第36話 逆嶋防衛戦 その17~邂逅~

▼セオリー


「おや、見つかっちゃったね。よくここが分かったじゃないか」


 イリスは笑みを浮かべながら俺たちを見つめる。ここは逆嶋バイオウェアの本社ビルから少し離れた所にある工場の屋上だ。コタローが言うにはカルマ室長の研究所が併設された工場らしい。


「もしかしたら、お前と秘密を共有し合える仲かもしれないんでな」


 ハイト、コタロー、アマミは距離をとって待機し、俺だけが声の届く位置まで近づいていく。すでにハイトにはコタローのバフが掛けられており、アマミによって俺とハイトは赤い糸で繋がれている。

 よく考えると、ハイトと赤い糸で繋がっているというのはちょっと不思議な気分だな。月下氷人の意味を考えれば男女ペアにのみ作用しそうなものだけれど。いや、必ずしも異性同士だけが正解ではない、ということを伝えてくれているのかもしれない。同性同士だって愛は育めるのだ。


 話が逸れた。とにかくこちらは臨戦態勢というわけだ。イリスが極秘任務を共有できる相手ではなかったとしても、戦闘による武力行使へと速やかに移行できる。俺とコタローのことを覚えているのなら、山道で戦った時の戦闘データと重ね合わせてしまうはずだ。しかし、今の俺の俊敏ステータスは上忍にバフを掛けたものと同等だ。意表を突ける可能性は大いにある。


「あぁ、君も極秘任務を受けたんだね」


 しかし、イリスは拍子抜けするぐらいあっさりと極秘任務を受けていることを認めた。そして、懐からキラキラと輝く依頼書を取り出して見せてきた。それはそっくりそのまま俺が受注した依頼書と同じものだった。


「この依頼書は私が掲示板に張ったものなの。極秘任務の受注トリガーを踏んだ者にだけ見えるようになってる。まさか受けたのが下忍の君とは思わなかったけどね」


「ヒントが少なすぎなんだ。俺が受けれたのだって奇跡に近いぞ」


「そもそも極秘任務はそういうものなの。見つけられる方が珍しい。そのくせ、露骨に他の人へ内容を教えたりすると即失敗になるっていうね」


 イリスがこれまでおこなっていた遠回しな行動は、極秘任務が存在するということを匂わせたかったのだろう。


「それにしたって遠回し過ぎじゃないか? 俺の後ろで待機してる三人は俺が任務詳細は言えない、ということを伝えたらすぐに極秘任務に気付いてくれたぞ」


「それは君が仲間に恵まれてたってことだね、あと運も良かった」


 イリスは後方で待機するコタローやアマミを指差す。


「彼らは逆嶋バイオウェアの忍者だろう。君もさすがに気づいているだろうけど、極秘任務に書いてあったバイオミュータント忍者の製造工場はココだ。つまり、逆嶋バイオウェアの工場を一つぶっ壊さなきゃならないわけ。普通、そんな任務を逆嶋バイオウェアに所属する忍者が手伝ってくれると思う?」


「普通なら手伝わないだろうな」


 所属している組織に敵対する行動と言われてもおかしくない。


「そもそも、敵側の可能性だってあるわけだよ。彼らがバイオミュータント忍者の製造に関わっていて、組織の上層部に告げ口でもしてごらん。すぐに証拠隠蔽されて、途端に任務失敗だよ」


 イリスの言う運が良かったというのは、傍から見ればその通りだろう。イリスにとって他の忍者、特に逆嶋バイオウェアの忍者は信用の置けない相手ということだ。

 しかし、俺にとっては違う。コタローやアマミは俺を信頼してくれていた。イリスや黄龍会と繋がっているんじゃないか、と問い詰められた際も信用してくれた。だからこそ、俺も彼ら二人のことを信頼している。


「俺はコタローもアマミも信頼できる仲間だと思ったから協力してもらってる。だから、情報が渡って任務失敗になんてならない」


「あははっ、結果論じゃないか。君ってわりと暴論を振りかざすんだね。……でもま、そこまで言うなら君が信頼する人たちを、私も信頼してみようかな」


 イリスはそう言うと極秘任務の依頼書を持って後方に待機する三人の方へ向かった。一応、俺は油断なくイリスの所作を見張る。


「君たち、ここまで来たからにはこの依頼書が見えるようになってるんじゃない?」


 イリスが極秘任務の依頼書を三人の眼前に掲げる。依頼書の内容を見た反応は三者三様だった。ハイトは納得といった表情で頷き、コタローは頬を書いて苦笑、アマミは目を見開いて口をポカンと開けていた。


「そんで、この極秘任務に書かれた工場がココね」


「えーっと、ちょっと待って欲しいんだけど、この工場って逆嶋バイオウェアの工場よね?」


「そうね、だから自分の所属する組織の工場へ攻撃するようなものかしら」


 アマミが目頭を指で押さえながら呻(うめ)く。葛藤、迷い、そんな感情が見え隠れする呻き声だ。


「さすがに所属組織への敵対行為はダメでしょ……」


 アマミはぶつぶつと呟いているが、どうやら極秘任務を放棄する方向で思考が揺れているようだ。

 イリスが俺を見てくる。まるで、信頼できる仲間じゃなかったのかしら、とでも言いたげな表情だ。こんにゃろう、そっちは信頼できる味方の一人も居なかったくせして……。


「んー、疑問なんだけど、このバイオミュータント忍者って何を目的に作られてるの? ボクは逆嶋バイオウェアの計画でこんなものは聞いたことがない。もしかしてカルマ室長の独断で推し進められてる計画だったりする?」


 コタローがイリスに質問を投げかける。

 たしかに、そもそもこのバイオミュータント忍者というのが何なのかすら俺たちは把握できていない。コタローたちが知らないのであれば、上層部しか知らない計画か、もしくはカルマ室長の独断専行の可能性がある。もし、独断専行で始まっている計画であるなら、それを止めるための活動は所属組織への敵対行為とは言えない。


「そこ、やっぱり気になっちゃうよね。私も最初に背後関係と目的を調べたよ。まず、バイオミュータント忍者の製造を野放しにしておくと何が起きるかって言うと、逆嶋の支配者が変わります」


「はぁ?!」


 思わず驚きが口をついて出てしまった。しかし、驚いたのは俺だけではなかったようで、コタローやアマミはもちろん、余裕そうな表情を崩さなかったハイトですら驚愕の表情をしていた。


「うんうん、良い反応をしてくれるね。そんじゃ、サービスでさらに情報を教えちゃおう。この極秘任務の敵であるカルマ室長はパトリオット・シンジケートと繋がっているのさ」


 パトリオット・シンジケート? 聞いたことのない組織だ。ハイトを見ると、彼には思い当ることがあったようだ。


「パトリオット・シンジケートは世界的な犯罪組織だ。最近だと関西地方で勢力を伸ばしているヤクザクランの一つだって聞いてるな。シャドウハウンドの関西方面支部では、この連中にだいぶ手を焼いてるらしい」


「さすが、シャドウハウンドだ。よく知ってるね」


「そりゃ、どうも」


「つまり、簡単に言えばバイオミュータント忍者は尖兵であり、露払いなわけさ。この街の忍者を疲弊させて、横からパトリオット・シンジケートが掻っ攫うためのね」






 こうしてだいたいの情報が出揃った。この極秘任務における黒幕はカルマ室長であり、背後にはパトリオット・シンジケートというヤクザクランがいた。カルマ室長とヤクザクランは裏で繋がっており、逆嶋に勢力を広げようという魂胆だったわけだ。これは完全に黒と言っていいだろう。


「そういうことなら、ボクも手を貸すよ。極秘任務を正式に受注するね」


「ただ言っておくけど、逆嶋バイオウェアの上層部とパトリオット・シンジケートの繋がりは調べきれてない。もしかしたら、コーポ自体真っ黒かもしれないよ」


「それは楽しみだね、こう見えてボクは査問委員会に所属しているんだ。この機会に芋ずる式に膿を吐き出し切ってしまうのも良いかもしれないね」


 コタローは悪そうな笑みを浮かべながら、電子巻物を表示させて任務受注を選択した。それに続いてハイトも極秘任務を受注する。あと残るはアマミだけだ。


「ちょっと待ってよ。私けっこう混乱してるんだけど。敵だと思ってた相手が実は味方でした、ってことで良いの? イリス、アンタは逆嶋バイオウェアのクローン技術を盗ろうとかは考えてないの?」


「黄龍会と手を組んだのは、この工場まですんなりと来れるようするため。その代わりシャドウハウンドの足止めはしたけど、それ以上のことをする予定はないよ」


 アマミが悩む原因は、敵と味方が入り乱れ、誰が本当の敵なのか見定められなくなっている状況にあるようだった。

 たしかに、俺もつい数時間前まではイリスと戦闘することは避けられないと思っていたが結果はこの状況である。とはいえ、俺の場合は極秘任務の件もあり、本当の黒幕が別にいる可能性が示唆されていた。だからこそ、イリスの開示した情報もすんなりと飲み込める。

 逆に言えばアマミたちは、いきなり情報が波のように押し寄せてきているようなものだ。そんな中でアマミが感じた悩みは真っ当なものだ。むしろ、コタローは物分かりが良すぎではないだろうか。


 そもそも今回、話がこじれたのは組織抗争クエストと極秘任務がブッキングしたからというのもあるだろう。逆嶋バイオウェアからすれば最初から敵は黄龍会だけだった。しかし、極秘任務の影響でイリスというイレギュラーが現れた。おかげで防衛側はずいぶんと苦労したわけだ。


「黄龍会が組織単体で逆嶋バイオウェアを引き付けられるくらい強ければ、私も出張らなくて済んだんだけどね。今の黄龍会はお膳立てしてあげないと話にならなかったのよ。さすがの私も単身で逆嶋バイオウェアの全忍者を相手にはしたくないし」


 もし、平時にイリスがカルマ室長の研究所を突然襲撃したとしても、逆嶋バイオウェアの忍者が総出で防衛に回っただろう。そして、その防衛網はたとえ関東地方で七人しかいない頭領ランクのプレイヤーであったとしても突破は容易ではないはずだ。

 逆に言えば、組織抗争クエストが同時に起きていなければ、イリスはこれだけ深くカルマ室長の懐まで乗り込めなかったのかもしれない。全ては必然なのか、それともこうなったこと自体が幸運なのか


 アマミはイリスの説明を聞いて、考えた末に結論を出した。


「分かった、私も手を貸すよ。ただ、街で暴れてる大蛇はそろそろ止めてくれる?」


「ん、そっか、そういえば適当に出してたわ。黄龍会もだいたい中心部まで行っただろうし、契約は履行したってことでオッケーかな」


 イリスは目をつむると、何事か呟く。すると、遠くに見えていた大怪蛇イクチが大きな煙をあげながら消えていった。おそらくここから見えないところにいるイクチも消えたことだろう。

 ところで俺は気になることを思い出してしまった。こっそりとイリスに近付くと耳打ちする。


「ところで、『瞬影術』をお前が使える理由も後で教えてくれよ」


「えー、まだ分からないの? もうちょっと自分の頭で考えた方が良いよ」


「いや、分からんって。基本ヒント少ないよな、お前」


「んもぅ、しょうがないな。簡単に言うと、私は簒奪者ユザーパーを選んだってこと。君が何なのかは知らないけど、私とは違う道を選んだってことでしょう」


 俺はイリスの言葉を聞いても、最初ピンと来なかった。そもそもユザーパーって何だそりゃとまで思った。文字で見るのと言葉で聞くのとでは印象が違う。だから、最初気が付かなかった。


 俺が選んだ道?

 俺が選んだというか選ばされたものといえば、エイプリルが腹心になったことで副次的に支配者フィクサーになった。そのユニーククエストの名前は『支配者フィクサーへの道』だったはずだ。

 そういえば、その前身にあたるユニーククエストは『簒奪者ユザーパーへの道』である。そこまで連想してやっと理解した。


 初めて山道でイリスと会った時、エイプリルを見る目はどうだったか。悲し気な、しかし嬉しそうな目をしていた。その答えが『簒奪者ユザーパーを選んだ』という一言に詰まっていた。

 そうだ、教官忍者が言っていたじゃないか。たしか『殺した者へ殺された者の固有忍術が取り込まれる』と言っていた。そして、それこそが『簒奪者ユザーパー』という称号の持つ忍術なのだろう。


「そうか、そういうことだったのか」


「さて、君のアハ体験にいつまでも付き合ってる暇もないからさ。そろそろ工場の中に入り込むよ」


 さらりとぶちまけられた真実を前に俺は動揺を隠せない。というか、そういうことは任務の後に言えよ。こんなこと今知っても、どうして良いか分かんねーよ。

 そんな混乱する俺をよそに、五人となった小隊による工場への潜入ミッションが開始されたのだった。

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