第35話 逆嶋防衛戦 その16~イリス捜索~
▼セオリー
郊外の丘より逆嶋へ向けて駆けていく。
シャドウハウンドは主に市街地の住民を避難させるのに手いっぱいのようだ。東西南北に現れた四体の大怪蛇イクチは最低限度の人数で対応しているのだろうか。四体ともが未だに健在だった。
前回は捕縛忍具で動けなくした上で隕石を落として倒したと聞いた。今回は捕縛忍具で動きを止めることが出来ていないようなので、そう簡単に倒すことができないのだろう。
街に入った後は入り組んだ市街地を駆け抜ける。イクチは相変わらず街の四方で暴れている。目的が逆嶋バイオウェアのクローン技術であるなら、いつまでも市街地に居ないでさっさと街の中心まで侵攻した方が良いのではないかとも思う。いや、狙いはシャドウハウンドをフリーにさせないことか。
市街地への被害が無くなれば、シャドウハウンドが住民の避難誘導に割いている人員も迎撃に回すことができるようになる。そうされると、ただでさえ人数差で不利を強いられている黄龍会側に勝ち目がない。
エイプリルが聞いた情報によれば、イリスがシャドウハウンドの相手を一手に担う作戦だったという。つまり、イリスの役割は市街地を混乱させ、シャドウハウンドの戦力を低下させること。その内に黄龍会が逆嶋バイオウェアの本社に突入する、といった所だろう。
であるならば、まずはイリスを見つけて無力化することが先決だ。もちろん、俺一人でどうにかなる話でもない。そのための心強い味方は見繕ってある。
「よう、やっと戻ってきたか、ご主人様よぅ」
「ご主人様呼びはエイプリル一人で間に合ってるっての」
「ははっ、そうかい。嬢ちゃんが無事で良かったな」
街中を駆ける俺の横に並走してきたのはハイトだ。軽口を言っているが、衣服には砂埃の汚れや火で炙られたような跡がある。俺が到着するまでも、市街地の避難誘導や敵対忍者の対応など大忙しだったことだろう。
そんな中でハイトは、イリスを無力化するべきだという俺の連絡に賛同してくれた。そして、シャドウハウンドの隊長であるアヤメに無理を言って、単独行動の許しを得てきてくれたのだ。
「だが、ハッキリ言って俺とお前だけじゃあ頭領ランクには勝てないぜ。どうするつもりだ?」
「一応、他にも増援を頼んである」
ハイトに答えた直後、逆嶋バイオウェアの本社側から複数名の忍者が走ってくる。皆一様にスーツを着込んだ姿だ。そして、先頭には見慣れた顔がある。
「セオリー、話をつけてきたよ。ついでに何人か増援もね」
「そっちも攻められてて大変だろうに、来てくれて助かった」
来てくれたのはコタローだ。ハイトと同じくフレンドチャットで協力を呼び掛けていたのだ。
「あの怪物はなんとかしないと困るからね。ついでに協力者を連れてきたよ」
コタローの後ろに目を向ければ、逆嶋バイオウェアのアマミの姿があった。他にもスーツの忍者が総勢六名で加勢に来てくれた。
集まったメンバーで臨時パーティーを組む。パーティー用忍術である念話術でいつでも情報交換できるようにだ。
「本当は全員バラバラで動きたいところだけど、黄龍会の忍者もかなり街の中に侵入してきてるからね。少なくとも四人小隊で動こう」
コタローが八人のメンバーを四人ずつに分ける。俺とハイト、コタロー、アマミの四人で一つの小隊だ。戦力的に下忍である俺がいる方に上忍のハイトが入るのは必然だろう。
「コタローとアマミもこっちで良いのか?」
「セオリーの戦い方はかなり見させて貰ったからね、急造チームよりは息を合わせて戦えるはずだよ」
コタローはたしかに逆嶋の街へ来てから幾度もクエストの手伝いをしてもらったから、俺の戦い方は熟知しているだろう。
「あれ、でも俺はコタローの固有忍術とか知らないぞ?」
「そうだね、教えてないからね。とはいえ、今は時間が惜しい。イリスを捜索しながら説明するよ」
それから二組の四人小隊はイリスを捜索するために行動を開始した。
まず居る場所で当たりをつけたのは、東西南北に現れた大怪蛇イクチを一望に確認できる高い場所だ。イクチはいずれもオートで動いているようだが、万が一倒された際にイリス自身が倒されたことをすぐに察知できるようにしているはずだ。
これはエイプリルがもたらした『シャドウハウンドはイリスが一手に担う』という情報から推測したものだ。事実、最初の捕縛忍具を破壊する時こそ黄龍会の忍者も手助けしていたが、それ以降の黄龍会は逆嶋バイオウェアの本社への攻撃にシフトしてきている。今はイリスが単独でいる可能性も高い。
二組の小隊は市街地にある背の高い建物を手分けして捜索することにした。街の中心であれば高層ビルも多く立ち並ぶが、市街地の方には高い建物などそう多くはない。いくつか挙がった候補の中で現実的にあり得そうな場所は二ヶ所だ。
その二つは電波塔である逆嶋タワーと
道中、黄龍会の忍者と遭遇する。コタローは懐から爆弾を取り出した。
「ちょうどいい相手だね、僕の固有忍術を見せておくよ」
コタローはそういうや否や、野球の投球フォームに入った。球はもちろん爆弾だ。
ピッチャーコタロー、振りかぶって……投げた!
「『付加術・
コタローの指先から爆弾が離れた瞬間、想像していた速さを超える速度で爆弾が飛ぶ。目で追うことは不可能だった。忍者の動体視力をもってしても球の残像を追うのが精いっぱいだった。そして、それは相手も同じだ。気付けば爆弾が相手の腹部にめり込んでいる。鉄の塊がボディブローを放ってくるのだ。絶対に痛い。しかも、それは爆発のオマケつきだ。
黄龍会の忍者は爆発四散した。南無阿弥陀仏、いっそ安らかに眠れ。
「とまぁ、こんな具合にバフを掛けられるのがボクの固有忍術ってわけだね。それを踏まえて、戦術の提案がある」
コタローの提案した戦術とはこうだ。
小隊でランクも高く、俊敏さが一番高いハイトにコタローが速度を上げるバフをかける。そして、そのハイトと俺を対象にしてアマミが『結縁術・月下氷人』を用いる。これにより、高速で動ける忍者が二人生まれる。あとはハイトがイリスの動きを封じて、俺の『仮死縫い』で意識を刈り取る、といった流れだ。
その作戦に俺もハイトも賛同した。そして、納得する。だからコタローはチームを分ける際にアマミをこちらの小隊に入れたわけだ。ハイトはアマミの固有忍術を知らなかったため、その説明もコタローからなされる。
アマミの固有忍術と言えば、逆嶋の街に来たばかりの頃、熊討伐クエストで見た互いの一番高いステータスを相互に反映させるという忍術だ。
俺の一番高いステータスは俊敏だからハイトには旨味が無いけれど、代わりに俺はいきなり破格の俊敏さを得ることになる。敵を無力化させるという意味では俺の固有忍術が最適だからこその配置だ。
「さて、それじゃあ、さっさとイリスを見つけようか」
電波塔、逆嶋タワーにある展望デッキ。壁一面のガラス張りに背を預け、イリスは佇んでいた。
奇襲には成功したはずだった。コタローの『加速加算』によりバフを受けたハイトが『花蝶術』と肉弾戦を組み合わせた攻撃でイリスの目をくらまし、同時に逃げ場を制限する。その裏で『結縁術・月下氷人』の効果を受けた俺が背後から『仮死縫い』で一突きにする。
段取りは完璧だった。俺とハイトの俊敏の能力値はイリスに届いていたし、実際に俺の突きはイリスの心臓を貫いた。
だが一つ誤算があったのは、貫いたイリスの身体が霧散していったことだ。
「バカな、影分身だと? じゃあ、こっちは外れだったってことかよ」
ハイトがため息を吐きつつ、肩を落としていると、コタローが通信機で連絡を受けとり、ハイトの疑問に答えた。
「いいや、病院の方も外れみたいだ。両方とも影分身だったってわけだね」
「両方外れなんて、それじゃあ、イリスはどこに潜んでるだ?」
「分からない。振り出しに戻っちゃったね」
俺は展望台から街を見下ろした。各地で戦いが起きている。四方に屹立するイクチは時折、高圧のジェット水流を逆嶋バイオウェアの本社へ向けて放つ。本社ビルは相変わらず、大きな方陣をビルの側面に浮かび上がらせ、その水流を防いでいた。
イクチが顔を動かすとジェット水流が本社ビルから逸れていく。そして、近くの工場を攻撃する。さすがに防御方陣も周辺に広がる巨大な工場群までは網羅できなかったようで、少なくない被害を受けているようだ。だが、その内の一ヶ所だけ、防御方陣がしっかりと組まれ、工場への被害を防ぎきっている場所がある。
「あれ、あの工場だけやたら防御が手厚いな」
「あそこはカルマ室長のバイオ工学研究所があるからね。あそこは本社並の防護だと思うよ」
俺の疑問にコタローが返してくれた。なるほど、カルマ室長はあそこにいるのか。そのことを認識してから胸の内にわずかな引っかかりを覚える。脳裏に浮かぶのは、これまでに得てきた情報たち。それは小さなパズルのピースのようだ。俺は脳内を整理するように一つずつ呟いていく。
「イリス、無所属、黄龍会、共闘」
「イリスの戦う意味、理由」
「……極秘任務」
そういえば、俺が極秘任務を見つけた時に考えていたことは何だったか。それはカルマ室長への不信感を募らせていた時だ。別に、口に出していたわけでもない。心の中で少し不信感を抱いただけだ。しかし、このゲームがそれを察知しているというなら、極秘任務のトリガーとなった可能性はある。
バイオ工学の第一人者であるカルマ室長、俺の受けている極秘任務に出てくるバイオミュータント忍者の製造工場、この二つには関連があるんじゃないか。そして、もしイリスも同じ極秘任務を受けているとしたら……。
「カルマ室長の研究所へ行こう」
「何か気付いたのかい?」
「想像に想像を重ねただけだから根拠は薄いんだけど、どうも引っかかることがある。内容は、……言えない」
俺が返答を濁したことで、ハイトが察してコタローとアマミに、カフェでエイプリル相手におこなったような説明をしてくれる。コタローとアマミも極秘任務を受けていることを聞いて納得したようだ。極秘任務の失敗となるラインが分からない以上、あまり大っぴらに内容を伝えるわけにはいかない。
「なるほどねー、セオリーと出会ってから珍しいことに遭遇する機会が多くて嬉しいよ。というわけで、ボクは手伝うね」
「ちょっとコタロー、本社から帰投命令が出てるけど良いの?」
アマミが通信機で命令を確認し、コタローに伝える。しかし、コタローは頬をポリポリと掻きながら苦笑した。
「本社防衛よりも、こっちの方が面白そうだから無視するね。もし、なんだったらアマミだけでも帰っていいよ」
「はっ、冗談言わないでよ。乗り掛かった舟だし、私も最後まで付き合ってあげる」
コタローとアマミは滅多に関われない極秘任務の甘い誘惑に乗ったようだ。とはいえ、何が起こるかも分からない状況にもかかわらず、手を貸してくれるというのは助かる。ハイトもハンドサインでオーケーと伝えてきた。これで全員の同意は得られた。
こうして俺たち四人はカルマ室長の研究所および工場へ向かったのだった。
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