第159話 陽動も本気でやれば本命と相成る

 今回は三神貿易港奪還作戦における諜報部隊隊長に選ばれたタイドの視点から始まります。


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▼タイド


 あの作戦会議の日から現実の時間にして早二日が経っていた。ゲーム内では一週間が過ぎている。

 俺は遠目に見える三神貿易港の街並みを視界に入れつつ、諜報部隊の各小隊長を集めて最終確認の会議をしていた。



 パトリオット・シンジケートが根城とする三神貿易港の調査は着々と進んでいた。

 今回の侵攻作戦において、我々シャドウハウンドは諜報部隊を受け持っている。貿易港内部で先に調査を始めていた三神インダストリの忍者とも協力し、戦力がどのように配置されているのか把握し、作戦が円滑に進められるよう手を尽くしてきた。

 そして……


「いよいよ、今日が進攻開始日というわけだ」


「タイド様、作戦は上手くいくでしょうか……」


「どうだろうな。実行してみるまでは誰にも分からないさ」


 側に控えていたリリカが不安げに口を開く。正直、俺にもどちらへどう転ぶかまるで見当がつかない。それだけ双方の規模が肥大化し過ぎていた。


 パトリオット・シンジケートの側には黄龍会や甲刃連合の寝返り組の構成員も多く内包されている。さらに八百万カンパニーで暗躍していたというツールボックスも紛れ込んでいるだろうことは十分に考えられる。言ってしまえばヤクザクラン大連合である。


 それに対して、こちらは甲刃重工と逆嶋バイオウェアの二大コーポが手を組み、シャドウハウンドや八百万カンパニー、それから甲刃連合のヤクザクランがいくつか協力している。いうなればコーポやヤクザといった垣根を超えた関東地方連合とでも言えば良いだろうか。



 双方が一つの組織に収まらない巨大な連合となってしまった。

 一つの組織同士の戦いであれば、所属する頭領や上忍頭の数など強さの指標があるため、どちらが有利かなどの見積もりもできるのだが、これだけ多くのクランが入り混じっていると、頭領個人の戦力だけでは覆せない数の利が生きる場面なども出てくるかもしれない。



 俺は集まった小隊長たちを見回す。その中で三神インダストリの忍者を率いてきた男へと顔を向けた。

 彼らは三神貿易港の内部で駆け回り、最も多くの情報を取って来てくれた者たちだ。小隊長の背後にはいずれも使命の炎に瞳を燃やす三神インダストリの忍者たちが揃っていた。パトリオット・シンジケートにより乗っ取られた三神貿易港を奪還するため、彼らは日夜情報集めに奔走してくれた。


「三神インダストリの忍者諸君、これまで敵の戦力配置や各種情報収集における協力、まことに感謝する。これより先は我々の攻撃・・部隊に加入してくれ」


「はっ、了解しました」


 三神インダストリの忍者たちを代表して小隊長が返事を返す。俺はそれに頷き、部隊全体へと顔を向け直した。


「パット隊長率いる補給部隊・遊撃部隊と協力しつつ、我々攻撃部隊は北と西の二正面より同時進攻を開始する。隊列は決めた通りだ。……準備はいいな?」


 問い掛けに各小隊長たちが頷き返す。そして、時計の時刻が決められていた定刻を指し示した。瞬間、三神貿易港の北側で信号弾の光が炸裂した。こちらも同じくリリカが頭上へ向けて信号弾を放ち、行動開始を報せる。


「さあ、ゆくぞ!」





 まばゆい信号弾の光を合図に、戦いの幕が切って落とされた。

 突然の襲来にパトリオット・シンジケート側は驚き、慌てふためくであろうことは必至だ。……これが本当に奇襲となっていればの話だが。


(タイド隊長。こちら第一部隊、黄龍会および甲刃連合の混合部隊と接敵。待ち伏せを受けています。完全にこちらの襲撃が察知されています)


(分かった。後退しつつ遅滞戦闘に移行。奴らを引き付けろ)


 ……ふむ、やはりか。保険をかけておいて正解だったな。

 俺は三神インダストリの忍者を率いていた小隊長に手を向ける。


「『監獄術・鳥籠』」


 突然、鉄格子に囲まれた小隊長は驚いたような目で俺を見てくる。


「これは、どういうことですかっ?!」


「いやなに、襲撃を読まれていたようでね。現在、第一部隊が待ち伏せに遭ったらしい」


「私たちが情報をパトリオット・シンジケートに売ったとでも言いたいんですか?! こっちは本拠地である三神貿易港を追われて来たんだ! そんなことするわけないでしょう」


 必死の形相で俺を非難する小隊長。それと呼応するように周囲の三神インダストリの忍者たちも口々に小隊長を庇うような声をあげる。

 その援護を受けて小隊長はいくらか冷静になったのか、顎に手を当てて考える振りをしつつ、さも思いついたかのように口を開いた。


「もしかしたら、向こうが上手で私たちの情報収集を逆手に取られたのかもしれません。内輪揉めをしている時間がもったいないです。今からでも遅くないから作戦を変更しましょう!」


「なるほど、たしかに状況を考えれば敵が上手だったというのも考えられるかもしれない。……しかし、我々の襲撃作戦の詳細が完成したのはつい先日だ。にもかかわらず、ここまで襲撃が読まれるだろうか」


「相手に諜報の達人がいるのかもしれません」


「……そうだろうな。とどのつまり、スパイだ」


「ちょっと待ってください。私たちが裏切ったという考えに囚われ過ぎています。タイド隊長、私たちを信じて下さい!」


「では、信用に値するのか調べさせてもらおう。コヨミさん、お願いします」


「はいはーい、待ってましたー」


 ひょっこりとリリカの影から現れた女性は八百万カンパニーの頭領、コヨミである。彼女には『変装術』でリリカの部隊の隊員に化けてもらい、必要な時がくるまで潜伏してもらっていた。

 これはセオリーやカザキ、パットといった各部隊の隊長たちからの進言であり、コヨミ自身も必要がある、と納得してここにいた。

 俺は当初、この采配に懐疑的だった。本来なら頭領をこんなところで遊ばせておくのはもったいないからだ。しかし、結果的にはこの采配が正解だったらしい。


「彼女は、八百万の……?」


「そう、ご存知の通り頭領のコヨミだ。実は敵側に厄介な忍術を使える集団がいるらしくてな。ツールボックスというんだが知っているかな?」


 小隊長がごくりと唾を飲み込むのが分かる。

 八百万カンパニーでツールボックスが侵略作戦を実行していたことは、作戦会議の時にセオリーより聞かされている。彼らはクラン忍術によって暴くことが困難な成り代わりを実行するという。そして、その忍術に対するカウンターとなるのが彼女なのだ。


「コヨミはツールボックスの使用する特殊な変装術を看破することができる。なに、後ろ暗いことがないのであれば甘んじて受けるがいい。すぐに済む」


「や、やめろ!」


「じゃあ、いくよー、『祓魔術・浄焔じょうえん』」


 鉄格子に覆われた小隊長が瞬く間の内に白い炎で包まれていく。熱さはないようで、小隊長の彼は不可解そうな顔をして自分の身体を見ていた。


「なっ?! 誰だ、お前」


 三神インダストリの忍者たちの内一人が小隊長だった男を指差し、驚愕の声を上げる。驚くのも無理はない。炎に包まれた箇所から段々と肌がぺりぺりと剥がれ落ちていき、すぐに誰とも分からない男へと変貌したからだ。


「『完全模写』が破られた?!」


 もはや声質も喋り方も全然違うものとなっている。

 これだけ完璧な変装術が存在するとはな。長年、シャドウハウンドでも尻尾が掴めなかったツールボックスだったが、そのカラクリが一つ理解できた。


「さて、スパイは見つかったようだな」


 その後も同じようにスパイを炙り出していく。他の三神インダストリの忍者たちの中にも何人かツールボックスの忍者が『完全模写』による成り代わりで紛れ込んでいた。それらを捕縛尋問により倒し、本来の敵側の布陣などを情報として得る。


「よし、敵の布陣は把握できた。パット隊長の遊撃・補給部隊の方に伝達しろ。それから、本当の攻撃部隊・・・・・・・の方にも、な」


 三神インダストリの忍者に成り代わったツールボックスのスパイが紛れ込んでいるかもしれない、という事前にセオリーより聞かされていた読みは当たったようだ。

 その可能性を聞かされていたから、彼らには合流した時点で俺が率いる諜報部隊を攻撃部隊であると嘘の情報を伝えていた。そうして、北と西二方向からの正面進攻こそが大本命の攻撃だと錯覚させたわけだ。


「フフ、あながちパトリオット・シンジケート特攻というのも間違いじゃないかもしれないな」


 攻撃部隊の会議に出席していた者が言っていた冗談のような話を思い出して笑う。

 だが、うかうかもしていられない。こちらの進攻が手ぬるいものだと陽動ということがバレてしまう。こちらとて攻め落とすつもりで激しくいかせてもらおう。


「……諜報部隊の各小隊へ告ぐ。内部に潜り込んでいたスパイは殲滅した。これより本来のフォーメーションへ戻す。誘い込み、叩き、我々が攻撃部隊であると敵に錯覚させろ」


 連絡を飛ばし、それから自分も行動を開始する。

 最初からスパイの目星がついているというのは実にやりやすかった。その結果、スパイとして情報を収集していたツールボックスの忍者たちは本人たちが思いもよらないままに二重スパイとなっていたのだ。

 嘘の情報に踊らされた相手ほど御しやすいものはない。さて、こちらは全力で陽動をしているのだ。本命の攻撃部隊の方よ、後はよろしく頼むぞ。





 ▼???


 暗く深い海の中。そこに一体の大きな蛇がいた。雄大な身体をしならせ、ゆっくりと泳ぐ様はまるでそこら一帯の海を支配するヌシであるかのようだった。

 しかし、その蛇は一つの場所を目標にして進んでいく。少しずつ海面へと近付き、目指す先、そこには一つの港があった。

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