第25話 逆嶋防衛戦 その6~隕石と鳥籠~
▼エイプリル
「師匠、アヤメ隊長に伝えた予想と作戦を現場の指揮官に伝えましょう」
「はぁ~、分かってるよ」
ため息を吐いたハイトは通信装置を前にして横柄な仕草でマイクを掴むと口を近づけた。
「よぉー、お前ら。俺が今から総指揮官のハイト様だ。今から今後の戦略を伝える」
『引っ込め、不精者』
『アヤメ隊長の隣に飽き足らず、総指揮の座まで取るとはな。夜道に気をつけろよ』
『阿呆』
それはハイトによる最悪の第一声と、それに呼応する非難轟々の応答だった。
「おいこら、好き勝手言いやがって、つうか最後のはただの罵倒じゃねぇか」
「それを言うなら、全員ほぼ罵倒だったような。師匠、人望ないですね」
「うるせぇ、だから総指揮なんてやりたくなかったんだよ」
『てめぇ、他に女囲ってやがんのか』
『師弟プレイとかゲーム楽しみやがって!』
『馬鹿』
「あーあー、聞こえなーい。聞こえませーん」
ハイトは罵詈雑言に対して耳を両手で塞いで対抗していた。子供同士の喧嘩かな。さすがにこれ以上は作戦に支障をきたしてしまうだろう。
「みなさん、師匠への不信は分かります。でも、どうか作戦を聞いてもらえませんか」
私は精いっぱいの誠意を込めて各陣営の指揮官にお願いした。すると、思いがけない人物からの返答が来た。
『各陣営指揮官諸君、エイプリル隊員に免じて話を聞こうじゃないか。ハイト、詳しい内容を教えてくれ』
タイドの声が通信装置から流れる。たしかタイドは遊撃部隊として北側に向かっているところのはずだ。
「おっ、タイド副隊長殿か。まずは俺の予想と作戦を説明したい所なんだが、時間がないから先に指示だけ出しとく。副隊長は北の戦場へ行ったら相手さんを追い詰めつつ、敵の人数を数えといてくれ」
『敵の数はもちろん数えるが、バラバラに動かれてるなら正確な数字は出せないぞ』
「いや、俺の予想が正しいのなら、敵さんは追い詰められたら一ヶ所に全員固まるはずだ」
『なぜ、そんなことが分かる?』
「それを今から説明すんだよ」
ハイトはそこからアヤメに対して伝えた推理と予想を伝達していく。相手の陣営に転移系の固有忍術を使える忍者がいる可能性だ。そして、転移をするなら全員が集まって一度に転移しようとするはず。
『そんな博打みたいな予想でアヤメ隊長を動かしたのか?!』
『間違ってたら最高戦力の一人を遊ばせることになるぞ』
陣営指揮官である忍者たちが口々に反応を返すが、それに対してタイドは冷静だった。
『たしかに最悪を想定するなら、そういった予想もできる。アヤメ隊長を遊ばせる結果に終わるならむしろ万歳といったところだろう。俺はその作戦に乗ろう』
副隊長であるタイドがハイトの作戦に乗ると言ったため、他の陣営指揮官たちも渋々といった様子ではあるが作戦に賛同した。
『……むっ、一人目を捕捉した。これより交戦に入る』
北の戦場に到着したタイドは敵忍者の一人と交戦に入ったようだ。
鉄同士がぶつかり合う甲高い音が通信装置越しに響く。
「そしたら南陣営は索敵の陣形を薄く広く伸ばしてくれ。そっちに敵が現れたらすぐに対応できるようにしたい」
『了解』
ハイトの作戦に乗ると決まった時点で、指揮官たちも腹をくくったようだ。即座に指揮下の小隊へ指示を出し始めている。
「師匠の作戦が通って良かったですね」
「どうだろうな。俺の作戦なんて穴だらけだぞ。そもそも机上の空論になるかもしねぇ」
ハイトはやれやれと肩をすくめながら地図へと目を走らせる。
戦況を整理すると、北陣営大隊とタイド副隊長の遊撃部隊が敵の手練れ忍者数名を包囲しようとしている段階だ。そもそも数の上では有利だったわけだし、そこにタイド率いる遊撃部隊が追加投入されたのだから、このままいけば押し切って勝てるはずだ。
『どうやらハイトの予想が当たりそうだ』
戦闘音とともにタイドからの通信が入る。
『敵が集まってきている。現在、敵は四人だ』
「そのまま抑え込んでくれ」
『なかなか無茶を言ってくれる』
爆発音や風切り音がひっきりなしに飛び交う音声からは逼迫(ひっぱく)した戦況が伝わってくる。相手の忍者は手練れと聞いていたが評判通りの強さのようだ。このまま、もし本当に南陣営へと転移されてしまうとしたら、アヤメと南陣営の負担が相当重くなってしまうのではないだろうか。
私は心配になってハイトを見つめる。だが、ハイトはニヤリと笑いながら続けた。
「俺と喋りながら戦えてるんだから余裕あるだろ。まさか敵戦力を高く見積もらせたいのか?」
『実際、相当な手練れだと思うがね。上忍以上ではあるだろう』
「アホくさ、何を言おうと南陣営にはアヤメ以外は送らんからな。……言わなくても分かってるだろうけど、タイドは一人でも多くの転移を妨害してくれ」
『……了解した』
そうしてタイドからの通信は途切れた。
二人の間でなんらかの駆け引きがあったようだが、私は置いてけぼりだった。
「私、話に付いていけてないです」
「そうか、今日入隊したばっかだもんな。あの過保護野郎はな、アヤメの方に増援を送らせたいんだよ。ユニークNPCは死んだら終わりだからな」
「え……、えぇ?!」
つまり、タイド副隊長はアヤメ隊長を死なせたくないから相手の強さを誤認させるために戦力が拮抗している風に見せていた、ってこと?
「だが、俺が増援を送る気がないと知った。なら、あいつがすることは敵戦力の削ぎ落ししかない。敵戦力は今んとこ四人って言ってたか。なら半分くらいは削いで欲しいとこだな」
「でも、相手は転移で逃げちゃうって」
「そこは固有忍術の相性ってやつだ」
『南陣営、大蛇出現しました!』
『北陣営、最後に一名が合流し五名になった段階で転移忍術を確認。タイド副隊長が敵戦力三名を鳥籠に閉じ込め成功。二名を逃しました』
報告はほとんど同時だった。そして、私たちのいるマンション屋上からも南に出現した大蛇は見えていた。屹立する大蛇は昨夜見たものと変わりない。
私は昨夜の大蛇が巻き起こした暴風雨のような攻撃で街が再び惨禍に襲われる場面を想像した。しかし、隣で一緒に南に出現した大蛇を眺めるハイトは暢気に呟いた。
「取りこぼしは二人か。これならまあ、勝ちだろ」
「そんな暢気なこと言える状況ですか?」
「大丈夫だって。ほら、もう始まるぞ」
ハイトは南の空を指差す。
私が釣られて宙を見上げると、そこには赤熱した巨大な隕石があった。
「えっ、何あれ」
見間違えかと思って目をごしごしとこするが、何度見ても南の空に隕石が浮かんでいた。そして宙に浮かぶ隕石のすぐ下には青い蝶を肩に乗せたアヤメが別の岩へ乗って浮かんでいる。
アヤメは上に向けていた腕を前方の大蛇に向けて振り下ろすと隕石がゆっくりと目標である大蛇に向けて動き始めた。
大蛇は迫る隕石に危機感を覚えたようで、その場から逃げようとする。しかし、広く展開していた南陣営の小隊が大蛇出現と同時に四方八方から捕縛忍具である
これらの捕縛忍具は昼の作戦会議において話に出ていたものだ。あの大蛇が自由に動き回ると街への被害が大きくなる。その被害を最小限に抑えるために用意された特注だ。
「罠にもかかったことだし、これで今夜はチェックメイトだ」
動けないことを悟った大蛇は口を開き、高圧の水流ジェットを隕石に当てる。
しかし、圧倒的な質量の前では大きな意味をなさない。そのまま巨大な隕石は大蛇を圧し潰した。
「あれが逆嶋で火力最強の忍者、アヤメの固有忍術だ」
「隕石って……、全然忍ぶ気ないですね」
「一応、ただの土遁系統なんだけどな。最初は土や石を操作するくらいの忍術だったらしい」
土や石を操作する忍術が最終的に隕石落しになるのか。どこかで段階をスッ飛ばしてる気はするが、たしかに正統進化と言えなくもない。
『ハイト、捕縛していた忍者は自決コマンドでログアウトした。隊長の方も片が付いたか?』
「おう、大蛇は沈黙した」
『南陣営、転移してきた忍者一名を倒しました。残り一名は再び転移で逃走しました』
「転移したやつも一人は片付いたらしい」
『分かった』
音声通信でも分かるほどタイドの声色がホッとしていたのが分かった。
「タイド副隊長はアヤメ隊長が第一なんですね」
「あぁ、まさか相手の手練れを五人中三人捕まえるとはな、張り切り過ぎだぜ」
「そういえば、通信で鳥籠に閉じ込めたとか言ってましたけど、アレはどういう意味なんですか?」
「あぁ、そっちはタイドの固有忍術だな。監獄術とかいう固有忍術で、閉じ込めたり捕縛するのに特化してる。その中だと転移とかも禁止されるらしい。お前の天敵だな」
カラカラと笑うハイトをよそに私は感心と苦い気持ちが綯(な)い交ぜとした気持ちになる。そっか、転移を制限してくる固有忍術もあるのか。今後、相手の情報が分からない時は気を付けないといけない。
私がハイトと話をしていると見知らぬ女性が屋上に降り立っていた。
黒いキャミソールの上から白いカーディガンを羽織り、下はショートパンツだけというラフな格好だ。いや、この服装には見覚えがある。依頼掲示板でセオリーと見た頭領ランクの女性忍者だ。
「なるほどねー、通りで転移が上手くいかないと思った。気を付けるべき対象が増えちゃったなぁ。でも、今日の内に知れて良かったよ」
「なるほど、あんたが転移を使う忍者か。こっちも知れて良かったぜ。次はあんたを最初に潰せばいいわけだからな」
「ふぅん、そう簡単にいくかな?」
「今、知っただろ。転移の天敵がこっちにはいるんだぜ」
ハイトはヘラっとした表情を崩さないまま応答する。相手の女性もニコニコとした笑みを崩さない。私は何故だか動悸が止まらなかった。この女性が喋るたびに、心臓が痛いくらい早鐘を打つ。
「師匠、気を付けてください。この人、たぶん頭領ランクのイリスって忍者です」
私はセオリーから共有されていた情報を伝える。コタローの推測ではあるが、可能性としての確度は高い。その言葉を聞いたハイトは初めてヘラヘラとした笑みを消した。
「おい、それは本当か?」
「えぇ、本当よ」
ハイトの疑問に答えたのは、イリス自身だった。
ハイトの笑みが消えるのとは裏腹にイリスの笑みは深まる。
「だが、例え頭領ランクとはいえ、今日のところは帰るしかないだろ。じきにアヤメも帰ってくる。数もこっちが圧倒的に有利だ」
「そうね、今日はこれで引こうかな。ちなみに、こっちの作戦を見抜いてきたのは君で良いのかな。今日は逆嶋の高層ビルまで侵攻する予定だったのに予定が狂っちゃったよ」
イリスはハイトへ向けて指を向ける。
「いやいや、俺はただの不精者なんでね。ただの機械操作係りさ。実はこいつが切れ者でな、敵の行動を的中させたのさ」
ハイトは私の背をポンと叩いて、適当に口から出まかせを吐いている。
イリスの目が私を見据える。心臓が痛い。どうしてだろう、イリスを前にすると身体が危険信号を出しているかのようだ。
「ふふ、嘘だね。その子は頭を使うタイプじゃないし」
さり気なく失礼なことを言われた。
「口をきいたこともないのに失礼ですね」
思わず、口をついて出てしまった。
いや、失礼なことを言われたので、当然の反応ではあるんだけれど。
しかし、私のことを見据えていたイリスは思いの外素直にサッと視線を逸らすと、「そうだったね、ごめん」と答えた。 思ったより素直だな、という感想と同時に寂しそうな声音に疑問を覚えた。
気まずい空気が流れる中、イリスは気を取り直す様に屋上の縁へ向かって行く。どうやら、このまま撤退するようだ。ハイトも特にそれを追う気配はない。今夜の戦いの趨勢(すうせい)は決まったからだろう。
「さて、それじゃあ、私はお
「誰が逃がすと思う」
そこに突然、声が割って入ってくる。声の主はタイドだった。
即座にタイドはイリスへ手を向ける。
「『監獄術・鳥籠』」
声とともに、イリスを中心として周囲にバラバラの鉄柱が出現する。それらの鉄柱が即座に組み上がって鉄檻の骨格を形作り始める。それはタイドの手動操作で動いているようで徐々に隙間が狭めつつ、完璧な鉄檻へと少しずつ完成していく。
さらに、いつの間にかイリスの周りを四人ほどの忍者が取り囲んでいた。イリスの行動に合わせていつでも忍術を放てるように準備万全のようだ。このメンバーが遊撃部隊ということだろう。
「あら、絶体絶命になっちゃった」
しかし、当の本人であるイリスは軽い調子でいる。
それに引き換え、タイドは鉄檻をジリジリと狭めながら、イリスへの警戒を強めていた。
「鳥籠に囲われた時点で転移は不可能だ。このまま自決するか、情報を吐け」
「どうしようかなー」
イリスは余裕ぶっているが、タイドは無視して質問を始める。
「一つ目の質問だ。そちらの勝利条件はなんだ?」
「クエストの縛りで言えないなー」
「組織抗争クエストでは捕縛された忍者は情報規制の縛りが消える。喋れるはずだ」
「そっちの理屈だとそうかもしれないけど、私の方はそうもいかないのよねー。だから答えは一緒だよ。クエストの縛りで答えられない」
「そうか。ならば捕縛尋問で直接聞くとしよう」
タイドがイリスへ向けていた掌を握り込むようにすると、周囲を囲っていた鉄檻が本格的に隙間を無くそうと動き始める。
しかし、同時にイリスも行動を開始した。
「『簒奪術・大怪蛇イクチ』」
イリスが忍術を発動するのを見越して周囲にいた遊撃部隊の忍者たちも捕縛忍術を行う。縄がイリスを縛るように動き、電撃が鉄檻の周りをさらに囲うようにして
だが、そのすべては一瞬で瓦解した。
私たちの立っていたマンションの屋上は大質量に押しつぶされるように崩壊していった。私やハイト、遊撃部隊の面々は崩れ落ちるガレキの中を高速で移動して避けつつ、地面へと退避する。そして無事に地面へと辿り着いてから元々屋上があった部分を見上げる。崩壊するマンションの中、一体の大蛇が聳え立っていた。
「転移だけじゃなく大蛇への変化もこいつの忍術だったのか……!」
タイドが冷や汗を流しながら見上げる。
「頑張って抵抗したご褒美にヒントをあげる。私は無所属の忍者だよ」
どこからかイリスの声が聞こえる。
「そこから先は推理して、こちらの狙いを見抜いてみてね。ばいばーい」
そう言って、すぐに夜の闇へ溶け込むように消えてしまった。
組織抗争としては相手を撤退させることに成功したけれど、それでも
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