第104話 舞い踊れ巫女神楽

淵見ふちみ 瀬織せおり


 視界が暗転した後、しばらく待つとゲームのタイトルである「降霊巫女様珍道中」というロゴが現れる。それからロゴの下部に「はじめから」「つづきから」「設定」などゲーム全般でお馴染みのタイトル画面が表示された。


「今回は淵見くんもいるし、はじめからで開始するねー」


 神楽の声が耳元で囁かれる。ローカル接続中はゲームとは関係なしにコードを繋げたヘッドギア同士で個別音声チャットをすることができる。

 小学生の頃に遊んでいた時はこの機能を「ひそひそチャット」と呼んでいた。何故かというと、指定した相手の耳元でひそひそと内緒話をするかのように音声が聞こえるからだ。

 昔は対戦ゲームでこっそりと共闘したりといった共謀に使われていたけれど、この歳でなおかつ異性から使われると心臓に悪い。気付けば俺の心臓は早鐘を打ち鳴らしていた。


「おーい、聞こえてるー?」


「ぁはいっ、聞こえてます! ……えっと、はじめからですよね。それでオッケーです」


 不審そうな声色で神楽が尋ねてきたので慌てて返事をする。俺がわたわたとしているのを聞いて、神楽はクスクスと笑った。


「もしかして、ローカル接続は初めて? 個別チャットって少し耳がくすぐったいよね」


「そ、そうなんですよ。いきなり耳元で声がするから驚いちゃって」


 どうやら神楽はひそひそチャットがこそばゆくて俺が驚いたと勘違いしたみたいだ。俺も異性の声が耳元で聞こえてドギマギしてしまったとも答えられないので神楽の勘違いに合わせて誤魔化した。特にそれ以上神楽は突っ込んで話を聞いてきたりもしなかったので一安心する。


「それじゃあ、スタート!」


 続いてゲームを開始する神楽の声が聞こえて、ほどなくしてゲームが始まった。

 視界に広がる風景は赤い鳥居と和風建築。どこからどう見ても神社だ。そんな神社の境内に俺は立っていた。


「やぁやぁ、どうだい」


「神楽先輩……?」


 俺が振り返ると、そこには巫女服に身を包んだ青い髪の女性が立っていた。おそらくゲームの主人公がこの女性アバターなのだろう。


「あたしの操作するキャラクターは主人公のルミナ。それで淵見くんの方はいつもルミナに振り回される陰陽師の暗沈くん」


 どうやら俺の操るキャラは暗沈というらしい。服装も陰陽師らしく袖がダボっとしていて、腰の辺りには前掛けが垂れ下がっている。

 多分、ゲームじゃなければ動きにくくて仕方ないんだろうな。しかし、そこはゲームのご都合主義が発揮され、行動を阻害することはないように設定されているみたいだ。少し境内の中で飛んだり跳ねたりして体の動作を確認する。特に問題は無い。


 最近はもっぱら忍者になっていたおかげで、それに比べると身体が重いけれど、それでも現実における俺自身の身体能力よりは断然良い。なんなら現実ではできないバク転だって連続して出来てしまう。この辺はアクションアシスト機能が付いているおかげだ。


「そういえば、チュートリアルとか無いんですか?」


 一通り身体を動かしてから、そういえばチュートリアルが無かったなと気付いて、神楽に質問する。


「いや、あるよ。でも、私が一緒にいるから遊びながら教えた方が早いかなと思って」


「そういうことですか。それじゃあ、先輩、ご教授よろしくお願いします」


「うむうむ、あたしにはからえー」


 なんかドヤ顔で言っているけれど、それは多分意味間違ってると思うんだよなぁ。しかし、デキる後輩の俺は気持ちよくドヤ顔を晒している先輩に水を差すような真似はしないのだ。

 そんなことを思っていると、視界いっぱいに筆書きの書体で「第一波」という文字が浮かび上がった。なんだ、これはと思っていると神楽が解説するように話しかけてくる。


「そもそもこのゲームがどういうジャンルに分類されるかっていうと、拠点防衛ゲームなんだよね」


「ほうほう、拠点防衛ですか」


 あまり遊んだことのないジャンルだ。シミュレーションゲームに近い感じだろうか。というか、さっきの第一波という言葉から察するにゲームはもう始まってますよね?


「あたしたちは神社に奉られている神玉を守るために派遣された降霊巫女と陰陽師。悪霊や妖怪たちが夜な夜な神玉を壊そうと襲い掛かってくるから撃退しよう、っていう話だね」


「シンプルで分かりやすいストーリーですね」


 でも、その説明の最中も徐々に境内の周りから不穏な気配が近寄っているのを感じていた。おどろおどろしい叫び声や何かを引っ掻くような音も聞こえてくる。ホラー感が強い。特にVRゲームだと臨場感もあって割と普通に怖いのだ。


「それじゃあ、まずは基本の動きを教えるね」


 そんな中でも神楽は平常運転だった。これからチュートリアルを素っ飛ばした分、説明をしてくれるようだ。

 言うが早いか神楽扮するルミナは腰にぶら下げた札を手に取る。そして、投擲するようにサイドスローで札を投げた。


「滅!」


 投擲直後に神楽が唱えた言葉に応じて札は紫色の炎を燃え上がらせながら飛んでいった。そして、飛んでいった先には神社の壁をよじ登ってきた悪霊の姿があった。燃え盛る札が吸い込まれるように悪霊へとぶち当たる。直後に甲高い叫び声をあげて悪霊が消滅していく。


 なるほど、今のが基本の攻撃方法らしい。札を投げて滅と言う、よし覚えたぞ。

 俺も見よう見まねで腰から札を取って神社に入り込もうとする悪霊へと投げてみる。ヒラヒラとした札だから投げるのにコツが要るのかと思ったけれど、投げてみると手裏剣のように癖なく真っ直ぐに飛んでくれた。それから忘れず「滅」と唱える。うんうん、上手く悪霊が消滅した。


「次はこれね、退魔砲台!」


 神楽は札を地面に置いて新たな言葉を発する。すると、札を置いた場所に紫色の球体が浮かび上がった。球体は悪霊が近づいてくると標的へ向かって自動的に火の玉のような攻撃を繰り出し始めた。つまり、固定砲台としての役割を果たすわけだ。

 なるほど、悪霊は全方位から侵攻してくるから操作しているキャラクターだけだと中央に鎮座する神玉を守れない。だから、自動的に攻撃してくれる退魔砲台を上手く駆使する必要があるんだな。


 悪霊に向けて頑張って攻撃している退魔砲台を見守っていると、しだいに悪霊が退魔砲台に近付き始めた。

 操作キャラクターが投擲した札による攻撃と比べて、退魔砲台の攻撃は威力が低く設定されているらしい。しだいに悪霊との距離が詰まっていた。そして、悪霊の手が退魔砲台に触れるとバチバチと火花が散る。直後に退魔砲台の下に体力ゲージが現れた。そして、悪霊の手が触れる度にガリガリと削れていく。


「砲台がやられそうな時はこういう手があるよ。守護結界!」


 神楽は砲台の周囲に札を三つ置き、さらに空中へと札を一枚投げて唱えた。すると、三つの札から空中に浮かぶ札へ向けて光が伸び、三角錐の形をした結界を形作る。退魔砲台を攻撃していた悪霊は結界が張られると弾かれたように後退した。


「守護結界は一定値までの攻撃を吸収してくれるの。ただし、結界の面積を広げるほど吸収できるダメージ量が減っちゃうから気を付けてね」


「分かりました!」


 どうやらそういうことらしい。試しに守るべき神玉が鎮座する神社全体を囲むように札を置いて守護結界を張ってみたら、悪霊の攻撃一発で割れてしまった。


「それから守護結界は同時に一枚しか張れない制限と破壊された後にクールタイムが入るから、考えて使わないとダメよ」


 使いどころを間違えると、いざって時に使えなくて困るわけだな。そうなると守護結界の使い時はよく考えないといけないな。

 それから退魔砲台は一人につき三基設置できるようなので、基本は二人の操作キャラクターと六基の退魔砲台で神社を防衛していく形になるようだ。




 初めて触れるゲームは新鮮で良い。時間を忘れて遊んでしまう。

 そんな中で神楽の動きには目を見張った。もちろん、彼女は俺と比べてずっと多くの時間をこのゲームに費やしているだろうから、当然ではあるのだけれど彼女の動きにはまるで無駄が無かった。

 とはいえ、ただ無駄のない動きをしているだけなら、そこまで驚いたりしない。ただ、彼女の動きは美しかった。まるで舞いを踊るかのようにステップを踏み、札を投げる。所作の一つ一つが舞いの流れに組み込まれているかのようであった。

 悪霊が現れては札により祓われる。その一連の流れすらも舞いの演目における予定調和であるかのようだった。


 この時ほど目を奪われたという表現がしっくりくることもないだろうと俺には思えた。

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