第33話 逆嶋防衛戦 その14~無限コンボ~

▼エイプリル


「はぁ……はぁ……、やった。一人で倒せた……!」


「よくやった、褒めてやろう」


 そう言ったのはトンファーの男だった。そうだ、まだナイフの男を倒しただけだ。もう一人いたんだった。


「あれ、どうして?」


 そこで私は周囲の異変に気付いた。いや、異変というより、異変が元に戻らないことにだ。倒したはずなのにナイフ男の生み出した結界がまだ残っているのだ。つまり、私はまだドーム状の結界の中にいる。


「ははっ、驚いただろ。アイツの固有忍術は変わっててよ、本人が死んでも残り続けるんだ」


「そんなの逃げようがないじゃない!」


「ニューチャレンジャーがいる限り、勝ち逃げは許されない。それが『決闘タイマン結界フィールド』のルールだ。安心しろ、相手を倒して十秒以内に新たな挑戦者が現れなければ解除される」


「でも、だって、あなた達は」


「そうだ、ここは俺たちのリスポーン地点だ」


 ニヤリと笑うトンファー男の後方に見える小屋からナイフ男が再び出てきた。そして、まるで順番待ちでもしているかのように腕を組んで結界の前に立つ。

 そう、ここは黄龍会の忍者がリスポーン地点としている拠点だ。ということは、この二人は倒してもすぐに蘇る。


「さぁ、今夜は長くなるぞ」






 もう何度目だろうか。

 トンファーの男も最初は情報が漏れないようにと、すぐに決着をつけようとしていたはずだ。しかし、この結界に捕えてからは打って変わって、ゆっくりとした攻めに転じた。

 攻め自体はゆっくりと間合いを詰めて圧力をかけてくるものなのに、攻撃方法はまるで自殺するかのように破れかぶれの攻撃をしてくる。それを捌き、クナイを突き立てると驚くほどすぐに倒される。

 そして、再びナイフ男の番だ。


 じわじわと間合いを詰めていたかと思えば、一転して自身のダメージ度外視の破れかぶれな攻め方を仕掛けてくる。完全に遊んでいるんだ。

 自分の死を厭わない攻め方は、される方からしてみれば一番神経をすり減らす攻め方だ。しだいに集中力も途切れがちになり、避け損なった攻撃により、身体の至る所にナイフの切り傷やトンファーによる打撃痕ができ始める。

 外にいる方へ向けて『影跳び』を試してもみたけれど、結界の外へ向かっておこなう転移は発動しなかった。


 その後、何度も戦いを続けていく。そんな最中、トンファー男と入れ替わりでナイフ男が入って来るなり、腕をダラリと下げた。まるで攻撃する意思がないかのようにナイフの切っ先を地面に向ける。


「意外と諦めが悪いな、お嬢ちゃん。そろそろ自決コマンドで逃げ出すかと思ってたぜ」


「何が言いたいの」


「このリスポーン地点と『決闘タイマン結界フィールド』のコンボが決まると、だいたいのヤツはさっさと自決して逃げちまうんだよ。だってそうだろ、結界を割れる忍術を持ってるか、次に入ってくるヤツを止めない限り百パー負けるんだぜ、そりゃ普通なら投げ出すよな?」


「アンタたちの尺度で誰もが戦ってるわけじゃないでしょ」


「へっへ、まだ目が諦めてねぇな。何でだ? 実は増援が近くまで迫ってるのか?」


「そうかもしれないわね、私の仲間が来る前に逃げた方が良いかもよ」


 私は相手の会話に合わせる。そうして少しでも会話を長引かせる。度重なる戦闘で集中力も体力もとっくに切れている。少しでも体力を回復させたい。浅くなっていた息を努めて深くなるように切り替える。深呼吸だ。酸素を身体に、脳に行き渡らせる。


「いや、増援が呼べたとしても、ここは普通なら自決して自陣に戻った方が得策だろ。組織抗争で襲われる側が陣地の守りを薄くしてまで、こんなところに増援なんざ派遣する余裕ねぇだろ」


 確かにその通りだ。例え通信機を持っていたとしてもシャドウハウンドの人たちに増援を要請することはなかっただろう。もし、連絡をするとしたら、セオリーだけかな。


「となると自決しないのは、逆に言えば自決できないんじゃねぇか、ってなるよな?」


 ドクンと心臓が大きく鳴った気がした。


「……お前、NPCなんだろ」


 深く吸っていた息が再び浅くなり、心臓の鼓動が早鐘を打つ。

 別に私がNPCだと露見したからなんだというのか、戦う状況に変わりはない。死んだら終わり、その前提条件は初めからずっと変わらず、私のそばに寄り添い続けている。


「これまでにもNPCをこのコンボに嵌めたことが何回かある。そんときも妙に自決で逃げねぇな、と思ったもんだ。そいつらに共通するのは諦め悪く打開策を模索し続けるところだ。お前もそうだろ、何か手はないかってずっと考え続けてる」


「何が言いたいのか分からないけど、状況を打破しようともがき続けるのは誰だって同じでしょう」


「……いいや、違う。俺たちプレイヤーの足掻きはどこまでいっても真剣みが足りてない。死んでもリスポーンできるっつうセーフティがあるからだろうな。その点、NPCは良い。しくじれば死ぬ。だからこそ本気で取り組んでくれる」


 ナイフの男はゆっくりと近付いてくる。顔に下卑た笑みを浮かべながら。


「そして、足掻いて足掻いて足掻いて……、どんだけ足掻いてもどうにもならないと悟った時、心がポッキリと折れる。その音が最高に心地いいんだよ」


「悪趣味なヤツ」


「へっへ、悪趣味で結構。頼むよ、お前の心が折れる音、聞かせてくれぇっ!」


 突如、腕を跳ね上げるとナイフを私に向けて突進してくる。

 私にはその男の顔がとてもおぞましいものに見えた。


 男の振るったナイフが私の肌を切り裂こうと迫る。私は迫るナイフを十分に引き寄せてから『影跳び』で男の背後にまわり、クナイを突きだした。しかし、男はクナイが突き刺さるのにも構わずに、そのまま蹴りを放つ。

 私は腹部に走る衝撃に悶絶しながらも、バックステップで距離を取った。


 これまでの戦い方と違う。さっきまでは大振りで当たればいいやというような博打じみた自爆特攻だった。しかし、今の戦いぶりは攻撃を食らいながらも自分の攻撃も当てるという刺し違え狙いになっている。

 刺し違えを狙う戦法はリスポーンができる相手だけがノーリスクという凶悪な戦法だ。最初からこの戦法を取っていれば、もっと早くに私を殺せていただろう。


「どこまでも遊んでるってわけ?」


「そりゃ、ゲームは遊んでこそよ」


 それから何度も金属同士が擦れ合い、音が爆ぜる。これで五回目の交差だ。相手が刺し違えを狙ってくるなら、こっちは守りに徹する。そこから次の一手を考えよう。

 しかし、相手もそう易々と守りに徹しさせてはくれなかった。


「守りを固めるか、そういうヤツもいたな。そんじゃ、縛りを増やすぜ、『戦陣術・死の舞台デスマッチ』」


 男が忍術を唱えると、結界の内側から金網が四方を囲うようにせり上がってくる。


「『死の舞台デスマッチ』の金網は電流が流れてるから気を付けな」


 男はそう言うと私に向かって走ってきた。同時にナイフをこちらに投擲してくる。投擲されたナイフを避けつつ、素手で襲い来る男に応待する。

 後ろでバチッと爆ぜる音がした。おそらくナイフが金網に当たって電流が流れたのだろう。耳だけで情報を得つつ、目はナイフの男から逸らさない。ここからどう来る。

 しかし、男は素手のまま掴みかかってくるだけだった。私はクナイを振るい、男の腕を切り裂く。男の足は止まらない。後退しつつ、クナイを突きだす。それも防御せず、掌で受け止めてくる。そして、相手の狙いを知った。


「このまま金網まで一緒に突っ込もうぜ」


 クナイが突き刺さった手をものともせず、私の手をクナイごと握り込む。逆の手でも私の腕を掴み、そのまま押し込んでくる。このままだと金網にぶつかる。


「『影跳び』」


 すんでのところで、私は男の背後に跳んだ。

 そして、すぐさまクナイを構え直す。しかし、構えたクナイごと腕を掴まれた。


「相手の近くにしか転移できないのは欠点だよなぁ」


 そのまま男は私の腕を掴んだ方と逆の手を金網に触れさせた。

 直後、頭が真っ白になった。目の前の男は体を痙攣させつつも、私の腕を離さない。バチバチと全身を舐めるように電流が身体を駆け巡る。声にならない悲鳴が私の喉から響き渡っていた。


 そんな中でも男は笑っていた。電流を全身に浴びながら、愉悦を湛えて笑っていた。笑い続ける男を、私は最後まで睨み付けながら倒れた。






 気付けば電流は止まっていた。男が忍術を解除したのだろうか。

 ただ一つ分かることは、まだ生きているということだ。しかし、身体は麻痺して動けない。倒れ伏したまま、横を見る。トンファーの男が立っていた。


「幸運だったな、アイツの方が先にくたばったおかげで電流から解放されたわけだ」


「うっ……」


 言い返すこともできない。舌が回らない。

 トンファーの男はつまらなさそうに私を見下ろした。


「とはいえ、どのみち死ぬなら幸運も何もないか。安心しろ、最後は一思いに一撃で終わらせてやる」


 男はトンファーの先を私の頭に突きつけた。そして、静かに振り上げる。


「『集中』、『旋棍術・風撃付与』」


 男の持つトンファーをオーラが包む。立ち上る白い闘気は空気を揺らめかせ、込められた威力は相当なものとなっているだろう。おそらく、私の頭など撫でるような手軽さで粉々に粉砕するはずだ。


 それでも私の身体は指一本動かない。ヒューヒューと漏れる息の音と早鐘を打つ心臓の鼓動だけが私の生命活動の全てだ。だがそれも、じきに潰える。

 脳裏に浮かぶのはセオリーの姿だ。衝動的に走り出さなければ、一緒に行動していれば、この未来は避けられたのだろうか。後悔は先に立たず。

 しかし、一つ悔いが残るとすれば、腹心として何も役立てなかったことだ。何も成せないまま生を終えるなんて、悔しいな……。



———そうして私は、目を閉じた。







 バリンという何かが割れる音が聞こえた。トンファー男は不審に思う。

 この結界は内外の音を遮断する。であるならば、今の音は内側からしたはずだ。もはや虫の息である眼前の少女に、まだ何かする余力があるとは思えない。しかし、念のため確認をしておこうと後方を振り返った。


「どういうことだ? なぜ、術を解いたんだ」


 トンファー男の視線の先には、リスポーンしたナイフの男が立っていた。

 周りを囲っていた『決闘タイマン結界フィールド』は消えている。先ほどの何かが割れる音は結界を解いた音だったというわけだ。そして、ナイフの男が自分で解いた以外にあり得ない。


「まさか、自分で止めを刺したいとでもいうのか? それで術を解いたのなら、さすがに呆れるぞ」


 しかし、ナイフの男は黙ったまま下を向き続けた。

 何も返事をしない男にしびれを切らし、肩を掴む。


「おい、何とか言ったらどうだ」


 すると、がくんと糸が切れたようにナイフの男が崩れ落ちた。

 倒れ伏したナイフ男は意識が無かった。


「何がどうなっている」


「それはこっちのセリフだ」


 聞き覚えのない声にトンファーの男は振り返った。声の主はすぐに見つかった。体を低くして接近して来ている。構えたクナイには死を思わせる黒いオーラが纏わりついていた。

 男はトンファーを盾にしようかとも考えたが、纏うオーラに危険を感じ後退を選択する。しかし、バックステップをしようとしたその時、足首を掴まれた。


「お前、なぜ邪魔をする!」


 足首を掴むナイフの男に驚愕の視線を向ける。いや、ナイフの男は意識を失っていたはずだ。彼の意志による行動ではないはず。ならば、答えはおのずと見える。目の前の黒いオーラの忍者。こいつの仕業か。


 バックステップを潰され、クナイがトンファー男の腕を切り裂く。しかし、受けてみればなんと弱い力か。両腕でガードする必要もなかったかもしれない。クナイは皮膚を薄く裂く程度に留まった。


「せっかくの奇襲だったのに残念だったな。そんな威力じゃ蚊も殺せないぞ」


「別に今ので倒そうとは思ってないさ」


 トンファー男は笑った。奇襲に失敗して強がっていると思ったからだ。次はこちらの番だ、と両腕のトンファーを構えようとする。両腕はダラリと下を向いたままだった。トンファーが手から零れ落ちる。


「……なんだ、これは?」


「知る必要はない」


 両腕に力が入らず、足は仲間のはずのナイフ男に掴まれている。勝負が決まるまで、そう時間はかからなかった。






 エイプリルはいつまで経っても訪れない自身の死を不思議に思ったが、その直後に聞こえた声に心から安堵していた。聞こえていた戦いの音が終わり、少女に近寄る音がする。それから、暖かい腕の中に抱きかかえられる感触がして、少女は目を開いた


 その瞳には、少女がご主人様と呼ぶ相手が映っていた。

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