第108話 甲刃連合の幹部事情
▼セオリー
「聞きたいことは簡単だ。ここ一ヶ月に起こった事件やこれから起こりそうな事件の予兆を察知していたら教えて欲しい」
「ふぅん……、そんなことですか」
カザキは途端に興味を無くしたように退屈そうな目をして海の方を眺めた。
「なんだ、俺の聞きたいことはお気に召さなかったか?」
「そうですね、てっきりエイプリル嬢との仲を深めるコツを聞きに来たのかと思いましたよ」
「笑えない冗談だな」
「おや、そうですか? こう見えて昔は浮き名を流す程度にはプレイボーイだったんですよ」
「そうかい、そりゃ大層な自慢だ。浜辺でブーメランパンツを履ける心理の一端を覗かせてもらったよ」
「フフッ、むしろセオリーさんは保守的過ぎます。ここは甲刃連合のプライベートビーチですよ。もっと開放的になった方が良い休暇となるでしょう」
「……次に来ることがあれば、考えておくよ」
俺はそこで話を打ち切った。ちょうど良くウェイターが飲み物を持ってきたからだ。二つのグラスがテーブルに置かれ、一礼の後にウェイターは去って行った。
グラスの縁を水滴が零れ落ちていく。見るからにキンキンに冷やされた飲み物を日射しの強い浜辺で飲めば、さぞや身体に染み渡ることだろう。俺はグラスを手に取ると口を付けた。
「これ、美味いな」
パイナップルジュースを口に含み、すぐにその違いを感じ取る。
爽やかな酸味と癖のないすっきりとした甘さ、飲み干した後に感じる清涼感。今まで飲んだことのある果物ジュースの中でダントツに美味い。
これが甲刃連合の幹部を魅了しているのか。思わず俺も永住しようか悩むレベルだ。
「フフッ、新鮮な反応をしてくれますね。どうです、ドリンク一つとっても魅惑的でしょう?」
「ああ、確かに美味いわ。こんな暮らしが約束されるなら、他の幹部から刺客を放たれようともお釣りがくる」
「それは言い過ぎですね。どれだけの
「そういうカザキも甲刃連合の幹部を堪能しているように見えるけど?」
「私は狙われる可能性が低い立場ですからね。甲刃重工は私の手腕が無ければ立ち行かなくなりますよ。それが分かっているから、他の幹部連中は私を狙いません」
なるほど、自分の有能さを盾にしているのか。甲刃連合としても有能な人材であれば、敵対されない限りは有効活用した方が効率が良いわけだ。だからこそ、安全が担保される。
「それに桃源コーポ都市ではここほどの贅沢はできませんからね。彼らからして見れば、甲刃重工の取締役は外れクジにでも見えているのでしょう」
「そのわりに元締めは命を狙われるのって理不尽じゃないか?」
カザキが命を落とせば、他の幹部が桃源コーポ都市で甲刃重工の取締役に就かなければいけない。カザキ自身の有能さにプラスして、彼の就いているポストが魅力的ではないということが命を狙われる可能性を限りなく低くしている、ということらしい。
であれば、俺の暗黒アンダー都市の元締めというポストもそれほど魅力的ではないはずだ。そして、俺が居なくなれば別の幹部が元締めに回される可能性だって十分にあるんじゃないか。にもかかわらず、俺の方は命を狙われるっておかしい話じゃないか。
「元締めは暗黒アンダー都市の内部で十分に循環するからでしょうねぇ。既存の幹部が回される可能性は限りなく低いでしょう。それに多くの幹部は暗黒アンダー都市の元締めには従順な者を求めます」
「従順な元締め? 同じ幹部なのにか」
「同じ幹部でも上位と下位があります。新しく力の強い幹部が生まれると、上位幹部の中から下位に転げ落ちる者が出てくる。それを嫌っているのですよ」
「なんだ、ずいぶんと保守的な奴らばかりなんだな」
「どうです、私とお揃いのを履く気になってきましたか?」
カザキはこれ見よがしにブーメランパンツの腰ゴム部分を指で伸ばしてから離す。
パチンという小気味の良い音が鳴り、それと同時にいつものニヤニヤとした笑みを浮かべた。俺がズボンタイプの海パンという保守的な選択をしたことを
つまり、俺に対して保守的になるな、とでも言いたいのだろうか。それに関しては望むところではある。でも、ブーメランパンツは履きたくないかなぁ……。
「逆効果だぞ」
「おや、つれない返事だ」
「でもまぁ、要点は分かった。先代元締めのライゴウなんかは従順じゃなかったんだろう?」
「えぇ、その通りです。たしか始まりは上位幹部の一人が、暗黒アンダー都市の収益から半分を甲刃連合に納めるよう言った時でしたかね。直後にその幹部の身体が宙を舞ったそうです。それから一言、断るとだけ言って暗黒アンダー都市に帰って行ったとか」
「それで殴られた幹部はカンカンってか」
「えぇ、そのようです。それでしまいには頭領まで持ち出して暗殺を企てたにもかかわらず失敗した」
「その幹部は?」
「さあ。このビーチから見える海のどこかにでも沈んでいるのでは?」
おー、怖い怖い。なるほど、あまりにも醜態を晒す者は長生きできない世界らしい。そして、それ以降は元締めへの刺客が送られてくることも無くなったのだろう。
「いや、でもそれなら俺も狙われないんじゃないか?」
「……おや、そのパイナップルジュースにはアルコールでも入っていましたか?」
カザキは真面目な顔をして俺のパイナップルジュースを見つめた。それからウェイターを呼ぼうとし始める。
「いや、待て待て。なんでそうなる」
「セオリーさんが寝惚けたことを言うので酔っているのかと」
「いや、酷いな。どこがだよ、幹部就任の時も真っ当に挨拶してただろう?」
俺の返事を聞くなり、カザキは過去のことを思い出す時のように顎へ手を添える。
幹部就任式は甲刃連合の保有するホテルの一つで行われた。広々とした宴席には全部で二十人ほどの幹部が集まっていたように思う。一週間前のことだから少々細部の記憶は曖昧だけれど、基本的には失礼の無いように当たり障りなく答えたと思うけどなぁ。
「ふむ……。たしか私の記憶するところだと、暗黒アンダー都市の収益の件では……」
「あぁ、それは覚えてる。不知見組のシマから得られる収益の半分を納めるって答えただろう」
「それが詭弁だとは思っていないのですか?」
「ライゴウは一銭も納めていなかったんだから0が1になっただけマシじゃないか。それに芝村組の方は構成員が少なからずいるし、ある程度は手元に残す必要があった。収益の半分って結構重いぞ? あれでもかなり譲歩したんだぜ」
「そもそも不知見組はシマをほとんど持っていないと聞いていますが……」
「まあ、少ないかもな」
「そこがそもそも詭弁では?」
「そもそもの話をするなら、城山組との契約でそうしちゃったんだから仕方ない。不知見組は権力を、城山組はシマを得る。そういう契約だ。それを今更になって反故にする訳にはいかないだろう」
不知見組は暗黒アンダー都市の元締めではあるけれど、他のヤクザクランが全て傘下というわけではない。それなのに甲刃連合へ納めるために収益の半分を寄越せとは言えるわけがない。
「この時点で従順とは程遠いですが、まあ、いいでしょう。ちなみに教えて差し上げますが、セオリーさんが徴収しなくとも他の幹部が暗黒アンダー都市のヤクザクランから徴収しに行くだけですよ」
「え、なんでそうなる?」
「暗黒アンダー都市のヤクザクランはそもそも全てが甲刃連合の下位組織です。むしろ、納める方が普通なんですよ。そうしなければ甲刃連合の庇護を受けられなくなりますからね」
「以前まではどうしてたんだ?」
「先代の頃はライゴウ自身が抑止力となっていたのです。暗黒アンダー都市に手を出せばライゴウが黙っていない、という圧力が自然とヤクザクランたちを庇護していた訳ですね」
なるほどな、さすがに都市一つを庇護するとなると生半可な実力では難しいだろう。頭領すら退けたという実績のあるライゴウだからこそできることだ。
しかし、暗黒アンダー都市はそれほど潤っている都市ではない。それこそ桃源コーポ都市の企業連合会から依頼されていた汚れ仕事を請け負っていたほどだ。収益に余裕があるということは確実にない。
そこに甲刃連合への上納金が重なれば、潰れてしまうところも出てくるだろう。俺が元締めになった以上、俺の治める都市で横暴を働かれ、被害を受けるのは許せない。
となると、協力者が必要だ。
「俺一人では暗黒アンダー都市を庇護できない。だけど、幹部二人だったら何とかできそうに思えないか?」
「おや、悪い人ですね。私を巻き込もうと?」
「暗黒アンダー都市が潰れれば桃源コーポ都市だって影響を受ける。分かるだろ、俺たちはもはや一蓮托生なんだ」
カザキは押し黙ったまま、俺の顔を覗き込んだ。
そして、少しの沈黙の後でニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「フフッ、良い顔をするじゃないですか」
言われて気付いた。俺も口角が上がっていたのだ。おそらく、俺たちは今お互いに鏡を見ているかのように同じような悪い笑みを浮かべているのだろう。
「セオリーさんを保守的だなんて言ってしまったことは訂正しなければいけませんね。私好みの面もあるようだ」
「引き続き、今後も手を組んでいけるってことで良いかな?」
「良いでしょう。影ながらお手伝いさせていただきますよ」
こうして俺はカザキとの協力体制を構築した。
カザキに言われた言葉や幹部に就任した時の宴席の様子を思い出してみるに、残念ながら俺は上位の幹部連中に快く迎えられたとは言い難い。
そして、俺への刺客だけでなく暗黒アンダー都市のヤクザクランへ向けて圧力を掛けられることも増えていくだろう。その時、俺一人ではなく同じ幹部であるカザキからの情報や根回しがあれば優位性を得られる。
気付けば、せっかくのオーシャンビューなのにも関わらず、そんな打算を含む会話ばかりをして時間が経ってしまっていた。
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