。

 だが、そこに至るまでが大変だった。失敗品の数は二桁にも上るだろう。早々に爆発物を部屋の中で作っては危ないと気付き、屋上に行ったのは英断だった。いや、屋上でも本当はダメだったかもしれない。

 特に後半の失敗作で完成して穴から出てきた爆弾が手に持った瞬間に着火した時は焦った。咄嗟に上空へ思い切り放り投げたおかげで季節外れの打ち上げ花火にしかならなかったが下手すれば事故だ。


 そこそこの数の鉱石類を採掘してきたけれど爆弾一つ完成させたところで底を尽きてしまった。

 いつの間にか辺りは真っ暗だ。とはいえ忍者修行の一環で夜目は効くように訓練しているので周りが見えないということはない。山で修行していた際は夜と言えば本当に真っ暗で月の光だけが貴重な光源だったけれど、逆嶋の街には街燈がたくさん点いているし、街の中心地である高層ビル群は夜間も通しで明かりが点いている。

 結果的に街の中なら夜だろうと昼とほとんど変わらないパフォーマンスで動けるだろう。

 完成した爆弾をポーチに忍ばせつつ、屋上に立ち上がった。忍具作成に夢中になって時間を忘れていたようだ。辺りの暗さからもうだいぶ夜も深まっていることが分かる。


「そろそろ、来てもおかしくないかな」


 何かが起きるなら、まずどこで起きるだろうか。

 市街地の端から攻撃を加えるだろうか。いや、さすがにそんな無謀なことはしないだろう。なら、静かに逆嶋の街に浸透していき、突如中心の高層ビルへ攻撃を仕掛ける?

 いやいや、逆嶋バイオウェアの忍者たちもそんな簡単に懐まで潜り込ませてはくれないだろう。それに逆嶋バイオウェアは逆嶋の街を拠点にしている忍者たち全員にクエストで協力を呼び掛けている。向こうの世界での時間がプレイヤーの少なくなる時間帯だとしてもそれは相手も同じだ。そうなれば忍者の母数がものを言う。

 この街で一番大きい組織は逆嶋バイオウェアだがそれ以外の組織がないわけじゃない。それに無所属の忍者だって大勢いる。

 いつ行っても多くの忍者たちで盛況な依頼掲示板のことが頭によぎる。そうだ、この街を守っているのは私たちだけじゃない。みんな、何かしらの守りたいものがあるはずだ。






 それは突然だった。

 建物の倒壊する音がエイプリルのいる屋上まで届く。音は街の外周部、この駄菓子屋よりも外側から聞こえた。そちらに目を向けると市街地に立ち並ぶ住宅の中を、その家々の何倍もの大きさを持った白い大蛇が上体を起こし、その体躯を誇るように見せつけていた。森の中では木々に潜むようにしていたから全長が分からなかったが、上体を起こしたその体は高層ビルと同じくらいの高さまで頭を伸ばしていた。

 大蛇は口を大きく開けると街の中心にある高層ビルの方へ向いた。そして、口から水を吐いた。その水は細く収束されており、高層ビル目がけて一直線を描く。

 当たる、そう思った直前に高層ビルを守るように表面が橙色に輝く六芒星の結界が空中に展開された。そして、六芒星の結界は大蛇の吐いた高圧水流を完全に防ぎきった。


 そこから逆嶋の反撃が始まった。

 市街地の至る所に忍者が隠れていたらしい。住宅の屋根に幾人もの忍者たちが現れて大蛇へ向かっていく。火球が飛び、風刃が裂き、雷弾が貫く、かと思えば手裏剣やクナイが百本千本と乱れ飛ぶ。いくら大蛇が大きくても小さなダメージは積み重なり溜まっていくはずだ。

 大蛇はそれを嫌ってか、身体をくねらせ、尻尾を周囲へと振り回し始める。忍者たちも回避行動をとっていくけれど、さすがの巨体を前に避ける動作が間に合わない者も出てくる。


 忍者たちの攻撃が一種の防衛ラインを形作っている。あのラインを突破されたら、ここまで進撃してくるかもしれない。なんとかあそこで戦っている人たちを助けないと。何か手助けできる手段はないかな。

 そう考えた時、失敗作として屋上に転がっていた爆弾を見た。そうだ、あれを使おう!


「よーし、やってやろうじゃない。みんな逃がしちゃうんだから! 『瞬影術・影跳び』」


 私は大蛇の攻撃に晒されそうになっている忍者たちの下へと跳んでいく。

 尻尾を目前にして観念した様子の忍者の背後へ跳び、爆弾を尻尾へ向けて投げる。私はすぐに次の人の下へ跳んだ。爆弾を尻尾へ投げ、次の人へ跳ぶ。次々と危険そうな人の下へ跳んでは同じことを繰り返していく。


「あの子は何をしているんだ?」


「爆弾投げてるぞ、敵か?」


「いや、爆風をクッションにして他のプレイヤーを逃がしているんだ!」


 そう、それが正解。

 失敗作の爆弾は爆発自体はするんだけど殺傷力の弱い空気を放出させるだけの空気爆弾なのだ。この爆弾ならあの巨大な尻尾に直撃するのと比べてかなり軽いケガで済んでいるはずだ。失敗作だと思ってたけど何事も使いようってわけね。

 私は大蛇へと向き直ると宣戦布告するように爆弾を握った拳を掲げた。


 さあ、大蛇。私がいる限り、簡単に死者は出させないよ!

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