第158話 無知なる恐怖を振り払うには

▼セオリー


「黒丸眼鏡の男って、もしかしたら私が逆嶋の郊外で会った人かもしれない」


 ロッセルの話を聞いたエイプリルが思い出したかのように言う。それを聞いておぼろげながら俺も思い出してきた。組織抗争の期間中、ナイフ男とトンファー男の無限コンボにハメられる前、先にとんでもなく強いヤツに見つかったという話をエイプリルがしていた。


「たしかその人、黄龍会の忍者に『フェイ』って呼ばれてたよ」


「アンタもアイツに会ったのか?!」


「会ったというか、気付いたら背後を取られてて。私に蹴りを一発放ったら、その後すぐにどっか行っちゃったんだ」


「そうか……」


 ロッセルは落胆したように肩を落とす。エイプリルの話からフェイについて何か情報を得られればと思ったのかもしれない。それだけなりふり構わずフェイの情報を欲しているということだ。

 上忍頭であるロッセルをして簡単に倒されてしまったという黄龍会のフェイ、要注意人物だ。パトリオット・シンジケートと黄龍会は未だに裏で繋がっている。そうなると、今回の作戦でもフェイと戦う必要のある場面が出てくるかもしれない。


寓話の妖精たちテイルフェアリーズだけでも厄介なのに、他にも警戒すべき相手が出てくるなんてなぁ……」


 困った話だ。うーん、全部忘れて適当な野良クエストやりてー。難しいこと考えないで頭空っぽにして挑める野良クエスト、どっかに落ちてないかなー。手を組んで腕を頭上に伸ばし、凝り固まった背筋をほぐす。


「そう思うのならもう少し作戦会議の方に精を出してもらっても、よろしいですかねぇ?」


 俺の脳内を見透かしたかのようにチクリと棘を含む言葉を投げてきたのはカザキだ。


「あぁ、ごめん。ロッセルの話に夢中になってたわ」


 そういえばロッセルが起きる直前、ちょうど作戦の話をしていたのはカザキだった。思わず目を覚ましたロッセルに意識が向かってしまい、話の腰を折ってしまった。


「それじゃあ、ロッセルも目を覚ましたことだし、これまでに決まった作戦の流れを再確認しよう。というわけで、カザキ頼む」


「はぁ……、調子の良い人ですねぇ」


 そう愚痴を零しつつ、それでもカザキは再び概要をロッセル含む全員へ伝えるためにくちびるを湿らせた。


「まず、勝利条件です。全体で集まった際にも話しましたが、我々が目指すところは三神貿易港の奪還です。貿易港の使用権利書は三神インダストリの元本社にあるということなので、進攻目標は三神インダストリの元本社となります。ここまではよろしいですか?」


 周りを見回すようにカザキが顔を向けた。皆一様に頷く。それを確認したカザキは話を続ける。


「三神貿易港は東側が海に面しているため、北・西・南の三方向からしか進攻できません。その上、南側は寝返った甲刃連合の幹部が支配するシマが点在するため、通り抜けようとすれば激しい抵抗を受けることになるでしょう」


 カザキの説明を聞き、ロッセルが口を開く。


「なるほど、現状攻めの起点にできる場所が北か西の二方向に絞られているわけか」


 彼の指摘する通り、これから行う作戦における難所の一つがここだ。

 我々攻撃部隊は少数精鋭だ。なるべく気付かれずに懐まで忍び込みたい。しかし、攻め込まれる可能性が高いルートには当然防衛網が厚く敷かれることとなる。


「警戒の目が厳しければ奇襲も成功しない。ルートが絞り込まれているのは向かい風だな」


「セオリーさんの言う通り、そういうことですねぇ」


 俺の発言にカザキが同意する。そこにエイプリルが口元に指を添えて疑問を口にする。


「でも、パトリオット・シンジケートはこちらが奇襲しに来るだなんて思うかな? 現状、向こうが押せ押せな感じじゃない」


「いいえ、エイプリル嬢、実際のところはパトリオット・シンジケートも薄氷の上に立っているのですよ」


「どうして?」


「それは彼らが全方位に喧嘩を売ってしまったからです。実際そのせいで今、我々は複数のクランで手を組み、彼らを打倒しようと画策しているでしょう」


「あぁ、そっか。たしかにそうだよね。だったら、何でそんな敵を作るやり方をしたんだろう」


 エイプリルの発した素朴な疑問は、俺も同感だった。今は黄龍会と甲刃連合の寝返り組が味方しているから良いものの、もしこれらも居なければ孤立無援で瞬く間に殲滅せんめつされていただろう。

 そんな疑問に対してカザキは一語ずつ言葉を選びながら慎重に答えた。


「これは私の推測になります。そのため、あまり真に受けないでもらいたいのですが、おそらくパトリオット・シンジケートとしても現在の状況は最良のルートではないのだと思われます」


「そう考える理由は?」


「これまでのパトリオット・シンジケートが起こした侵略の推移を考えてみて下さい」


 関東地方へパトリオット・シンジケートが侵略するために起こした事件。

 最初に起こしたのは黄龍会を扇動し甲刃連合と争わせた事件だ。俺がまだ「‐NINJA‐になろうVR」を始めていない頃に起こったという組織抗争。当初は分からなかったようだが、後になってその背後にはパトリオット・シンジケートの暗躍があったことが明らかになっている。


 次に黄龍会を逆嶋バイオウェアへ攻め込ませると同時に、裏ではバイオミュータント忍者を用いた転覆作戦を画策していた。この件は俺も関わっている。カルマ室長と手を組み、あわや逆嶋という街一つが消し飛びかけた事件だ。


 その逆嶋での計画が失敗した後は、八百万カンパニーと三神インダストリへ同時並行して侵略作戦を実行した。そして、三神インダストリの方では侵略に成功し、三神貿易港という関東地方での足掛かりを得た訳だ。


「……どうでしょう、分かりますか?」


「うーん、なんか段々と計画が雑というか、十分にられていない作戦になってきている気はするな」


 率直な感想はそれだ。

 特に逆嶋で起こそうとしていた転覆事件はカルマ室長と手を組み、それなりの年月をかけて入念にられていると感じる作戦だった。


 それに対して、八百万カンパニーへの侵略方法はほとんどツールボックス任せで、現場の指揮官も一番ランクが高い忍者でも上忍だった。今思えば作戦自体もお粗末さが目に余る内容だったように思える。

 そして、三神貿易港を占領した際にはパトリオット・シンジケート自身が攻め込んでいる。今まで散々裏に隠れて暗躍していたはずが、とうとう自分の手を汚し始めたのだ。


「さすがパトリオット・シンジケート特攻をお持ちのセオリーさんですね、よく分かってらっしゃる」


「やめろ、俺に変な特攻属性付けんじゃねー」


「おや、今回の総大将に不可欠な能力じゃないですか。もっと喜んだって良いと思いますがねぇ」


「そんな特定クランだけに発揮される特攻要らねぇだろ」


 カザキの茶化しに俺は憤慨しているポーズをとる。カザキなりに場を和ませようという配慮を感じるので俺も乗っかってやるとしよう。

 そんなやり取りを見て、ロッセルは不可解な顔をして見せた。


「なんというか、総大将というわりには扱いが軽いんだな……」


「あぁ、この際だからハッキリさせとくけどな。今回、総大将として俺に白羽の矢が立ったのは、カザキとパットの双方が相手にやらせたくないからだ。その結果、両者が納得する人柱として俺が選ばれただけなんだよ」


「そ……、そんな馬鹿な」


 バカみたいな話だけれど、実際そうなのだから仕方がない。ロッセルはまさかそんな理由で俺が総大将をやってるとは思わなかったらしく、開いた口が塞がらないといった様子だ。


 まあ、図らずもこの説明をできたおかげで総大将誰がやるんだ問題をロッセルが再び蒸し返すこともなくなるだろう。

 先の手合わせでは俺の方が降参したから、実はロッセルに物言いを付けられたら困る状態だったんだよな。アリスが気絶させてくれたからうやむやにできていたけれど、どこかで再びその話題が持ちあがったら面倒なことになっていた。でも、そうなる前に今問題を解決できたのは良かったとしよう。



「話を戻しましょうか。つまり、パトリオット・シンジケートとしては根城として欲しかった本命は逆嶋有する幽世山脈だったのではないか、と考えられるわけです」


「一番入念に事前準備していた作戦が頓挫したから急遽、第二第三のプランを押し進めたってことか」


「パトリオット・シンジケートとしても逆嶋で失敗したのは痛かったのでしょうね」


 そう思うと、逆嶋での事件が大きなターニングポイントだったのかもしれない。

 あの一件は、たくさんの忍者が協力し合って、細い線を繋いでいった末の勝利だった。あの時、イリスがカルマ室長の暗躍に気付いていなければ、シュガーミッドナイトが駆け付けていなければ、ハイトが、コタローが、アマミが……誰が居なくても異なる結末を迎えていたかもしれない。


「ですから、彼らパトリオット・シンジケートは自分たちの居城が薄氷の上に立つことを悟らせないため、派手な攻勢に出て我々の目をくらましているのです」


 カザキはあくまで自分の想像であることを頭に付けはしたけれど、その内容は説得力のあるものだった。これまでは闇に紛れて実態の掴めない相手という印象だったパトリオット・シンジケートだけれど、動きや状況を分析したことで、しだいに相手の輪郭が見えてきた。


 ホラーゲームなんかだと、相手の実態が掴めないために想像力を膨らませてしまい、余計に恐怖してしまうことがある。

 だが、こうして相手の考えを読み、実態が見えてきたことでどう戦えば良いのか具体的な方向性が見えてきたのだった。

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