第17話 死と隣り合わせの実感

▼セオリー


 エイプリルの火力アップに関して話し合いをした後、俺たちは再びクエストを受注するため依頼掲示板のある本屋まで来ていた。


「こんな所にクエストを受けられる場所があるなんて知らなかったよ。無所属のプレイヤーにしか見えないなら仕方ないけどね」


 依頼掲示板のある空間へと繋がる電柱の前まで行くと、コタローはしげしげと『依頼掲示板』と書かれた貼り紙の辺りを眺めた。彼にもやはり貼り紙は見えていないようだった。

 最初に伝えた際は「そんなの嘘だよ、攻略サイトにも載ってないよー?」と信じていないようだったが、実際に俺たちが貼り紙をノックして消えていくのを見た後にはさすがに信じるしかないようだった。

 ちなみに、コタローが見よう見まねで同じようにノックをしても依頼掲示板のある空間へ飛べる気配はなかった。


「それじゃあ、ちょっと行ってくる」


「うん、ボクは巻物屋の方を見てるよ」


 そうして俺たちは依頼掲示板へ、コタローは巻物屋へと別れた。依頼掲示板のある空間はいつもだいたい三、四十人近いプレイヤーでごった返している。それに比べて今日はかなり静かだった。十人程度だろうか。ほとんどのプレイヤーが中忍~上忍の区分の依頼を見ている。

 そんな中で一人だけ頭領ランクの区分に貼られた依頼書を眺めている女性がいた。もう何度ここへ通ったか分からないくらい依頼掲示板には来ているけれど、頭領ランクの依頼を見ているプレイヤーは今まで見たことがなかった。


(現状最上位ランクのプレイヤーか。最低でも150レベルオーバーなんだよな)


 能力値はどれほどになっているのだろうか。忍術もとんでもない効果のモノをたくさん習得しているのだろうか。俺のような下忍からすれば雲の上の存在であり、目指すべき目標の一つだ。

 服装はこの辺でよく見るスーツ姿ではなく私服に近い。黒いキャミソールの上から白いカーディガンを羽織り、下はショートパンツだけというラフな格好だ。逆嶋バイオウェアの忍者ってわけではないのかな?


「セオリー……、女性をあんまり見つめすぎるのは良くないと思うよ」


 エイプリルが肘で小突きながらジトっとした目でこちらを見つめてきている。どうやら自分では気付いていなかったが相当熱い視線を送ってしまっていたらしい。


「いや、頭領のプレイヤーなんて珍しいなと思ったからさ」


「ふーん、そうなんだ。私はてっきりイヤらしい目で見てるのかと思ったけどね」


「いや、誤解だって! エイプリルだって気になるだろ、頭領までいくとどんな忍術を習得しているんだろうなーとか」


 慌てて訂正するもエイプリルのツンとした態度は変わらず、「ショーパンとか好きなの?」などと聞いてくる。ご機嫌斜めになってしまったエイプリルはしばらくそんな調子だった。


「あ、もういない」


 そうこうエイプリルと騒いでいる内に頭領ランクのプレイヤーはいつの間にか居なくなっていた。






 そんな一幕があった後、俺たちは採掘クエストを二件受注した。忍具作成依頼を出すための材料となる鉱石を採掘するついでだ。

 依頼掲示板を出た後は再びコタローと合流し、慣れた足取りで幽世山脈の採掘ポイントへと向かう。採掘ポイントが多くある鉱山までの道のりは、逆嶋の街を出てから森に囲まれた山道をしばらく歩いて行く。

 いつも何事もなく通っている道だ。山道の脇には動物除けの特殊な鈴が等間隔で設置してあるので、クエストで出てくる巨大猪や巨大熊が出てくる心配も基本的には無い。

 だが今日に限っては普段と違っていた。


「ねぇ、セオリー。今日の森はなんだか静かすぎじゃない?」


「やっぱり? 俺の気のせいかと思ってたわ」


「ボクも嫌な気配を感じるね。こんなこと今まで感じたことないんだけどな」


 いつもクエスト中は助けを必要とするまでは後方で静観しているコタローも俺たちの近くに来て周囲を警戒している。

 今日の山道は周りを取り囲む森も含めて不自然なほど静かだった。いつもであれば鳥の鳴き声や動物たちの営みが木々の奥から感じられる。しかし、それがまったく感じられないのだ。


「もしかしたら、変異種かユニークモンスターが近くにいるのかもしれない。勝てないレベルだと判断したら全力で街まで戻るよ」


 コタローは俺たちにも注意喚起してくる。変異種やユニークモンスターはどちらも稀まれに出現する特殊なモンスターのことだ。

 変異種はその地域に出現するモンスターを強化した上位互換であり、強さに波がある。下忍でも倒せる変異種もいれば、過去には上忍だけで構成された複数のパーティーが討伐に向かわないといけないほど強いものもいたそうだ。

 逆にユニークモンスターは地域など関係なく稀に出現する固有の名を持ったモンスターたちだ。伝説上の生き物などが該当し、このゲームの中ではユニークモンスターを倒すこと自体がラストコンテンツの一つとして扱われる。そして、強さもそれ相応に強大なのだという。

 手早くコタローが説明してくれたおかげで俺とエイプリルも危険度の高さを認識した。俺たちは未だ下忍の身だ。そんなモンスターが現れたならさすがに戦おうとは思えない。


「その分、万が一倒せたら強力な忍具の材料になったり、特別な忍術を習得できたり特典があるみたいだけどね」


 そんな欲が漏れ出た結果が最初から逃走するのではなく一発だけ攻撃してみて勝負になるか判断するという中途半端な作戦だ。慎重派なコタローにしては珍しい。それほど変異種やユニークモンスターの出現頻度は低いということなのだろう。


 周囲を警戒してしばらく経った頃、森の中からシューシューという空気が漏れるような音が響き始めた。音は次第に大きくなり、目を凝らすと木々の奥からジワジワと迫ってくる巨大な白い壁が見えてきた。高さ三メートル以上あるだろう白い壁は、木々を避けるようにしながら横にスライドしていく。


(この長い壁は何だ……?)


 いつまで経っても終わりが見えない。一分以上スライドしていき、ようやく高さが段々と低くなって最後には尾のような形で消えていった。

 そう、尾だ。何かの尻尾だ。つまり、今まで見ていた巨大な白い壁は尾に繋がる何かの身体だったのだ。そこから連想される生き物は想像がつく。しかし、大きさがおかしいだろう。


 森の奥から金色に輝く瞳がこちらを覗いた。人の頭くらいある大きな瞳だ。その目に見つめられた途端、俺の身体は金縛りにあったように指一本動かなくなった。

 ゆっくりと近付いてくる。こちらの様子を窺うような様子でゆっくりと木の影から陽の下に姿を現す。その姿は間違えようがない。


 蛇だ。大きな白い蛇だ。

 頭の高さだけでも二メートルくらいあるだろう。口を開けば人間など容易く丸呑みにできる大きさだ。

 俺は後悔した。この蛇は手に負えない。睨み付けられただけで指一本動かせなくなる威圧感なんて感じたこともない。

 モンスターが姿を見せたら攻撃か退避か号令をかけると事前に言っていたコタローも言葉を失ってしまっている。中忍頭となるまでに多くのクエストをこなし、難題と呼べる場面にも幾度となく直面してきただろうコタローがこうなってしまっているのだ。


 運が悪かったと嘆く他ないのか。チュートリアルで教官と戦った時以来の死が近づいてくる感覚が身体中を駆け巡る。俺は隣にいるエイプリルを横目で見た。肩が震えている。俺と同じように死の気配を感じているのかもしれない。この世界に生きるエイプリルからすれば死はより実感を伴うものだろう。


 ここでエイプリルを失うのか?


 そんなのは御免だ。後悔する前にさっさと動けよ、俺の身体!

 自分への怒りが煮え立ち、恐怖の感情を心の奥へ追いやる。恐怖で竦んでいた体に血が通い直すような感覚が広がっていく。


「こんなところで死なせるかよ、『不殺術・仮死縫い』!」


 わずか一メートル程度の近さまで悠々と寄ってきていた白き大蛇は俺が動き出すことを予想していなかったようだ。俺は交差するように両腕を振るう。その爪が目と鼻先を掠めた。十分な成果だ。即座に蛇から離れると、コタローとエイプリルへ檄を飛ばす。


「死にたくなけりゃ、走れ!」


 まず先にコタローが弾かれたように走り出した。懐から爆弾を取り出し、蛇に投げつけながらだ。さすが中忍頭だ、最低限の仕事をこなしてくれた。これで多少は足止めになるだろう。

 しかし反対にエイプリルはまだ動けないようだった。完全に足が竦んでしまっている。俺は無理やりエイプリルをお姫様抱っこスタイルで抱え上げるとコタローの後を追って走り始める。しかし、コタローとの距離はぐんぐんと離れていく。途中、コタローがこちらに戻ってこようとしたが俺はそれを拒否する。


「先に街まで行って、助けを呼んでくれ」


 こんな化け物に半端な戦力では話にならない。きちんとした戦力で討伐に来ないといけないだろう。コタローが逆嶋の街まで戻れれば逆嶋バイオウェアを通して上忍以上のプレイヤーへとスムーズに伝達できるはずだ。


 一応、白蛇の目と鼻の間を仮死縫いで傷つけた。これで蛇特有の感知器官であるピット器官は仮死状態になったはずだ。現実の蛇と同じ理屈を当てはめて良いのかは分からないけれど、今のところ俺たちは食われていないし、追われてもいないことから成功したと見ていい。

 一つ問題があるとしたら、俺がエイプリルを抱えて走るのがそろそろ限界ということだろう。筋力1の弊害がまたしても発揮された。


 白蛇はまだ爆風の中だろうか。チラリと後ろを振り返る。大きな白蛇のシルエットが煙の中に黒くそびえている。よしよし、まだ見失っているかな。俺がそう一安心して前を向いた時だった。


「『瞬影術・影跳びあらため』」


 底冷えするような鋭利で静かな女性の声が聞こえた。この忍術の名は知っている。だが、俺が抱えるエイプリルが発したものではない。もっと後ろ、煙の中から聞こえた。

 その瞬間だ。前方にいたコタローが影に沈んだ。まるで穴に落ちるように消えていった。そして、コタローのいた場所には影だけが残った。


「瞬影術、だと……? エイプリルの固有忍術をどうしてこの白蛇が使えるんだ」


 俺の歩みはいつの間にか止まっていた。このまま進むべきではないと直感が告げている。

 コタローのいた場所に留まっている影がうごめき広がっていく。するとそこから波打つように白蛇の頭だけが這い出てきた。そして、金色に煌めく鋭い双眸がこちらを向く。


「安心してよ、君たちを殺すつもりはないから」


 先ほど聞こえた女性の声が今度は俺のすぐ背後から聞こえた。ゾワリと体中の肌が粟立つ。俺は警戒を最大限に強めながら振り返ると声の主である女性を見た。


 そこには依頼掲示板の空間で見た頭領ランクの女性プレイヤーが立っていた。

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