第34話 逆嶋防衛戦 その15~支配者の目覚め~

▼セオリー


「ったく、心配かけさせるなよ」


 俺は液状の治癒薬を腕に抱きかかえたエイプリルへ飲ませる。エイプリルはむせ込みつつもゆっくりと薬を全て飲み干した。それから一息ついて俺を見つめる。


「……セオリー、来てくれたの?」


「当たり前だろ。とはいえ遅くなっちまった、ごめん」


 エイプリルは身体中が傷だらけだった。切り傷もあれば打撲痕もある。その様は見るからに痛々しい。もっと早くここに辿り着けていれば、という強い後悔の念が襲う。しかし、エイプリルは手を俺の頬に当て微笑んだ。


「ううん、来てくれただけで嬉しい。……それにお店から勝手に飛び出していったのは私の方だしね」


「いや、俺の方こそ雰囲気を壊すようなことを言って悪かったよ」


 俺はアパレル店での失言を思い出し、頭を下げる。元はと言えば、この察しの悪さが招いたようなものだ。追いかけるよう促してくれた店員さんにも礼を言わないといけないな。

 そこまで考えてから、改めてエイプリルの服を見る。そこにはズタボロになった赤いワンピースの姿があった。


「服は買い取って、同じのもう一着買おう」


「あ……、そうだね。せっかく綺麗な服だったのにボロボロにしちゃった」


 俺たちは服の損傷具合に苦笑しつつ、その場を後にした。

 立ち去る前に黄龍会のリスポーン拠点は破壊しておく。これで再利用はできないだろう。『仮死縫い』で意識を失った二人の男はそのまま転がしておいた。


「そういえば結界の方はどうやって解かせたの?」


「あぁ、それは運が良かったというか、なんというか」


 俺はエイプリルの居場所を見つけた時のことを思い返した。






 街の中を散々探し回ったけれどエイプリルは見つからず。最後に採掘クエストで何度か通った鉱山へと向かった。すると、採掘ポイントから少し外れた森の奥から光が見えた。それが電流による光なのは近づいてすぐに分かった。

 近くに建てられた小屋に忍び込み、そこから様子を覗くと、結界のようなものに囚われたエイプリルが見えた。そして、一緒に電流を食らう男と結界の外に立つ男も見えた。


 すぐに飛び出してエイプリルに加勢しないと、と思った矢先、エイプリルよりも先に男が電流によって死亡した。そして、結界の中にトンファーを持った男が入っていく。

 そして、小屋中に設置してあったベッドの上に、さっきまで結界の中にいた男が現れたのだ。すぐに気付いた。この小屋がこいつらのリスポーン地点になっているのだと。


 俺はベッドに現れた男の心臓へクナイを突き立てた。リスポーン直後の無防備な男の意識を『仮死縫い』によって刈り取る。俗にいうリスポーンキルは嫌われがちな行為だが、エイプリルを結界に捕えて嵌めるような奴らだ。これくらい大目に見てもらおう。


 さて、これで敵はトンファーの男一人になった。

 すぐさま結界の方へ向かう。結界を『仮死縫い』で破壊できるかもしれない。一縷の望みに託して、結界を切りつけたが傷一つ負わせることができなかった。

 トンファーの男がゆっくりとエイプリルに近づいていく。ピクリとも動かないエイプリルには避ける余裕はもうないだろう。今、なんとかしないといけない。


 一刻も早く結界を破壊しないといけない。俺の持ちうる力でどうにかできないか。結界を拳で叩く。こんな時ばかりは自分の筋力1という貧弱なステータスを恨みたくなった。もっと筋力が高ければ、死ぬ気で殴れば結界を破壊できたかもしれない。

 しかし、結界を破壊できるようなステータスは俺に無い。ならば、頭を使え。


 結界を消す方法は破壊するばかりじゃない。術者本人が解けばいい。解かせるすべはないか。例えば、リスポーン拠点である小屋を破壊しようとしていれば、慌てて結界を解くのではないか。

 思いついた案は直ちに棄却する。そもそも結界の内外では音が届いていない。結界を拳でいくら叩いても、中の男が気付く様子が無いことから明らかだ。それでは小屋を破壊していても気付かれないかもしれない。



 正直言って万策尽きた。残された猶予も少ない。こんな短時間でなんとかする方法など持ち合わせていない。

 俺は『仮死縫い』で意識を失った男のところに戻った。襟首を掴むと、激しく揺さぶって訴えた。あの結界を解いてくれ、と。どっちが結界を張ってるのか知らないけれど、今手の届くところにいるのは、リスポーンしたばかりの男しかいなかった。こんなことなら『仮死縫い』で意識を奪わなければ良かった。一度意識を失ってしまうと『仮死縫い』を解いてもしばらくは意識を失ったままだ。

 俺は男を揺さぶり続けた。なかば八つ当たりに近い。しかし、俺は言い続けるしかなかった。結界を解いてくれ、頼むから解いてくれ、と。


 懇願するような訴えは、しだいに語調が強くなった。もう時間が無いだろう。結界を解け、さっさと解くんだ。命令するような言葉かけをすれども、意識を失った男相手には無駄な行為であり、もはや俺の行動は現実逃避に近かった。

 それでも続けた。続けないではいられなかった。


 だが、どうやら俺の慟哭のような叫びは無駄ではなかったらしい。

突然、チュートリアルの時に不殺術が発現したのと同じ、心の内から響く声が聞こえた。





 貴様も支配者フィクサーの端くれであるならば、より泰然とせよ。

 そうなればこそ、我が称号に相応しくなろうものよ。





 聞こえた言葉はわりと明瞭だった。固有忍術の時はもっとふんわりしていた気がするけれど、いっそ今はその方がありがたい。だったら、せいぜい支配者フィクサーらしく命令してやる。俺の力よ、このくそったれな結界を解く力を寄越せ!


「『支配術・空虚人形エンプティマリオネット』」


 心の内に浮かんだ新たな忍術を俺は即座に叫んだ。

 称号を支配し、そして、その力で意識を失わせた男を支配する。


 エイプリルのそばに立つ男はトンファーを振り上げていた。あとはそれを振り下ろすだけで、全てが無に帰すだろう。心の内で冷や汗を流すけれど、それは表に出さない。支配者らしく泰然として操り人形と化した男に命令を下す。


 命令は端的に素早く「結界を解け」、それだけだ。


 命令は即座に実行された。トンファー男は振り返り、仲間が結界を解いたことに憤慨している。好都合だ。俺は背後から忍び寄り、奇襲を仕掛けたのだった。






 概ね、こんな流れだったはずだ。記憶を振り返るようにしてエイプリルへ話して聞かせる。俺はそれを話して聞かせながら、エイプリルを背負って逆嶋の街まで歩いて山道を下っていた。


「そっか、称号忍術が使えるようになったんだね」


「そうらしい。きっかけはおそらく他者への命令、なのかな。必死だったからあんまり覚えてないけど、結界を解けって言ってから称号忍術が使えるようになった気がする」


「結局、師匠が言ってたカリスマ性は関係なかったの?」


「うーん、どうなんだろう。よく考えてみれば、俺ってコタローとエイプリルを含めた三人パーティーでずっとリーダーを務めてたから、前提条件はとっくにクリアしてたのかもしれないんだよな」


 つまり、発現の前提はクリアしていたけれど、キッカケを掴めていなかったのかもしれない。確かに思い返してみれば、他者に対して命令するなんて今までしてこなかった。本来ならば腹心に対して命令をして、その過程で発現するのかもしれない。でも、いくら腹心とはいえエイプリルに命令するなんて考えられないな……。


「それで、その支配術っていうのは相手を好きにできる忍術なの?」


「一応、『支配術・空虚人形エンプティマリオネット』の忍術説明欄には、意識のない相手を操って命令を聞かせる術みたいなことが書いてあるから、そうなんじゃないかな」


「ふーん、……ほかの女の子に使って、エッチなことしないでよ?」


「し、しねぇーよ」


 背中にエイプリルのジトっとした視線を感じる。

 そんな破廉恥な目的で使う訳があろうか、いや使う訳がない。


 そんな風に会話をしている内に逆嶋の街が見えてきた。

 組織抗争はとっくに始まっている時間だ。エイプリルを保護した後、フレンドチャットでハイトに連絡を送ったが一向に返信が来ないくらいだ。きっと忙しくなっていることだろう。


 そして、逆嶋の街に着き、俺たちは目を疑った。





「私、夢見てるのかな」


「いや、俺にも見えてる。だけど、夢ならどれだけ良いか」


 山道の小高い丘から逆嶋の街を俯瞰気味に見れたことで、街の全景を見渡せた。だからこそ、その絶望的な状況がよりハッキリと見えていた。

 中心地の高層ビルを中心とした東西南北。その四方向全てに大怪蛇イクチがおもてを上げて聳え立っていたのだ。

 四体のイクチが暴れ回る。吹き飛ぶ忍者たち、倒壊する家屋。シャドウハウンドの忍者たちは応戦するよりも住人を連れて避難することを優先したようだ。俺たちのいる山道へ続く丘方面に住人たちが避難している。そして、幾人かのシャドウハウンドの忍者たちが付き添って警護している。


「おキクさん! ラン!」


 避難する住人たちの中に、見知った顔を見かける。向こうもこちらに気付くと手を振ってきた。

 ランは不安そうな顔をして、おキクさんは諦めが混ざったような寂びしそうな顔をしている。駄菓子屋を守りたいという気持ちと避難しなければいけない状況という板挟みの中、苦悩の末に避難してきたのだろう。


「これはいったい」


 おキクさんは街を見下ろしながら教えてくれた。


「驚いたねぇ、あんな怪物を一体使役するだけでも大変だろうに、四体同時に湧きだしたんだよ。動きは単調だから影分身が混じっているんだろうけれど、質量が恐ろしく大きいからね。シャドウハウンドも後手に回ってるのさ」


 おそらく黄龍会の忍者も多数参加している。そのせいでイクチを捕縛する忍具が破壊されて十分な効果を発揮できていないのだろう。


「そうそう、シャドウハウンドの隊員から預かりものだよ。エイプリルかセオリーが戻って来たら渡すように、ってね」


 そう言っておキクさんは綺麗な青い蝶を手渡してきた。


「それ、師匠の蝶!」


 背中から見ていたエイプリルが、嬉しそうな声を上げる。エイプリルの師匠であるハイトの固有忍術で生み出された蝶というわけか。ということは、ハイトはまだ街の中で戦っているのだろう。俺は蝶を受け取ると、エイプリルをおキクさんとランに預けた。


「待って、私も行くよ」


「いや、エイプリルはおキクさんとランを守ってくれ」


「大丈夫だよ。このくらいの傷、すぐ動けるようになるから!」


 そうは言うが、自分の足で立とうとすると、ガクンと膝から崩れ落ちそうになる。死を間近に感じる極限的な状況下で戦い続けたのだ。エイプリルの心身は大きく消耗していた。


「エイプリル、命令だ。おキクさんとランを守れ」


 俺は努めて突き放す様に、命令という名の釘を刺した。

 エイプリルは見るからに不満そうな顔をする。彼女は腹心として役立とうという気持ちがとても強い。それは忍者として修行してきた影響なのかもしれない。

 だからこそ、卑怯とは思ったけれど命令という形を用いた。良き腹心たればこそ、命令には背けない。しかし、それだけではエイプリルも心から納得はできないだろう。


「俺の腹心なら、ちゃんと全快してから最高のパフォーマンスを見せろ。今回は相手のリスポーン地点を見つけて破壊できた、それだけで十分な働きだ。あとは俺に任せて休め」


 まだ、完全に納得はできていないかもしれない。しかし、今の状態で付いて行っても足手まといになることも理解しているのだろう。俺の言葉に引き下がってくれた。


「分かった、今はここを守る。でも、次は絶対にセオリーのそばで肩を並べて戦うから」


「おう、楽しみにしてる」


 そうして俺は一人、大怪蛇イクチが暴れ回る逆嶋の街へ向かったのだった。

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