第28話 逆嶋防衛戦 その9~不戦勝~

▼セオリー


 ゲームを起動させ、VR世界に飛び込むと、目の前にはもはや見慣れた駄菓子屋の一室が映る。前回はログイン直後に影からエイプリルが跳び出してくるというサプライズがあったけれど、今回はそういうこともなかった。というか、周りを見渡してもエイプリルがいない。

 脳裏に森で出会った大蛇がちらつく。エイプリルが大蛇に丸呑みにされたりしてないだろうか。不安ばかりが胸中を占める。


「あっ、セオリーさん、戻ってたんですね。こんにちは!」


 元気な声で挨拶をしてきたのはランだった。客間のベッドメイキングをしようとしていたのか、シーツを持って部屋に入ってきた。俺も挨拶を返しつつ、エイプリルについて尋ねることにした。


「こんにちは、ランさん。エイプリルはどこに行ったか知ってますか?」


「エイプリルさんならここ二日くらい夜通しで警察の方へ行っていましたよ。今日もそろそろ帰ってくるんじゃないですか?」


「警察に夜通し行ってた?」


「なんでも民間人の避難を手伝ってるみたいですよ。ほら、ここ数日おっきな蛇が街に襲ってきてるじゃないですか、それの避難です」


 なんで警察に行くんだろう、なにかやらかしたんじゃなかろうな、などと心配してしまったが、ランの言葉でそれが杞憂と分かった。しかし、森で出会った大蛇の方は杞憂で済まず、しっかりと逆嶋の街を蹂躙しているようだ。そのことを知り、怒りと恐怖が入り混じった感情が湧き上がる。


「ただいまー」


「おかえりなさーい」


 ちょうど良いタイミングでエイプリルが帰ってきた。ベッドシーツを交換し終えたランが返事をしながらパタパタと玄関へ向かって行った。俺もそれに付いていく。


「エイプリル、おかえり」


「セオリー! そっちこそおかえりー。こっちに戻ってきてたんだね」


 エイプリルは俺の前まで近づくと、ふふんと得意そうな顔になって胸元に輝くバッジを見せてきた。影に食らいつく猟犬の紋様があしらわれたバッジだ。ランによればエイプリルは警察の手伝いをしていたということだったが、このドヤ顔と胸元のバッジを考えるに先を越されたのかもしれない。


「シャドウハウンドに入ったのか」


「ふっふーん、分かっちゃった? 隊長にスカウトされたんだよ、すごいでしょ!」


「スカウトされたって? ……それは素直にすごいな。なにやったんだ」


 話が長くなるということで飲み物を用意してから客間に戻った。二人とも椅子に背を預けると、エイプリルは逆嶋防衛戦一日目と二日目の出来事を話し始めたのだった。


 かいつまんで要約すると、忍具作成技能を得て、爆弾作って、シャドウハウンドに入隊して、師匠? ができて、大蛇およびイリスを撤退させたという話だった。

 ちょっと待って、思いのほか色々あったようだ。情報量が多くて消化し切れない。というか、師匠ってなんだ。


「でも、残念ながら師匠は大学に行くから今日は防衛に参加できないみたいなのよ」


「大学生なのか師匠……」


「セオリーにも紹介したかったけど今日は会えないね」


 話に聞いた限り、シャドウハウンドでのクエストの受け方とか固有忍術の使い方など色々と教わったみたいだから悪い人ではないんだろう。


「あれー、なんか難しい顔してる。もしかして師匠の話ばっかりしたからヤキモチ焼いちゃった?」


「ばかいえ、そんなこと思ってないし」


「ふぅん、そうなんだぁ」


 駄目だ、言い返せば言い返すほどドツボにはまっている気がする。エイプリルのニマニマした笑顔にムカッときたので頬をつまんでおく。


「……いひゃい」


 エイプリルが降参というように両手を上げる。

 俺がつまんでいた指を離すと今度はエイプリルに腕を取られた。


「さて、そしたら気を取り直して今度はセオリーも行こう!」


「え、どこにさ?」


「そんなの決まってるでしょ、シャドウハウンドの事務所だよ! セオリーもシャドウハウンドの隊員になろうよ!」


 俺は笑顔でそう言うエイプリルにズルズルと引っ張られるがままに連れていかれたのだった。果たして、俺はシャドウハウンドに入隊できるのだろうか。






「ダメです」


 ダメだった。


「なんでセオリーはダメなんですか!」


 エイプリルは憮然ぶぜんとした表情でアヤメに詰め寄っていた。俺としては、よく自分の所属する組織の隊長相手にあの態度で突っ込めるもんだなぁ、なんて緊張感のない感想が浮かんでいた。


「とはいえ、カルマ値がマイナスになっている方は入隊できない決まりですので」


「か弱い女性を不良から救ったんですよ? それって良いことじゃないんですか!」


 アヤメは規定にのっとって判断したようだが、エイプリルは納得がいかない様子でぷりぷりと怒っている。逆に、俺は思ったより冷静に受け入れられた。カルマ値が下がったのは自分の行動の結果だし、現実の方で佐藤と話した時からシャドウハウンドに限らず組織に所属しようと思ったら、少なからずこの未来に至っていただろうという想像がついていた。


「エイプリルは一旦落ち着け。別に同じ組織に必ずしも一緒に所属する必要はないさ。もしくはその内カルマ値も上がっていくかもしれないし、それから入隊でも遅くない」


「でも、一緒に防衛したり任務したりしたかったから……」


「そんなん俺が入隊しなくたって関係なく一緒に居りゃいいだろ」


「えっ、それ良いの? アヤメ隊長、私が入る小隊にセオリーが一緒に居ても良いですか?」


 エイプリルはさっきまでのぶう垂れるような表情から一転して、恐る恐る窺うようにアヤメへと尋ねる。


「えぇ、構いませんよ。というより、エイプリルは引き続き私と一緒の隊です。それにハイトの抜けた穴を埋めなければいけませんでしたのでセオリーさんが同行するなら好都合です」


「えっと、上忍の抜けた穴を埋めるのはちょっと厳しいんですけど……」


 ハイトという人が上忍でエイプリルの師匠という話は聞いている。さすがに上忍の抜けた穴に収まるというのは荷が重い。


「えぇ、もちろん他にも人を付けますので安心してください。追加の人員とセオリーさんの二人でハイトの抜けた分を埋めるということです」


「なるほど、それなら安心です。俺も自分にできる限り手伝いますよ」


「ありがとうございます。力を合わせて街の平和を守りましょう」


 というわけで、俺も組織抗争クエストの防衛戦の間はシャドウハウンドと一緒に戦うことを許されたのだった。






 そして、夜を迎えた。

 東側で一番高いマンションの屋上に陣取った俺たちの小隊は通信装置を繋げて東西南北の各陣営と情報交換をマメに取りつつ、相手が攻め込んでくる時を待った。


 黄龍会というヤクザクランはつい先月ごろに同じヤクザクランの甲刃連合と関東地方の南のシマを取り合って組織抗争を起こしている。その際に黄龍会はNPCの忍者を多く失ってしまったらしい。そのため、現在は主要な忍者がプレイヤー頼りになっているそうだ。

 そもそも黄龍会は外国系ヤクザのため、NPCの人員補充が申請してから時間がかかるらしい。そういった組織ごとの特色もそれぞれ色々とあるようだ。


 組織抗争の三日目。

 現実の時間で言うと正午から夕方六時までの時間だ。時間帯的に言えば、プレイヤーは学生メインになるだろう。社会人プレイヤーはまだ仕事をしている時間だ。


 だが、一つ疑問がある。

 ヤクザクランに学生が入るだろうか、という疑問だ。


 善か悪かで言うとヤクザクランは悪役のロールを好む者が所属する組織だろう。もちろん、そういった悪役ロールが好きな人も少なくはない。

 しかし、悪役の美学というか、華麗なやられ役というか、ある程度ゲームをゲームとして達観した上でロールを楽しむことができてこそ悪役を楽しめる部分はあると思う。

 その楽しみ方を学生が十全に楽しむには人生経験が足りない気がする。かくいう俺自身が悪役の楽しみ方がまだ分からないからだ。自分を基準にしてはいけないとは思うけれど、中学生や小学生ならなおさらヒーローなどに憧れるだろう。


 そう考えると、組織抗争クエスト三日目の相手側プレイヤーはまだまだ少ないままなのではないだろうか。一日目が大蛇イリスだけ、二日目は忍者四人と大蛇イリスの計五人ときている。

 頭領ランクとはいえイリス一人でこの防衛ラインを突破するのは難しいと分かったはずだ。そうなると次はさらに搦め手でくるかもしれない。


 こちらの陣営はプレイヤーが大幅に増えたようだ。俺は分からなかったが、エイプリルが言うには二日目の陣営の二倍以上の人員となっているようだ。アヤメに聞いたところ、おそらく中身が小学生や中学生が多いのだろう、とのことだった。

 シャドウハウンドは公営の警察機関だ。安易にゲーム的な判断をするなら善役のロールができるヒーロー側の組織だ。若年層が引っ張られやすい要素を多く持ち合わせている。

 そう考えると、相手にとってはさらに苦しい話だ。黄龍会側は人員がそこまで増えず、シャドウハウンドは人員が軽く見積もっても二倍、逆嶋バイオウェアもどちらかといえば社会人が多そうだから人員がそこまで増えないとしても人数差が圧倒的だ。


「これ、今日は攻めてこないかもしんないな」


 俺はポツリとそう漏らした。この逆境でそれでも立ち向かってくるとするなら、それは蛮勇と言っていい。悪役らしく搦め手を使ったとしても、さすがにこの人数差は覆しようがない。

 そんな俺の言葉を聞いたアヤメが近づいてきた。


「セオリーさんもそう思いますか」


「アヤメさんも薄々思ってたんじゃないですか」


「ちょっと、今日は攻めてこないってどういうこと?」


 エイプリルは分かってないようだ。現実における時間の問題があるから勘付けないのは仕方ないだろう。しかし、アヤメもNPCと聞いている。何で気付いたんだろう。


「向こうの世界からプレイヤーが来る時、日によって偏りがあるのは組織の隊長をしていれば自然と分かります。あとはプレイヤーたちにむこうの時間概念を教えてもらって擦り合わせれば、おのずと周期が見えてきますね」


「なるほど、その考えならだいたい四日周期で人が増減しますもんね」


「その通りです」


 おそらく現実世界において早朝六時から正午までの六時間はもっともプレイヤーの数が少ない時間だ。その逆に午後六時から深夜零時までの六時間はもっともプレイヤーの数が多い時間だろう。


「その増減の仕組みにプラスして、向こうの世界の学生と社会人のログイン時間の違いも加味すると、三日目はシャドウハウンドが一番有利な日にちです。それくらいは相手も読んでいるでしょう」


「それが分かってれば無理には仕掛けてこないよなぁ」


 そして、俺たちの予想は見事的中してしまった。

 組織抗争クエスト、逆嶋防衛戦の三日目は何事もなく平和な夜が過ぎていったのだった。

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