第18話 啖呵を切れ
▼セオリー
「君が目を潰してくれたおかげでわざわざ生身を晒すことになっちゃったよ」
女性は俺を睨みつけるが、すぐに笑みを浮かべた。
「同じ忍者に傷をつけられるなんていつ振りかな。しかも下忍にやられるなんて油断しちゃったなー」
楽し気に話し続ける様子からは、たしかにいますぐ俺たちを殺しにかかってくるような雰囲気は感じられない。そもそも白蛇とこの女性の関係性も不明だ。
コタローの爆弾が起こした爆風と砂煙はとうに晴れている。そこにいた白蛇は影に頭を突っ込み、胴体だけが残っている。あの影の先が俺たちの前方に出てきた蛇の頭と繋がっているということだろう。
「蛇のことが気になるの?」
「俺たちのパーティーメンバーを喰った蛇だからな。気にならない訳がない」
「ふふ、強気だね。本当は興味があったのはその子だけだったんだけど、君のことも気になってきちゃった」
「俺たちに用があってこんなことをしたのか」
女性が目を向ける先は俺が抱えるエイプリルへと向けられている。もし俺たちが原因なのだとしたらコタローはとんだとばっちりを受けたことになる。
「警戒しなくても大丈夫。そのエイプリルに手を出す気はないから」
女性は引っ掛かりの残る言い方をする。そして、スタスタと距離を縮めると覗き込むようにして俺が抱くエイプリルの顔を見つめる。エイプリルはこの女性が声をかけてきた辺りから気を失っていた。そんなエイプリルを見つめる女性の顔には悲しみや後悔のような感情が滲み出ていた。
「……本当に、生きてここにいるんだね」
その時、彼女の瞳に薄っすらと涙が光ったように見えた。しかし、彼女はすぐに顔を隠すように後ろを振り向いてしまった。
「あー、ごめんね。君たちにちょっかい出したのは私の個人的な理由。あのスーツの方を喰ったのは任務なんだ」
先ほどの雰囲気を
俺たちに会いにきた個人的な理由も気になるけれど、それ以上にコタローを白蛇に食わせたことを任務だと? いったい、どういうことだ。
「明日の夜からしばらく逆嶋の街は危険に晒される。君はなるべく早く彼女を連れて逃げた方が良いよ」
「どうして、そんなことを教える? それにコタローを殺す必要のある任務ってなんだよ」
「んー、前者の答えはただの自己満足かな。任務の方は、ひ・み・つ」
振り返って俺を見つめると口に人差し指を当ててニンマリと笑う。結局どちらの答えも要領を得ない。とはいえ、任務に関しては口外すると失敗になってしまう縛りがあるというのも考えられる。そういった制約で答えられないのかもしれない。
「逆嶋が危険ってのは市街地の方もか?」
スーツの忍者を狙っているということは、逆嶋バイオウェア所属の忍者がターゲットということだろう。それなら街の中心にある高層ビル群や工場地帯が狙われるはずだ。
街の外周にある市街地は無関係だと思いたい。だが、もし市街地にも危険が及ぶというのならおキクさんやラン、忍具屋の店主などこの街で良くしてくれた人たちにも危険が迫っていることになる。
「それは任務遂行に関わってくるから言えないな。でも、もし市街地も戦闘区域に入るって私が言ったら君はどうするの?」
「そんなの決まってる。俺とエイプリルに良くしてくれた街の人たちを守りに行くだけだ」
「街の人たちはゲームのシステムに従って君たちと接してただけだよ」
「……そうなのかもしれない。俺はまだこのゲームを始めたばかりだから初心者相手に優しくしてくれてた部分もあるかもしれない。ただ、端々から感じるんだ。ゲームのNPCとは思えないくらい生々しい感情の機微が、日々の営みが、彼らを生きているって感じさせるんだ」
一番身近にいるエイプリルは分かりやすい。俺の行動に対して実に人間らしい反応を返してくれる。街の人たちだってそうだ。恩を感じればその分優しさが行動に表れる。そんな彼らをただのゲームNPCと断じて切り捨てることなんて俺にはできない。
「ふぅん、そっか。なら好きにしなよ。君がどこまで足掻くのか見ててあげる」
女性はそういうと森の中へと歩いていく。
「ちょっと待てよ! あの蛇は瞬影術を使っただろ、あれはエイプリルの固有忍術だ。それをどうして?」
「その答えはエイプリルと一緒にいる君ならもう知ってるはずだよ」
くるりとこちらを振り向いた女性は謎かけのようなことを言って今度こそ本当に森の奥へと消えてしまった。それに合わせて白い大蛇も煙のように消えていった。
女性と白蛇が消えてしばらくすると鳥の声や動物たちの営みを感じるいつもと変わらない山道に戻っていた。
へなへなと力が抜けていき、道の真ん中に座り込む。エイプリルはあの女性の声を聞いた途端、急に気絶してしまったように思う。あの女性とエイプリルにはなにか関係があるのかもしれない。
ただ、今はとにかく街に戻って危険が迫っていることを伝えないといけない。せめて俺の手の届く範囲だけでも守りたい。
「さて、街までもうひと踏ん張りしますか」
俺は力が抜けた脚をパンパンと叩いて立ち上がる。お姫様抱っこスタイルで抱えていたエイプリルを背中に回すと、後ろ手で支えて背負い直した。そして、街へ続く道を足早に歩き始めた。
街に着くと入り口近くでコタローが立っていた。周りには他に六人ほどスーツ姿の忍者がいる。
おそらくデスペナルティの待機時間が終わってすぐに戦力を集めてくれていたのだろう。見知った顔としてはアマミもいるようだ。そんな中、俺たちに気付くと真っ先にコタローが近寄ってきた。
「セオリー、無事だったんだね」
「あぁ、俺たちは標的じゃなかったみたいだ」
それから俺の知った情報を共有していく。
あの白蛇は頭領ランクの女性プレイヤーが操っている様子だったこと、標的は逆嶋バイオウェアの忍者だったこと、そして明日の夜から逆嶋の街全体が危険だということ。
「なるほどね、どうして襲撃の情報を教えてくれたのかは分からないけど、こちらとしては大助かりだね。すぐに上層部へ伝達しないと」
「おい、その下忍の言うことを本当に信じるのか? どう考えても襲撃者と繋がってるとしか思えないだろ」
コタローが情報を電子巻物に書き込んでいると近くで待機していた男の忍者がこちらに近づいてくる。どうやら俺が嘘の情報を流していると思われているようだ。
「そう思われても仕方ない状況なのは分かる。ただ、信じてもらうしかない」
「襲撃する相手から『明日襲撃します』って聞いた、なんてどこに信用できる要素があるんだよ」
男は俺の襟首を掴むと凄むように睨み付けてくる。しかし、俺はそんなことよりも体勢が崩れることで背負ったエイプリルがずり落ちそうになる方に気を取られた。そっと気遣うように背負い直す。
「ハッ、余裕かよ、お前」
男を無視して背負ったエイプリルを気遣ったのが気に食わないようで襟首を掴む手に力が籠っていく。それと同時に拳をオーラが包み始める。さすがにこれは看過できない。
「止やめてくれるかな、ゴドー。今は仲間内でやり合ってる場合じゃないよね」
それを止めてくれたのはコタローだった。
ゴドーと呼ばれた男はコタローの言葉を受けて襟首を掴んでいた手をぶっきらぼうに離した。そして俺とコタローから距離をとり、明らかに不満を露わにした表情で腕を組んだ。
「じゃあ、どうすんだよ」
「まずは上層部に報告だ。向こうが任務で来ていて、なおかつ標的が逆嶋バイオウェア全体を対象にしているなら組織抗争型クエストかもしれない。そうだとしたら、こちらにも対抗するための任務が発生する可能性が高い」
「組織抗争型クエストってなんだ?」
クエストの種類に明るくない俺は質問を挟んだ。ゴドーがムッとした表情を浮かべる。首を突っ込むなとでも言いたげな様子だ。しかし、そんなゴドーをよそにコタローは俺に向き直り説明を始める。
「組織抗争型クエストっていうのはね、主に二つの組織が攻撃する側と防衛する側に分かれて、それぞれが特定の勝利条件を期限内に達成するというクエストなんだ」
直近の例としては、南の甲刃工場地帯を支配する甲刃連合というヤクザクランの根城へ向けて公営警察機関であるシャドウハウンドが突入作戦を敢行したそうだ。
その時の勝利条件はシャドウハウンド側は違法行為を行った証拠となる書類を見つけて持ち帰ることであり、甲刃連合側は証拠の書類を取られないように防衛するというものだった。
他にルールとして現実の時間で二日間、ゲーム内時間で八日間が防衛期間となる。また、システム上の縛りとして攻撃側は組織に所属する忍者のみで構成しなければならず、防衛側は組織外の忍者を守りに使ってもよいというのがある。奇襲が可能な攻撃側が有利になり過ぎないための措置だろう。
「相手の組織がどこの誰なのかも分からないし、目的すら不明だ。とはいえ上忍以上のプレイヤーなら何か掴んでるかもしれない。とにかく逆嶋バイオウェアの所属忍者全体に伝達するのが急務だね」
そういうとコタローは集まっていた忍者たちに情報の書かれた電子巻物を渡し、高層ビルの方へ向かわせる。残ったのは俺たちとコタロー、アマミ、ゴドーの五人だ。
「そいつらはどうするんだ?」
ゴドーは強引に話をまとめたコタローに対して俺たちの処遇に関して尋ねる。
「ボクは彼らをどうこうするつもりはないよ。信用しているしね。……セオリーはどうしたい?」
「俺はログインできる限りは市街地で防衛にまわりたい。せめて手の届く範囲の人たちおキクさんやランを守りたい」
正直な胸の内を話した。俺は崇高な考えなんか持っていない。逆嶋全てを守りたいだなんて思っちゃいないし、逆嶋バイオウェアについても勝とうが負けようがどちらでもいいとすら思っている。
もちろんコタローがいる分、逆嶋側に勝ってほしいとは思うけれど、だからって俺にできることは微々たるものだろう。だったら俺は全力でもって市街地を守る方につきたい。
「うん、良いんじゃないかな。ボクもできる限りフォローするよ」
「ハッ、そいつが敵を逆嶋の中に手引きしなきゃいいけどな」
ゴドーは簡単には信用してはくれないようだ。そこにアマミが口を挟んだ。
「まあまあ、この子達はウチの新入り二人を手助けしてくれた実績もあるんだしさ。私も多少は信用してるよ。だから、あんまり目くじら立てなくても良いじゃない」
アマミの口添えもあり、それ以上ゴドーは俺たちに何も言わなかった。そして彼は「本社に戻る」と言って去っていった。俺はアマミに向き直り、礼を述べた。
「アマミ、助け舟を出してくれてありがとう」
「私も知らない仲じゃないしさ。それに君たちが逆嶋所属じゃないから殺されなかったっていうのはあり得る話なんだよね。特に組織抗争型クエストは攻める方の縛りが強いって聞くし」
プレイヤーが他のプレイヤーに危害を加える場合、クエストなどの正当な理由がないとカルマ値の低下というペナルティを科される。そのため、コタローが山道で殺されたのはかなりイレギュラーな展開だ。
最初はモンスター相手だからカルマ値など関係なく殺されても当然のことと思っていたが、背後に別のプレイヤーがいるのであれば話が変わってくる。当然、何かしらのクエストでなければカルマ値が下がってしまうだろう。
「セオリーが教えてくれた白い大蛇とともに現れた頭領ランクの女性プレイヤーだけど、それに該当する人物は概ね検討がつくんだよね」
コタローは電子巻物を開くとメニュー画面からランキング表を表示する。ランキング表は空中に投影されるように表示され、全員で見ることができるようになっている。そこには『任務達成数』、『敵対生物無力化数』、『習得忍術数』などの各種ランキングがタブで区分けされていた。
「これは関東地方のプレイヤー限定のランキングだ。そして、忍者ランクおよびレベルもランキングになっている。関東地方では頭領ランクのプレイヤーは全部で七人。そのうち女性プレイヤーは三人いて、一人は八百万カンパニー、もう一人は公営警察機関であるシャドウハウンド所属だ」
ランキングの上位に名を連ねるプレイヤーを俺に見せつつ、コタローは説明していく。
「そして、最後の一人がイリスという忍者だ。たぶん、彼女が今回の襲撃者だと思う」
「どうしてそう思うんだ?」
「それはね、ボクが食べられた白い大蛇がイリスによって討伐されたユニークモンスター『大怪蛇イクチ』だからだよ」
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