第30話 逆嶋防衛戦 その11~昼、カフェの下、わちゃわちゃ~
▼セオリー
「彼はセオリーです。私のご主人様です!」
エイプリルの放った一言は場を凍らせた。俺はギギギと油をさし忘れた機械のような動作でエイプリルを見る。
「その言い方は止めろって言っただろう……」
俺は静かな怒りとともにエイプリルのほっぺたをつまみ上げた。今回は両頬だ。
「いひゃいよ~、ぼうりょくはんひゃい~!」
何を言ってるのか分からないので無視する。
「別の言い方を考えるって言ってたのはどの口だ?」
俺の剣幕にエイプリルは両手を上げて降参するポーズだ。
このくだり、あと何回することになるのだろう。呆れを感じつつ、俺は手を離した。それからハイトの方を向いて改めて挨拶しようとする。
「えっと、さっきのはエイプリルが勝手に言ってるだけなんで気にしないでくれ。俺は無所属下忍のセオリー。よろしく」
「お、おぉ、そうか。俺はシャドウハウンド上忍のハイトだ、よろしくな」
仲良くなろうと精いっぱい和やかに挨拶をした。したはずなのだがハイトの方は若干引き気味だった。
「えっと、ご主人様ってのはSM的な?」
完全にヤバい奴らだと思われてる。
こうなったら発端を含めて説明した方が良いだろう。というわけで称号を得た経緯とエイプリルが腹心になったところをかいつまんで説明することにした。
俺の説明が終わると、ハイトは腹を抱えて盛大に笑った。
「ぶわっはっは、それでご主人様呼びってぶっ飛びすぎだろ」
「むぅー、そんなに変ですか?」
「俺は師匠呼びで済んで良い方だったんだ、と思える程度にはな」
頬を膨らませてむくれるエイプリルには悪いが、ぶっ飛んでいるというハイトの評価は概ね正しいと言わざるを得ない。
「にしても、そうか。エイプリルって本当にチュートリアルのエイプリルだったのか」
「そうですよ、私としては実感ないですけど」
こういう話を聞くとエイプリルがNPCだということを再認識させられる。俺以外のプレイヤーたちも全員チュートリアルでエイプリルたちと修行を重ねていったのだろう。今も新しいプレイヤーは彼女たちと修行をしているのだろうか。
そんな疑問が浮かんでいたところ、意外にもハイトの口からその答えを聞くことができた。
「なるほどな、じゃあチュートリアルの修行パートナーが変わったって言う噂は本当だったんだな」
「パートナーが変わった?」
「いやな、攻略サイトに情報交換用の掲示板があるんだが、そこに書き込みがあってな。今のチュートリアルパートナーはメイっていう女の子らしい」
「修行相手が変わってる」
「あぁ、そんでアレっと思ってな。過去ログを漁ったら案の定、稼働初日からしばらくの間、情報が錯綜してた時期があった。その時は、ジャヌアリィ・フェブラリィ・マーチというパートナーの名前が挙がっていた」
「チュートリアルの修行パートナーは最初からエイプリルってわけじゃなかったのか」
「あぁ、俺も知らなかったくらいだ。稼働初日のスタートダッシュ組くらいしか知らないだろうな。攻略サイトは一週間もしたらエイプリルで意見が安定したから、それ以上の情報はなかったしな」
つまりエイプリルのようにユニークNPCとなったチュートリアルメンバーが少なくとも三人いるのか。……というか、最初の三人はかなり早くに変わっていったんだな。『‐NINJA‐になろうVR』の稼働が一年前で、発売当初にすぐエイプリルで安定したってことは一年もエイプリルはユニークにならなかったわけだ。
「あれ、もしかしてエイプリルって売れ残り……」
「ひどいよ!?」
エイプリルはポカポカと俺を叩いてくる。おどけた調子で叩いてくるが、目元は若干潤んでいるように見える。これは俺の言い方が悪かったな。
「ごめん、エイプリル。失言だった。……むしろ俺が来るまで待っててくれてありがとな」
誠意をもって頭を下げる。自分でも失言だと思った時は素直に謝る、これが大事だ。俺の処世術でもある。いや、失言するなよ、という方がもっともだと思います。
「そ、そんな調子のいいこと言っても誤魔化されないからね! ……私の心の傷が治るまで一生パフェ奢りで許してあげる」
「なんと寛大な、ありがたき幸せ」
「もう、なんか馬鹿にしてない?!」
口をツンと尖らせそっぽを向くが、さっきよりは幾分態度が軟化したようだ。
よく考えると腹心の好感度をいたずらに下げるのは危険だ。そうやって裏切りにあった時の権力者などいくらでもいるだろう。俺は本能寺の変は迎えたくない。エイプリルのことは大事にしよう、うん。
「……で俺は何を見せられてんのかね」
俺とエイプリルの一悶着の間、ハイトはずっと黙っていた。そして、その後の第一声がこれである。
「何と言われても、ちょっと失言があったので謝罪を」
「あー、もういいわ。なんか見てるだけで胸焼けしてきた。ごちそうさん」
「師匠とアヤメ隊長も変わらないですよ」
「俺もこんな風に見られてんの? ショックだわ、しばらくアイツと顔合わさないようにしとこ」
エイプリルによれば、このハイトという人物とシャドウハウンドの隊長であるアヤメは仲が良いとのことだったが、ハイトの方はそうでもないのかもしれない。
「アヤメ隊長が可哀そうですよ。そんな照れ隠ししないでも良いじゃないですか」
「べ、別に照れ隠しとかじゃねーよ」
そういうハイトの顔は若干赤みがかっている。ここまでくると照れ隠しなのが透けて見える。どうやらエイプリルには分かる彼の感情の機微があったようだ。
「それはさておき、ユニークNPCを配下にしてるってだけでも珍しいのに称号まで持ってるとはやるじゃないか」
「称号って珍しいのか?」
俺としてはチュートリアルをクリアしたら勝手に付与されたものだから、ありがたみもクソもない。
「基本的に称号ってのはユニーククエストをクリアしないと得られない。攻略サイトに載ってるような固定のユニーククエスト以外は運が良くないとなかなか見つけられないんだぜ。かなりのラッキーボーイだな、セオリーくんは」
「とはいえ称号忍術の方はまだ習得できてないけどな」
俺の称号である『
「話で聞いた限りだから確証はないが、エイプリルに引っ張られて得た称号だからじゃないか」
「エイプリルに引っ張られて得た称号?」
「卵が先か鶏が先かみたいな話だけどよ。エイプリルが腹心になった結果として、お前は
「エイプリルのおかげで称号を得た、と」
「そうだ。だからお前はまだ称号に完全には認められてないのかもしれない。それが称号忍術を使えない理由だ」
あくまで予想だけどな、と付け加えていたけれど俺も思わず納得してしまった。しかし、そうなると称号に認められる為にはどうすればいいのだろう。
「まぁ、あんまりヒントになりそうなことを言ってもつまらんからな。あとは自分で考えてみたらいい」
「そう言うってことは何か察しがついてるのか?」
「似たような称号を持ってるヤツを知ってるからな。そいつの立場やらを考えればおのずと予想はつく」
ハイトはニヤリと笑うとそれ以上は話さなかった。ここから先は自分で考えろ、と言われているようだ。だが、ここまでくれば俺にも予想できることはある。ちょうど学校で佐藤とも話したばかりだ。
「それってカリスマ性のことなんじゃないか?」
「ほぉ、知ってたのか」
「つい最近、現実の方で知り合いとその話をしてたんだ。それで知ってただけさ」
「ねぇ、セオリー、カリスマ性ってなに?」
エイプリルは知らなかったので佐藤からの受け売りだがカリスマ性について説明した。とはいえ、佐藤もよく分かっていないようだったので俺の説明も曖昧なものだ。
「なんか、よく分からないね、結局どうやったら上がるのか分からないじゃない」
「それは、そうなんだよな」
リーダーシップのある行動やみんなを扇動するゲームプレイをしていると上がる。そんなん普通にプレイしていたら上忍のような率いる立場にならなけりゃ上がらないんじゃないだろうか。
上忍であるハイトなら知っているだろうか。俺がハイトを見ると、ハイトは仕方ねぇなという風に笑うと口を開いた。
「カリスマ性が必要だと気付いてるなら、あとは時間の問題か。カリスマ性の一番ポピュラーな上げ方は最低スリーマンセルのパーティーをリーダーとして率いることらしいぜ」
「パーティーリーダーをしない忍者はずっとカリスマ性が上がらないのか」
「そうだな、それで苦労してるヤツは多い」
佐藤のヤツもパーティーリーダーをしてこなかったんだな……。
しかし、おかしいな。佐藤は他のオンラインゲームを一緒に遊んでた時はパーティーにバフをばらまく指揮官系のジョブを好んで選ぶことが多かったはずだ。
それとも忍者というロールを大事にしすぎた結果、単独行動に振り切ってしまったのだろうか。謎は深まるばかりだけれど、それはゲーム内で会った時にでもおのずと分かるだろう。
「でも、それなら師匠も配下いないんじゃないですか?」
エイプリルは悪気のなさそうな顔をしてそう聞いた。
「どういう意味だ」
「だって師匠って人望無いじゃないですか。パーティーリーダーとかできるんですか?」
酷い言い草だった。さっきの俺の失言なんかよりよっぽど酷いぞ。自覚しているのか、エイプリル。
「お前それナチュラルに悪口だぞ。だが残念だったな、俺にだって配下が一人いる」
「そんな、あんなに他の指揮官さんにボロクソ言われてた師匠に配下がいるなんて!?」
手を口にあてて心底驚いた様子のエイプリルは目を見開いてハイトを見ていた。むしろ、エイプリルはそんな人を師匠と呼んでいるのか? 俺は少し心配になってきた。
「はっは、どうだ、俺を見直したか?」
「ちなみに、カリスマ性は地道にパーティー組んで上げたんですか?」
俺は気になったので確認してみる。配下一人を得るカリスマ性にどれくらいのノルマがあるのか分かるいい機会だ。
「……」
しかし、俺の疑問にハイトは途端に口を閉じて顔をそらした。
あれ、なにかおかしい。
「師匠、男らしく話して下さいよ。このままじゃ配下がいることも嘘だと思っちゃいますよ」
「だぁーもう、うるせぇな。話してやるよ。……少し昔の話だが、甲刃連合ってとことウチがやり合ったことがある。知ってるか?」
「甲刃連合とシャドウハウンドの戦闘って言うと、組織抗争クエストの説明の時に聞いたかもしれないな」
「あぁ、それだ。そんときに指揮官をやったんだよ。それで上がったんだろ」
なんだか投げやりな感じだ。というか、それだけ?
「師匠、リーダー経験は他にないんですか?」
「それだけだっつーの、あんまり根掘り葉掘り聞いてくんな」
指揮官を一度務めただけで配下一人を得られるカリスマ性が得られるのか。それとも、パーティーリーダーを務める以外にも上げる手段があるのか。そこは分からないが有益な情報だ。
「ちなみに、その指揮官ってどのくらいの規模なんだ?」
「あー、そうだな。たしか三十人くらいじゃないか。あの時のことはアヤメの方が詳しいだろうから、あとはそっちに聞いてくれ」
カリスマ性の上げ方に関しては有益な情報が得られた。というか、当初の考え事からだいぶ脱線してしまった。
忘れないうちにハイトにも極秘任務に関して聞いておこう。
「ちなみに、ハイトは極秘任務って知ってるか?」
「極秘任務か、知ってはいるが急になんだ。普通、下忍の口から出るクエストじゃねぇぞ」
「いや、それが詳しくは話せなくて」
俺が言いよどむとハイトはハッとした表情に変わった。どうやら俺の置かれた状況を察したようだ。
「はっは、ただのラッキーボーイかと思ったらとんだ爆弾も抱えたもんだな。……つうか、待てよ。イリスと同じもん受けてんじゃねぇよな?」
「そこは分からない、ただ可能性はあるかもしれない」
具体的なことは話さず、曖昧に受け答えする。
クエスト情報の開示がどこまで含むのか分からないので匙加減が難しい。それからハイトは外堀を埋めるようなギリギリの質問を繰り返し、俺もクエストの内容に触れないよう答えていく。俺としても陥った状況を理解した上で話を聞いてくれるハイトは助かった。質問の仕方も配慮を感じる。
何回かの質問に答えた後、ハイトは質問することがなくなったようで頭をポリポリと掻いた。
「なるほどな、極秘任務は盲点だった。助かる情報だったぜ、今度なにかあれば手を貸すから言ってくれ」
「いや、俺も重荷が少し軽くなった気分だ」
「はっは、まだ下忍だもんな。縛りのあるクエストは他にも色々ある。今の内に慣れときな。とはいえ、極秘任務もユニーククエスト並に低頻度の遭遇率だ。次はそうそう来ないと思うけどな」
俺は笑いながら頷く。遭遇しない人なら上忍になっても遭遇しないそうだ。そんな低確率クエストであるユニーククエストと極秘任務を続けざまに受けているのだ。このあとはしばらく面倒は勘弁願いたい。
それからハイトはエイプリルを物陰に連れていき、何事か話していた。その後、帰ってきたエイプリルは「OK、任せといて!」と言わんばかりに親指を立てた握り拳を見せつけてきた。おそらく俺の極秘任務を受けているという事情を説明してくれたのだろう。頼りになる人じゃないか、さっきエイプリルが言っていた人望がないというのが信じられない。
「それじゃあ、俺はシャドウハウンドで情報共有してくる。また、夜にな」
そういってハイトは去っていったのだった。
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