第111話 VR適応世代

神楽かぐら 夜ミ子よみこ


 午後三時を過ぎた頃、オリエンテーションを終えた淵見くんがサークル室へ戻ってきた。大学というのは様々な面で高校までとは異なるシステムで動いているから覚えなければいけないことがたくさんある。

 新しいことを覚えるのは体力を消耗するものだ。淵見くんも例に漏れず、サークル室へ入るや否や挨拶もそこそこにフラフラとした足取りで歩いて行くとソファへと腰かけた。


 だいぶ疲れているみたいだ。

 あたしの場合、疲れた時にはゲームをするのが一番の気晴らしになる。淵見くんもあたしと似通ったゲーマーであるなら同じように気晴らしになるかもしれない。そう思って昨日に引き続き「降霊巫女様珍道中」を遊ばないかと提案してみた。

 反応は上々。すぐに顔を輝かせて「遊びましょう」と快諾した様子を見るに、思った通り彼はあたしと同類みたいだ。すぐさまVRヘッドギアをお互いに装着した。昨日同様にヘッドギア同士をコードで繋げてローカル接続したので必然的にソファで隣掛となりがけする。


 あたしが隣に座った瞬間、淵見くんがビクッと震えた気がした。もしかしたら、彼はパーソナルスペースが広めなのかもしれない。だとしたら、馴れ馴れしく近くに座ったのを若干不快におもっているのかもしれない。そうだとしたら悪いことをしてしまった。

 自分でも自覚しているけど、あたしはパーソナルスペースが狭い方だ。もちろん誰でも良い訳じゃなくて、相手を同じゲーム好きな仲間と認識すると途端にパーソナルスペースが狭くなってしまう。

 だから、ついグイグイと接近してしまい、先輩から「距離が近い」とたしなめられることもよくあった。せっかくサークルに入ってくれそうな新入生が嫌な気持ちになってしまうことは避けたい。あたしはそう思い直し、努めて距離を空けるように座る位置をずらしたのだった。



 準備ができた後はとにかくゲームを楽しんだ。

 あたしは何度もプレイしたゲームだから攻略方法も頭に入っている。だから、淵見くんが中心になって攻略して、あたしは補助をする立ち回りを心掛けた。


 淵見くんは昨日始めたばかりだというのに、ずいぶんと慣れた動きだった。彼の成長速度は目を見張るものがある。特に昨日、彼自身で見つけた札を使った近接格闘のコツを掴んでからは破竹の勢いで悪霊を祓っていく。

 本来、このゲームは一枚の札でどれだけ多くの悪霊を同時に倒せるかが肝になる設計になっている。一瞬の機を逃さず、重なり合った悪霊へ向けて正確に札を投擲することで最高効率を叩きだす。それを繰り返していく中で、なおかつ集中力を切らさずに神玉を守ることが求められる。


 しかし、彼の戦い方は自身の反射神経を頼りに近くにいる悪霊を近接格闘で無理やり倒すというものだ。正直、あたしにあの戦い方は真似できない。

 公式に推奨されている戦い方は、極論を言えば投擲する一瞬にだけ集中力を発揮すれば良い。悪霊が最大に重なった瞬間を見逃さなければ、それ以外は何をしていても良いのだ。


 かく言うあたしの場合は投擲する瞬間以外は舞っている。別にあたしとしては舞っているつもりはないのだけれど、一緒に遊んだ先輩からは「何で舞ってるの?」と疑問をぶつけられたので、どうやら舞っているように見えるらしい。

 もちろん、無意味に舞うような動きをしている訳じゃない。全方位を気にしながら絶えず札を投擲する準備をしていると、必然的に身体を回転させながらステップを踏むことになる。あたしが自分で見つけた最高効率の動きがコレだったのだ。


 それに対して、淵見くんの戦闘方法は絶えず自分の身体を動かし続け、腕の届く範囲に入った悪霊を片っ端から殴りつけていくスタイルだ。それを可能とするためには常に全力の集中力を発揮し続けなければいけない。

 まるで長距離を短距離走の速さで走り続けているようなものだ。加えて視界に入った悪霊を捕捉し続ける動体視力とそれに反応して身体を動かす反射神経も必要となる。


 ゲームによっては反射神経をアシストする機能が付いているものもある。代表的なゲームは「‐NINJA‐になろうVR」だ。

 あのゲームはプレイヤーが忍者という超常的な存在だ。その格を落とさないために、ある程度の高速戦闘でも対応できるように反射神経などを補助するシステムアシストが付いている。


 しかし、「降霊巫女様珍道中」には反射神経アシストはほとんど付いていない。身体能力へのアシストは多少あるものの、それだけで近接格闘を挑むには、このゲームは敵の数が多すぎる。あたしが真似をして近接格闘をしたとしても、すぐに限界が来て討ち漏らしが出るだろう。



 おそらく淵見くんも「VR適応」が高いのだろう。

 感覚ダイブ型VRゲームが世に出てから十数年が経ち、初めて触れたゲームがVRゲームである層が現れた。その第一世代があたしや淵見くんの世代だ。


 一般に感覚ダイブ型VRゲームはそれまでのコントローラー操作を強いるゲームに比べて動きの自由度が高いことが特徴だ。

 逆に言うと、それまでコントローラーでキャラクターを操作するのに慣れていたゲーマーは、それまでに遊んできた従来のゲームで操作していたキャラクターの行動をなぞった動きになってしまうという弊害が発生していたのだ。


 感覚ダイブ型VRゲームにおいて、あたしたち第一世代はその固定観念が薄いという強みを持っていた。

 発想力を自由に飛躍させ、ゲームの常識にとらわれない。そして、ゲームの世界と現実の世界との境目を意図的に曖昧とすることで、ゲーム中に操作するキャラクターと自身の身体とを重ね合わせる。これにより、操作キャラクターの能力を十二分に発揮できるようになるのだ。



 つらつらと述べたけれど、これは電脳ゲーム研究会の前会長が見つけてきた論文に書かれていた内容だ。このような論文が発表されるほどに、あたしたち第一世代は感覚ダイブ型VRゲームとの親和性が高かった。


 そして、その論文の中に「VR適応」という言葉が出てくる。

 論文の発表者が調査を続けた結果、感覚ダイブ型VRゲームに親和性が高い第一世代の子どもたちは、能力の高低に差はあれど、いずれもVRに対する特殊な適応能力を持っていることが判明した。

 あたしたちは現実世界においては平凡な人間であり、特別な力を持っている訳ではない。しかし、ひとたび感覚ダイブ型VRゲームの世界に入れば各々の才能を開花させ、現実世界では発揮していなかった力を行使するのだという。

 論文中では特にその「VR適応」という能力の存在に気付くきっかけとなった四人の子どもの持っていた能力が例として挙げられていた。


 驚異的な記憶力を発揮する者。

 演算力が飛躍的に向上する者。

 ゲームに設定されている以上の身体能力を発揮する者。

 現実では不可能なほど長時間の集中力を維持できる者。


 たしか例に挙がっていたのは、この四例だ。研究者が調査対象とした第一世代の中でも、この四人の子どもが取り分けて高い能力を発揮したことから、論文を発表した研究者が「VR適応」を発見するきっかけになったそうだ。

 しかし、この四人は突出して能力を備えていたに過ぎない。あたしたち第一世代はいずれもVR適応を備えている。それに挙げられた能力も論文中に例として挙げられていただけだ。世の中を探せば、もっと様々なVR適応があるのだろう。いや、今後も第一世代の下には子どもたちが控えている。多種多様なVR適応を持った者が現れるかもしれない。いや、確実に現れるだろう。



 そんなVR適応だけど、突出した四人がいたことから分かる通り、個人によってバラツキがある。

 それを実感したのは、論文を見つけた前会長が電脳ゲーム研究会の会員を集めて能力検査をした時だ。


 結果として、あたしは短期的集中力を向上させる力があると分かった。

 たしかにゲームをしていて時間の流れがゆっくりと見える時があった。「降霊巫女様珍道中」においては悪霊が最大に重なった瞬間、時間の流れが止まったのかと思うほど世界がゆっくりと進むのだ。

 これがあたし特有の能力であるとは指摘されるまで全く気付かなかった。それほど小さなころから自然と力を使っていたからだ。


 あたしの他には出席率の悪い一個上の先輩も高いVR適応を備えていた。

 彼女はあたしとは逆だ。長期的集中力を向上させるのに特化しており、ゲーム時間で何時間も、いや、下手をしたら何日間もの間、集中力を切らさずにいることができた。

 特に彼女が活躍していた軍事系FPSゲームでは「眠らずの狙撃手」という二つ名と共に君臨していたらしい。

 そのゲームは出血表現などがリアルということで、あたしは遊んだことがないので詳しいことは知らないけれど、何でも陣営を分けて現実の時間で一週間とかの長いスパンをかけて戦うゲームらしい。それほどの長時間で集中力を切らさずにいることなんて、とてもあたしには真似できない。



 話が逸れた。

 他にも当時の三年生が能力検査をしたけれど、サークル内において突出したVR適応を持っていたのはあたしと一つ上の彼女の二人だけだった。あたしの二つ上になると、幼少期にコントローラー操作のゲームにも触れてきている者が大半だったから、もしかしたら、それが影響しているのかもしれない。


 さて、新入生である淵見くんのプレイスキルを見るに、何かしらのVR適応を高く備えているように思える。おそらく、あたしや一個上の先輩とは異なる種類の能力だろうと推測できる。彼のことが気になって堪らない。


 考え事をしている間に「降霊巫女様珍道中」は三面のボスまでクリアしていた。今日はそこまでで一旦ゲームを終了させる。

 あたしはサークル室で意識を覚醒させた。それから、隣に座る淵見くんを見る。ちょうど彼もヘッドギアを取り外したところだった。


「いやぁ、悪霊も色んな陣形で攻めてくるから面白いですね」


「楽しんでくれたみたいね。あたしも勧めた甲斐があるよ」


 これは素直に嬉しい。自分の好きなゲームを褒められるのはゲーマーからすると至上の喜びだ。

 しかし、喜びもほどほどにして時間を確認する。もうじき午後の五時になる。小学生なら帰りましょうの時間だ。一般の大学生からするとまだまだこれからといった時間だけれど、淵見くんは新入生で入ったばかりだ。色々と疲れも溜まっているかもしれない。


「どうしようか、もう少し遊んでいく?」


 あたしの質問に彼は時計に目をやって少し考える仕草をする。今日のこれからやらないといけないことや、明日以降のことを勘案しているのだろう。


「すみません、帰ってからもすることがあるんで、今日はこれくらいにしておきます」


「うん、分かった。……そうそう、これも渡しておくね」


 そう言って、あたしは一枚の紙を渡す。

 それを受け取った淵見くんはしげしげと眺めてから頷いた。


「サークルの入会届ですね」


「そう、もし良かったら正式に入って欲しいな。会費がちょっと掛かっちゃうんだけどね」


「新しい機材やゲームを購入するのに使うお金ですよね。それなら当然ですよ」


 電脳ゲーム研究会ではサークルを維持していくために年間の会費として一人一万円を徴収している。基本的にサークルと銘打っていればどこも会費があるのだけれど、新入生の中にはお金が掛かることに驚いてしまう人もいる。淵見くんは理解を示してくれたので良かった。


「それじゃあ、明日にでも書いて持ってきますね」


「うん。それじゃあ、また明日ね」


 こうして彼との一日は過ぎていった。

 あたしは心の中で、明日はVR適応の能力を検査するための準備をしておこう、と考えるのだった。






********************


第四章のストーリーの進め方をどうしようかと考えていたのですが、

現実世界編とゲーム世界編を交互に並行して進めることにしました。


次回はセオリー視点で前回の続きから始まります。

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