第157話 剛と柔、鬼と上忍頭
▼セオリー
選手交代しライギュウがロッセルと対峙する。せめて俺がやられたのと同じ手を食らうのだけは避けなくてはいけない。俺はライギュウへ向けて注意を呼び掛ける。
「攻撃を受ける直前、急に足元が無くなるような感覚になった。地面に気を付けろ」
「あぁ?」
俺の言葉を聞き、怪訝そうな表情を浮かべたライギュウは地面をチラリと一瞥する。
「ははぁ、チープな罠だ」
そう言って、足を強く踏み鳴らした。フロアの床がぐらりと揺れる。思わず、あまり逆嶋バイオウェアの中央支部を破壊するような行為はして欲しくないなぁ、などと見当違いの心配をしてしまう。
しかし、それはロッセルの仕掛けた罠を見抜くために必要なことだったようだ。床の所々で不自然にふるふると震える箇所が散見された。
「お前の忍術はさっき見させてもらったからなぁ。大方、床を『軟化』させてたんだろぉ」
おぉ、なんということだ。ライギュウってば思っていたよりずっと賢いじゃないか。猪突猛進で慢心し過ぎることを心配していたけれど、これなら大丈夫そうだ。
「おい、てめぇ、今失礼なこと考えなかったかぁ?」
「や、やだなぁ、全然そんなことないぞー」
ギロリと俺を睨むライギュウに俺はそっぽを向いてひゅーひゅーと吹けていない口笛を吹く。
むむっ、ライギュウにまで表情を読まれてしまった。平常心、平常心を心掛けるんだ。動揺を表に出さないのは戦闘の基本だ。忍者ならできた方が絶対に良い。
そんなことを思っていると、ロッセルが不意を突いてライギュウに接近した。俺に睨みを利かせていたライギュウへ意識の外から近付く。俺は危険を伝えようと口を開いたけれど、ロッセルの掌底がライギュウを捉える方が早い。
万事休すか。そう思われた瞬間、そんなロッセルの行動を読んでいたかのようにライギュウはヒラリと上体を後ろへ反らし、掌底を回避した。
「不意打ちたぁ、上忍頭と言う割にずいぶんと姑息な手を使うじゃねぇか」
「取れる手が最善であればどんな手でも使う。それが忍者だ」
「はっ、そうかい。見解の相違ってヤツだ。俺ぁ強い奴はどっしりと構えていた方が良いと思うがなぁ」
「……何故そう思う?」
ロッセルの説く忍者像は理解できる。汚い手を使おうと勝てばいい、その考えは俺にも通ずるところがある。だからこそ言っていることも理解できる。
それに対してライギュウの主張は理外の考えだ。しかし、だからこそロッセルは気になったのかもしれない。続くライギュウの言葉を待っている。
「何故そう思う、だぁ? ……そんなもん、そっちの方が強そうだろうが!」
答えと同時にライギュウは両手を広げて飛び出した。スタートダッシュ時に踏み抜かれた床が粉砕され、コンクリート瓦礫が宙を舞う。
「とても理解し合える相手ではないな」
ロッセルは雷鬼と化したライギュウの拳をはっきりと見据えていた。お返しとばかりに繰り出される掌底。それをライギュウも難なく躱す。しかし、互いに攻撃が当たらずとも一歩も引かない。顔と顔が触れ合うほどの近さになってまで、それでも続く超至近距離での応酬。
「よく避けるじゃねぇかぁ」
「それはこっちのセリフだ」
両者の拳圧が巻き起こす局地的な暴風は当事者二人を残して周囲の観客を置き去りにしていく。俺も『集中』で目に気を集めて見ているけれど、それでもところどころ目で追えない部分が出てくる。
今、正確に二人の攻防を観察できているのはアリスと……同じく上忍頭のタイドくらいだろうか。
見えている範囲で言うと、単純な手数はライギュウが上だ。しかし、身体の動かし方や手の動きを交えたフェイントを仕掛けた回数で言えばロッセルの方が多い。
ロッセルの戦い方はライギュウの苦手とする小細工を弄した立ち回りだ。ただでさえ実力も伯仲しているというのに、苦手な戦法を取られているとなると不味いかもしれない。
戦闘が長引くにつれ、しだいに危なっかしい場面が増えてきた。ロッセルのフェイントにライギュウの意識が引っ張られているのが分かる。
そして幾度目かの攻防でついに引っ掛かった。ライギュウは不用意に拳を突き出してしまう。腕が伸び切ったところを狙うように、ロッセルは懐へしゃがみ込むように潜った。そして、アッパー気味の掌底がライギュウの
「じゃかしいわ!」
突如、二人の足元が砕け散った。ライギュウが床を足で踏み抜いたのだ。このフロアは地上十階にある。当然、至近距離にいた二人はそのまま九階へ落下してゆく。
「いや、ちょっと待て。これ以上は建物への被害がヤバいんじゃないか」
さすがに一つのフロアを超えてしまうと心配になる。
横目に移るパットの顔が蒼ざめているのを確認した俺は咄嗟の判断で『
一瞬、階下から「ふざけるなぁ、まだ勝負はついてないだろうがぁ」という鬼気迫るような怒号が聞こえたけれど無視無視。
「よし、パット。俺はこれで降参だ」
うつ伏せになったまま手を上げてパットに降参を申告した。パットはホッとしたような表情と共に俺の申告を承諾し、試合の終了を宣言した。
「勝負あり。ロッセルの勝利です」
パットの終了宣言とともに階下と繋がる穴からロッセルが飛び出して来た。
「待て! まだ、勝負はついていなかった」
どうやら彼もライギュウと同じく不満が残ったらしい。
理解し合えないとか言っといて、そういうところは似てるね。
「こんなことで中央支部のビルを壊したりしたらアホらしいだろ」
「……っ、真剣勝負をアホらしい、だと?!」
めちゃくちゃ怖い顔で睨んできた。なんなんだよ、コイツ。お前の所属するコーポの所有ビルを案じているっていうのに、その配慮が分からんかね。
「もう少しで掴めそうだったんだ。これで次こそアイツにリベンジができる。頼む、もう一度式神を出してくれ!」
「どうどうどう、ちょっと冷静になれ。何言ってんのか分かんねーよ」
ロッセルは俺へと詰め寄ると、襟首を掴んで引き上げた。
何か知らんけどロッセルの中でヒートアップするトリガーを引いてしまったらしい。興奮冷めやらず、襟首を掴む手にも力がより一層込められる。つうか、俺は今胴体が軟化してて力が入らないんですけど!
「ちょっ、苦しぃ、って」
「おやめなさい!」
危険を感じてロッセルの腕を俺がタップするよりも早く、アリスがロッセルの後頭部へ手刀を叩き込んでいた。目にも止まらぬ早業だ。そのまま襟首を掴んでいた手から力が抜け落ちていき、俺もろとも崩れ落ちる。
「
アリスは顔面から床に落ちていくロッセルをスルーして、俺のことだけ抱き止めた。顔面を両腕でホールドするタイプの抱擁だ。これはこれで苦しい。
いや、というか同じ逆嶋バイオウェアの仲間にも少しは優しくしてやれって。そんな感想は胸に顔が
所変わり、逆嶋バイオウェア中央支部の別フロア。
ここは会議室である。
物言いをつけてきたロッセルが気絶したため、彼が提起した総大将誰がやるんだ問題は先送りとなった。そして、とにかく作戦会議を始めようという流れへとカザキが強引にもって行ってくれた。
一応、総大将に関しては、上忍頭であるロッセルに対して式神を使役していい勝負をしたということでそれ以上露骨に反発する者は現れなかった。ふぅ、なんとか事なきを得たというわけだ。
「……うっ、……俺は眠っていたのか?」
会議室の端、椅子で簡易的に作ったベッドに横たわっていたロッセルが目を覚ます。
「よう、よく眠ってたな」
「一体、何が起きたんだ……」
「降参した俺に詰め寄ってきたからアリスに気絶させられたんだよ」
俺の説明を受けて合点がいったように頷くと、起き上がって俺へと近付いてきた。
なんだ、また俺の襟首を掴んでライギュウを出せーって脅してくるんじゃないだろうな? そんなことしたら、またしてもアリスが勝手に牙を剥くぞ。頼むから止めてくれよな、アリスはシャレで済まない気がするんだよ。ライギュウみたいに俺が自由に止められるわけじゃないし危険だ。
そんな風に次に起きることを懸念していたけれど、想像していたよりもロッセルはずっと大人だった。
「さっきは済まなかった。取り乱してしまい、見苦しいところを見せた。謝罪する」
「いや、良いって。むしろ、そっちこそ大丈夫か」
本来、後頭部を手刀で叩いても気絶はしないと聞いたことがある。むしろ、首周りは重要な神経が多く通っているから下手にダメージが残ると後遺症になりかねない。
「大丈夫ですよ。アレは物理的な攻撃ではなく呪いを手刀に乗せて与えただけですので」
俺の心配を感じ取ったのか、そばに座っていたアリスが答えを教えてくれた。いや、大丈夫って言われても、呪いを手刀で与えるのも怖いからね……。
「アリスさんの言う通り、特に問題ない」
「そうかい、そりゃ良かった。……そういえば、俺に詰め寄ってきた時にリベンジがどうとか言ってたよな。誰か因縁の相手でもいるのか?」
ロッセルが我を忘れて詰め寄ってくるような相手だ。さぞかし強敵なのだろう。ライギュウにこだわったということは徒手空拳を得意とする相手か。
「あぁ……。そういえばアンタは逆嶋での組織抗争にも参加していたんだよな」
「逆嶋バイオウェアと黄龍会のヤツか。それならまあ、一応な」
「その時に逆嶋バイオウェアのクローン技術を盗み出していった忍者を知ってるか」
えーっと、誰だったっけ?
途中からカルマ室長の件に掛かりきりだったから組織抗争の方の顛末はあまり詳しくないんだよな。
「たしか、一人の忍者に正面突破された、みたいな話じゃなかったか?」
「その通りだ。中華服を纏い、黒丸眼鏡を掛けた男。名前をフェイと言っていた」
ロッセルは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら言葉を絞り出す。
「俺は逆嶋バイオウェアにおける最後の防波堤だった。……だが、その男に倒された。まるで赤子の手を捻るかのごとく簡単にな……」
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〇コラム「式神と使役者」
式神のステータスは必ずしも使役者より低いわけではありません。
それを示す例にシュガーミッドナイトがいます。彼本体の強さは頭領にもかかわらず下忍並に貧弱ですが、彼が使役する三体の式神はいずれもステータスだけ見れば使役者よりも高いです。つまり、それが式神を使役するメリットになります。
例えばプレイヤーが隠密・諜報系に振り過ぎた結果、戦闘能力が低くなってしまった場合に、
では、式神を使役する上での制限は何でしょうか。
それはランクです。このゲームの場合だと忍者ランクがそれにあたります。頭領であるシュガーは上忍ランク相当の式神を使役していますが、彼がもっと低いランクの時は当然相応に式神のステータスも低くなっていました。
何故ステータスが低くなるのかというと、ランクがステータスの合計値に上限を掛けるからです。セオリーが使役するライギュウが少年化、弱体化したのはそのためです。
ちなみに、シュガーの場合は三体の式神を使役している関係で一体一体は上忍ランク相当となっています。もし、全力で一体の式神を召喚した場合はそれ以上の戦力を使役することもできます。(第四十四話参照)
さて、セオリーのライギュウやシュガーのノゾミ・カナエ・タマエに関しては称号忍術および固有忍術で呼び出された式神です。そして、そういった特殊な忍術によって呼び出された式神は使役者のランクアップに合わせて成長することができます。
しかし、それとは別に一般忍術で呼び出される式神の場合は初めから呼び出す対象やレベル、ステータス、習得技能などが固定されているものが大半です。
例に出すと、第十五話で登場したユキという女性プレイヤーが使用した『口寄せ術・蛮虎招来』は一般忍術であり、呼び出せる虎型式神はステータスや習得技能などが固定で決まっています。
ちなみに『口寄せ術』は、その後に続く『〇〇招来』でバリエーションがある一般忍術です。
そんな式神ですが、セオリーが使役するライギュウの場合のみ、特別なところがあります。それは式神として判定されているライギュウが固有忍術を使用できる点です。
基本的にプレイヤーが使役する式神は固有忍術を持ちません。シュガーの使役する三体も使用する忍術は一般忍術の範疇に収まっています。
そのため、ライギュウは中忍頭であるセオリーが使役する式神としてステータスに上限を課されていますが、そんな中でも『雷神術』の効果で強化された結果、上忍頭のロッセルといい勝負をすることができました。
式神は固有忍術を使えないという件ですが、もちろん例外もあります。
例えば、コヨミの称号忍術『降神術・
つらつらと書いていたら思いの外長くなってしまいました。
今回はこんなところにしておきます。それでは~。
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