第32話 逆嶋防衛戦 その13~聞き耳、危機の身~

▼エイプリル


 小屋の前で焚き火をしながら話をする二人組の男たちに見つからないよう、私は草むらの影に隠れて息を潜めた。


「リスポーン地点の守備なんて退屈で仕方ねぇ。ずいぶんと下っ端の役割を与えられたもんだ」


「なら、襲撃班の方が良かったか?」


「ハッ、一昨日の大負けを考えると襲撃班の方が貧乏くじか。……とはいえ、これまでは威力偵察だ。今日は本番なんだろ?」


「そうらしいな、イリスとかいう女忍者がどこまでやってくれるのやら」


「なんでもシャドウハウンド相手に一人で大立ち回りするとか大口叩いていたらしいぞ」


「それは無理だろう。一昨日もこっちの上忍を見殺しにしてノコノコ帰ってきたらしいじゃないか」


「ちげぇねぇ。だが、ボスはそれでやるってんだから、あとは天に任せるしかないな」


 会話の断片から聞き取れた内容からして、おそらくこの小屋は黄龍会のプレイヤーがリスポーン地点とする拠点なのだろう。それに漏れ聞こえた情報はかなり重要な内容に思える。聞いた内容が真実なら今日は黄龍会が本腰を入れて攻めに来るということだ。こんなことならシャドウハウンドのバッジだけでも持ってくるんだった。

 バッジが付いたままの制服はアパレル店に置きっぱなしだ。もしかしたらセオリーが持ってきてくれるかもしれないけれど、いや、やっぱり駄目だ。私の着ていた制服を持ってきてもらうなんて恥ずかしすぎる。情景を思い浮かべて思わず赤面してしまう。

 いやいや赤面してる場合じゃない。今はこの情報をいかにして持って帰るかが重要だ。相手のリスポーン地点を潰せればもっと良いけれど、あの二人の実力が未知数だし、他にも敵の仲間が近くにいるかもしれない。

 それなら今最優先すべきは情報を持ち帰ること。そう考えて、こっそりとその場から離れようとする。





「おや、ネズミが一匹隠れてるヨ?」


 私の後ろ側から声がかかる。

 振り返ると男性が一人立っていた。黒レンズの丸眼鏡をクイと指先で直す。その直後、腹部に強い衝撃を受けた。


「ゕはっ……!」


 肺から空気が漏れる。吹き飛ばされた私は焚き火を囲む男たちの前へと無理やり引きずり出された。苦しさに顔をしかめつつ、地面に手をついて黒丸眼鏡の男へと目を向ける。男は振りぬいた足をゆっくりと下ろしているところだった。その動作を見て、ようやく自分が蹴りを受けたことを知った。

 本当に蹴り? 全然見えなかった。


「弱いネ、ワタシがやるまでもなさそうだ。キミたち、仕事だヨ」


 丸眼鏡の男はそういうと、踵を返して去ってしまった。


「フェイさん、倒してくんないんすか」


「おい、やめとけって、ネズミを見逃してたのは俺らのミスだぞ」


「……たしかに聞かれたら困る話もしちまってたな」


 後ろの二人は途端に殺気を放つ。

 フェイと呼ばれた男は本当に立ち去ったのだろうか。正直、あの男が一番危険だ。消えていった方向から意識を外したくない。それでも焚き火側にいた男たちも無視できるわけではない。私は意を決して二人の男たちの方を向いた。一人はナイフを片手に持って、もう一人は両手にトンファーを持っている。


「やっとこっちを向いたな。フェイさんを恐れるのは分かるぜ、あの人はマジ強ぇからな」


「無駄口は後にするぞ。まずは動けなくして通信機か何かを持ってないか調べる」


「はいはい、っと」


 返事をした直後、ナイフの男が踏み込んでくる。こっちはまだ蹴られたお腹が痛いっていうのに! 胸中で愚痴りながら痛む体を無理やり動かす。

 後方にステップしつつ、煙爆弾を放る。ナイフの男は爆弾を見て、それでも突っ込んできた。おそらく防御力に自信があるのだろう。とはいえ、煙爆弾は煙を出すだけの目くらましだ。爆弾が爆発し、大量の煙が放出される。その煙に紛れた私は『身代わり術』を発動し、目の前に分身を作り出した。そして、すぐさま後方の草むらへと身を潜める。直後、トンファー男が腕を振るった。


「『旋棍術・旋風つむじかぜ』」


 振るわれたトンファーから叩きつけるような爆風が巻き起こる。一瞬にして煙が上空に巻き上げられ、そのまま霧散してしまう。そして、煙が晴れた時にはすでに私の分身の至近距離までナイフの男が接近していた。

 この二人、お互いの攻め方をよく理解し合っている。息の合ったコンビネーションだ。この時点でまともに戦っても勝てないだろう、というビジョンが見えた。


 ナイフが分身の心臓に突き立てられる。しかし、『身代わり術』で生み出した分身なので霧散して消えるだけだ。


「ちっ、身代わりか」


「陣を張れ、逃げられるぞ」


「分かってる、『戦陣術・決闘タイマン結界フィールド』」


 ナイフの男が足で地面を踏み鳴らすと、男を中心にして円形の光が波紋状に広がっていく。あれに触れるのは良くない気がする。

 逃れようと草むらから後方へ飛び出すが、さっきの蹴りの痛みが尾を引く。その結果、逃げ切れずに円の中へ飲まれてしまった。そのまま円は半径十メートルほどまで膨張して止まった。


「ふぅ、ギリギリ範囲内に居てくれたか。射程が短いのが難点でな」


 男は暢気に自分の忍術の欠点をぺらぺらと話している。


「これはなんなの?」


 ダメもとで質問を投げかける。トンファー男の方は無駄口を戒めていたが、ナイフ男の方は緊張感がない。これなら話を続けて、少しでも腹部の傷を癒す時間を稼げるかもしれない。


「へっへっへ、やっと会話してくれたな、可愛い子ちゃん。俺たちゃ暇な役回りだったからよ、遊びたかったんだ。助かるぜ」


「そんな風に無駄口叩いていたらトンファーの人に小言を言われちゃうんじゃないの?」


「あぁ、あいつは口煩いからな。だが、この結界の中までは口出しできねぇ」


 そういって男は後ろを指差す。円の外にはトンファーの男が立っている。何か叫んでいるようだが、こちらには聞こえない。外界と完全に遮断されているようだ。もしかしたら『影跳び』もできないかもしれない。


「どうせ、あいつのことだ。早く倒せだとか、無駄口を叩くなとか言ってるんだろうぜ」


「その割にはのんびりしてるのね」


「当たり前だ。せっかくの遊び相手が来たんだ。すぐに終わらせたら勿体ないだろう。じっくりといたぶってやるからな」


 悪趣味な男だ。しかし、その性格のおかげで時間を稼げた。煙爆弾で煙幕を張った隙に痛み止めの丸薬と治癒の丸薬を飲んでおいたおかげで腹部の痛みはだいぶ良くなってきた。

 それにトンファー男がこの結界内に入ってくることも無さそうだ。これなら目の前のナイフ男一人に専念できる。


「それじゃあ、ヤルかぁ」


 下卑た笑みを浮かべつつ、ナイフを構えた男がゆっくりと間合いを詰めてくる。こちらの武器である爆弾を見たため、不用意に近づいてこない。とはいえ、最初の接近時は無理やりでも突っ込んできていた。どちらかと言えば、じっくり追い詰めてこちらがどんな抵抗を見せるのか見物したい、とでもいうような様子が感じられる。

 そこがこの男の隙だ。まずは『影跳び』ができるのか確かめないといけない。そして、跳べるのならばそのまま倒しきりたいところだ。『影跳び』は初見が一番刺さる忍術。外したくない。


 必然、私もじりじりと間合いをはからざるを得なくなった。

 ナイフの男が一歩踏み込む。私はそれに合わせて一歩後退する。円形のフィールドの中で私は少しずつ逃げ場を削り取られていく。

 後退するばかりではいずれフィールドの端に追い込まれてしまう。けれども、ナイフを持った腕の動き、踏み出す足の運びが幾重ものフェイントとなって、私が左右へ逃げようとする動きを制限してくる。まるでボクシングリングの上でインファイターに追われるアウトボクサーの気分だ。


 トンっと背中が固い壁に当たる。フィールドの端まで来てしまった。このフィールドの壁面はドーム型をした半透明のガラスのようになっている。背の感触からするとかなり堅そうだ。戦いの最中、この壁を壊して脱出するのは厳しいだろう。

 私は意を決した。内ももに巻かれたベルトに挟んであるクナイを片手に持ち、反対の手では小型の爆弾を掴む。威力の高い爆弾はアパレル店に置きっぱなしのポーチに入っている。手持ちの忍具は殺傷力の低い小型爆弾とクナイ、それとさっき使った煙爆弾くらいしかない。


 正直言って、決定打に欠ける。クナイを心臓に突き立てるくらいしか倒す方法が見当たらない。携帯に便利かと思って作っておいた小型爆弾も一般人なら腕一本吹き飛ばせるくらいの威力があるけれど、相手は爆弾を見ても顔色一つ変えずに突っ込んできたような忍者だ。せいぜい火傷を負わせるくらいが関の山だろう。

 せめて、超至近距離で爆発を食らわせられればダメージを与えられるかもしれないけれど、ナイフの使い手であることを考えれば至近距離は相手の間合いだろう。






 それでも、———踏み込む。


「『瞬影術・影跳び』」


 師匠に言われたことを思い出せ。跳んでから突き刺すまでのラグを作るな。跳んだ瞬間にはもう突き刺さるほどの近さに跳べ!

 直後、目の前にナイフ男の背中が見える。無事に『影跳び』は成功した。つまり少なくとも、この結界内でなら私の忍術は有効だ。跳んだ瞬間、腕を前に突き出す。脇腹の肉を抉る感触が手に伝わってくる。しかし、相手の反応も人間離れしていた。刺さった瞬間から体を捻り、致命傷を避けたのだ。

 そして、男は傷を無視して私へと襲い掛かった。クナイを全力で突きだした影響で崩れた体勢のまま、私は男を見た。男の手に握り締められたナイフが煌めき、私の首元へと迫る。


「惜しかったな、これで仕舞いだ」


「いいえ、まだよ。『瞬影術・影跳び』」


 もう一度、跳ぶ。

 しかし、ナイフの男はそれも予想していたようだ。ナイフを突きだす際の踏み込みに余裕を持たせている。そのため、スムーズに体重移動を転換し、即座に後方へ振り返る。そして、ナイフを上段から振り下ろした。転移忍術を行使する忍者は死角に移動しがちだ。それを読んだ上で背後への振り下ろしだった。けれども、その一撃すらもくうを虚しく切っただけだった。


「ありゃ、後ろに転移したんじゃないのか」


 そう、後ろじゃない。外れだ。忍者の驚異的な反射神経は転移して一瞬存在が消えるのを。そして、転移と言ったら死角に転移するという固定観念に縛られている忍者ほど引っかかる。


「私はこっちだ!」


 私は『影跳び』で転移した後、そっくりそのまま同じ場所に現れたのだ。ナイフの男が頭の回らない男だったら、そのままナイフが刺さって死んでいる。でも、私はこの男を信頼した。

 自分の忍術の欠点を話したり、無駄口で傷を回復する猶予を与えたりするような男だけど、自分に有利な盤面である『決闘タイマン結界フィールド』に誘い込んでからのコイツは常に注意を怠っていなかった。最初の無鉄砲ともいえる突撃が鳴りを潜めて、じっくりと攻めてきた。

 いたぶろうという気持ちもあったのかもしれないけれど、こちらの行動には目を光らせていたように思う。そこから一人の時は意外と警戒心が強いのかもしれないと思ったのだ。


 私はクナイを持っていた方とは逆の手を先ほど抉った傷に向かってねじ込んだ。

 無傷の身体と比べて傷を負った場所なら防御力も下がってるでしょ。


「クソッ、傷口狙いやがって。だが、血迷ったか。手刀じゃ大したダメージ食らわねぇぞ」


「手刀じゃないよ、プレゼントだよ」


「なに?」


 ナイフ男がキョトンと傷口に目をやった瞬間、男の脇腹が弾け飛んだ。

 私は男の傷口に手刀を叩き込むと同時に小型爆弾を埋め込んだのだ。


「やって……くれる、じゃねぇか……」


 目論見は見事成功し、横っ腹に大穴を空けた男はそのままうつ伏せに倒れ伏したのだった。

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