第109話 次なる行き先

▼セオリー


「そうだ、忘れるところだった。それでここ一ヶ月の状況はどうなんだ?」


 色々と話が逸れた結果、俺が最初にしたかった質問を忘れかけていた。


「別に私は情報屋という訳ではないんですがね」


「だけど、俺が今一番危惧している勢力は甲刃連合とパトリオット・シンジケートの二つだ。どちらもヤクザクランなわけだし、カザキならそういう裏社会の情報を逐一チェックしてそうだったからさ」


「私をおだてても得はありませんよ。……ですが、そうですね。その二つの動向は確かに把握するようにしています」


「おっ、さすが」


「ですが、この話の続きはまた夜にでもしましょうか」


「え、なんでさ?」


 カザキは何も言わず首を振って、再びチェアに寝転がってしまった。

 何か気に障ることでも言ってしまっただろうか。そう思っていると、後ろから声が届く。


「セオリー! 待たせてごめーん」


 エイプリルの声だ。おそらくカザキは、こちらに向かって来るエイプリルの姿を見て、話を切り上げたのだろう。


 俺が振り返ると、そこにはモノクロカラーの水着に身を包んだエイプリルがいた。

 上下が分かれたビキニタイプの水着で、胸元は黒いキャミソールフリルでゆったりと隠している。それに引き換え、ボトムは白を基調としたサイドを紐で結わくタイプの布面積が少ない水着だ。

 上半身の露出の少なさと下半身の過激さがギャップを生み出し、セクシーさが強く押し出されている。


「ふっふーん、どうよ?」


「えっと、凄く似合ってるよ」


 上半身は黒がゆったりと包み、下半身は白でぴっちり際立たせる。その配色のコントラストはエイプリルの魅力をより一層引き立たせていた。

 脳内でエイプリルへ賛辞を送り続けていると、隣からひゅーと口笛の音が聞こえた。


「エイプリル嬢、素晴らしい着こなしですねぇ」


「あ、カザキさんも来てたんですね。ありがとうございます!」


 エイプリルは溌溂とした笑顔のままカザキにも声を掛ける。

 俺たち三人はすでにある程度は勝手知ったる仲だ。というのも、俺たちはカザキの車に同乗させてもらい、桃源コーポ都市から南の甲刃工場地帯までを過ごしたからだ。


 最初は俺とエイプリルの二人で徒歩移動をしようと考えていた。しかし、どこで聞きつけて来たのか、カザキが「どうせ行き先は同じですから甲刃連合本部までご一緒にどうですか?」と誘いをかけてくれたので、それに乗ったのだ。


 車に揺られている間、エイプリルはカザキに色々な話を聞いていた。

 特に彼女の関心を惹いたものは忍具の丸薬だった。以前、甲刃重工は逆嶋バイオウェアとともに違法の丸薬を作成していた。その話は企業連合会の会合で起きたルドーの一件とも関わるため、不知見組の中でも情報共有していた。


 エイプリルとしてはその時にルドーが使ったとされる「違法忍具・全能丸」について聞きたかったらしい。丸薬も忍具の一種だ。すなわちエイプリルの守備範囲なのである。

 こうして、エイプリルは車に揺られる数時間を忍具話に花を咲かせていた。驚きだったのは相手を務めるカザキも存外楽しそうに今までに作った忍具の数々を話しており、傍目から見ていても話が弾んでいたことだった。


 後から聞いてみると、カザキ自身も銃器を含む忍具類を製作の会社である甲刃重工の取締役を任されるだけあって、かなりの忍具フリークだったらしい。特にカザキの専門は丸薬などの消費アイテム系統の忍具で、自身でも開発を行っていたという。


「そうだ、私も丸薬を作ってみたんで、後で見てもらえませんか?」


「おや、本当ですか。では、夜にセオリーさんとお話しする予定でしたので、どうせならディナーをご一緒しませんか? そこで拝見させていただきますよ」


「ディナー?! ねぇねぇ、セオリー行こうよ」


「あぁ、そうだな」


 話がトントン拍子で進んでいく。というか、エイプリルは知らぬ間に丸薬の作成にも手を広げていたのか。エイプリルの勢いとカザキの口車に載せられた結果、ディナーの予定が急遽決定したのだった。


 それからエイプリルに手を引かれ、波打ち際まで行き、水と戯れた。小学生の頃以来の海はVRゲームの中とはいえ楽しかった。

 なにがパラソルの下でビーチチェアに寝転がる大人な楽しみ方だ、馬鹿野郎。海に来たなら海で遊べ!




 久しぶりの海を満喫した俺たちは夕陽が海に沈んでいくのを見ながら、ホテルへの帰路に就いた。

 浜辺の更衣室にはシャワー室もついており、ある程度は身体を洗い流すことができたけれど、それでも体のべたつきは気になるものだ。着替えを済ませてホテルに戻った後に、もう一度お風呂に入って身体を洗い直した。


 風呂場から出ると、お風呂を先に使っていたエイプリルが手紙を渡してくる。なんでもホテルの従業員が届けてきたらしい。中身を確認するとカザキからの招待状だった。


「バルコニーテラスでディナーの用意ができています、だってよ」


「わあ、外で食べるんだ。雰囲気良さそう!」


 確かに洒落たディナーになりそうだ。俺とエイプリルは招待状を頼りにバルコニー付きレストランへと向かった。

 レストランのウェイトレスに招待状を見せると、すぐさまバルコニーへと案内される。大きなパラソル屋根の付いた開放感のあるテラス席はすぐ横に広がる海の景色とあいまって、得も言われぬ高揚感と刺激的な体験を想像させられる。


「こんな場所で食事をするなんて初めてだな」


「夜の海もいいね、波の音が心安らぐ感じがするよー」


 俺もエイプリルもレストランの雰囲気に心躍らせていた。そんな俺たちをカザキは笑みを浮かべながら迎えた。


「楽しんで頂けているようで何よりです」


 カザキは席へ手招きし、俺たちが着席するとウェイトレスに合図をした。それからしばらくすると食事が運ばれてくる。コースのようになっているようで、様々な料理が次々に運ばれてくるため、いろんな味を楽しみながら舌鼓を打った。


「海が近いですので、魚介類がふんだんに使われていますよ」


「これ、美味しい」


「そちらはブイヤベースですね、魚介を中心に使った鍋料理です」


 俺たちが食べている間もカザキがそれぞれの料理の解説などを挟んでくるため、ふむふむと聞きながら楽しく食事を進められた。

 どうやら、出されている料理は基本的にフレンチと呼ばれるものらしい。俺は今までこういった洒落たレストランには行ったことがない。だから、何もかもが新鮮だった。



 しばらくして、エイプリルがお手洗いで席を立った。すると、急にカザキが真面目な表情をして俺へと話しかけた。


「そういえば、セオリーさんは未成年でしたね」


「あぁ、ついでに言えばエイプリルもな」


「ふむ、でしたらこういったお店に入ったことも初めてですか?」


「そりゃあ、初めてだよ。俺の家は至って普通な中流階級だぞ」


「フフッ、そうでしたか。とはいえ、時には背伸びをする必要もありますから、こういったお店を知っておくと良いですよ」


「……そうだな、特別な日とかに来る分には悪くないかもしれないな」


「次は、貴方自身がプランニングしてディナーにお誘いするのがよろしいでしょう」


「ぅえっ、……だ、誰を?」


「それはもちろん、エイプリル嬢に決まっているでしょう」


 カザキは何を当たり前のことを、といった風にやれやれ顔で呟いた。

 それでも俺が煮え切らない様子で返事を濁していると、カザキは顔色を変えて俺に問いただした。


「……まさかエイプリル嬢の他に好意を寄せている相手がいるのですか?」


「いや、いねーよ」


 どうにもカザキはエイプリルのことをいたく気に入ったらしい。忍具という共通の話題はカザキにとってクリティカルヒットだったのだろう。


「なら何故ですか? 見れば分かるでしょう。あとは押せばいけますよ」


「なにがだよ!」


「なにって……、そこまで私に言わせないで頂きたいですね」


 こいつ、実はかなり下品な話を俺に振っていないか?

 カザキに対して、ディナーの手配や料理の話などでかなり大人っぽさを感じていたけれど、その積み立てられた好感度が俺の中で一気に瓦解する音が聞こえる。


「エイプリルは大切な腹心。今はそれ以上でも以下でもない。はい、これで話は終了」


「……失礼、私も野暮でしたね。この話はここまでとしましょう。では、本題の件です」


 カザキは俺の意を汲んでか話を変えてくれた。そういう切り替えの早さは大人っぽい。

 俺は顔が熱くなってしまったため、水を一息に流し込む。


「ようやく真面目な話ができるな。それでここ一ヶ月はどうだった?」


「そうですね、桃源コーポ都市は平穏そのものらしいですよ。私もここ一ヶ月はバカンスを頂いて、こちらで過ごしていたのですが、特に問題は起きていないようですね」


「そうか、それは良かった」


「ですが、不穏な動きが見られる地域もあります」


「それはパトリオット・シンジケートの件か?」


「……分かっていません」


「分かってないのかよ」


 カザキの言葉に俺は落胆して肩を落とす。それでは何も対策の立てようがない。


「結論を急ぐのは良くないですよ。詳細な情報が分かっていないのは、動きのある地域が甲刃連合の影響力が及ぶ範囲外だからです」


 甲刃連合の支配下は関東サーバーの南側と中央だ。それ以外の場所ではどうしたって情報収集に遅れが出たり、精度が落ちたりするのだろう。

 では、それ以外の場所のどこだろうか。逆嶋は最近退けたばかりだから、さすがに除外していいだろう。となると、北か東のどちらかか。俺が考えを巡らせていると、カザキは言葉を続ける。


「ですので、セオリーさんには現場へ行って情報収集をしてもらいたいと考えています」


「なるほど、それは了解した」


「ふう、それは良かったです。実はコヨミ嬢に早くセオリーさんを派遣しろとつつかれていたものでして」


 コヨミは八百万カンパニーの代表として企業連合会に来ていた頭領だ。彼女が俺を呼び出していたのか。となると、行き先は……。


「八百万神社群か」


「えぇ、その通りです」


 こうして、カザキから情報を受け取った俺は八百万神社群へと向かうことが決定したのだった。






********************


真・水着回。

一瞬、パレオを着せようかと思ったけれど、忍者なら動きやすさを重視するかなと思ったので下半身はピッチリ目の三角ビキニかな、と。

その分、上半身はキャミソールフリルで女の子らしさをアピールというエイプリルと水着屋店員の戦略です。

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