第160話 ぼくの考えた最強チーム

▼セオリー


 港の端、海中からひっそりと顔を出した大怪蛇は静かに口を開いた。


「うわぁん、身体ベタベタ……」


「静かに。見つかったら作戦が台無し」


 エイプリルが衣服に付いた粘液に小さく愚痴を零す。それを後から出てきたタカノメがたしなめる。


「とりあえず、潜入は成功みたいだな」


「そのようですねぇ。それよりセオリーさんには頭が下がります。まさかこんな大物が助っ人に来てくれるとは思いませんでしたよ」


 俺へ向けてカザキが話しかける。俺もダメ元で誘いをかけていたから来てくれたのには驚いた。


「どうやらサプライズゲストは大成功だったみたいだな、イリス」


「ふふ、そうみたいね」


 ニンマリと笑いながらイリスはVサインを返す。彼女には三神貿易港奪還作戦の決行日が決まってから連絡をした。そして、作戦が開始する前日になって参加できるという返事が着たのだ。


 そこから先は大忙しだった。

 そもそも諜報部隊と遊撃部隊が北と西の二正面進攻で陽動をするというのは決まっていたけれど、本命の攻撃部隊が進攻するルートがいまいち決まり切っていなかった。

 いくつか挙がっていた案としては、第一案にヘリコプターを使い上空へ向かいパラシュートで落下して奇襲するという作戦、第二案に船で港へ入り、奇襲するという作戦があった。


 しかし、いずれの作戦も敵の本拠地に近付くまでの間で、索敵に引っ掛かりやすいという問題点があった。しまいには攻撃部隊を二つに分け、両方の案を実行するなんて話も出ていたけれど、さすがに少数精鋭の攻撃部隊をさらに分割してしまうとあまりに人数が少なくなりすぎる。


 そんな手詰まり感がある中で、イリスの参戦は非常に大きなものだった。まず、港へ近づく手段が解消されたのが大きい。

 彼女が参加したことで新たな第三案として、イリスが変化した大怪蛇イクチの口腔内に攻撃部隊が潜み、海中を進んで港へ侵入するという作戦をとることができた。イクチへ変化したとしてもイリスの隠密ステータスは非常に高い。こうして、まんまと敵の索敵にも引っ掛からず、侵入を果たしたのだった。


「アリスさんを従えて、さらには頭領を複数人呼び出せる……。いったい、アンタの人脈はどうなってるんだ」


 ロッセルはイクチの口から這い出すなり、そんなことを口走る。


「そうだな、自分でも冷静に考えるとドン引く人脈だわ」


「アリスさん、八百万のコヨミ、白蛇使いのイリス、それにアンタも頭領なんだろう?」


「いかにも。とはいえ関東ではまだ名を残していないがな」


 ロッセルが指折り数えて頭領の名を上げていき、最後にイクチの口の中から這い出てきた男へ顔を向ける。男は顔にかけたサングラス型ユニーク忍具「フォーチュングラス」をクイと指で押し上げつつロッセルの質問に答えた。

 イリスに続き、もう一人のサプライズゲストがコイツだ。我が腐れ縁の友であるシュガーミッドナイトだ。


「頭領を四人動員できるってどれだけ凄いことか分かっているのか?」


「分かる分かる。普通に雇ったらめっちゃ金かかりそう」


「そういう問題じゃない! それ以前に連絡を取って依頼を聞いてもらうこと自体が大変なんだ」


 かぶりを振って否定するロッセルはだいぶテンションが高い。最初に手合わせした時とかは比較的クール系な男かと思っていたんだけれど、意外と俗っぽいところもあるようだ。


「そんな頭領がたくさん参戦したくらいでテンション上がるなよ。ミーハーさんか?」


「……ぐっ、まさか中忍頭にたしなめられるとは」


 俺の言葉で我に返ったらしい、ぐぬぬといった表情を浮かべつつロッセルは自戒するように声を潜めて呟いた。

 それを見て安心したような顔をしたのはカザキだ。


「それくらいにしてくださいよ。頭領が二人付いているとはいえ、ここはもう敵の陣地なのです。気を引き締めていきましょう」


 そう言ったカザキは背負っていたカバンを降ろすと、中から丸い球体を取り出す。掌サイズの金属球はツルリとした表面を持ち、パッと見ではただの鉄球にしか見えない。


「それは?」


「これは索敵用忍具「微振動探知球バイブソナーボール」と言いまして、『索敵開始』と唱えることで全方位への索敵を行えるのです」


 ほうほう、なかなか便利な忍具だ。

 攻撃部隊のメンバーは俺、エイプリル、カザキ、タカノメ、ロッセル、イリス、シュガーの七人だ。本来はアリスも攻撃部隊に入っていたのだけれど、イリスとシュガーの参戦にともない、パット率いる遊撃部隊に移動してもらった。


 さて、この七人のメンバーの中で索敵能力が高いのは誰だろうか。順当に考えればイリスもしくはシュガーといったところだろう。あとは上忍頭のロッセルも捨てがたい。シャドウハウンドに所属するエイプリルという線もある。


 しかし、答えはタカノメだ。まさかの結果だった。

 タカノメは忍者としてのランクは決して高くはない。というか未だに下忍だった。初めて聞いた時は耳を疑った。なんでも、それまでのログイン頻度が非常に低かったために彼女は下忍のままだったらしいのだ。

 しかし、それでも彼女の索敵能力はずば抜けていた。それまで他のゲームで培ってきた能力やVR適正による補正もあるのかもしれない。あと、上位陣の忍者たちが脳筋ばかりなのも多少関係あるけれど……。

 それはさておき、敵陣に乗り込んだ後の索敵役としてタカノメは抜擢された。


 だが、彼女の索敵には難点があった。というか索敵範囲に適正距離があったのだ。その距離およそ800メートルから3000メートルの範囲内、スナイパーライフルで覗くような距離間だ。そして、その範囲内でこそ最高のパフォーマンスが発揮される。

 逆に言うと、近すぎる敵は索敵漏れする可能性が出てくる。タカノメ自身もそれが弱点であると先に申告していた。


 というわけで我々攻撃部隊には近距離索敵をできる者がいなかった。もちろん、部隊編成の時点でその弱点は浮き彫りになっている。では、どうするのか。そこを補うのがカザキの忍具だ。

 彼の使用した「微振動探知球バイブソナーボール」は本体の振動が音波として周囲に広がり、その反射によって索敵を行う忍具らしい。球体は起動するとふわりと浮かび上がり、カザキの胸の前辺りで止まった。そのまま細かく振動しながら索敵を開始する。


「では、行動開始しましょう」


「エイプリル、タカノメをよろしくな」


「任せて! それじゃあ、行きましょう」


 エイプリルの声に対してハンドサインで「了解」を返したタカノメ。二人は俺たちとは離れ、別の場所へ向かって行く。彼女たちは遠距離索敵専門の別動隊だ。

 タカノメの索敵は高いところから見渡すことで真価を発揮する。そして、万が一敵に見つかってしまった場合、エイプリルの『影呑み』で離脱することにより再び別の場所から索敵をすることができる。

 というわけで、彼女ら二人は索敵に適した高所へと向かうのだった。



 タカノメの遠距離索敵が機能するまで敵の位置は近い距離までしか把握できない。いつの間にか全方位囲まれてしまっていた、ということがないよう慎重に歩を進める。

 攻撃部隊のフォーメーションはイリスが先頭に立ち、その後ろをカザキが進む。さらに俺とシュガーが続き、殿しんがりをロッセルが務める。

 正直、この布陣に俺って必要ある? と思わなくもないけれど、カザキに言わせれば相手を自由に操れる『支配術』は進攻作戦において非常に有効なのだという。言われてみれば、たしかに逆嶋の時みたくセキュリティを突破するのに使えたりするかもしれない。


「タイド隊長より連絡ですねぇ」


「諜報部隊からか」


「やはり三神インダストリの忍者に成り代わる形でツールボックスの忍者が紛れ込んでいたようです」


「よっし、予想的中だな」


「相手側の布陣が更新されました。確認しつつ進みましょう」


 カザキより電子巻物を手渡される。そこには三神貿易港の周辺マップが映し出されていた。そして、敵対組織の各配置場所が確認できたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る