第106話 唐傘お化けと必殺技
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降霊巫女様珍道中の第一ステージボスは巨大な唐傘お化けだった。
全長は三メートル近くあろうか。傘の外側についている大きな一つ目が俺たちを覗き込むように見つめてくる。そして、一本足を器用に使ってピョンピョンと跳ねだした。
デフォルメされた唐傘お化けは本来の妖怪が持っている怖さみたいなものは軽減されており、見方によっては可愛いと言っても良いフォルムをしている。
だからだろう、跳ね回る唐傘お化けを俺は呑気に眺めてしまっていた。すぐ近くに唐傘お化けが着地しようとする。
「淵見くん、避けて!」
神楽の鋭い忠告が飛ぶ。しかし、その言葉が俺の耳に伝わり、脳が正確に把握するまで一テンポのズレがあった。
その僅かな時間が命取りだった。唐傘お化けが地面に着地した瞬間、その足元から猛烈な勢いで衝撃波が発生したのだ。
「うわぁ!」
見えない壁に押されたかのように吹き飛ばされた俺は、グルグルと後ろ回りに回転しながら地面を転がった。
すぐに起き上がって唐傘お化けの方を見ると、再び飛び跳ね始めるところだった。今度は神楽を狙っているようで執拗に追いかけている。それに対して神楽は上手く距離を取るように回避行動を取っていた。
「そろそろ標的が淵見くんに変わるから、避ける準備しておいてね」
余裕綽々で逃げつつ、さらには俺へのアドバイスまで飛ばしてくる。さすがに好きなゲームと公言していただけあり、攻略はお手の物のようだ。
それから神楽が言った通り、唐傘お化けのヘイトが移り、標的とされた俺は逃げ惑った。どうやら、最後のボスだけは神社に鎮座する神玉を狙うのではなく、俺たちプレイヤーを狙うようだ。あれ、拠点防衛ゲームじゃなかったっけ?
それから何度か札を投擲して攻撃もしてみたけれど、ダメージが入っていないようだった。疑問に思い、神楽へ質問する。
「このボス、攻撃効いてなくないですか?」
思えば神楽もボスが登場してからは回避に専念しており、攻撃をしていない。
「そうだね、第一ステージの唐傘お化けは通常時は無敵なんだ。だから回避して疲れるのを待ってるの」
なるほど、基本的に無敵でどこかのタイミングで攻撃できるチャンスが訪れるのか。それが分かってしまえば、後は回避に専念するだけだ。
それからすぐに、唐傘お化けは境内の真ん中に降り立ち、疲れ果てたかのように傘の外側に大きな口が現れ、荒い息を吐きながら舌を垂らした。
「今がチャンスだよ。だけど、ここで追加のチュートリアル!」
神楽が唐傘お化けを指差して話しかけてくる。というか、まだチュートリアルで教えること残っていたのか。言うが早いか神楽は腕に装着していた数珠を取り外し、頭上にかかげて叫んだ
「いくよ、必殺技! 降霊分身・
宣言と共にかかげていた数珠が弾け飛び、その珠が光を放つ。そして、光が収束すると、先ほど神楽が立っていた場所に四人の神楽が立っていた。
「分身した?!」
「驚いたでしょ。これがルミナの専用必殺技なんだよ。あたしが四人に増えれば、攻撃も単純に四倍!」
そう言って腰に下げた札を取り、絶賛疲労困憊中の唐傘お化けへ向けて投擲する。分身も寸分違わず同じように札を投擲した。すなわち、神楽の言うように四倍のダメージ効率である。
「食らえ食らえー! 滅、滅、めーつ!」
神楽ははしゃぐ子供のように札を乱舞させる。そして、集中砲火を受ける唐傘お化けは全身を紫色の炎で包まれ、叫び声を上げていた。視界の上部に表示されている唐傘お化けの体力を示すゲージがゴリゴリと削れていく。これは凄いな必殺技の名に恥じない威力だ。
しばらくそれを眺めていると、体力が半分を切ったところで唐傘お化けの無敵状態が復活した。
「さあ、今度は回避に集中だよ」
神楽はそれ逃げろと言わんばかりに唐傘お化けから距離を取る。
神楽は前半で唐傘お化けの攻撃をノーダメージで切り抜けていたはずだ。だったら、そんなに距離を取らなくても良いんじゃないか、と思うくらい離れた位置まで退避していた。
疑問を覚えつつ、とはいえ相手の攻撃は前半で覚えたから大丈夫だろう、と俺は思った。直後にそう思った自分を殴りたい衝動に駆られた。
「さっきと攻撃パターンが全然違うじゃないですかー!」
「ごめーん、初見のリアクションは大事かと思ってー」
さっきまで飛び跳ねながらスタンピング&衝撃波で攻撃してきた唐傘お化けはどこにもいない。今度は身体を高速で回転させて、その状態のままこちらへと突進してきたのだ。
咄嗟の判断でダイビング回避を敢行する。さっきまで俺が立っていた位置を高速回転しながら通り過ぎていく傘。地面にうつ伏せになりながら風圧を背中に感じた。
「なんかあの傘、ブィーンって音鳴ってますけど! チェーンソーみたいなブィーンって音鳴ってるんですけど?!」
「当たり所が悪いと連続ダメージ受けて一撃で死ぬから気を付けてね★」
一撃死という言葉を聞いて、背筋を冷たい汗が流れる。今の神楽の言葉からは確実に悪い笑みを感じた。絶対に心の中で悪い笑顔浮かべてるよ、この人。こんちくしょう、こうなったら無傷で避けまくって驚かせてやる。
奮起した俺は唐傘お化けから目を離さずに集中する。
唐傘お化け第二段階の移動速度はプレイヤーキャラとは比べ物にならないくらい早い。その代わり、攻撃は単純な直線移動のため、ある程度距離を取って冷静に立ち回れば回避できる。
焦るな、攻撃する必要は無いんだ。避けるだけでいいんだ。全ての集中力を回避に注ぎ込め。
高速回転しながら突進してくる傘を回避する。別にこのゲームでは動体視力に補正が掛かっている訳じゃない。しかし、これまでも様々なゲームに触れてきたのだ。その中には咄嗟の判断で回避し続ける必要のあるアクションゲームだってあった。それと比べれば、この程度どうということは無い。
というか、直線で高速に動く敵というとライギュウを思い出すな。あれと比べれば唐傘お化けなんぞ怖くもなんともないわ。
そんな過去の回想を挟みつつ、唐傘お化けの攻撃を順調に回避していく。それをしばらく続けていると、立ち止まった唐傘お化けの目玉があちらこちらをフラフラと眺めて視点が定まっていない様子が見えた。
来たか、これが攻撃のチャンスだな。全ての攻撃を初見で回避してやったわ、と思いながら神楽へと振り返る。
「すごいじゃない。初見ノーダメ、やったね!」
「……あ、はい。やりました」
そこには満点の笑顔を輝かせる神楽が親指を立てた手をこちらに向けていた。その笑顔は純粋に俺を称賛する表情に溢れており、俺は思わず毒気を抜かれてしまった。
汚れていたのは俺の方だったんだ。初見のボスで慌てふためく様を笑おうだなんて神楽は微塵も思っていなかった。佐藤とのゲーム中の煽り合いに慣れ切った俺こそが真に汚れた心の持ち主だったのである。神楽の笑顔が眩しい。
俺が眩しさに顔を背けると唐傘お化けと目が合った。視点の定まらないフラフラとした身体を奮い立たせて、最後に一花咲かせようという心意気を感じさせる力強い瞳だった。それから再び高速回転したかと思うと、おもむろに俺へと突進してきた。
「まだ、攻撃してくるんかーい!」
突然の攻撃だったけれど、ギリギリのところで視線を唐傘お化けに向けていたおかげで回避の初動が遅れずに済んだ。大きくダイビングしながら横へ回避。これで避けられるはずだ。
「ちなみに、最後の一撃だけは
無慈悲な神楽の言葉が後方で聞こえる。やられた。終わったと見せかけてのコレだ。回避行動取った後のアドバイスは意味が無いんだよぉ!
そして、神楽の言葉の通り、今まで直線でしか突進してこなかった唐傘お化けは最後に来て、プレイヤーをホーミングするような緩いカーブを描いて攻撃してきた。
完全に直撃コースだ。俺は最初のスタンピングでもダメージを負っている。果たして生き残れるだろうか。えぇい、あとはなるようにしかならん。南無三。俺は続く衝撃を覚悟して目をつむった。
「守護結界!」
しかし、俺は唐傘お化けの攻撃を受けることは無かった。俺の身体をギリギリで守る小さな守護結界が構築され、唐傘お化けの攻撃を凌ぎ切っていたのである。
おそらく瞬時に札を四枚同時に投擲して結界を作り出したのだろう。そして、攻撃を防がれた唐傘お化けは今度こそ本当に目を回して行動停止した。
「助かった……?」
「あははー、あたしもちょっと意地悪しちゃったからね、そのお詫びだよ」
神楽はお
まぁ、初見の楽しみを殺さないようにという配慮を考えれば、こうもなるか。結果的には助けてくれた訳だし、目くじらを立てるほどではないだろう。
「さて、次は暗沈くんの必殺技を使おっか」
「あぁ、そういえばルミナの必殺技は分身でしたけど、こっちにもあるんですね」
「そりゃあ、あるよ。暗沈くんは耳のピアスに大きな珠が付いてるでしょう」
言われて気付いたけれど、俺の操作キャラは耳にピアスをしていた。鏡が無いから操作キャラの外見が分からないんだよな。タイトル画面にはルミナと悪霊の姿しか映ってなかったし。
そんなことを思いながら片耳からピアスを外す。思った以上に大きな珠を付けていた。ピンポン玉くらいの大きさがありそうだ。同じく反対側の耳からもピアスを外してみると、それぞれが黄色と緑色に分かれた珠になっていた。
「それをかかげて風雷鬼神召喚と叫ぶのよ」
「な、なるほど……」
ちょっと恥ずかしさが勝りそうになったけれど、俺は照れを押し殺して二つの珠を頭上にかかげた。それから指定された呪文を唱える。
「風雷鬼神召喚」
すると珠が輝き出し、周囲が光に包まれる。
すぐに光が収まると俺の両脇にガタイの良い裸のキャラクターが二体立っていた。いずれもボロ切れのような布で局部だけ隠して、それ以外は全裸だ。しかし、それでも問題は無い。そもそも彼らは人ですらなかったのだから。
唱えた呪文の通り、両者とも頭に角を生やした鬼だった。それも片方は背中に輪となるように太鼓を並べ、もう片方は真っ白な袋を担いでいる。つまり、風神雷神図屛風にある風神と雷神そのものだったのである。
俺が何か命令を下すまでもなく、二体の鬼は嵐を起こし、雷を落とした。対象はもちろん、目を回しぐったりとしている唐傘お化けである。
なんというか、そこからは悲惨の一言だった。嵐によって吹き飛ばされた唐傘お化けは神社の塀に叩きつけられ、その直後に落雷をその身に受ける。
見る見る内に体力ゲージが削れていき、そのまま唐傘お化けは消滅してしまった。それを見届けると二体の鬼も消滅し、その場に二つの珠だけが残ったのだった。珠のくすんだ色合いを見るに、再び使えるようになるまでにはチャージか何かが必要だったりするのだろう。
「はい、お疲れ様ー。今度こそ第一ステージ終了だよ。どうだった?」
「いや、なんというか。拠点防衛からアクションに切り替わるのは斬新でしたね」
「あはは、そうだよね。あたしも最初に遊んだ時は驚いちゃった」
第一ステージを無事にクリアしたので、ひとまずデータを保存してゲームを終了する。
俺はヘッドギアを取り外すと膝の上に置き、一息つく。なかなか良いゲームだった。序盤のステージから歯応えがあったので第二ステージ以降の難易度も気になるところだ。それと攻撃方法の自由度が高かったのも俺的に高得点だ。
「ふー、楽しかったね」
俺がゲームの余韻に浸っていると、すぐ隣から神楽の声が囁くように聞こえてきた。俺は反射的に立ち上がり、ソファから距離を取る。そうだった、二人掛けのソファに二人で座っていたのだ。不意打ち過ぎて驚いてしまった。
「どうしたの、ゲームの時より驚いてない?」
そりゃ、驚くだろうよ。今更かもしれないけど、神楽は無自覚
「いやぁ、隣にいるの忘れてて驚いちゃいました。……あ、そろそろ良い時間ですね」
「もう帰っちゃうの?」
「明日以降の準備もあるんで。でも、電脳ゲーム研究会は楽しめそうだったから、また来ますよ」
「ホント? 明日はサークル室にいるから、もし良かったら来てね。もしくは、チラシに書いてあるメールアドレスに連絡頂戴」
そう言えばサークル勧誘のチラシを貰った気がする。俺は新入生勧誘のチラシの束の中から電脳ゲーム研究会のチラシを引っ張り出す。そこには会長のメールアドレスが記されていた。ここに連絡をすればサークルの活動場所に間違いなく行けるというわけだ。
俺はチラシの内容を確認した後、サークル室を後にした。大学生活一日目にして随分と濃い時間だったな。とはいえ、まだ初日だ。明日以降も様々な手続きが待っている。ゲームばかりにかまけてもいられない。
こうして俺は帰路についたのだった。
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