第27話 逆嶋防衛戦 その8~共闘の種明かし~

▼エイプリル


「分かったぜ。イリスが黄龍会と共闘するカラクリがよ」


 ハイトは顔を手で覆うようにして笑う。


「つまりよ、イリスは狂戦士バーサーカーなんだよ。周り全員が敵なんだ」


「なに?」

「どういうことだよ?」

「……あぁ、なるほど。そういうことか」


 その場の一同が揃って頭に疑問符を浮かべた中、タイドだけがハイトの言葉ですぐに反応した。アヤメは理解したものがタイドしかいないことを察するとハイトに向かって尋ねた。


「どういうことですか?」


「イリスは組織抗争クエストに参加しているわけじゃねぇ。おそらく逆嶋バイオウェアに対する個人的なクエストを受けてる」


「でも、それだと黄龍会と共闘できた理由にはならないでしょう?」


「あぁ、そうだ。そもそもイリスは黄龍会と共闘してるわけじゃない。むしろ、黄龍会に対しても敵対するクエストを受けてるんだろ」


「話が矛盾してないか。イリスは転移させるっていう立派な共闘行為を行ってるわけだし」


「いいや、そこで使ったのが転移忍術だから可能だったんだ……。そういうことだろう、ハイト」


 タイドが感心した面持ちでハイトに目を向ける。

 ハイトは頷くと続きを話した。転移忍術は必ずしも場面を有利にする術ではない。移動距離という側面で見れば長距離を一瞬で移動できる便利な忍術だ。それだけ見れば共闘のようにも見える。

 しかし、見方を変えれば今回イリスがおこなった北陣営から南陣営への転移は敵の中心へ味方を送り込む行為だ。通常であればそれは死地へと送るトラップのようなものといえる。


「つまり、こっちから見た行動ではさも共闘しているかのように見えても、システム上では黄龍会の忍者を俺たち陣営のド真ん中に飛ばす敵対行為という判定になる。これはルールの穴を突いたというよりか、そもそもの仕様ってとこだな」


 ハイトの説明を聞いた面々は驚きと納得を綯(な)い交ぜにした表情で黙っていた。しかし、いつまでもそこで立ち止まっている訳にもいかない。アヤメは顔を上げた。


「ならば次はイリスの狙いを明らかにしましょう。黄龍会がクローン技術を狙っているのは分かっていますが、イリス自身のクエスト内容は分かっていません。そこが分かれば向こうの協力体制を崩せるかもしれません」


 見た目上、協力関係を結んでいるということは途中までは黄龍会と目的が一緒ということだろう。そうなると逆嶋バイオウェアに関係するものに違いない。しかし、今の時点では情報が少なすぎた。今回の会議で話し合えることはここまでのようだった。





「では、諜報部隊はイリスのクエスト目標を探るようお願いします。防衛の陣形は二日目のまま行きます。指揮官はプレイヤーたちの増減で小隊の数や大隊規模が変わってくると思いますので確認および調整をお願いします」


 アヤメは最後にテキパキと指揮官クラスの忍者たちへ指示を出していく。

 しかし、ハイトとタイドには全く指示が出されていなかった。


「師匠とタイド副隊長は指示とか出されないんですね」


「そうだ。言い忘れてたけどな、俺とタイドは三日目には参加できねぇんだわ」


「どうしてですか?!」


「そりゃあ、大学の講義が午後からあるからだよ」


「なるほど……、大学ですか」


「そういや、お前は大丈夫なのか。リアルだとそろそろ昼過ぎになるぞ」


 セオリーだって向こうの世界に帰ってるわけだから、ハイトたちも同じだろう。いつでもこちらに居られるわけじゃない。それにしてもセオリーは朝から学校に行ってるはずだけど、ハイトの言う大学はずいぶんと遅い時間から始まるものだ。

 それにハイトは私がNPCだということに気付いてないようだ。そのため、私は自分のことをハイトに伝えることにした。


「心配してくれてありがたいですけど、師匠と違って私はここがリアルなんで大丈夫です」


「え、……あぁ、そうなんか。じゃあ、楽しんでくれ」


 何故だろう、ハイトは少し気の毒なものを見るような目で私を見ていた気がする。何か勘違いされていると思った私は弁明しようと思ったが、それより一足早くハイトやタイドを含む幾人かのプレイヤーたちはログアウトしていった。そうでないプレイヤーたちも会議室を退室する。

 会議室に残ったのは私とアヤメだけだ。


「私がNPCだってことに対して反応が変じゃなかったですか?」


「ハイトには勘違いされていたでしょうね」


「勘違いする要素あります?」


「むこうの世界にはリアルを捨ててまで、こちらの世界を生きるプレイヤーもいるそうです。もしかしたら、それと間違われたのかもしれませんね」


「えぇ、なんですかそれ。私は元からこちらの世界に生きる身ですよ!」


「えぇ、もちろん私は分かっていますよ。ですが、エイプリルのように下忍のランクで知識権限を得ている者は珍しいですから、ハイトがプレイヤーと勘違いしたのも無理ありません」


「それでも次に会ったら訂正しないと! 師匠は四日目には戻ってきますよね?」


「いえ、どうでしょうか。特にハイトはこちらに来る時間がまちまちなので読めないのです。以前も急にふらりと居なくなったかと思えば、ひと月近く音信不通で……」


 そこからしばらくはアヤメの愚痴が続いた。

 やれ約束をしていた日になってもハイトが来なかったり、やれハイトの上忍昇格祝いをする日に限って急にリアルで用事ができたと言って居なくなってしまったり、などなどアヤメにとってもハイトの神出鬼没さは悩みの種のようだ。とはいえ、半分は惚気のろけ話に近かったけれど。


「いや、ほぼ百パー惚気話かも」


「何か言いましたか?」


「なんでもないです! それじゃあ、私もそろそろ帰ります」


 おっと危ない、口に出てしまっていた。

 私は失言を誤魔化しつつ、ランやおキクさんの待つ駄菓子屋に戻ったのだった。





 エイプリルが逆嶋防衛戦を繰り広げていた時間。

 その頃のセオリーはというと。



淵見ふちみ 瀬織せおり


 まだまだ肌寒い二月の朝。

 俺は高校に向かっていた。佐藤に会うためだ。


「よ、佐藤」


「おはよう。どうだ、レベルは上がったかー?」


「一応、二十レベルまで上げたわ」


「やっぱり最初はレベルの上りが良いねー。俺なんて一つレベル上げるのに何日かかるか……」


「もう相当レベル上がってるんだろ」


「まぁ、そうなんだけどな」


 俺は軽い挨拶もそこそこに本題へ入った。

 組織抗争クエストに巻き込まれた結果、終わるまで逆嶋の街を離れられない件についてだ。


「そんなわけだから、佐藤と合流できるのは明後日以降になるわ」


「なるほどな、それにしてもユニークモンスターを操る頭領ランクの忍者とか激熱だな。ぜひ、手合わせ願いたいところだ」


「いやいや、本当に驚くぞ。最初に会った時は心臓止まるかと思ったわ」


「そりゃあ下忍の身で頭領と戦闘になったら普通は死を覚悟するわ。……一応、桃源コーポ都市には昨日の内に着いたから逆嶋の方にも行けそうだったら向かうわ」


「おう、分かった」


 とりあえず、佐藤には組織抗争が終わるまで桃源コーポ都市には行けないことを伝えられた。これで合流できずに待ちぼうけを食らわせることにはならずに済む。

 あとは組織抗争がどう動くか次第だ。一日目と二日目は完全にエイプリル任せになってしまった。彼女は無事にしているだろうか。無茶だけはしないでいてくれると良いのだけれど。


 そんなことばかり考えながら午前は過ぎていった。高校三年の二月ともなると、ほとんどの学生が自由登校になる。そのため、授業もやりたい人だけが用意された自習プリントを解くといった形になる。

 正直、俺は登校する意味もほとんど無いのだけれど、佐藤は家業の米屋を継ぐ代わりに最低限の勉強をして来いと言われて学校で自習することになっている。ついでに俺もそれに付き合っているのだ。

 というか「淵見、お前が見てくれないと自習プリント解けねぇんだよぉ!」などと佐藤に縋りつかれたら断るわけにもいかない。俺は奴の泣き落としにまんまと負けてしまったわけだ。


「それでチュートリアルに出てきたエイプリルちゃんって子を侍らしてるわけか」


「いや、言い方よ」


「お前、下忍のくせに配下がいるなんて贅沢なんだぞ。根の忍者を配下にするにしたって早くても中忍頭からなんだからな。しかも、マスクデータのカリスマ性が必要だから上忍以上でも配下居ないなんてざらにあるんだからな」


 根の忍者はたしか固有忍術を持たないNPC忍者のことだったか。中忍頭になると配下として得られるという話はチュートリアルで教官に聞いた気がするけれどカリスマ性が必要というのは聞いていない。


「カリスマ性ってなんだ? どうやって上げんの?」


 俺が聞き返すと、佐藤は渋い顔になってぽつりぽつりと話し始めた。


「カリスマ性というのはだな、リーダーシップのある行動というか、みんなを扇動するというか、なんか、こう、そういうゲームプレイをしていると上がるらしい」


 佐藤の説明は抽象的かつしどろもどろだった。

 さてはこいつカリスマ性低くて配下がいないんじゃないか?


「お前、配下いないのか」


 俺はドストレートに聞いてみることにした。

 佐藤は悲しそうな顔をして下を向いてしまった。

 バッドコミュニケーション。


「いや、だってカリスマ性とか知らんし……」


 そう呟く佐藤はとても小さく見えた。

 それにしてもカリスマ性についてはマスクデータと言っていた。つまり、ステータスなどの開示されているデータと違い、自分がどのくらいカリスマ性を持っているのか数値としては分からないということになる。それは結構厄介だ。


「カリスマ性とか数値的に分かる方法はないのか?」


「現状、具体的に知る手段はないな。従えられる配下の数とかで分かるくらいかな。中忍頭でカリスマ性があれば配下一人が付く。以降も上忍、上忍頭、頭領と上がった時にカリスマ性が十分にあれば一人ずつ増えていくらしいぞ」


「ほうほう、なるほど、配下の数でカリスマ性が高いか分かるのか」


 そういえばカルマ値とかもステータスに表示されていない。意外とこういう隠されたデータは多くあるのかもしれない。


「他にもマスクデータになってる情報とかあるのか?」


「おう、色々あるぞ。一番有名なのは『得意なもの』だな」


「得意なもの?」


「例えば、この属性の忍術をよく使うとか、この忍具をよく使うとか、そういうよく使うものが得意なものとして登録される。すると同系統の忍術や忍具を使った時に威力が上がったり、上手く扱えるようになったりするんだよ」


「それって固有忍術に結構引っ張られそうだな」


「そうだな、特に属性系の固有忍術だと同じ属性の別の忍術が上手くなりやすい」


 そういうのもあるのか。しかし、俺の不殺術は果たしてどういう属性というか系統なのだろうか。捕縛系統? それとも状態異常? なかなか予想が難しいマスクデータだ。


「あとはカルマ値もあるな」


「あぁ、カルマ値は知ってる。昨日、ちょっと一般人殴ってカルマ値下げたわ」


「……はぁ?」


 佐藤が何やってんだコイツみたいな目で見てきた。いや、そこは弁明させてほしい。女性が路地裏に連れていかれたら、そこにいる不良共をとっちめてしまうものだろう?


「たしかにそういう状況なら俺もやっちまうかもしれないな」


 俺の説明を聞いて、佐藤も理解を示してくれた。

 良かった、俺の行いは間違ってなかった。


「でもよ、それだと組織に所属するのが難しくなったかもしれないぞ」


「どうして?」


「だいたいの組織はカルマ値がマイナスになってるヤツを入れてくれないんだよ」


「相手も不良でカルマ値低そうだったから、俺のカルマ値もそこまで下がらないかなー、と思ってたんだけど」


「ゲーム始めた最初はカルマ値±ゼロスタートだから、ちょっと下がるとすぐにマイナスに入るんだよ」


「えっ、大丈夫かな、俺」


「分からん。結局のところカルマ値も数値は見えないから、入りたい組織まで行って聞いてみるしかないわな」


 たしかコタローは逆嶋バイオウェアに入る分には大丈夫だろう、と言っていた。

 いや、でもそもそもコタローなんかはチュートリアルの後からすぐに逆嶋バイオウェアに所属していたわけだから、どれくらいのカルマ値で所属できるかなどは詳しくないかもしれない。


 もしかして、俺はしばらく無所属のままなのか?

 嘘だろ、嘘だと言ってくれよ。


 その後、佐藤の自習が終わり、帰路についている間もずっと「俺のカルマ値、大丈夫?」という考えだけが頭をぐるぐると回っているのだった。

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