第110話 サブカル・コミュニケーション

神楽かぐら 夜ミ子よみこ


 四月。それは人々が新たな門出を祝う季節であると同時に、別れを終えたばかりの傷心の季節でもあった。


 元々、電脳ゲーム研究会というサークルには十人程度のメンバーが居た。

 正確な人数が多少前後するのは、籍だけ置いてあるけれど実質幽霊部員となっているサークル会員がチラホラいるからだ。また、幽霊部員ではなくとも、その中で出席率の多い少ないがあるため、定期的に集まる固定のメンバーという意味ではあたしを含めて八人程度にまで絞られる。


 昨年、あたしが電脳ゲーム研究会に入会した時、ほとんどの構成メンバーは三、四年生だった。そして、四年生のメンバーはあたしが入ってすぐに就職活動などを理由にサークルへ顔を出す頻度が減っていった。

 それでも昨年は良かった。まだ、三年生のメンバーがいるため、サークル活動には困らなかったからだ。



 しかし、問題は今年である。

 サークルの主要メンバーを占めていた三年生が学年を一つ繰り上がり、四年生となった。つまり、彼らもまた就職活動で慌ただしくなり始めたのである。その変化は年度をまたぐ直前、三月辺りから如実に表れた。

 春休み中に電脳ゲーム研究会のサークル室へ行っても人がほとんど集まらない。それも当然だ。一つ上の学年には出席率の低い先輩が一人いる切りで、あたしも同学年はあたし一人しかサークル会員がいなかったからだ。


 元々、電脳ゲーム研究会自体が新入生勧誘をそこまで積極的に行っていなかった。そのため、以前から年度ごとの新入生の入会人数にばらつきがあり、懸念すべき問題として時折会話に上っていた。しかし、これまでも何とかなっていたため、実際に何か手を打つこともなく、のほほんと過ごしてしまっていた。

 そして、問題を見て見ぬ振りをしてきたツケが、あたしの代にいよいよ危険水域へと達してしまったのである。


 今年は何としてでも新入生をサークルに取り込まなければいけない。未だかつてないサークル存続の危機であった。

 あたしの一つ上には出席率の悪い先輩が一人いるだけ。そして、あたしの代も一人だけ。そうなると必然的にあたしがサークルの会長となった。つまり、サークルの命運が突然、私の小さな双肩にし掛かってきたのである。




 年度が変わり、四月。

 新入生勧誘期間が始まった。


 今まで新入生勧誘をまともに行ってこなかったサークルに新入生勧誘のノウハウなど微塵も伝わっているはずがない。全てが初めてのあたしは、とにかく見様見真似で準備をした。

 勧誘のためのポスターやチラシを作る必要があることは周りのサークルを見ていれば分かる。しかし、新入生勧誘ポスターを構内に掲示するためには、事前の申請を学生課事務局に届け出なければいけなかった。

 そんなこととは露知らず、気付いた時にはもう遅い。ポスターを掲示するのは実行する前から没となった。


 こうなれば直接声掛けをすることで興味を持ってもらうしかない。

 チラシを握り締めたあたしは、入学式を終えたばかりの新入生たちの波へと声を掛ける。なんとかチラシを受け取ってもらおうと頑張ってみるけれど、あたしの身体はずいぶんと小さい。百五十センチに満たない身体では人の波に抗うのは至難の業だった。


 結局、チラシを何枚か握らせることには成功したけれど、面と向かって新入生へと宣伝をする機会は得られなかった。他のサークルのように人海戦術も使えない。あたしは途方に暮れて一旦ペデ下から離れた。



 そんな時である。

 一人のスーツを着た新入生が木陰のベンチで疲れたような表情をして休んでいた。これは新入生勧誘のチャンスだ。とはいえ、新入生勧誘期間の熱気に当てられ、疲労困憊に見える。物事は慎重に進めないといけない。まずは疲れを労わり、話を聞いてもらう体勢になってもらおう。


 それから先はトントン拍子で上手くいった。一緒にサークル室へ向かい、ゲームを遊んだ。思いの外、新入生の淵見くんは幅広く色々な種類のゲームに触れて来ているようで、新入生向けに用意したゲームは一通り遊んだことがあるというのは朗報だった。

 やっぱりゲーム好きはゲーム好きと惹かれ合う運命なんだなぁ、と内心でニンマリと笑う。

 明日以降も遊びに来てと伝えたところ、彼の反応も悪くなさそうだった。先輩たちの残したレトロゲームも彼の琴線に触れたようだったし、なんだかんだ新入生勧誘が上手くいきそうだと手応えを感じていた。



 そうして日付が変わって、新入生勧誘期間の二日目。

 あたしとしては淵見くんが入ってくれればひとまずのノルマは達成かな、などと勝手に思っていた。そりゃあ、新入生が多いに越したことは無いけれど、正直もうペデ下の熱気渦巻く勧誘激戦区へと繰り出していく元気は無かった。


 昼過ぎ頃、淵見くんからメールが来た。昼食を食べるのにサークル室って使えますか、という質問だった。あたしは即座に「オッケーだよ」と答えた。この困った様子の文章は覚えがある。あたしも昨年、この時期にずいぶんと苦労したものだ。


 あたしの通っている大学は山の中にある。そのため、周囲には飲食店が少なく、食事をする場合には大学内にある食堂やレストランを使用する学生が多い。大学側もそれを察してか、建物一棟を丸々一つ使って複数のレストランや構内販売を入れてくれている。擁する学生たちが食事で困らないためとはいえ、四階建ての建物一棟を丸々全て食堂として使っているのは珍しい方だろう。


 しかし、食事処やレストランの数は足りていても、なお不足するものがある。

 それは席だ。


 昼食時には、食べ物自体を手に入れること以上に、ゆっくりと腰を落ち着けて食事できるスペースを確保することが大変難しいのである。それこそ四月のそれも新入生勧誘期間という一年で最も人が多く集まる時期の食堂はまさに戦場である。嘘偽りなくソロでは生き残ることが難しい。

 そんな中でサークル室というのは一種のオアシス。プライベートを確保でき、ゆっくりと自分のペースで食事ができる。サークル室を持っているというのはそれだけでアドバンテージなのだ。


 そんな昨年の自分の経験などを思い返していると、サークル室の扉がノックされた。


「どうぞ」


「失礼しまーす。昨日の今日ですみません。ご飯食べれるところがどこにも無くて……」


 扉を開けたのは昨日声を掛けた淵見くんだった。手には購買で買ったのだろう惣菜パンを二つ握っている。


「この時期は昼に食堂で席を確保できるとは思わない方が良いよー」


「いやぁ、一階から四階まで全部回ったんですけど、本当にどこも満席でしたね。驚きましたよ」


 淵見くんの驚く顔が目に浮かぶ。本当に正しく食堂の全ての席が埋まっている状況は実際に目にしないと信じられないだろう。

 それから淵見くんは食事を始めたので、あたしも家から用意してきたお弁当を取り出して昼食にする。やっぱり、一人よりは二人で食事をする方が会話も弾んで楽しい。


「神楽先輩、お弁当作って来てるんですか?」


「うん、この時期は特にお弁当にしてるんだ。淵見くんも購買でパン一つ買うのにも大変だったでしょう?」


「あー……、そうですね。まるで争奪戦でしたよ」


 疲れた表情を見せる淵見くんに、あたしは思わず笑みが零れた。その大変さはあたしもよく知っているからだ。もはや、この大学における食堂事情に関しては新入生への洗礼と言って良い。

 大学生協の販売する惣菜パンやおにぎりは、とりわけこの時期に人気が高い。というのも、腰を落ち着けられる食堂の席が不足する関係で、外のベンチなどでサッと食べられる軽食に人気が集中するからだ。


「そういえば、今日の予定は終わった?」


「いえ、午前は学部の新入生全体のオリエンテーションだったんですけど、午後に今度は、専攻ごとに分かれたオリエンテーションがありますね」


「そうなんだ。それじゃあ、その後にまた来れるのかな?」


「そうですね、お邪魔じゃなければ」


「邪魔なわけないよ」


 あたしが笑って否定すると、淵見くんの方も満更でもない表情で頭を掻いた。それからゲームにまつわる話をしながら昼食の時間を過ごした。

 これまで、あたしはサークル内で最年少の後輩だった。同学年も居ないから周りは全員先輩だった。だからこそ、新入生の淵見くんが後輩らしく振舞ってくると、思わずあたしも先輩になったんだなと嬉しく感じる。特に、好きなゲームの話題がいつまででもできる関係性は良いものだ。


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 昼食を食べ終えた淵見くんはオリエンテーションに出席するため、サークル室を出ていこうとする。あたしは別れを惜しむように念を押して「後でね」と付け加えつつ淵見くんを送り出したのだった。

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