第22話 逆嶋防衛戦 その3~入隊とロール決め~
▼エイプリル
「入隊手続きの事務処理は以上です」
私が書類に必要事項を全て書き終えると、その書類をアヤメが確認していく。そして最後に隊長印が捺された。これで正式な入隊契約を交わしたことになる。
アヤメは立ち上がると直立した姿勢をとった。私も同じように立ち上がる。
「現時点をもって、エイプリルを機動捜査部隊シャドウハウンド隊員として認めます」
「よろしくお願いします」
宣言を終えるとアヤメはピンバッジを取り出した。門の前にも掲げてあった影に食らいつく猟犬の紋様が描かれたピンバッジだ。
「シャドウハウンドとして活動する際は衣服にこれを装着してください。このバッジこそがシャドウハウンド隊員である証明になります」
「分かりました」
私はピンバッジを受け取ると、ひとまず制服の胸元へ付けた。
「では、建物内の案内はタイド副隊長に任せます」
「了解しました。エイプリル、私に付いてきてくれ」
私は最後にアヤメへ礼をして部屋を出た。それからタイドの案内で建物内を歩いていく。
三階は隊長室の他に会議室や講堂が設置されている。少人数でのミーティングでは会議室を使い、全隊員を集める場合には講堂が使われるそうだ。
二階に降りると道場や忍具屋、巻物屋などが並ぶ。ここは戦闘に関連する施設がメインの階みたいだ。街のお店とは品揃えも異なるとの説明を受けたので、後で内容を確認しておこうと思う。
最後に一階へ降りる。壁にはシャドウハウンド隊員用のクエスト掲示板が掛かっている。また、一般住民から相談等を受け付ける窓口や隊員の様々な手続きを執り行っている受付もある。
「まずは受付に行って
「
「そうだ。シャドウハウンドでは主に得意とする忍術に合わせて監視者・追跡者・討伐者の三つの役割が定められている」
監視者は犯罪を未然に防ぐことを第一として活動する役割だ。隠密や情報収集能力が高い者に最適と言える。
追跡者は現場に残された痕跡から犯罪者を追い詰めていく役割だ。観察力の高い者が適任だが、追い詰めた結果そのまま戦闘になることも多いので戦闘力もそれなりに必要とされる。
討伐者は監視者および追跡者の情報を受けて犯罪者の制圧を行う役割だ。火力に秀でた忍術を持つ者や捕縛能力を持つ者が多い。
「どれを選ぶかは自由だが合っている役割にした方が便利だろう。役割の利点は野良パーティーを組んでクエストに行く際、メンバーを募集しやすい点にあるからだ。また、シャドウハウンド上層部から直轄の依頼を出す際も役割を基準に内容を精査して依頼を出させてもらう」
タイドの説明を聞き、役割というものが概ね理解できた。
私は戦闘能力や捕縛能力に秀でているわけじゃない。観察力はある方だと思うけれど、情報収集に関してはまだまだだと思う。なら、答えは一択だ。
「私、追跡者になります」
受付で役割の登録を済ませた後、タイドにクエストの受け方やパーティー募集の出し方などを教わった。無所属時の依頼掲示板と違って、こちらではパーティー募集が盛んに行われているようだ。私もセオリーがこちらに居ない時は活用してみるのも良いかもしれない。
タイドから一通り建物内の案内を受けたあと自由に行動する許可をもらった。今後、集合や呼び出しなどの用事がある際はピンバッジが通信機として機能するそうだ。
自由の身となった私はウキウキとした足取りで二階の忍具屋へ向かう。
「さてさて、どんな忍具があるのかな~」
店内に入ってまず目を引くのは機動隊服だった。
種類が複数あり、オーソドックスな隊服の他に潜入隠密専用のピッチリとしたランニングスーツタイプの隊服や工作員向けにポケットが多く増設された隊服など様々だ。いくつか種類はあるが全てに共通して黒い布地に白い文字で『Shadow Hound』と縫い込まれている。また、耐寒耐熱などの各種耐性やデザインのオーダーメイドなども受け付けているようだ。
(けど、やっぱり服は高いよねぇ……)
下忍のクエスト報酬の額などたかが知れている。隊服は機能性が高い分、値段もそれなりに高い。しばらくは制服のままになるだろう。
気を取り直して他の忍具も見ていく。
警察らしい武器と言えば警棒がある。この忍具屋ではスタンバトンという名前の警棒が売られていた。スタンバトンは打撃と同時に電気ショックを与えることで対象に麻痺を付与する武器だ。犯罪者を無力化する必要がある場合に重宝するだろう。
(とはいえ、私はセオリーとパーティーを組んでるから必要ないかな)
セオリーの仮死縫いは基本的に麻痺させるのと同様の効果を発揮できる。相手を無力化する術としては役割が被ってしまうだろう。
他に目ぼしいものはないかと物色していると、忍具屋の居た他プレイヤーの話し声が耳に入った。
「やっぱり索敵はドローン一強じゃない?」
「そんなことないよ、ウチのヘルマン君は一度覚えたらどれだけ逃げても匂いを辿れるよ」
「アンタの忍犬、嗅覚は凄いけど高齢ですぐに疲れちゃうじゃない」
「それは、……ほら、私が抱えて走ればいいよ!」
「何、名案みたいな顔してんのよ」
二人の女性はそんな話をしながら忍具屋から出ていった。
二人が立っていたショウケースの中にはドローンが展示されていた。
正直、忍犬の方も気になるけれど、それよりもこっちだ。
ショウケースに並ぶドローンには地上用ドローンと飛行用ドローンの二種類がある。両方ともに位置情報の発信する機能や自動操縦機能がある。そして、映像をリアルタイムで送信するオプションが付けられるようなのだ。
私の固有忍術の『影跳び』は目視する生き物の影へと跳ぶことができる。ずっと考えていたのだ。遠隔で見えるものへ跳ぶことはできないのだろうか、と。まだ試せてはいないけれど、もし画面越しに見えている地点にも跳べるなら『影跳び』の跳躍範囲は劇的に広まるだろう。
(でも、やっぱり高いよねぇ……)
全てはお金がモノを言うのだ。小型で一番安いドローンでも一機買えば持ち金のほとんどが吹き飛ぶ値段だ。リアルタイム映像送信機能をオプションでつけたりしたら余裕でお金が足りない。
そもそも映像の先に跳べるかも分からない現状ではさすがに手が出せない。誰かがドローンを持っていたら一度試させてもらおう。
私は肩を落としつつ、忍具屋を後にした。いつか必ずオーダーメイドの隊服を気軽に買えるくらい稼いでやるんだから! と決意を固めながら。
その後は、道場で模擬戦闘しているプレイヤーを観察したり、巻物屋で習得できる忍術を見たりして過ごした。習得の巻物も有用そうな忍術になるほど値段が高くなり、手が出なかった。残念だ。
最後にクエストの貼り出されている掲示板へ来た。どういったクエスト傾向が多いのか内容を確認する。
クエストの内容は期待通り、街中での犯罪に関わる任務が多くあった。それに下忍対象の任務では相手が一般人のことも多い。これなら人助けに体が動いてしまうセオリーにも合っていそうだ。セオリーがこちらに戻って来たらシャドウハウンドへの入隊を勧めよう。
『俺にぴったりの所属先じゃないか。さすがエイプリルだな』
『ふふん、私が腹心で良かったでしょう?』
『あぁ、俺の腹心はエイプリルしか考えられないよ、いや腹心以上だ』
『腹心以上って、つまりそういうこと?』
『エイプリル……』
『セオリー……』
おっと、危ない危ない。思わず脳内でトリップしてしまっていた。とにかく、セオリーがこちらに戻って来たら入隊を勧める。それで決まりだ。私は頭を振って少女漫画チックな妄想を脳内から振り払った。
他のクエストを見ていくと今まで見たことがない形式のクエストがあった。通常の任務内容が書かれている他にタイムリミットが設けられているのだ。受注してから三十分、一時間などのものから一週間などの長い期間を設定されているものもある。
「すみません、このタイムリミットがあるクエストは時間を過ぎると失敗するんですか?」
私は近くで上忍向けのクエストを吟味している男性プレイヤーに話しかけた。
「ん? ……あぁ、
「TAクエストですか?」
「ちょうど暇してたし、せっかくだから実際に見せてやるよ」
その男性は下忍欄にあるクエストを一つ選んで受注する。
「今、俺が受けたのがTAのチュートリアルクエストだ。君も同じの受けたら付いてきてくれ」
言われた通りに同じクエストを受注する。その後、二階の道場へ向かった。
シャドウハウンドの道場は場内に十を超える大小さまざまなフィールドが設けられている。使用時間は一時間で満員の時は予約しておくことで順番に使用することができる。
とはいえ、今はプレイヤーの少ない時間帯だ。予約なしで使用できる。クエストの内容は『道場で訓練用カカシ十五体に一撃与える』というものだ。
「そんじゃ見とけよー」
男性が指定されていた三十メートル四方のフィールドに入ると床から透明な壁がフィールドを囲むようにせり出してきた。
この壁は忍術などを遮断する防護壁になっているらしく、これにより見学者に攻撃忍術が飛び火することを防いだり、他のフィールドを使用しているプレイヤーと干渉し合わないようにしたりしているようだ。
完全に壁で囲われるとブザー音が鳴った。その音が開始の合図だったのだろう。フィールド内に訓練用カカシが出現する。カカシは男性の背後に音もなくスッと現れた。しかし、それを見抜いていたのか後ろを振り返り、即座に手裏剣を投擲する。
手裏剣が当たると、訓練用カカシはボンっと音を立てて煙になって消える。そして、再びフィールド内のどこかに出現する。それを上忍は次々と撃退していく。
五体のカカシが倒された後、次は二体同時にカカシが現れ、その次は三体同時だ。男性は一体を高速移動からの体術で倒し、同時に手裏剣を投擲して残りのカカシを倒していく。最後は一度に五体のカカシがフィールドの四隅と真ん中に現れる。それらも体術と手裏剣を駆使して速やかに倒していた。
「ざっとまぁ、こんな感じだな」
私は思わず拍手をして迎えていた。動きに無駄がなく、よどみない立ち回りだった。フィールドを囲っていた壁が消えると男性が歩いてきた。そして、フィールド横に立てられているスコア表を指差す。
「何秒でクリアしたかはこのスコア表に自動で記録されるから参考にするといい」
「親切にありがとうございました」
「どこの組織も新入りには優しいもんさ。君もゆくゆくはそうしてくれ」
「はい、わかりました。……ところで、このクエストは固有忍術を使っちゃダメなんですか? 使ってないようでしたけど」
「いや、使っても大丈夫だ。俺に関しては使っても意味ないから使ってなかっただけだな」
そういうと男性は掌を上に向ける。
「『
固有忍術の発動とともに掌から無数の青い蝶が生み出され羽ばたいていく。
「こんな感じで蝶を生み出して諜報や目くらましに使ったりできるだけ。直接的な攻撃力がないんだ」
「おぉー……でも、すごい綺麗な術ですね」
「そうかい」
男性は少し照れくさそうにしている。しかし、本当のことだ。宙を舞う青い蝶は光の加減で羽にグラデーションができてキラキラと輝く。今まで見た忍術の中で断トツに綺麗な術だ。しばらくすると蝶は空気の中へ溶けるようにして消えてしまった。
「そしたら次は君の番だ」
「あ、そうでした」
思わず蝶に見とれてしまっていた。
私はフィールドに入っていくとクエストを開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます