第24話 逆嶋防衛戦 その5~組織抗争二日目、開戦~
▼エイプリル
日がそろそろ完全に落ちきろうかという夕暮れ。時刻は十八時をまわったところだ。
逆嶋の街の東側、その中で比較的背の高い四階建てマンションの屋上にアヤメ、ハイト、エイプリルの三人は立っていた。屋上の一角には貯水タンクの影にカモフラージュさせて通信装置などの機器や地図などが広げてある。
『こちら南側陣営、布陣完了しました』
『西側陣営もオッケーです』
『北側陣営も問題ありません』
「分かりました。今後、何かあれば即座に連絡してください。定時連絡は十五分刻みで忘れないように」
『『『了解』』』
通信装置から流れてくるのは各陣営に配置された上忍以上の大隊指揮を任された忍者たちの声だ。返事を聞いた後、アヤメは私とハイトに向き直った。
「ハイト、機器の操作、ありがとうございます」
「相変わらず機械音痴なのは治ってないんだな」
ハイトは通信装置を弄りながらアヤメに笑いかける。
「仕方ないでしょう。私が触れると勝手に機械が壊れるんですから」
「知ってるか? 普通、勝手に機械は壊れないんだぜ」
「でも、壊れるんですよぉ!」
そんな返し文句にアヤメは涙目になりつつ、ハイトをポカポカと叩いていた。その姿に隊長としての威厳はない。
「アヤメ隊長ってハイト師匠の前だと何ていうか、ゆるくなりますよね」
「ゆるく?! どういうことですか」
アヤメが目を見開いて私を見る。
「はっは、頭のネジがゆるいってことだろ。まぁ、部下の前だと無理して堅物っぽく振舞ってるけどな」
「頭のネジがゆるいとはなんですか! 失礼ですよ!」
ハイトが腹を抱えて笑い、アヤメが憤慨して詰め寄る。夫婦漫才かな。
「二人とも仲がいいんですね」
「どこがだよ!」
「どこがですか!」
綺麗なハモリっぷりだ。阿吽の呼吸というヤツだろう。
もしかして、この小隊の編成も相性など考えて組んだのだろうか。だとすると私はお邪魔者かもしれない。少し離れて見守っていようかな。
「おい、俺たちからあんまり離れんな。下忍が単独になったら即終了だぞ」
気を使って少し屋上の縁側へ下がると、ハイトが私を指差して声をかける。
「二人の仲を邪魔しちゃ悪いかなと思いまして」
「アホか、むしろお前がアヤメの相手してくれ」
「何を言うんですか、それでは私が構って欲しいみたいではないですか」
「いつも俺に絡んでくるじゃねぇか。まあ、それはともかくエイプリル。お前みたいな弱っちいヤツは俺たちのそばにいろ」
ハイトの何気ない一言が私のハートを打ち砕いた。
「弱っちい……、弟子のことをそんな風に思ってたんですね、悲しいです」
「いや、事実だろうが面倒くせぇな」
私は目元に手をやり、泣き真似をしつつ二人のそばに近寄る。たしかに二人のそばにいるのはかなり安全度が高い。
「あ、そっか。強さのバランスをとるためにアヤメ隊長とハイト師匠の小隊に選ばれたんですね」
極端に弱い小隊と強い小隊を作るより、バランスの良い小隊を作った方が防衛側としては隙が生まれにくいということかな。
「いえ、違いますよ」
私の考えはすぐアヤメによって否定された。
「エイプリル、あなたには万が一通信装置が破壊された際に伝令役を担ってもらいたいのです」
「伝令役ですか?」
「そうです。入隊の手続きの際にあなたの固有忍術に関して聞かせてもらいました。目視した生物の影へ転移できる。対象との距離は問わない、でしたね」
「そうです」
「では、私の横に立ってください」
そういうとアヤメは地図をもって屋上の縁に立つ。隣に並んだ私に地図を持たせる。そして、地図の点の位置と屋上から見える同じ位置を指差しする。そこには同じシャドウハウンドの隊員が立っている。
「このマンションが周囲で一番高い建物です。つまり、ここからなら一望できる限りの東陣営に向かって、どこへでも伝令を頼めるということです」
私の目視できる範囲という制約は高所から見まわすことで軽減できる。そして、一番の高所は大隊を指揮する小隊が戦場全体を俯瞰するために使用する。
「たしかに私がこの小隊に選ばれる理由として理にかなっていますね」
「そうでしょう。私は下忍であろうと弱いとは思っていません。適材適所の活かし方があると思っています」
「分かりました。私、いざとなったら伝令役を頑張って務めますね!」
「えぇ、お願いします」
組織抗争規模の戦闘では個々の戦闘力よりもチームでの戦闘力、連携力が大事になってくる。そういった戦闘でモノを言うのが情報伝達力だ。常に変化し続ける戦場で、どこを攻め、どこを守るのか、チームの指針を統一して指揮できなければ混乱の内に各個撃破されていってしまうだろう。
私の仕事は各小隊に情報を伝達してチームの指針を統一させること。私がしくじれば大隊が瓦解する可能性すらある。責任重大だ。
私は屋上の縁に立ち、自分の守る街を見下ろした。
布陣の少し後方にはランとおキクさんの住む駄菓子屋がある。東陣営に配置されたのはきっと私が入隊手続きの時に希望を言ったからだ。
(私も守りたい)
私は覚悟を決めて、ぎゅっと拳を握り込んだ。
夜が深くなっていく。日はとうに暮れ、市街地は静まり返っていた。
そんな中、通信が一報入る。
『こちら北側陣営。少数の忍者による奇襲を受けています』
「分かりました。対応は北だけで問題ないですか?」
『相手は少数ですが手練れのようです。小隊が次々ロストしています。救援を願います』
「分かりました。小隊をまとめて遅滞戦闘しつつ、防衛ラインを維持してください。タイド副隊長の部隊を向かわせます」
『了解』
アヤメは北陣営との通信が終わった後、今度はタイドに向けて通信を飛ばす。
「タイド副隊長、早速ですが仕事です。北陣営に手練れの忍者が少数確認されています。撃破してください」
『了解しました』
タイドは各大隊とは別に戦闘力に秀でた遊撃部隊を率いている。敵の精鋭部隊にぶつけるために中央付近で待機し、連絡を受けていずれかの陣営へ向かうのだ。
「とうとう来たか」
ハイトは通信装置を操作しつつ、そう口にした。鋭く細められた眼光に先ほどまで談笑していた時の様子は微塵もない。
「ハイト師匠も戦闘に入ると真面目な顔するんですね」
「うるせぇ、俺はいつでも真面目だっつーの」
「それは嘘ですね、真面目なら会議にきちんと出席するでしょう」
アヤメは地図と戦場を見つつ、ツッコミを入れていた。
「ちぇっ、手厳しいね。そんでアヤメ隊長さん、北への攻撃、どう見る」
「……陽動、と言いたいところですが、それにしては崩されるのが早いです。それなりの手練れを送り込んでいるのでしょう。しかし、意図が読めません」
手練れの忍者は一つの組織にそうたくさんいるものではない。それを投入するならある程度の戦果が見込める時だ。しかし、今はこちらも万全の状態である。このままタイドの部隊が到着すれば相手が手練れとはいえ数の戦力差で制圧できるだろう。これでは戦力の逐次投入という最も下策の手だ。
「ほう、そうかい。それなら俺の予想を聞かせてやろう」
「何かあるんですか?」
「たぶん、北は陽動だ」
「ですが陽動にしては手練れを使いすぎでは?」
「なら、その手練れが本命なんだろう」
「何を言っているんですか? 矛盾しているじゃないですか」
アヤメの指摘を受けてもハイトの表情は変わらない。
「だからその手練れが陽動であり本命なんだよ。おそらく集団を転移させる固有忍術を持ってるヤツがいるんじゃないか?」
「転移……!」
「転移系の忍術は希少だからそう見ないよな。だから戦略から外しがちだ。俺もエイプリルと今日会わなければ思い浮かばなかったかもしれねぇな」
ハイトが私を見る。敵の中に私と同じ転移系忍術の使い手がいる?
思い浮かぶのは組織抗争初日に現れた大蛇。その最後の消え方はまるで『影跳び』による転移で消えるようだった。
「たしかにそれは有り得るかもしれません。しかし、部隊を動かすには根拠が少なすぎます」
「だが最悪を想定するなら、これしかねぇ。タイドの部隊が北に着いた瞬間に南へ移動されてみろ、確実に突破されるぜ」
「なるほど、確かに考えられる最悪のパターンです。しかし、それでも南も防御を固めて遅滞戦闘に徹すれば、こちらのフォローが間に合うのではないですか」
「本命がその手練れ共だけならそうかもしれねぇな。だが、向こうさんにはあの大蛇がいる」
私の脳裏に昨夜のことがフラッシュバックする。大蛇が暴れる中、多数の忍者が連携してなんとか撃退した。その乱戦の中、今度は手練れの忍者が大蛇をサポートするように暗躍し始めれば防衛ラインはたちまち瓦解するだろう。
アヤメはしばし思案するように目をつむっていたが、決意するように目を見開くとハイトを見つめた。
「ハイト、あなたの知略と閃きには何度か助けられたことがありましたね」
「お前に無理やり甲刃連合を取り締まるとかいうフザけた組織抗争に連れだされた時とかな」
「……ハイトの予想を信じます。今から戦略を練り直しましょう。どうすればいいですか?」
アヤメが地図を広げるとハイトは手早く地図にペンで丸を付けていく。
「まず、タイドの部隊は北に残しておく。相手さんの転移回数に制限があるか分からない。タイドを南に回した途端、また北へ跳ばれちゃ面倒だからな」
「では、誰が南を守るのですか」
「お前」
「はい?」
ハイトは当然のようにアヤメを指差していた。その指先をアヤメは信じられないものを見るかのような眼で見ている。
「私は一応全軍の総指揮官という立場なのは分かっていますか?」
「そんくらい知ってるっつーの」
「でしたら、私がこの場から離れるのはよろしくないですよね?」
このマンションの屋上が各陣営の通信の要だ。そこからアヤメが離れるというのはオーケストラで指揮者が壇上から居なくなるに等しい。
「だが俺の知ってる限り、あの大蛇相手にタイマン張れるのはお前しかいない」
「では、その間の指揮を誰が取るのです」
「そりゃあ、暇になりそうな西の陣営任せてる忍者とかいるだろ」
「う、うーん、西の彼女はその、私寄りと言いますか……」
アヤメはしどろもどろになりながら言葉尻を濁す。
「あぁ、脳筋なのか」
「もうちょっとオブラートに包んでもらえますか!」
ハイトの歯に衣着せぬ物言いにアヤメは顔を真っ赤にさせている。
「なら、どうする。こいつにやらせるか?」
「えぇっ、私には無理ですよ!」
いきなりハイトは私に振ってきた。さすがにそんな大役を任せられたら緊張で胃がどうにかなってしまう。
「貴重な伝令にさらにお願いなんてできません。……分かりました、ハイト。あなたに総指揮官をお願いします」
アヤメはハイトの腕を掴むと有無を言わさず、アヤメの立っていた位置に立たせた。
「おい、マジかよ。本気で言ってんのか?」
「今回の件が成功すれば、あなたの不精者というレッテルも少し改善されるかもしれませんよ」
アヤメはそう言うと通信装置を全体回線に繋げた。
「各大隊指揮官に通達。私はこれより南側陣営に向かいます。その間の総指揮は上忍のハイトに一任します。彼の指示に従うように」
『な、本気ですか?』
『北ではなくこちらに隊長が来るとはどういうことですか』
通信機器からは各大隊の指揮を担う忍者から即座に応答が返ってきた。いずれも納得できていない様子だ。
「時間がないため詳細はハイトより伝達します。私からは以上です」
アヤメはそう言ってハイトに場所を譲ると、すぐに屋上の縁へ向かって行く。
ハイトはアヤメの一貫した行動に観念したようだ。
「言い出しっぺだし仕方ねえか。おい、アヤメ、こいつを連れてけ」
ハイトは出ていくアヤメに青い蝶を一羽渡す。その蝶は羽ばたいていくと、アヤメの肩に舞い降りた。
「そいつを通して俺に視界が共有される。現場は直接知りたいからな」
「分かりました。ハイト、よろしくお願いしますね」
「へいへい」
「それからエイプリルもよろしくお願いします。ハイトを支えてください」
「はい、わかりました」
私たちと一言交わすと、アヤメはすぐに南へ向かって屋上の縁から飛び出していった。
「師匠、とりあえずさっきの作戦を現場の指揮官に伝えましょう」
「はぁ~、分かってるよ」
ため息をこぼした後、ハイトは面倒くさそうに通信を繋ぎ直すのだった。
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