第105話 武器の真価は使いよう

淵見ふちみ 瀬織せおり


 神楽が舞いに合わせて悪霊を祓っていく中、俺の方も負けじと札を投擲していた。

 そうしている内に悪霊たちの第一波は退け終わった。しかし、その後も第二第三と侵攻は続いていく。


「ちなみにいつまで続くんですか?」


「第一ステージは第五波が最後だよ」


「分かりました」


 その会話の後、第三波の悪霊も全て退け終えた。

 それにしても投擲後に「滅」と唱えるワンアクションが挟まるのがどうにもまどろっこしい。大量の悪霊が一度に押し寄せると早口言葉でも言ってるかのように「滅」の言葉を連続して唱える必要があり、余計に疲れるのだ。


 投擲した札は悪霊を貫通して飛んでいくので、上手い人は悪霊が一直線に並んだ時を見定めて投擲するのだろう。そうすれば唱える回数も少なく済むし、無駄に札も消費しない。しかし、初心者にできるのはせいぜい二体の悪霊が並んだ所を一度に倒すのが関の山だ。


「滅っ」


 ちょうど目の前で神楽が五体の悪霊を一度の投擲で倒す場面を目撃した。ああやって連鎖するように倒せると楽しいんだろうな。


「……あれ? 先に唱えてから投げるのも有りなのか」


 神楽の美しい連鎖悪霊祓いを見ていて気が付いた。神楽は時折「滅」と先に唱えてから燃え上がる札を持った状態でしばらく保持していたのだ。そして、タイミングを見計らい最高のポイントに放つ。今度は六体の悪霊が一度に祓われていた。

 俺の呟いた言葉に目ざとく反応した神楽は目の前で再び札を持って「滅」と唱える。


「小技の一つだよ。ただし、持っていられるのは三秒までだけどね」


 そうして、投げずに持ったままでいると札は灰となって崩れていった。なるほど、この三秒という短い時間で最大の集中力を発揮して投擲タイミングを見極めるのか。

 それから見よう見まねで投擲を続ける。二連鎖、三連鎖、二連鎖、二連鎖。うん、やっぱり難しいな、全然ダメだ。たまに運よく三体倒せるけれど、基本は二体同時が今の俺の限界だ。神楽とは熟練度が違い過ぎる。


 そんなこんなで第四波も終わり、いよいよ第一ステージのラスト第五波だ。しかし、未だに俺はしっくりとくる投擲ができていなかった。

 そもそも、今まで遊んできたゲーム遍歴を考えると、俺は弾丸をバラ撒く派だ。一発一発の弾丸を大事に扱うスナイパーライフルなどは性に合わない。とにかくマシンガンで弾幕を張って数撃ちゃ当たるな勝負スタイルなのだ。

 そんな性格だからエイムも大雑把でヘッドショットよりもとにかく面積の広い胴体を狙ってダメージを稼ぐ傾向にある。


 札を手に持ってうなる。なんとか自分の得意なフィールドに持ち込めないものか。

 それからしばらくしてピンと閃いた。とはいえ、それが可能かどうか分からない。まずは試してみよう。



 第一ステージの最後、第五波が始まる。最後と言うこともあって四方八方からまさに波のように悪霊が押し寄せてくる。

 こんなん点の攻撃じゃまるで手数が足りない。面だよ、面攻撃すべきだよ! ええい、爆弾は無いのか!


 俺が若干のパニックを起こす中、神楽の行動は早かった。前方から侵攻してくる悪霊に対して、フロントの防衛は退魔砲台に任せ、自身は悪霊たちを横から眺める地点に位置取る。それから守護結界を前線に張り、そこで悪霊の侵攻を停滞させる。そして、最大限に密集した所に札を投擲した。

 たった一枚の札が悪霊たちを薙ぎ払う。今日見た中で最高スコアだ。おそらく三十以上の悪霊が一度に祓われたことだろう。おそらくはこれが大量の悪霊を倒す上での定石なのだ。たしかに理にかなっている。結界で足止めして溜まった所を一掃とは、これほど気持ちのいい倒し方も無いだろう。


 しかし、神楽が一掃した後も悪霊の侵攻は緩まない。それどころかより一層苛烈に攻め立てて来た。最初は前方からだけだった大侵攻が後方からも始まっている。


「淵見くん、後ろはあたしが倒すから、前は任せていい?」


「オッケーです。任せてくださいよ」


「うん、よろしく」


 そう言うと神楽は神社の後ろへと駆けていった。神楽としては大量の悪霊を倒す方法もレクチャーしたということでこの場を俺に任せたのだろう。

 しかし、まずは自身の閃きを試したい。これで全然上手くいかなくて防衛失敗なんてなったら恥ずかしいことこの上ないのだけれど、好奇心には勝てなかった。


「もうちょっと早い段階で気付ければ試す場面もあったんだけどなぁ」


 愚痴を言いつつ、札を用意する。ぶっつけ本番も上等だ。ダメだったらすぐに神楽が手本で見せてくれた方法を実行すれば良いだけだ。


 俺は両手に札を持つと体の前で構えた。その構えは札を投擲するための構えというようりは「‐NINJA‐になろうVR」で遊んだ時のようなクナイを構える動作に近い。いざとなれば投擲もできるけれど、それ単体を使った近接格闘もできるような構えだ。


「滅」


 十分に悪霊を引き付けてからお決まりの文言を唱える。すると両手に持った札が同時に燃え盛った。しかし、投擲はせずに指で挟んだ状態のままおもむろに近付いてきた悪霊を斬り付ける。


「ギャァァアアア」


 悪霊は耳をつんざくような悲鳴をあげて消滅した。実験成功だ。つまり、呪文を唱えて燃え上がった札自体にダメージ判定があるだけで必ずしも投擲する必要はないのだ。

 そうと分かればあとは無心に身体を動かすだけだ。地面を蹴って駆け出す。俺は悪霊たちを両手に持った札で斬り付けながら境内を疾駆した。


 手で持っていられる時間はわずか三秒と短い。しかし、襲い来る悪霊を迎撃するために両腕を振るうのに三秒は十分な時間だ。そして、リミットが過ぎる直前に適当な方向へ投擲する。投げた先は確認しない。それよりも次の武器を用意する方が大事だからだ。

 そうして、札で斬り付けては投げ捨てるを繰り返して悪霊たちを殲滅していったのだった。





 気付けば悪霊たちは全て居なくなっていた。無心で攻撃を繰り返していた。しかし、俺の閃きは無事にいい方向へ働いたようだ。

 そもそも俺は前提条件を間違えていた。最初に札を投擲する様子を見て、シューティングゲームと思い込んでしまったけれど、このゲームはあくまで拠点防衛ゲームだ。防衛の方法に指定があるわけじゃない。札を武器として使い、近接格闘で殲滅したって良かったのだ。

 それと直近で「‐NINJA‐になろうVR」を遊んでいたのも良かった。札を武器として見立てた時に使用感がクナイと似ているのだ。両者ともに近接武器としても投擲武器としても使用可能なマルチウェポンなのである。うん、良い武器だ。


「お疲れ様~。なんとかなった?」


 俺が札という武器への認識を改め再評価していると、神楽が声を掛けてきた。倒し終えたタイミングでちょうど良く声を掛けてきたということは、もしかして俺の戦闘も見られていたのだろうか。


「はい、先輩の手本のおかげで」


「えー、あたしは札持って殴りつける倒し方なんて教えてないよー?」


 ジトーっとした目つきで俺を睨む神楽はアバターであるルミナのアニメチックな顔も相まって可愛らしく拗ねているようにしか見えなかった。とはいえ、俺もテキトーなことを言ってしまった自覚はある。


「すみません、どうしても気になっちゃって」


「あははっ、好奇心旺盛なんだね。でも、このゲームで近接格闘しようなんてよく思ったね」


「最近、忍者になってたからそっちに引っ張られ過ぎたのかもしれないです」


「あぁ、そっか。既視感があると思ったら、クナイみたいに使ってたんだ。たしかにさっきテーブルに並べた「‐NINJA‐になろうVR」も遊んだことあるって言ってたもんね」


「そうですね」


「それじゃあ、今度遊ぶときはそっちも一緒に遊ぼうか」


 神楽はキラキラとした笑顔を振りまきながら提案してきた。それはもちろん魅力的な提案だ。しかし、俺は即答できず、しばらく考えてから慎重に尋ねる。


「えっと、サーバーは関東ですかね?」


 どこのサーバーで遊んでいるのかを知らなければ気軽に良いですねとは答えられない。この時、俺の脳裏には佐藤ことシュガーミッドナイトのことが頭に浮かんでいた。

 「‐NINJA‐になろうVR」ではプレイしているサーバーが違うと特殊な手続きを踏んでサーバー移動しなければならない。そして、俺はいつだか佐藤がポロリと零した言葉を忘れられないでいるのだ。


———サーバー移動する時って持ち金とユニーク忍具を全部手放す必要があるんだぜ。


 俺がそれを聞いたのは桃源コーポ都市の一件も終わり、これからしばらくは皆忙しくなるから時間を合わせてログインできなくなるな、などと話をしていた時だった。

 シュガーは「しばらくはソロで金策とユニーク忍具回収でもするかな」と言っていた。それに対して俺は気軽な調子で笑っていた。以前聞いた致死ダメージを肩代わりしてくれる忍具などが高額なため、相変わらず金欠なのかと思っていたからだ。

 しかし、その直後に「関西サーバーのままなら金の心配は要らなかったんだけどな」と愚痴っており、俺は思わず「どうして?」と聞き返した。その返答が先に零した言葉だ。


 正確にはユニーク忍具は所持したままサーバー移動ができず、質屋のような場所に入れる必要があり、金はサーバー移動の費用で莫大な金額を必要とするため吹き飛んだそうだ。だが、いずれにせよ、サーバー移動というものを軽く見ていた俺には衝撃的だった。

 当人のシュガーは強くてニューゲームしてるようなもんよ、と笑っていたが、なかなか簡単に踏み切れることではないだろう。一応、再び金を貯めれば質屋に入れたユニーク忍具を買い戻すこともできるらしいけれど、ユニークという名を冠するくらいだ。買い戻すのにも莫大な費用が掛かるだろう。


 そんなわけだから、神楽とサーバーが違う場合は今回こそは諦めるしかない。そういう考えからの質問だった。しかし、どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。


「うん、関東サーバーだよ」


「そうなんですね」


 神楽のあっけらかんとした物言いに心底脱力し、気が抜けた。良かった。それならサーバー移動無しで一緒に遊べる。それなら返事は当然オッケーだ。


「それじゃあ、一緒に遊びましょう」


「よーし、決まりね。じゃあ、ちゃっちゃとボスも倒しちゃおっか」


 神楽はそう言って、神社に鎮座する神玉へと近付いていく。すると、突如BGMが変わり、激しいロック調の音楽が流れ始めた。そして、鳥居の方向から鋭い殺気が飛んでくる。

 果たしてそこには大きな一歩足を持った傘が立っていた。


「えっ……?」


「第一ステージのボス、唐傘お化けだよ」


 まだ、終わりじゃなかったんかい。第一ステージは終わったものとばかり思っていた俺はすっかり気を抜いてしまっていた。

 どうやら俺の珍道中はまだもう少し続くようだった。

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