第156話 棒の扱いが上手い主人公(意味深)

▼セオリー


 広いフロアの中央で俺とロッセルは向かい合う。審判役としてパットが俺たちの間に立ち、手を上へ掲げた。


「勝敗は片方が行動不能となるか、降参するまでとします。あくまで練習試合の範疇で済ませて下さいね。では、……始め!」


 パットが腕を振り下ろすと同時に、ロッセルは駆け出していた。ゆうに五メートルほどの距離があったはずなのに、一瞬でゼロにしてくる。そして、掌底を俺の腹部へ向けて突きだした。

 最大限の警報が俺に死を報せる。『第六感シックスセンス』が攻撃を受けるな、と叫んでいる。しかし、どう避けたもんか。普通に避けたのでは続く追撃に対応しきれないことが予測される。


「じゃあ、これで」


 俺は身体を捻って掌底を回避しつつ、棒を手首のスナップで回転させて頭上へと振り下ろす。

 回避と同時に攻撃も繰り出す。これで相手も追撃だけに専念する訳にはいかなくなった。


「やるじゃないか」


 ロッセルの答えはバックステップで距離を取るというものだった。


「棒術を嗜んでいたという記録は無かったが、今の動きは心得があるように見えた」


「昔取った杵柄きねづかってヤツだよ。龍飛先生との地獄の日々がここにきて生きるとは思わなかったけどな」


「龍飛先生?」


「言うなれば俺の棒術の師だ」


 まあ、他のゲームの話だけどな。あぁ、今でも目をつむれば思い出せる。「龍飛先生の武術教室」で散々ボコボコにされた記憶。思い返してみても最終難易度の先生は変態的な強さだった。それと比べればただの徒手空拳など恐るるに足らず。


「色々と爪を隠しているようだな。だが、丸裸にしてやる」


 再びロッセルが飛び込んでくる。今度は先ほどよりも低い体勢から腕を振るってきた。相変わらず掌底を当てようとしてくるところを見るに、おそらくアレに触れると不味いことになるんだろう。

 外から内へ向けて払い落すように棒を手の甲へ的確に当てていく。手を叩き落としつつ、距離は一定に保つように立ち回る。徒手空拳の相手を不用意に懐まで飛び込ませてはいけない。


 俺が攻撃をいなして回避すると、ロッセルは地面に手を付きつつ方向転換し、再び突っ込んできた。先と同じように相手の掌底を棒で払いながら回避に専念する。動きは速いけれど単調な攻撃だ。これならなんとか捌くことができる

 まるで千日手のように、お互い決め手を欠いた状態が続く。俺はロッセルの速さに対して決定打を打てず、ロッセルは俺の棒術に阻まれて掌底を当てられない。


 しばらく一進一退の応酬が続き、それでもなおロッセルは俺へと掌底を叩き込まんと突撃して来ていた。まるで馬鹿の一つ覚えのように繰り返す攻撃に俺の目も慣れてきた。

 そろそろカウンターで大きな一撃を与えられそうだけれど、なんだか罠にハマっている気がしてならない。


 その時だった。

 俺は急に足元の地面が無くなったかのようにガクッと体勢を崩した。


「何だ?!」


「かかったな」


 体勢を崩した俺へ向かって、飛びかかるように詰め寄るロッセル。この状態で接近されるのは不味い。

 俺は近寄られまいと棒を振り下ろすが、足の踏ん張りが利いていない今の状態では十全な威力は発揮されない。逆に振り下ろす棒を手の甲で払い除けられてしまった。


 そうして完全に懐へ飛び込まれる。超接近戦の距離だ。つまり、徒手空拳が圧倒的に有利な状況へと追い込まれた。

 払い除けられた棒が空を泳ぎ、それに引っ張られて無防備な隙を晒してしまう。ロッセルがその隙を見逃すはずもない。続けて放たれた鋭い掌底の一撃に対して、応じるすべはもはや無かった。


 掌底は綺麗に俺の鳩尾みぞおちへと突き刺さった。臓器を押し上げられる感覚に一瞬の嘔吐感を覚える。『集中』により威力も増しているようで、人ひとりの身体を悠々と壁まで吹き飛ばした。

 壁に背中を強く叩きつけられ、そのまま床に落下する。膝から崩れ落ちた俺は四つん這いの姿勢で呻いた。


「ぐっ……」


 してやられた。体勢を崩した原因が分からないまま一撃貰ってしまった。どうやって俺の体勢を崩したのか、原因を探らないといけない。

 攻撃を食らった俺へと追撃のため詰めてくるであろうと予測し、ロッセルへ対応するために身体を起こそうとする。直後に違和感に気付いた。


「あ、れ……? 身体が、支えられない?!」


 腹部がぐにゃりと歪み、背中を鯖折りにされたような不自然な状態に陥る。いくら身体を支えようと四肢に力を込めても胴体が答えてくれない。


 一体、どうなってるんだ?

 手足や首は動く。異変は攻撃を受けた腹部だ。胴体がぐにゃりと逆側に曲がるせいで上体を支えることができない。


 というか、今の状態って本来なら曲がってはいけない方向に背骨が曲がっているわけだから、めちゃくちゃ気持ち悪い状態になってるよな。

 それを証明するように観戦していた女性陣から悲鳴のような声が上がっている。たぶん、背骨をぽっきりと折られたと勘違いしているのかもしれない。

 たしかに見た目上は背骨を折られ、鯖折りになっているような状態だけれど実際には違う。どちらかといえば胴体をゴムのような柔らかい物質へと変化させられたかのような感覚だ。


「もう、おしまいだよ」


「……何をした?」


 余裕の表情でゆっくりとロッセルが近付いてくる。そして、種明かしするように掌を俺に見せた。


「『剛柔術』は人体にも有効だ。掌底を受けたアンタの胴体は今『軟化』している。いくら力を入れようと身体を支えることはできない」


「なるほど、軟化ね。事前にヒントはくれていたのにまんまと攻撃を受けちまったわけか」


 やたらと『第六感シックスセンス』が警鐘を鳴らすと思ったら、まさに一撃で勝敗を分ける攻撃だったらしい。



 はぁ、やはり俺一人の実力では上忍頭を相手にするとこんなものか。先日対峙した『寓話の妖精たちテイルフェアリーズ』の男相手にも完敗だったし、フィジカルを鍛えるのは今後の課題だな。

 これで見せるつもりのなかった奥の手まで出す羽目になってしまった。


「ライギュウ、やれそうか?」


「誰に口きいてんだぁ? あんな若造に俺が負ける訳ねぇだろう」


 観戦しているエイプリルたちの影からスッと少年化したライギュウが顔を見せる。そして、俺を背にする位置まで移動すると、ロッセルの前へ立ちはだかるように仁王立ちした。

 いや、今の見た目だとライギュウの方が子どもだからな、などという無粋なツッコミは心の内に留めておいて、ロッセルの方へ目を向ける。呆気にとられたようにライギュウと俺を交互に見やっている。


「……一対一の手合わせだと俺は認識していたんだが?」


「ライギュウは俺の忍術で呼び出した存在だ。分類的には式神に当たるらしい。まあ、式神の使用がダメなら素直に引っ込めて降参することになるけど、審判そこら辺の判断はどうする?」


「一対一の立ち合いで忍術に関する規制はないので、式神ライギュウの使用は特に問題ありません」


 俺の質問に対して、パットはすんなりとライギュウ参戦を許可した。

 まあ、そりゃそうだ。これがダメならシュガーなんて悲惨なことになる。あいつが式神使用不可のルールで戦うことになったら余裕で下忍に負けかねない。


「……ということみたいだけど?」


「式神か。そういうことなら納得だ。だが、いつの間に式神なんて出していたんだ」


「そりゃあ、まあ、常時出しっ放しだよ」


 俺は学習したのだ。敵を目の前にして悠長に『黄泉戻し任侠ハーデスドール』を使用している余裕はないのである。だったらなるべく常に出しておいた方が結果的に良いことの方が多いのだ。

 ちょうど俺のキャパシティ的にも一人までなら常時出しっ放しにしておけるようだから好都合だ。まあ、常時出しっ放しにしておくデメリットもあるんだけど、それはこの際、考えないものとする。


 それにしてもシュガーが何でもない時にもノゾミかカナエかタマエの内、誰かひとりは呼び出していたのにはこういった理由もあったのかもしれないな。つまり、奇襲への備えだ。

 先人に学ぶことの重要性を知れた良い機会だ。式神を使役することにおいてはシュガーに一日の長いちじつのちょうどころか一年の長がある。今度会ったら他にも式神を使役する上での注意点やら聞いておこう。



 それはさておき、仕切り直しだ。


「納得してもらえたなら、第二ラウンドといくか」


 俺の言葉と呼応するようにライギュウが拳を握り締め、構えを取る。ロッセルも応じるように掌底を前に向けて構えた。しくも互いに徒手空拳の構えだ。


「中忍頭のアンタが使役できる式神で、上忍頭の俺を相手取れると思っているなら、それは大間違いだと教えてやるよ」


 ロッセルは吠えるようにライギュウを睨み付ける。

 彼の考え方は一般的というか、当然のものだ。式神は基本的に使役者の力量よりも弱いのが普通である。頭領であるシュガーの使役する三体の式神も一人ひとりは上忍程度のステータスしか持っていない。


 それが普通であり、誰しもがそう思う。



「おい、セオリー。コイツぁ、俺のこと舐めてやがる。使って良いかぁ?」


「あぁ、こうなったら本気でやってくれ。どうせ俺は加勢できないし」


「はっはぁ、てめぇの加勢なんざ要らねぇよ」


 言うや否や、パリパリと青白い光の筋がライギュウの身体を纏う。ライギュウが許可を求めたのはライギュウという一人のNPCを恐怖の存在たらしめた力だ。それはチカチカと発光しながらライギュウの幼い少年の身体へ力をもたらす。

 式神は使役者よりも低いステータスしか持たない。そんな常識はフィジカルモンスターには通用しない。


「『雷神術・雷鬼降臨』」


 紡がれた言葉と同時に光が弾けた。ホワイトアウトした世界の中、徐々に少年の輪郭がはっきりと映し出されてゆく。そして、頭部のシルエットが見えるようになると、そこにはさっきまで無かった一本の角が生えていた。

 異様な姿は見る者に威圧感を与える。そして、その直感は漏れなく正しい。


「さあ、第二ラウンド開始だ」


 俺は、ライギュウの変貌に目を見開くロッセルへそう告げるのだった。






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「龍飛先生の武術教室」の詳しい話は「第百十八話 エンドレス死亡フラグ」でしています。

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