第19話 覚悟
▼セオリー
「あの大蛇はイリスが討伐したユニークモンスターだっていうのか?」
「ボクも討伐の様子は動画サイトで見ただけなんだけどね」
コタローの知っている情報によると大怪蛇イクチが現れたのはゲーム内で一年ほど前のことだ。
イクチは関東地方の東のフィールドである三神貿易港に突如として現れ、定期的に停泊する船や港で働く人々、防衛任務に就いた忍者を食らっては海に消えていく大災害として観測されていた。それによる被害を受けて、三神貿易港を取り仕切っている三神インダストリは所属の忍者たちを動員し大規模な討伐作戦を実行した。しかし、討伐作戦は一度ならず二度の失敗を喫した。
三神インダストリはこの事態を重く受け止め、当時の頭領ランク忍者たちに破格の報酬を約束して任務依頼を出した。
「当時は頭領ランクのプレイヤーはイリスを含めて三人しかいなかった。三神インダストリにも頭領ランクのプレイヤーはいなかったから苦汁を飲んででも依頼を出して討伐したかったようだね」
「それでイリスがイクチを倒したのか」
「実際には頭領三人による連携で倒したんだけど、三人とも討伐者として挙がっていたからイリスが倒したってのも間違えじゃない。戦闘風景も動画で残ってるから、あとで動画サイトのURLをフレンドチャットで送っておくよ」
「ああ、それは助かるな。ありがとう」
「話を戻すとさっきランキング表を見ながら挙げた頭領ランクの女性プレイヤー三人の内、イクチと関わりがあるのはイリスだけだ。それが襲撃犯はイリスだと思う理由だね」
コタローの考えを聞いて俺もその通りだと思った。あんな大きな白蛇はそうそう出てくるものじゃない。ユニークモンスターであると考える方が自然だ。
「ただ、討伐されたはずのイクチがどうして山道に出てきたのかは分からないね」
コタローは肩をすくめるとお手上げという風にジェスチャーした。討伐されたはずのユニークモンスターを従える忍者。どのようにしてそれを可能にしているのか。
「ところで大怪蛇イクチって忍術を使ったりはしたのか?」
俺は疑問に思っていたことを尋ねる。
「え、イクチがかい? 動画を観た限りだとイクチが忍術を使っているようには見えなかったかな。口から高圧水流を噴射したりはしてたけど」
「そうなのか……」
となると、山道で遭遇した白蛇と過去に出現した大怪蛇イクチが同一個体なのかも疑わしく思えてくる。コタローは聞こえていなかった様子だけれど、山道の白蛇はコタローを捕食するために『瞬影術・影跳び』を使っていた。何かそれを可能にするカラクリが隠されているのかもしれない。
それからすぐにコタローとアマミも逆嶋バイオウェアから呼び出しを受けたため、街の中心にある高層ビル方面へと向かっていった。
エイプリルを背負ったままの俺はひとまずおキクさんとランのいる駄菓子屋まで戻った。エイプリルを部屋に寝かせると店番をしているランの横に座る。
「部屋、借りさせてもらって悪いな」
「いえいえ、部屋は余ってますから、逆嶋にいる間はずっと居ても良いんですよ?」
「そりゃ、ありがたい申し出だな」
気絶したエイプリルを横にさせたいけれど、ホテルや宿屋に気絶したエイプリルを背負っていくのは周囲の目が痛い。そのため、再びランに頼ってしまっていた。
「ランはこの街が好きか?」
俺は何とはなしにそんなことを尋ねていた。他愛もない雑談だ。ランの方も客足のほとんどない駄菓子屋で暇していたのか、俺の雑談に付き合ってくれた。
「逆嶋のことですか? ……そりゃあ、好きですよ」
「どうしてだ? あんな怖い目にもあったのに」
「それは治安の悪いことも起きますけど、それでも生まれてからずっとここに住んでるんです。いろんな思い出がこの街には詰まっているんですよ。このお店も親からの贈り物ですからね」
「親……、そういえばおキクさん以外は見てないな」
ランの顔に
「そうなんです。元々は私の両親が駄菓子屋をしていたんです。でも、私が高校生の頃、二人ともいなくなっちゃって。お祖母ちゃんは二人とも亡くなったって言うんですけど、どうして死んだのか、死因も何も分からないんです」
「そうだったのか」
俺はその話を聞いて思い当ることがあった。これは情報改ざんによるものではないだろうか。ランの両親の死にはプレイヤーが関わっている。つまり、忍者に殺されたのかもしれない。
「最初は混乱しました。でも、今は大丈夫なんです。お祖母ちゃんが私のことを支えてくれたのもあるんですけど、それだけじゃなくって時折、お父さんとお母さんに雰囲気が似ている人がウチを訪れるんです。だいたいはお祖母ちゃんのお客さんですけど」
そう言ってからランは俺のことをじっと見つめてきた。
「俺たちにも似た雰囲気を感じるのか?」
「そうですね。セオリーさんとエイプリルさんもそうです。コタローさんもそうかな。何か関係あるのかなって思うんですけど、お祖母ちゃんが知らなくていいって言ってるので詮索はしないです」
俺が何も言えずに口をつぐんでいると、ランはカウンター席から立ちあがり、売り物の整理を始めた。そして、何でもない飴玉を一つつまむと見つめる。
「ちょっと話が脱線しちゃいましたね。……そんなわけで両親から託されたこのお店は大切な宝物なんです」
ランの言葉からはこの店を本当に大切に思っているのだという強い芯のある覚悟を感じた。おそらく俺が逆嶋に危険が迫ってきていることを伝えたとしても店を置いて逃げるという選択肢は取らないだろう。
ランの気持ちを聞くことができて俺も覚悟が決まった。ランとおキクさん、そして二人の大切なお店を全力で死守しよう。
ランと会話をした後、エイプリルの眠る客間へ戻った。ベッドの脇にある椅子にはおキクさんが座っていた。
「ランからあの子の両親について聞いたんだろう」
「はい」
「もう察しはついてるかもしれないけど、あの子の両親は忍者だったのさ。そして、敵対する忍者と戦って……死んだ」
おキクさんは目をつむって遠い過去の記憶を思い出す様に一言一言噛み締めながら言葉を繋いでいく。
「私のいるところに二人が運び込まれた時にはとても医療忍術でどうにかなるレベルじゃなかった。そして、私の目の前で死んでいったのさ。……とはいえ、死んだ原因はもう私しか覚えちゃいないけどね」
「おキクさんも知識権限を?」
「あぁ、その時に得たようだね。この子も持っているんだろう? 何となく感じるものがあるんだ。秘密を共有し合うもの同士ね」
おキクさんは少しはだけてしまっているシーツをエイプリルの肩までかけ直す。
「この子を大事にしてやんな。私たちが持つこの技能は色んなことを知れる代わりとして否応なしに現実を直視させられるのさ。この世界では人の死が溢れすぎてるんだ。それを直視し続けなければならないのはとても辛いことだよ」
俺はおキクさんの言葉を聞いて静かに頷くしかなかった。プレイヤーからすればただのゲームの世界観に過ぎないけれど、おキクさんやエイプリルにとってはこの世界こそが現実だ。そして、この世界に生きる人々にとってこの世界はあまりに殺伐とし過ぎている。人の死が身近にあり過ぎるんだ。
突然、パンッという小気味良い音が部屋に響いた。おキクさんが両掌を打ち鳴らしたのだ。俺は面食らった表情でそちらを見る。
「若者がそんな思い悩まなくていいよ。この世界のルールはこの世界の人間がどうにかするしかないのさ。あんたはせいぜい手の届く範囲を守るために足掻いてりゃいいのさ」
「……はい!」
「悪かったね、歳食うと話が湿っぽくなっていけないよ」
おキクさんはそう言って部屋から出ていった。部屋には俺とエイプリルだけが残された。忍具作成依頼とか色々とやりたいことはあったのに、それどころじゃなくなっちゃったな。
俺はベッドに浅く腰掛けるとエイプリルが起きるのを待った。
しばらくしてコタローからフレンドチャットで「組織抗争クエストであることが確定したよ。期間は明日の夜から八日間だね」という短い文章が送られてきた。相手に関してはまだ分かっていないのだろうか。情報はそれだけだった。
さらにそれからほどなくしてエイプリルが目を覚ました。
「あれ、私いつの間に眠ってたの?」
「目が覚めたか。体に異常はないか?」
「うん、大丈夫。だけど私たちさっきまで山道で……。そうだ、蛇に襲われてたんじゃ?!」
目覚めたばかりの混乱するエイプリルを落ち着けると俺はこれまでに起きたことを説明した。
エイプリルの記憶は大怪蛇イクチが現れ、コタローが丸呑みにされた辺りであやふやになっていたようだ。イクチが『瞬影術・影跳び』を使ったこともあまり覚えておらず、頭領のプレイヤーであるイリスに関しても全く覚えがないという。
その後、逆嶋の街が明日の夜から危険になるだろうということもエイプリルに伝えた。このゲーム内での明日は、現実の時間で換算すると日曜から月曜に変わった直後の午前零時から早朝六時までだ。さすがにそんな深夜帯までゲームをプレイしている訳にもいかない。
それに組織抗争の期間が現実でいう月曜と火曜の二日間なら、日中は学校に行く必要がある。そうなると俺がログインできるのは組織抗争の八日間の内で三、四日目と七、八日目くらいだろう。
「つまり、ザックリ言うと逆嶋が組織抗争の戦場になるってことだ」
「私たちはどう動くの?」
「とりあえず、俺はログインしている限りは市街地というかこの駄菓子屋を防衛するかな。おキクさんには治療してもらったし、ランには住居を使わせてもらってる恩がある」
「分かった。それじゃあ、セオリーがいる間は駄菓子屋防衛だね。……ねぇ、セオリーがいない間は私一人でしてもいい?」
「……エイプリルがそうしたいって決めたなら、俺はそれを尊重する。ただ一つだけ約束してくれ」
「なに?」
「無理はしないで自分の身を一番に考えてくれ」
俺はエイプリルにそれだけは守るように伝えた。
「セオリーってば心配しすぎじゃない? でも、分かった。セオリーが戻ってくる時にはちゃんとお出迎えしてあげる」
エイプリルはそう笑顔を見せて答えた。組織抗争クエストは話に聞いた限りだとほぼ公式のイベントに近い規模のクエストだ。逆嶋の街を機能停止させるほどの崩壊を与えるようなことはないと信じたいところだ。
俺はそんなことを願いつつ、明日の学校に備えて現実で日を跨いでしまう前にログアウトした。
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