第29話 逆嶋防衛戦 その10~極秘任務~
▼セオリー
組織抗争クエストの三日目は不戦勝だった。しかし、相手が攻めてこなかったことを受けて素直に喜べる状況でもなかった。四日目を迎えたことで若い学生たちが続々とログアウトしていく。それに伴いシャドウハウンドの戦力はガクンと落ち込んでしまったのだ。もちろん、四日目の夜になれば学生以外のプレイヤーもログインし始めるため、また人は増えるだろうけれど、それは相手にとっても追い風になる。
「逆嶋バイオウェアとは連携しているんですか?」
俺はアヤメに確認を取る。そもそもこの組織抗争クエストは黄龍会と逆嶋バイオウェアの抗争だ。一日目と二日目はほとんどシャドウハウンドが対応していたとエイプリルには聞いている。そうなると、逆嶋バイオウェアの忍者は黄龍会の忍者や大蛇とほとんど相対していないことになる。
シャドウハウンドの戦力がダウンする四日目は逆嶋の中心部まで敵対勢力が接近する可能性が十分考えられる。その時に逆嶋バイオウェアの忍者が対応で後手に回ることは避けたいところだ。
「もちろん密に連絡を取り合っています。こちらからは黄龍会の情報や大蛇の概算ステータスなどを共有していますし、向こうも独自に調べた情報をこちらに共有してくれています」
なるほど、それなら一安心ではある。
とはいえ、逆嶋全体を俯瞰して見た時、中心地の高層ビルや工場の面積よりも外周にある市街地の面積の方が何倍も広い。その広さをシャドウハウンドだけで守るのは実際大変なことだろう。
「市街地防衛に逆嶋バイオウェアの忍者は派遣されないんですか?」
「それについては今のところ難航していますね。クローン研究開発室のカルマ室長が研究室の防衛を第一にするようゴネているようでして……」
研究者としては市街地よりもクローン技術を盗まれたり、大事な機器が壊されたりする方が困るってわけか。しかし、そのカルマ室長の言葉を突っぱねられないところを見るに、逆嶋バイオウェアの中でのカルマ室長の立場はかなり高そうだ。社内における発言力も強いのだろう。
だが、そうなってくると逆嶋バイオウェアの増員は望み薄だ。
「俺、日中は情報収集に行ってきます」
「あ、待ってよ、私も行く!」
俺とエイプリルは二人で街中を歩いた。初日に大蛇が現れた街の部分は復興のために今日も工事の音を響かせている。二日目に大蛇が現れた際は捕縛用忍具を大量に使って動けなくしたらしいので、街の南側はそれほど大きな被害が出ていないようだった。市街地の被害はなるべく最小限に抑えたい、というシャドウハウンドの想いが伝わってくる。
「情報収集って言っても何するの?」
「いや、特に何か考えてたわけじゃないよ。とりあえず、依頼掲示板でも覗いてみようかな」
「そうだ、私はもう中に入れないんだよね。まだ試してないや」
「お、それじゃあ、試しに行こうぜ」
見慣れた巻物屋まで歩き、建物脇の電柱に立つ。
エイプリルは電柱をジッと見つめた。目の前には依頼掲示板と書かれた貼り紙が貼ってある。しかし、エイプリルの視線は若干その文字からズレていた。
「見えないか?」
「うん、見えなくなってる。絶対にココに貼ってあったもんね」
「あぁ、俺には見えてるからな。じゃあ、ちょっと見てくるわ」
「レディをあんまり待たせないでよー」
「はいはい」
俺は片手を振って、電柱の貼り紙に触れた。
その瞬間に体が依頼掲示板のある空間へと転移したのを感じる。
「さて、情報収集と行きますかね」
情報を扱うのは何も逆嶋バイオウェアやシャドウハウンドの忍者たちだけじゃない。むしろ、無所属忍者の方が街の色んなところにアンテナを張っていて情報通だったりするのだ、……たぶん。
まずは掲示板を見て、抗争に関わるクエストを調べる。下忍向けのところにも逆嶋バイオウェアの陣営で組織抗争クエストに参加する、という旨のクエストが出ていた。
周りのプレイヤーに聞いてみたところ、無所属であれば組織抗争クエストはお祭り感覚でとりあえず参加しておけば勝っても負けてもクリアになるため、受注するだけお得なクエストなのだという。とりあえず、俺も受けておくことにする。
『組織抗争クエストを受注しました』
電子巻物が表示され、クエストが受注できたことを教えてくれる。しかも、このクエストは普通のクエストとは別枠で受けられるようだ。通常のクエスト欄とは別の枠で表示されている。これなら長丁場な組織抗争クエストを受けていても、他のクエストを並行して進められるというわけだ。
他にも依頼掲示板の空間にいる忍者に片っ端から声をかけて情報を集める。
なんでも無所属の忍者は逆嶋バイオウェアからの依頼で本社である高層ビルの低層階およびビル周辺を重点的に守っているらしい。できればその人員をもう少し市街地側に配置して欲しいものだ。とはいえ、無所属の忍者は平均的なランクこそ高いけれど、そもそもの母数が組織所属の忍者に比べると少ない。そのため、局所的な守りに使われるのだろう。
しかも、無所属の忍者は特に守る場所を強制されているわけでもない。強いて言えば本社ビル周辺を守って欲しい、というくらいの緩い依頼内容だ。
裏を返せば結局、自分の身は自分で守るのが一番安心感があるのかもしれないな。どこまで行っても俺たちは無所属忍者であり、いつ裏切ったり、逃げ出したりするかも分からない存在だ。そんな存在に守りを完全に託せる場所はそうそう無いということだろう。
そう考えると市街地の守りに無所属の忍者を配置するのも危ういな。責任なく防衛を任された者が強大な敵に会ったとしたら、おそらく逃げ出すだろう。
そういう意味では目の届く範囲である本社ビルの低層階や周辺を守らせるというのは上手い配置なのかもしれない。目の届く場所で仕事を放棄されたとしても、そこは逆嶋バイオウェア自身でカバーすれば良いという話だ。
それに防衛依頼が緩いのもいい塩梅だ。無所属でも俺のように特定の場所に守りたいものがある場合、そこを守るために尽力するだろう。だから、あえて好きにさせてくれている。
順序立てて考えると、理にかなった依頼の仕方だ。逆嶋バイオウェアの上層部は無能ではない。表立って動くわけじゃないが市街地のことも考えてくれているように思える。しかし、それなら市街地への被害が膨れそうな四日目にはもう少し人員をシャドウハウンド側に融通してくれてもいいのではないだろうか。
アヤメの言っていたカルマ室長という人物の名が脳裏にちらつく。
カルマには市街地を犠牲にしてでも守りたいものがあるのか。それは果たして本当に人命よりも大事なものか?
逆嶋バイオウェアというより、カルマという人物個人に対しての不信感のようなものが膨れ上がる。
そんな時だった。
下忍向けの依頼書の中に一枚だけキラキラと輝くものがあるように見えた。近づいてよく見てみると、やはり一枚だけキラキラとしたエフェクトが付いている。
「なんだ、この依頼?」
『【極秘任務】クローンミュータント忍者の討伐および製造工場の破壊』
依頼書に書かれている文章を心の中で復唱する。うん、全然分からん。
というか、なんだよ、このクローンミュータント忍者って。昔のアメコミには亀が忍者になる作品もあったらしいけれど、そんなノリの生物が出てくるのだろうか。
それに依頼文の頭に【極秘任務】と付いているのも初めて見た。詳細を確認してみると、極秘任務に関しての注釈が書かれていた。
『極秘任務は共通のクエストを受けている者以外に対してクエスト情報を開示した場合、即座に任務失敗となるクエストです』
極秘というくらいだから、周りに話せないということか。何故そんな秘匿処理されているのか分からないが一つ理解したことがある。エイプリルの話にあったイリスの謎かけじみた意図の分からない言動や行動の数々に関してだ。もしかしたら、俺と同じように極秘任務を受けている可能性がある。いや、もしかしたら同じ極秘任務を受注しているのかもしれない。
とりあえず、同じ状況のプレイヤーがいないか確認するため、周りにいる忍者に依頼掲示板にキラキラと輝く依頼はないか確認してみる。すると誰も見えていないようだった。
次にコタローへフレンドメッセージで「極秘任務って受けたことあるか?」と送る。返事はすぐに返ってきた。その答えは「受けたことないよ、たしか攻略サイトにそんなクエストがあるって書いてあったのは見たかな。眉唾だと思ってたけど」というものだ。攻略サイトに書かれてはいるが、眉唾だと思われるくらい希少なクエストらしい。
さて、困った。この内容を相談できる相手がいない。となると、このクエストに一人で挑まなければいけないわけだ。現実の世界で佐藤辺りに相談してみるか? いや、大丈夫だとは思うけれど万が一それでクエスト失敗になったら目も当てられない。もう少し情報を探ってみてからにしよう。
依頼掲示板を出ると、エイプリルが待っていた。
「おーそーいー! 巻物屋の中をもう何往復したか分からないくらいだよ!」
「ごめんごめん、片っ端から話を聞いてたら長くなっちまった」
それ以外にも極秘任務のことやらでバタバタしたせいで想定よりだいぶ長くエイプリルをほったらかしにしてしまった。俺は平謝りで機嫌が直るのを待った。結果、この後デザートを奢ると約束することで上機嫌に戻ったのだった。
「それで何か有益な情報はあった?」
「うーん、何と言っていいか難しいとこだなー」
依頼掲示板から出た後はエイプリルが一押しするカフェに行くこととなった。
店の前のテラス席、エイプリルはパフェを頬張りながら俺の進捗について尋ねてきた。正直な話、爆弾みたいな情報を得たわけだが極秘任務のためエイプリルにも話せない。どうしたもんかなー、と悩みながら意味もなくコーヒーをスプーンでかき混ぜる。
「おう、エイプリルじゃないか」
そんな場に割って入る男性が一人来た。知らない男性だ。エイプリルの名を知っているということはシャドウハウンドの忍者だろうか。そんなことを俺が思っていると、エイプリルがパッと顔を明るくさせる。
「師匠、戻ってきたんですね!」
「関わっちまったからには、なるべく参加しようと思ってな。んで、そっちは?」
エイプリルに師匠と呼ばれたということはシャドウハウンドの上忍であるハイトだろう。俺はエイプリルに色々とよくしてくれたというハイトに挨拶しようと口を開こうとする。しかし、それを遮るようにエイプリルが先んじて紹介してくれた。
「彼はセオリーです。私のご主人様です!」
それは最悪の紹介だった。
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