第26話 逆嶋防衛戦 その7~後始末とカラクリ~

▼ハイト


 組織抗争の二日目が終わった。

 被害はマンション三棟と北陣営に配置されていた小隊三つ。結果として最小限の被害で二日目を乗り切ることができたと言えるだろう。

 戦闘の後始末が概ね終了した後、シャドウハウンド事務所三階の会議室にアヤメとタイド、各陣営指揮官だった忍者たちが集まっていた。俺はついでにエイプリルを連れて同席した。彼女はイリスと接触のあった最後の現場を一緒に見ていた忍者だ。何か俺たちの見逃しているモノに気付くかもしれない。


「それでは情報をまとめましょう。ハイトを中心に報告をしてください」


 アヤメが音頭をとり、組織抗争クエスト二日目に起きた出来事を振り返りつつ、情報を精査していく。俺は面倒臭い気持ちを隠しつつ喋り始めた。


「今回の敵は全部で五名。組織抗争にしては少なすぎるな。とはいえ、全員が手練れの忍者だ。タイドの報告によれば最低でも上忍以上。そんで転移の忍術を使っていたのは頭領のイリスと目される。次に敵の所属組織だが……」


 俺は目線をタイドへ向けると話の続きをバトンタッチする。


「私が鳥籠で閉じ込めた忍者はいずれも黄龍会の忍者だった」


「へぇ、中華系ヤクザクランじゃないか。この前、甲刃連合と組織抗争起こしたばかりだってのに次は逆嶋に来たのか」


 忍者同士の戦闘において、自決コマンドにより自ら負けを認めたり、捕縛などによる行動不能にされた状態で倒された忍者はその場に巻物を落とす。これを捕縛尋問による撃破という。

 基本的には普通に倒すよりも捕縛する方が高難易度だ。その代わりに、落とした巻物には所属や忍者ランク、レベル、称号などのデータが記載される。さらに現在就いているクエスト任務も記載されるため、捕縛尋問により倒されてしまうとその忍者の目的が丸分かりになってしまうのだ。


 タイドは『鳥籠』という忍術で敵の忍者を捕まえている。自決コマンドで逃げられはしたが捕縛尋問で撃破できたことに変わりない。これにより、必要な情報はしっかりと得られたというわけだ。


「黄龍会の目的は逆嶋バイオウェアの機密情報であるクローン技術だ。その技術を盗んでクローン忍者を作成して戦力増強を図る、というのが最終的な目標らしい」


「先の甲刃連合との組織抗争ではだいぶユニークNPCの忍者をやられたらしいからな。その補填といったところか」


 これで表立った対立の図式は分かった。

 逆嶋バイオウェアVS黄龍会の組織抗争クエスト。こっちの勝利条件はクローン技術を盗まれないこと。となると残りの六日間もしっかり防衛しないといけないわけだ。

 はぁ、先が思いやられる。そんなことを思っていると隣に座るエイプリルがこそこそと俺に話しかけてきた。


「クローン技術なんてあるんですね」


「あぁ、逆嶋バイオウェアは昔っから医療業界と繋がってんだ。そんでクローン技術で生み出した人工培養された義肢なんかを移植用として病院に売ってるコーポなんだよ」


 エイプリルの疑問に対して、こそこそ声で教える。

 逆嶋バイオウェアのクローン技術は機械的な義肢ではなく、人の肌に限りなく近い人工培養の義肢だ。これなら手足を切断するようなケガを負っても治すことができる。リスポーンすれば体が全快するプレイヤーからすればどうってことない薄い恩恵だが、NPCにとってはとても大事な技術といえる。


「組織抗争クエストの争点はクローン技術を奪われるかどうか、ということか」


 指揮官忍者の一人がそう結論付ける。

 しかし、俺やタイドは難しい顔のままだ。


「それなんだけど、イリスに関してはちょっと分かんねーんだよな。タイド副隊長も引っかかってるだろ?」


「あぁ、イリスは最後に自分のことを無所属だ、と言い残して去った。あの場面でわざわざ言うということは何か意味があると思ったんだが」


 組織抗争クエストでは攻める側は一つの組織しか関与できない。黄龍会の忍者が関与している時点で、組織抗争クエストは逆嶋VS黄龍会の図式が成り立つため、もしイリスが本当に無所属ならば黄龍会側として参加することはできないはずだ。


「そんなのこっちを攪乱するために適当な嘘を吐いたんじゃないか?」


「最後の場面、捕縛尋問で他の仲間から情報が露呈しているだろうことはイリスも承知していたはずだ。そこでわざわざ意味のない嘘を吐く必要があるだろうか? そんなことを言う暇があったらさっさと撤退すればいい」


 タイドは思考を整理するように言葉として吐き出していく。黄龍会の忍者が捕まって情報は漏れている状況、それでも自分を無所属だと言った。その真意はなんだ。


 もう一つ、気にかかることがある。

 タイドの捕縛忍術に入った時点で組織抗争クエストの情報規制は無効になる。だからイリスはクエスト内容を自由に喋ることができるようになったはずだ。しかし、それでもイリスはわざわざ強調するかのように「クエストの縛りで話せない」と言っていた。


 もちろん、逃げ出せると踏んで情報を多く出さないために適当な嘘を吐いたのかもしれない。実際、大蛇に変化してタイドの『監獄術』を無理やり突破した実績もある。だが、会話を交わして感じたイリスの印象としては意味のない嘘を吐くような人物とは思えなかった。


「他の組織や無所属の忍者が攻める側に関与する方法って無いんですか?」


「完全に無い、とは言い切れない。しかし、組織抗争クエストに関しては、これまでも誰かがルールの穴を突くやり方をした時はすぐに修正されていた。イリスが逆嶋バイオウェアの忍者を襲撃したのが二日前だ。今の時点で修正されていないのであればルールの穴を突いて共闘してるわけではないだろう」


 エイプリルの言った素朴な疑問はもっともなものだ。まだゲームを始めて日が浅い下忍であれば、その疑問を持つだろう。

 しかし、この組織抗争クエストはかなり運営側による縛りと規制がしっかりとしている。攻める側が強すぎると街が一つ崩壊する恐れがあるのだから、慎重にもなるというものだろう。

 何はともあれ、組織抗争クエストで攻める側として複数の組織が共闘することは基本的にできないと言っていい。だから、普通に考えればイリスは嘘を吐いていて実際には黄龍会に所属していると考えれば話は済む。むしろ、一般的に考えるなら俺とタイドが深読みしすぎなのだろう。

 それからエイプリルは少し考え込むようにしてから、再び口を開いた。


「例えば、組織抗争とは別に逆嶋バイオウェアを攻撃しないといけないクエストを受けてる、とかはないですか?」


「なるほど、組織抗争とは別にクエストを受けているという線か。たしかにそれは有り得る手段だ。だが今回の場合、イリスは黄龍会の忍者を転移で手助けしている。ここまですると組織抗争クエストの規定としては共闘の判定に引っかかるだろう」


 エイプリルの考え方は良い線をいっている。だが、タイドが答えたように攻撃側を転移させるのは明確な共闘だ。

 以前、別の組織抗争でいわゆるバフをかける忍術、他者を強化する忍術を使った作戦が実行されたことがある。実際の戦場に一緒に立つわけではないから共闘ではないというスタンスだったが、これはすぐに修正を食らって強化を無効にされてしまった。他者を弱化するデバフに関しても同じだ。防衛側を弱体化させるのも共闘とみなされて修正された。つまり、直接的にも間接的にも共闘してしまう行為自体が修正されてしまうのだ。


「イリスの転移による補助は共闘扱いだろう」


 結局、この話はここまでだ。

 小さな違和感から始まった話だが、別にイリスがどこの所属だろうと敵として向かってくる以上は戦うほかない。やはり、こうやって無為に時間を過ごさせるための方便だったのだろうか。

 全体がこの話は終わりだという雰囲気になっていく中、エイプリルはまだ何事か考え込んでいた。


「なんだ、まだ引っかかることがあんのか?」


「えっと、些細なことなんですけど、転移させるのってバフなんですかね。ほら、転移ってトラップとかにも使われるじゃないですか! だから一概に他者を強化してるとも言い切れないんじゃないかなーって思いまして」


 エイプリルの言葉は本当に些細な疑問だった。なんならその言葉を聞いて最初に思ったのはレトロゲームに出てくる「いしのなかにいる」という有名な転移トラップだ。だが、そんな些細な言葉によって俺の脳に閃きが走った。


「ははっ、確かにそうだよな。転移させるのは何も有利に働く場面ばかりじゃあない。こんな簡単なトリックだったのか」


「ハイト、何か分かったんですか?」


 アヤメがこちらを問うように見つめてくる。


「あぁ、分かったぜ。無所属忍者のイリスが黄龍会と共闘するカラクリがよ」

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