第31話 逆嶋防衛戦 その12~亀裂、自問自答、迷い~
▼セオリー
ハイトが去った後、俺とエイプリルもカフェを出た。
極秘任務に関して、後は成り行きに任せるしかない。そもそも書かれていた情報が『クローンミュータント忍者の討伐および製造工場の破壊』しか無いのだ。クローンミュータント忍者が何者なのか、製造工場はどこにあるのか、いずれもノーヒントである。
ハイトが言うには、極秘任務というクエスト自体が基本的に上忍以上向けの高難易度ミッションらしい。なので『クローンミュータント忍者』という単語から情報を追うこと自体が極秘任務のミッション内容に含まれるのだろう。
「そんな高度な諜報技術は下忍のセオリーさんにはありませんよーっと」
虚空に向かって呟いた言葉は風に乗って消えてしまう。根本的に能力値が足りていない。このままだと何もできないまま組織抗争クエストも極秘任務も終わりを迎えてしまう。
「そうだ、これからクエストに行ってレベルアップしよう!」
それが良い。レベルはいくら上げても困らない。ビルドアップしたステータスは裏切らない。さあ、エイプリル、ともにレベル上げに勤しもう!
「は?」
ちょうどよいタイミングで更衣室のカーテンが開き、赤いワンピースに身を包んだ可愛らしい少女が俺の発言に対し返事をした。まるでこれからホテルのディナーでも食べに行くかのような着こなしだ。
そう今はカフェを出た後、エイプリルが洋服を買いに行きたいと言うので一緒にアパレル店へ入ったところだった。エイプリルは「これ、かわいいね」と言って赤いワンピースを持って更衣室に消えていった。
その間、手持無沙汰だったので今後のことに思いを馳せていた。しかし、これから俺はパフェどころじゃない額の洋服を買わされるのだ。懐をちゃんと確認しておかないいけないな。いやまあ、ちょっと高い服買うくらいは良いんだ。似合ってるし、プレゼントするのもやぶさかじゃない。
そんなオシャレなワンピースを着たエイプリルは、しかし、めちゃくちゃ不機嫌そうな顔をして睨み付けていた。怖い、どうして?!
「どうか致しましたか、マドモアゼル」
「今、セオリーはなんて言ったのかしら?」
おや、俺のノリに乗っかってくるなんて珍しい。それなら、俺もジェントルマン的に答えよう。
「ぜひ、これからお嬢さんとクエストに行って、レベル上げをさせていただき ぶへっ!」
振りかぶった拳を顔面に叩き込まれた。俺は宙を舞う。あぁ、今この時だけは重力から俺は解放されたのだ。グッバイ、地球。ハロウ、無重力。
しかし、すぐに地球の引力によって地面へ引き戻された。べちーんと擬音を発しながら地面にキッスをする。熱いベーゼだね、唇が燃えるように熱いよ。それは物理的衝撃のせいかもね。さておき、俺の無重力小旅行は一瞬で幕を閉じた。地球さんったら強引なんだから、もう。
———はっ、ぶん殴られて一瞬記憶が飛んでいた。俺は変なことを口走ってなかっただろうか。熱を感じる頬を手で押さえ、身体を起こす。目の前には拳を振り切った体勢のままでいるエイプリルがいた。
おそらく何かが起こったのだろう。たぶん、彼女は怒ったのだろう。ちなみに俺は顔から落っこったのだろう。まずい、脳細胞が変な回転を方をしている。下らない考えが先行し過ぎて状況把握ができていない。
「ど、どうした、エイプリル」
「……どうしたもこうしたもないわよ! こんな綺麗な洋服を着た後にすることがクエストなの? レベル上げなの?」
いや、クエストはもっと動きやすい服装で良いよ、と言おうかと思ったけれど、俺の第六感が絶対にそれ言うなよ、と警鐘を鳴らしていたので口をつぐんだ。
「というか、今日は夜まで私に付き合うって話でしょ」
たしかにカフェを出る時にそんなことを口走ったような気がする。「失言の詫びだ、今日はエイプリルの行きたいところに行こう」とか言った気がする。
いや、でも行きたい所ってアパレル店でしょ、じゃあ、その後はクエストでも良くない? ダメだ、この発言もシックスセンスがデンジャーを示してやがる。ええい、俺に発言権はないのか!
「せっかく今日は、その……、デ、デートなのかな、とか思ってたのに」
エイプリルは顔を真っ赤にしてそう言うと、お店から飛び出していった。
それに引き替え俺はというとポカーンとそれを見送っていた。
え、これデートだったの?
だって今日は一緒にカフェ行って、ショッピングを楽しんだりしてただけだよ。……あぁ、そうだわ。これ世間一般的に見てデートって言うじゃん。
いや、待って欲しい、男子高校生にはこれを察することができない。本当だ。それができたらもっとモテモテな人生を送っている。
「お客様~」
アパレル店の店員が近寄ってくる。
これだけドタバタしたのにニコニコと営業スマイルを絶やさない辺りプロだ。
「お騒がせしてすみません。洋服代は払いますんで」
「ちげぇだろ?」
突然、笑顔とは裏腹なドスのきいた声を発する店員。
「アンタが真っ先にしなきゃあいけないことは、あの子を追いかけることだっての!」
俺は尻を蹴飛ばされて店外に放り出された。どうしていいか分からず、ひとまず走り始める。とはいえ、エイプリルはとっくに走り去った後だ。どこへ向かえばいいのやら。
「二人そろって金払いに来いよ!」
俺の背にはアパレル店員の声が刺さっていた。
正直、顔は笑顔なのに目つきは全然笑ってない店員は森で出会った大蛇よりも怖かった。だけど、背中を押してもらったのは確かだ。あんな別れ方をしたまま放置したら、きっとギクシャクしてしまう。そして、結末は本能寺の変だ。デッドオアアライブ。俺は生を掴み取る。
しかし、エイプリルは見つからなかった。
辺りはすでに暗くなり始めていた。そろそろ組織抗争の四日目が始まってしまう。夜が近づいてきた為、先ほどシャドウハウンドの方へも行ってみたが、そちらにもエイプリルは顔を出してないらしい。
「困ったな、どこにも居ないぞ」
駄菓子屋に戻り、ランに尋ねてみたが駄菓子屋にも戻っていないようだった。他にも忍具屋、巻物屋など街の中で心当たりのある場所はだいたい回った。これ以外の場所となると、あとは街の外しかない。
「仕方ない。四日目はみんなに頑張ってもらおう」
今から街を出たら少なくとも組織抗争の開始時間には間に合わないだろう。フレンド交換をしておいたハイトにフレンドチャットで手早く状況を送っておく。
それから俺は逆嶋の街を出て、忍具の素材を採集するクエストで何度もエイプリルと一緒に歩いた鉱山へと続く山道を歩いて行った。
▼エイプリル
アパレル店から飛び出した後、私は無我夢中で走り続けた。とにかく今は真っ赤になった顔を冷やしたかった。どこか一人になれる場所に行きたい。そう考えると街中では人の目が途切れることがない。すぐに逆嶋の街からも出ていった。足が覚えている道のりをただ無心で走り続ける。
気付けば忍具作成の技能を得るために何度も往復した鉱山の採掘ポイントに辿り着いていた。採掘ポイントはすこし窪んだ洞穴のような箇所にある。日の当たらない場所のため、日中でも空気がひんやりと冷たい。火照った頬を冷ますのにこの場所は最適だった。
頬が冷えると頭も冴えてくる。冷静になった私はそこで、はたと我に返った。
「な、なにやってるの私……」
セオリーの発言には確かに腹が立ったけれど、私が着替えている間に何か考えていて、その結果だけを私が聞いてしまったのかもしれない。そこに至るまでの過程もちゃんと聞けばよかった。
気付いてみるとワンピースも着たままだ。そのまま店を飛び出してしまったので、最初に着ていた制服もお店に置きっぱなしということだ。後で謝りに戻らないといけない。
「一人で舞い上がってただけなのかな」
山村に居た時の生活は忍者修行が全てだった。だから、セオリーと一緒に山村から飛び出して私は初めて外の世界を自分の目で見た。
もちろん山村には電気も通っていたし、テレビなんかもあった。一般知識として外の世界のことは知っていた。けれど、実際に目で見て耳で聞くのは全然違う。あの山村は精巧に村を模していたが、それでも今になって思えば人工的に作られた閉鎖空間だった。自然な山村のように作られていたけれど、どこか違和感があった。
そもそも、大人は先生だけでそれ以外は子供たちだけ十三人もいる山村など、今考えればすぐにおかしいと分かる。それでも、あの頃は何も疑いもしなかったし、こっそり山村を抜け出して街に行ってみようとか、そういった考えも頭に浮かびすらしなかった。
山村に居た頃の私はきっとシステムによって半自動的に動いていただけだったのだと思う。プレイヤーにとってあの山村はチュートリアルを受ける場所だ。そこで私たちNPCが勝手な行動をするのはプレイヤーもシステムを司る者たちも困るだろう。だからこそ、私たちはシステムにより思考と動きを制限されていた。意志を持たず、プレイヤーがチュートリアルを受ける間の駒として働かされていたんだ。
そう考えると、私は知識権限を得た瞬間から生まれ変わったんだ、と強く実感する。
システムの都合で生み出された駒ではなく、自由な意思を持って進む先を選択できる個として、人として、忍者として、生まれ変わったんだ。
一人で生きていく道だって選択しようと思えば選択できた。でも、セオリーがパーティーを組もうと言ってくれた時、一緒に付いていきたいと心から思った。あれが最初の選択だろう。最初の選択をした時点で多少なりともセオリーに惹かれていたのかもしれない。そして、一緒に旅するうちに自然と恋心が芽生えて……。
あれ、でも最初から惹かれていたのは、ひとえに一緒に修行をしてよくパートナーをしていたからなのではないか。私がセオリーと一緒に旅を始めたのは本当に自分の意志なのかな。この気持ちが私の自由な意志であると、誰が保証してくれる?
私は考え過ぎた末に気持ちが悪くなり、ふらつきつつ洞窟の岩肌に手をついた。独りで考え事をすると悪い考えに寄っていってしまうという。一度、考えを止めて気分を入れ替えた方が良いだろう。
「そういえば、シャドウハウンドに連絡してないや」
シャドウハウンドのバッジは制服の方に付いている。バッジは通信機の役割も持っていたが、店の商品を試着した状態で着の身着のまま出てきてしまった私には誰とも連絡を取り合う手段がない。
思ったより長く考え事をしていたようだ。だいぶ日が傾き、もうしばらくすれば夜が来てしまうだろう。今から逆嶋に帰ったとして組織抗争開始までにギリギリ戻れるだろうか。
とにかく逆嶋まで帰ろうと洞窟から山道へ出ていく。すると道を外れた林の奥に見慣れない小屋があった。急造でこしらえたのか、せいぜい二メートル四方程度の簡易的な小屋だ。その小屋の前では焚き火をしながら二人の人物が話をしている。ひそひそとした話し声は何か企みを予感させる声色だ。
気になった私はこっそりと聞き耳を立てることにした。
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