第23話 逆嶋防衛戦 その4~タイムアタックと師匠~

▼エイプリル


「それじゃあ、行きます」


 クエストがスタートした。私の前方に訓練用カカシが出現する。

 固有忍術が使えるんだったら、このクエストは私向きだ。


「『瞬影術・影跳び』」


 カカシの影から跳びだすと即座にクナイで切りつける。さすがにカカシ相手に爆弾を使用するわけにもいかないので今回はクナイで一撃を加えていく。それから二体目、三体目、四体目と順調に倒していった。五体目を倒し、次は二体同時に出現する。それも『影跳び』の連続使用で切り裂いていく。傍目から見ると私が次々と高速で瞬間移動しているように見えるだろう。

 三体同時の出現も難なくクリアだ。最後は五体一気に出現するのを切り裂けばたちまちに終了だ。……と思いきや、最後の一体を前にして足がもつれてしまった。あと少しで最後のカカシを倒せるのに足が絡まってクナイを刺し込む一歩が出ない。


「てやぁー!」


 がむしゃらにクナイを投擲する。それは何とかカカシを貫いたようでクエスト達成の表示が出る。しかし、その表示タイムを見ることのできないままフィールドに倒れ伏した。フィールドの地面は畳なのでケガする心配はないとはいえ、視界がグルグルと回りしんどいのに変わりはない。


「なかなかやるな、結構良いタイム出てたぞ」


 男性が近づいてくる。しかし、身体を起こすことができない。頭がグワングワンと揺れているようで視点が定まらない。


「固有忍術に振り回されて目を回したか。今までこんなに連続使用したことなかったんじゃないか? 転移系忍術は慣れないヤツだと一回しただけで吐くらしいしな」


 彼の肩を借りてなんとか見学席まで移動した。


「ありがとうございます、上忍さん」


「ん、あぁ、俺のことか。まあ、いいってことよ。ちなみに俺の名前はハイトな」


「ありがとうございます、ハイトさん。私はエイプリルと言います」


「ほぉん、エイプリルねぇ。したらチュートリアルの時、面倒くさかっただろ」


「なんでですか?」


「だってそうだろ、途中で死んじゃうエイプリルって女の子と名前被るじゃん」


 私は苦笑いを返す。

 この世界がゲームであることは知識権限で知った。けれど、それ以外のことはまだまだ知らないことばかりだ。チュートリアルというのは知識として分かる。もしかして私はプレイヤーがこの世界に訪れる度に何度も何度も死んでいるのだろうか。そして、今もその死のサイクルは繰り返されているのだろうか。

 ……駄目だ。難しいことを考えようとすると視界の揺らぎで気持ちが悪くなる。額に手を当てて天井を見上げた。いったん、この話は私の胸の内にしまっておこう。

 そんなところでハイトが再び話し始める。


「まあ、いいや。それにしても良い固有忍術持ってるな。転移系は希少だぞ」


「でも『影跳び』の連続使用にこんなデメリットがあるなんて知りませんでした」


「はっは、あんだけ転移できれば上等だろ。普通ならあんだけ転移しまくったら平衡感覚なくしてすぐ倒れる。俺なんて知り合いに転移させられた時は一発でゲロ吐いて伸びちまったよ」


「あはは、そうなんですね。……あっ、そういえばタイムはどうでした?」


 しだいに目が回っていたのも治まってきたのでスコア表の方へ意識を向ける。


「えーっと、たしか二十四秒だったな。固有忍術の相性が良いとはいえ、初めてにしては早い方だぞ」


 ハイトが手本で見せた時は三十秒以上かかっていたはずだ。それに比べれば早い。

 しかし、スコア表の横に載っている歴代タイムと比べると歴然とした差があった。そこだとベスト百にも載らない。最低の百位ですら十三秒で倒しきっている。


「カカシは十五体いるのに十五秒切ってる人たちはどうなってるんですか」


「そりゃ、上を見たらキリがないからなー」


「でも、その上を目指さないとダメなんです」


 腹心として不甲斐ない結果を良しとはできない。


「お前、上忍の俺よりタイム早いじゃん」


「それはハイトさんの固有忍術が相性悪いからじゃないですか?」


 私の返答を聞いて、ハイトはパチンと指を鳴らす。


「そう。つまり、そういうことよ。固有忍術の相性次第なんだよ。だから、ムキになっても無理なもんは無理」


 諦観の境地を漂わせながら、そんな風に諭される。


「そんな諦めるしかないなんて、悔しいよ」


 私はそこで諦めるのは嫌だった。思えば、セオリーも諦めることが嫌いな人種だ。教官忍者と戦った時も、白い大蛇と対面した時も、常に次の手段を考えていた。

 私は不甲斐ない。いずれの戦いでも戦意を喪失したり、意識を失ってしまったり、セオリーがいなければ今ここにはいなかっただろうと思う。そんな彼と対等に並ぶためには、腹心として寄り添い続けるためには、今の弱い私を乗り越える必要がある。


「……別に諦めろとは言ってない」


 私の決意を燃やす瞳に何を思ったのか、ハイトは頬をポリポリと掻きつつ答えた。


「つうかよぉ、お前の固有忍術なら百位以内に入るなんて簡単なんだよ」


 ハイトはピシっと私を指さす。

 でも、実際のところ私は百位に入れていない。とても簡単とは思えない。

 簡単とのたまうハイトをジトリとした目で睨む。


「はいはい、目でぶう垂れてくんじゃないよ。ガラじゃないけど、指導してやる」


「別に不機嫌になんてなってません。でも、指導はありがたく受けます。よろしくお願いします」


「お前、結構ちゃっかりしてんな」


 ハイトは笑いながら再びフィールドへ歩いていく。そして訓練用カカシを一体フィールドに用意して傍に立った。


「このカカシにさっきと同じように攻撃してみろ」


 私は言われるままに『影跳び』して、クナイをカカシに突きだす。しかし、私の突きだすクナイはカカシへ到達する前に止められてしまった。ハイトが私の腕を掴んでしまっているのだ


「これがタイムを落としてる原因その一だな。転移と攻撃の間にタイムラグがある」


「むぅ、たしかに」


「転移場所をもっとカカシに近い位置にできるか?」


「できると、思います」


 今までは無意識の内に相手からのカウンターを考慮して少し距離を空けて跳んでいた。それが転移と攻撃のタイムラグに繋がっていたのだろう。転移した瞬間にクナイがカカシに突き刺さるくらいの位置に跳ぶ。それを考えながら、意識を集中させる。


「『瞬影術・影跳び』」


 さっきと比べてカカシとの距離は縮まった。これならそのまま腕を突きだすだけですぐにクナイが刺さるだろう。


「おー、良い感じだな。じゃあ、それ意識してもう一回十五体倒してみろ」


 ハイトに言われたようにクエストを再受注してカカシを倒していく。

 確かにカカシ一体にかかる時間が格段に減った。しかし、次の欠点が浮き彫りになった。


「うへぇ、気持ち悪い……」


「カカシ倒す回転が上がったら、目ぇ回すのも早まったか」


 十三体倒すところまでは上手くいっていたが、その後、脚をもつれさせて倒れてしまった。連続する転移に平衡感覚を失ってしまったようだ。

 何とか立ち上がり残りの二体を倒すけれど、掛かった時間は四十六秒。最初の二倍近くかかっている。


「タイムを落とす原因その二は、俺が言わなくても分かるよな」


「自分の忍術に振り回されて目を回すこと、ですね」


「ついでに言うと、その三は同時攻撃が下手な点だ」


 ハイトが手裏剣を投げつつ体術を使い、同時に二体のカカシを倒していたのを思い出す。


「でも、手裏剣より跳んだ方が早いですよ」


「そりゃ、一体だけならそうかもしれない。でも、三体以上いるなら一体を手裏剣とかで倒して、その間に残りの二体を転移で倒す方が早いんじゃないか」


「……なるほど」


 たしかに、そうかもしれない。

 それに転移回数が減らせれば目を回す前に倒しきれるかもしれない。


「よーし、もう一回いってくる!」


 私は意気込んでクエストを再受注した。

 そして、手裏剣と『影跳び』を織り交ぜて駆使した結果、十四秒というタイムで倒しきることができた。しかも、今度は目を回す前に倒しきれた。


「やりましたよ、ハイトさん」


「おう、まさか二回目でこんなにタイムを縮めるなんてやるじゃないか」


「ありがとうございます。これもひとえにハイトさんのおかげです。今後は師匠とお呼びしてもいいですか?」


「いや、止めろ止めろ。さすがにそんなガラじゃねぇって」


 好タイムが出て、舞い上がってしまった。

 ハイトは面倒くさそうな目をしてシッシと手を振る。


「と、呼び出しか」


 そんなじゃれ合いも束の間、二人のピンバッジが同時に鳴り、呼び出しを告げる。


「私もみたいです」


 ピンバッジの側面にあるボタンに触れるとアヤメの声が流れ出した。


『シャドウハウンド隊員全体へ通達します。十三時三十分より全体集会を行います。内容は今夜の組織抗争についてです。時間のあるものはできる限り全員出席して下さい』


 どうやら、今夜の組織抗争の襲撃に対して話し合うようだ。

 今が十二時なので昼食を食べたらすぐだ。


「面倒くせぇな」


「何言ってるんですか、師匠。大事な会議じゃないですか」


「だから師匠じゃねぇっつうの。……というかよ、そもそも逆嶋バイオウェアの問題に何でウチが出動しなきゃなんねぇんだ」


「市民を守るのがシャドウハウンドだからじゃないですか」


「昨夜の大蛇との戦闘映像見たけどよ、こっちが都合のいい肉壁になってるだけじゃね?」


「そんな捻くれたこと思ってたんですか」


「なんだ、幻滅したか? 今なら師匠って言ったの撤回していいぞ」


「撤回しません。とりあえず、お昼にしませんか?」


「あー、そうかい。まぁ、いいや、好きにしな」


「それじゃあ、この近くで美味しいお店に連れてってください」


「お前、本当にちゃっかりしてんな。……はぁ、そんじゃ俺の行きつけのラーメン屋行くか」


 そうして昼食を食べた後、シャドウハウンド三階の講堂で行われる集会へと面倒くさがるハイトを引っ張って行き、参加したのだった。






 集会の時間より少し余裕をもって講堂に着くと、壇上でタイドと数名の隊員が映写装置の準備などをしていた。その近くでアヤメは手持無沙汰にしている。

 そんなアヤメは私とハイトの姿を見つけるとこちらに近づいてきた。


「ハイトが参加しているなんて珍しいですね」


「この子に無理やり引っ張られてきたもんでね」


「おや、エイプリルがですか。この不精者ぶしょうものを連れてきてくださってありがとうございます」


 散々な言われようである。おそらく毎回面倒くさがって出席しないんだろうな。


「師匠にはお世話になったので、私が更生させます」


「余計なお世話だっつーの」


「おや、可愛らしい弟子をとったのですね」


 アヤメはジロリとハイトを見る。


「いや、師匠とかってのはコイツが勝手に言い始めただけだ」


「えぇ?! 師匠呼びについては好きにしていいって言ったじゃないですか」


「それは飯屋に行くことの方だよ!」


「ほう、ずいぶんと偉くなりましたね、会議集会サボり魔のハイト君」


 アヤメがにじり寄って問い詰めてくるのにハイトはタジタジのようだ。しかし、私は見ていてハイトに対するアヤメの口調からは柔らかさというか、親しみのようなものを感じられる気がした。






 しばらくしてタイドに呼ばれたアヤメは壇上に戻り、ほどなくして集会が始まった。昨夜の情報をもとにした大蛇への対抗手段や有効な手立てなどが話される。そして、最後に今夜の襲撃に備えた部隊編成が発表された。


「マジかよ」


 それを見てハイトはポツリと言葉を漏らした。

 今回の編成では東西南北に陣を敷く。そして、それぞれの方角ごとに大隊による布陣を構築するようだ。


 大隊は複数の中隊から成り、中隊は複数の小隊から成る。その最小単位である小隊は三人編成だ。そして、東に陣を敷く大隊の指揮官がアヤメだ。指揮官とはいえアヤメも小隊として組み込まれている。その小隊のメンバーがアヤメとハイトとエイプリルの三人となっていたのだ。指揮官の属する小隊は、大隊の要になる。


「師匠、責任重大ですね……」


 エイプリルは励ます気持ちでなんとかそれだけ絞りだした。

 しかし、ハイトは顔に手を当てて何も答えられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る