第64話 情報の齟齬

▼セオリー


「うぅ……、恥ずかしかったぁ」


 テーブルに突っ伏したエイプリルは顔を真っ赤にして頭を抱える。

 俺とエイプリルとシュガーの三人は一度、西部ゲットー街で合流した。その後、立ち話もなんなので喫茶店に入ったのだった。


「それだけ心配してくれてたんだと分かって嬉しかったよ」


 素直な感想とともに肩をポンポンと叩いて慰める。しかし、エイプリルは簡単には立ち直れないようで、しばらく「うーうー」と唸り声をあげ続けていた。


「ほら、ケーキが来たぞ」


「えっ、ホント?!」


 気持ちの切り替えにはしばらく掛かるかと思ったけれど、ケーキが運ばれてくるや否や表情を変え、ウキウキ顔でフォークを握りしめた。さっきまでの恥ずかしがっていたエイプリルはどこへやら、もはや見る影もない。


「うん、美味しい!」


 パクパクとショートケーキが見る見るうちに消えていく。ずいぶんと美味しそうにケーキを頬張るものだ。俺も釣られてケーキでも頼もうかとメニュー表へと手を伸ばす。


「ケーキも良いが、先に地下で何があったのか教えてもらえるか?」


 しかし、俺のケーキ注文はシュガーによって阻まれてしまった。おのれ、甘味料みたいな名前してるくせに!


「甘味料みたいな名前してるくせに!」


「いや、お前口に出てるからな。しかも意味わからん難癖だし」


「うるせぇ、俺は甘党なんだ。チョコレートケーキを頼むんだ」


「いや、甘党なのは知ってるけど、なんでダダっ子みたくなってんだよ」


「店員さーん、この洋酒仕立ての生チョコレートケーキっていうのください!」


「あっ、それ美味しそう。私も同じのください!」


「……食いしん坊しかいないのか、このパーティーは」


 シュガーの呆れ顔は無視して、ケーキを待つ。エイプリルの方も最初に食べていたショートケーキはあっという間に平らげてしまったようだ。


「ケーキが運ばれてくる待ち時間で話すくらいはできるだろう?」


 シュガーは諦めずに俺から情報を引き出そうとしてくる。喫茶店に入るまでの間にシュガーとエイプリルから多少話は聞かされた。彼らの得た情報は俺が知っているものもあれば、全く知らなかったこともある。それらを精査して今後の動きを考えていかなければいけないだろう。


「話したいのは山々なんだけど、ホタルから地上で話をする時は周りに気を付けろって言われてんだよな」


「ホタルってのは誰だ?」


「あんまり大きな声じゃ言えないけど……」


 俺は店内にいる他の客に聞こえないように、シュガーの耳元へ口を寄せた。


「芝村組の次期組長になる予定のプレイヤーだ」


 ひそひそ声でシュガーに伝える。俺の返事を聞いたシュガーは変な顔をしていた。


「それ、本当か?」


「あぁ、本当だけど」


 それからシュガーは歯切れの悪い様子で伝えてきた。


「俺の情報だと、その組の組長はライギュウというヤツになってる。つい今しがた更新された情報だ」


「組長代行とかいうヤツだろ。そいつのせいでホタルが組長になれなくて困ってるんだ」


「……いや、そういう意味じゃない。現在の地下世界のユニークNPCたちの認識上で、組長はライギュウになってるんだ」


 俺は頭上に疑問符が浮かんだ。だってそうだろう、芝村組の若衆やらを含めた構成員たちは皆ホタルを組長として推している。それを組長代行の権限で邪魔するライギュウという構図だったはずだ。

 しかし、シュガーの情報によると暗黒アンダー都市におけるユニークNPCたちは芝村組の組長はライギュウだと認識している……? しかも、今しがた更新されたばかりの情報だという。


「組長は周りの組に認められることで組長となる」


 組長になるためにホタルが言っていたことだ。

 周りの組を無視して声を上げたところで組長としては認められない。逆に言えば、周りの組が正式に組長と認めれば多少の反発があろうと押し切れる。……まさか、そういうことか?


「ホタルが計画していたことを、まんまライギュウにしてやられたってことかよ」


 ライギュウは蔵馬組の若頭と仲良くやっていた。そして、蔵馬組の若頭が約束していたこと。それはライギュウが芝村組の組長となることを周囲のヤクザクランに周知する手伝いではないだろうか。周りのヤクザクランがこぞって芝村組の組長はライギュウだと認識すれば、ホタルたちがいくら反発しようと押し切ってしまえるのだろう。


「おそらく、セオリーの会った芝村組残党は暗黒アンダー都市のヤクザクランから情報を遮断されている可能性がある。そのまま行動を共にすると罠に掛かるか、貧乏くじを引かされるかって所だと思うぞ」


「ちょっと待てよ。ついさっき更新された情報だって言ってたよな。ってことはライギュウが先に動き出したんだ。今、俺たちが向かえば最悪の事態は免れるかもしれない」


 ライギュウが芝村組の組長として認識されたら何が起こるか。答えは簡単だ。ホタルたちの事務所を含む旧芝村組の構成員たちが他のクランに吸収されるか、最悪は殺されるか、だ。

 俺は立ち上がり、シュガーとエイプリルを見る。ケーキには悪いけど今は一刻を争う事態かもしれない。喫茶店の店主には注文してしまったケーキ分も含めたお代を支払うと店を飛び出した。


「うぅ、ケーキ食べたかったなぁ」


「それは俺も同じだ。また、今度一緒に来よう」


「えっ、一緒に? オッケー、それなら急いで行こう」


 変わり身の早さに現金だなぁと心中で笑ってしまう。しかし、今はそれにツッコんでいる余裕はない。急いで行きたいところだ。俺は最初に暗黒アンダー都市へ迷い込んだ時と同じルートを辿り、路地裏へ入った。

 今回はマップ機能が使用可能なままであり、暗黒アンダー都市の入り口になっているマンホールの位置もマップ上に表示されている。マップを頼りにしばらく進むと、数刻前に見たマンホールが視界に入ってきた。


「アレだ」


 俺はハンドサインで前方のマンホールだということを指示する。しかし、そこからは慎重に進む必要がある。マンホールを囲むようにして、いかにもヤクザクランの構成員ですといった風貌をしたキャラクターが四人立っていたからだ。


「エイプリルとシュガーは俺の後ろから付いてきてくれ」


 俺は先頭に立って歩き始める。すると、すぐに向こうの構成員たちが俺に気付いた。


「なんだ、てめぇ? どこのモンだ」


「俺は芝村組の食客として招かれているセオリーだ。通してもらう」


 ホタルから事前に聞いていた通行方法を試す。

 なんでもヤクザクランの食客はある程度融通が利かせられるのだという。特に、元締めを担うヤクザクランである芝村組の食客は、食客としても最高ランクだ。そのため、暗黒アンダー都市への入場資格が無い者であっても通行時に一緒のパーティーでいれば問題なく許可が下りるということだった。

 だが、この情報はホタルからもたらされたものだ。もし、ホタルを含む芝村組が周りのヤクザクランによって罠にかけられている場合、この方法はもう通用しない可能性がある。


「芝村組の食客だと? 証明するものはあるか」


「これだ」


 俺は青白く発光する電子巻物を出現させる。普段はステータス画面などを表示させるものだけれど、今回は資格などが一覧表示されるタブを開き、「芝村組の食客」という資格を選択して表示させる。

 表示された資格を見たヤクザクランの構成員の一人は、その場を離れ、路地の奥まったところへ移動する。それからどこかへ通信機を用いて連絡を取った。


 俺はチラリとシュガーの方を見る。サングラスに隠れて良く見えないけれど、おそらくウィンクを返してきたように思う。ヤツの任せろ、という合図だ。

 しばらくして、さっきの構成員が戻ってきた。それからマンホールへの進路を遮っていた構成員たちを退けさせた。


「失礼しました。芝村組の食客とは露知らず、無礼をお許しください。さぁさ、どうぞ」


 さっきまでの威圧的な雰囲気はどこへやったのか、丁寧な口調でマンホールを指し示した。俺はそれに頷くと、マンホールを開けてもらい、下へと降りた。

 どぶ臭いにおいとともに再び地下に帰ってきたことを実感する。俺はポーチから支配者の仮面を取り出すと顔に装着した。そうしてから気付く。


「あっ、そういえばエイプリルとシュガーは顔隠すものあるか?」


「えっ、何ソレ、気持ち悪い……」


 俺が振り返って二人を見ると、エイプリルから間髪入れずに罵倒が返ってきた。あぁ、想像通りだ。そう言われると思ったよ。俺は左目部分にある三つの目玉をギョロリと動かす。


「ヒィッ!」


 どうやらエイプリルからの評判はすこぶる悪いようだった。それに引き換え、シュガーの方は少し羨ましそうな顔をしていた。


「その仮面、なかなか良いな。もしかしてユニーク忍具かもしれん。ちょっとだけ、ちょっとだけ貸してくれないか? 見るだけだから!」


 シュガーはシュガーで気持ち悪い興奮の仕方をしていた。とりあえず、俺はカナエに装着させていた風呂敷を再び取り出すと、今度はエイプリルの顔の下半分を隠す様に装着させる。


「暗黒アンダー都市では顔を何かしらで隠す必要があるみたいなんだ。だから、俺が仮面をしてるのも不本意ながらなんだ」


「それにしたって、そのグロテスクな仮面である必要はなくない?」


 エイプリルは俺の顔の左半分はなるべく見ないようにして話している。そんなに嫌悪感が凄いのか。反応は想定通りだが、ここまで拒絶されると心にクるものがある。

 シュガーの方は自前のサングラスでそのまま行くようだ。未来の先読みだけでなく、顔を隠すのにも使えるなんてフォーチュングラスは便利だなぁ。

 それはさておき、そろそろシュガーに聞いておこう。


「それで、さっきの構成員はどこにどんな通信をしてたんだ?」


「あぁ、それか。簡単なことだよ、この下水道内で俺たちを始末しろってさ」


 シュガーが答えると、ちょうど良いタイミングで通路の前方からヤクザクランの構成員がゾロゾロと現れてきたのだった。どうやら、悪い予感は的中しそうだ……。

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