第107話 ドキッ! 忍者だらけの水着回!!
▼セオリー
入学式やサークル見学も無事に終わり、自宅へ帰ってきた俺は明日の準備や夕飯を済ませた後、「‐NINJA‐になろうVR」の世界へと戻って来ていた。
俺が目を覚ました場所は関東地方の南側に広がる甲刃工場地帯、その中でも南の海に面した海岸線に連なるホテルの一室だ。
ここら一帯の海岸線は甲刃連合が支配下に置くホテルが多くあり、客人として招かれた者や幹部などが宿泊するのにも使われるそうだ。例に漏れず、俺も暗黒アンダー都市の元締めとして招かれ、ホテルのスイートルームに通された。
「おかえりー」
ベッドの上で目を覚ました俺にエイプリルが声を掛ける。
「ただいま」
俺はベッドの端に腰かけているエイプリルへと挨拶を返した。
エイプリルは俺がログインした後に影の中から現れた。ということは彼女自身も時間凍結の処理をされていたはずだから、俺と別れたのがついさっきのことのように感じているだろう。けれど、俺からすると彼女と会うのは一週間ぶりだ。
「久しぶりだな」
「そうなの? ……わあ、ホントだ。一ヶ月も経ってる! 時間飛ばしてよかったー。一ヶ月も待ってたら干からびちゃうよ」
「だいぶ予定が立て込んでたからなぁ。こっちでも何事も無ければいいけど」
ゲーム内でおよそ一ヶ月、現実世界では一週間もの間、俺はログインすることができていなかった。というのも実家から一人暮らしの家に引っ越したのが一週間前で、そこから本格的な一人暮らしに向けて荷物搬入や足りないものの準備など、ゲームをする気力も湧かなくなるほどに多忙だったのだ。
今日、ひとまず入学式を無事に終えたことで気持ち的にも一段落がついた。もちろん、学業的な意味で忙しくなってくる本番はこれからかもしれないけれど、それを言い出したら一生ゲームを再開できない。そういう意味でも今日は何が何でもログインしようと決めていた。
「でも良かった。エイプリルと話してたら戻ってきたんだって実感が湧いてきたよ。なんというか、安心感っていうのかな」
「んふふー、私のことが恋しかったんでしょう」
「実際、一人暮らしを始めて一週間経って分かったけど、家族の大切さみたいなのは感じるよ。家に一人でいると話し相手も居ないし、孤独を感じるんだ」
「それなら、もっと早く会いに来てくれれば良かったのに……。私たちはもう家族なんだから」
「そう言ってもらえると助かるよ。ありがとう、エイプリル」
新天地に飛び込むのは想像以上に体力を使うものだ。そして、本来なら自宅というのは疲労により減った体力を回復させる場所だ。しかし、一人暮らしの我が家はまだ慣れない暮らしということもあって余計に体力を消耗してしまっている。
この一週間、心の休まる場所が無かったと言っても良い気分だったのだ。
「今日はのんびりしたいな……」
俺は疲れからか、ポツリとそんな言葉を零していた。
「だったら、海に行かない?」
俺の零した言葉を聞いて、エイプリルが提案する。
海か……。たしかに、せっかく海が目の前に広がっているのに行かないのは損だ。それにビーチでのんびりするというのも気分転換に最適だろう。
「よし、行くか」
「やったー! そしたら早く、行こ行こ!」
エイプリルが大はしゃぎで腕を引いてくる。どうやら、よほど海に行きたかったようだ。考えてみればエイプリルは幼少期から山奥で忍者修行をしていたのだから海で遊んだ経験も無い。それを思えば、この反応も当然というわけだ。
腕を引かれるままホテルのフロントを抜けて外に出る。ホテルの前から海までは舗装された道路で直通になっており、途中からシームレスに砂浜へと変わっている。
ここら辺一帯の海岸は甲刃連合のプライベートビーチになっており、ホテルに招かれた客人だけが使用できる浜辺だ。周りの目を気にする必要もなく、人混みの煩わしさもない。まさに至れり尽くせりというわけだ。
「あそこで水着も借りられるみたい」
「おー、良いな」
浜辺の入り口近くにはオシャレなオープンテラスのカフェがあり、それと併設するように水着や水上遊具の貸し出しをする施設が建っていた。
更衣室なども中に用意されているようなので、まずはそちらへ寄ることにする。客人専用のプライベートビーチに用意された施設だけあり、水着の種類も豊富だ。
エイプリルは水着を手にすると早速、姿見の前に立ち、あーでもないこーでもないと悩み始める。これはだいぶ時間がかかりそうだ。
俺はというと適当に無難なズボンタイプの海パンを選んだ。周りには他にもピッチリしたブーメランみたいな海パンなんかもあったけれど、さすがにそんな攻めたチョイスは俺にはできない。自分の体にどれだけ自信を持てたら、ああいった海パンをチョイスできるんだろうな。うーん、俺には分からん。
海パンを選んでから、追加で上着として大き目の白シャツと砂浜で使い勝手の良いサンダルを借りて更衣室へ入った。
五分後。
着替えを終えて更衣室を出ると、相変わらずエイプリルは水着を何着も持って悩み続けていた。両手に抱えきれないほどの水着を持ってあたふたするエイプリルは面白かったけれど、これじゃあ埒が明かない。
「決まらないなら俺が選ぶか?」
このままエイプリルに任せていたら日が暮れてしまいそうだ。それなら第三者に選ばせてしまうというのも手だろう。というわけで聞いてみたのだけれど、当の本人は首をブンブンと横に振った。
「良いの、これは私が自分で選ぶ。……女の子はね、この選んでる時間が一番楽しいのよ!」
「そ、そうか。なら俺は先に浜辺へ行ってるよ」
「うん、飛びっきり可愛いのを着ていくから待っててね!」
そう言って、両手いっぱいの水着を持ったまま更衣室へ消えていった。なんなら建物内に居た女性店員を捕まえて、一緒に更衣室へ向かって行った。
これから更衣室ではエイプリルの水着ファッションショーが開催されるのだろう。一体、何十分拘束されるのだろうか。プライベートビーチなだけあって客足自体は少ないことが唯一の救いか。俺は店員さんにご愁傷様ですという念だけ送っておいた。
海だ。目の前に広がる広大な大海原。
現実世界で最後に海へ行ったのはいつだろう。小学生の頃は夏休みになる度、毎日のように海へ繰り出していた。身体中を真っ黒に日焼けして、皮が剥けてヒリヒリするという経験も今や懐かしい。
中学生や高校生になった後は、海へ行っても浜辺や浅瀬を少し歩いたりするくらいで、水着に着替えてすらいなかった。水泳の授業以外で水着に着替えるなど久しぶりだ。
しかし、俺はそんな海を前にして一目散にビーチチェアへ向かった。傍にはパラソルが差してあり、日差しからの直射日光を遮ってくれる。
そうそう、これよ。俺は優雅な大人の楽しみ方をしたいのだ。ビーチチェアに横たわり、海を眺めながらくつろぐ。最高の贅沢じゃないか。
そう思ってビーチチェアに近付いたのだけれど、そこには思わぬ先客がいた。
「おや、セオリーさんじゃないですか。奇遇ですね」
「まさか、アンタと会うとはな……。俺も驚きだ」
「フフッ、ずいぶんな挨拶じゃあないですか。私はお会いできて嬉しいですよ」
ビーチチェアから身体を起こし、サングラスを取り払った顔は間違えようもない。甲刃重工の取締役、カザキだった。しかも、カザキが身に着けているのはサングラスを除けばピッチリしたブーメランタイプの海パンだけである。
うわーお、成人男性が履いてるのを見ると、なかなか複雑な感情が押し寄せてくる。
別に似合っていない訳ではない。思いの外、カザキは身体を鍛えていたようで腹筋も綺麗に割れている。決してブーメランパンツに負けていない、細マッチョ系の肉体美だ。
「どうです、お隣? 空いてますよ」
「……。……あぁ、ありがとう」
今の一瞬の内に色々な葛藤が脳内を駆け巡って行った。しかし、最終的に俺はその提案を受け入れた。断る理由も特にないし、それに俺がログインしていなかった一ヶ月間に何かあったりしなかったかを聞けるかもしれないと思ったからだ。
俺がパラソルを挟んで反対側のビーチチェアに背中を預けると、カザキの方もサングラスを掛け直し、チェアに寝転んだ。
「お飲み物はいかがですか?」
俺たちが寝転んだところを見計らってか、すぐにウェイター然とした男性店員が注文を聞いてくる。カザキはシャンパンを、俺はパイナップルジュースを注文した。
どうやら店員は着替えをした建物の隣に建っているカフェから来たらしい。あのカフェは浜辺の客人にも注文を取りに来てくれるのか。
「本当に至れり尽くせりな場所だな」
「他の幹部たちがここから離れない原因の一つでもありますねぇ」
なるほど、甲刃連合の幹部連中も当然ここを使用できる。一度覚えた贅沢は簡単に手放したくはないものだ。
「それで、セオリーさんは何が聞きたいのですか?」
唐突にカザキは俺へと話を振ってきた。
「まだ何も言ってないぞ」
「隣に座ったでしょう。わざわざ、私からの提案を受け入れたのですから、何か情報を引き出そうとしているとお見受けしましたよ」
「お見通しか」
「もちろん」
伊達に甲刃連合で幹部を務めちゃいないってか。
では、バレているなら仕方ない。潔くカザキから関東サーバーの近況を教えてもらうとしよう。
こうして俺は海を眺める浜辺のパラソルの下、カザキと会話を始めたのだった。
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