第112話 コンビニワンオペ(ワンオペじゃない)巫女

▼セオリー


 俺は甲刃連合の幹部であるカザキより依頼を受け、不審な動きが見られるという八百万神社群へと足を運んだ。


 八百万神社群において最も栄えている場所は北の山奥に鎮座する「日輪光天宮」という。簡単に言ってしまえば巨大な神社だ。桃源コーポ都市では高層ビルの高さに驚かされたけれど、ここでは神社の巨大さに驚くことになった。


 高さはそれほどでもない。それほどでもない、というのは桃源コーポ都市の超高層ビル群と比べると低いというだけで、本来の神社と比べると何倍も大きい。しかし、そんな高さが気にならなくなるほどに横幅の面積が広かった。

 本来なら塀に囲まれた境内全体の面積と言っても良い広さが、丸々神社の本殿になっているのだ。そして、その上からさらに取り囲むようにして境内が形成されている。


 山のふもとから見ると、その大きさがよりはっきりと分かる。見上げた山の中腹にどっしりと居を構える姿は圧巻だ。俺の隣に並んで山を見上げるエイプリルは感嘆の声を漏らす。


「凄い大きさだね」


「ホントにな、山の中に東京ドームがあるのかと思ったわ」


「……東京、ドーム?」


「あぁ、いや、なんでもない」


 ついつい現実世界にある建物の名前で規模感を語ってしまった。これではエイプリルには伝わらない。

 ちなみに、日輪光天宮が鎮座している山の周囲には平野があり、そこには街が広がっている。この街と神社を合わせて北部最大の都市「日光」と呼ばれるようだ。



 今回はコヨミに呼ばれて、日光に本拠地を構える「八百万カンパニー」へと向かっていた。しかし、向かう先を街の人々に聞いてみると、誰もが揃って山の中腹に鎮座する日輪光天宮を指差す。

 おかしい、あそこは神社ではないのか。そして、八百万カンパニーはコーポではないのか。そこは果たしてどういった施設になっているのか。その謎を解明すべく、我々は日輪光天宮の本殿へと向かった。



 結果として分かったのは神社でもあり、コーポでもあるということだった。

 現実において、そんなことが可能なのかは知らないけれど、ここではそうなっているようだ。

 日輪光天宮に辿り着くまで、途方もない数の階段を上り、やっと上り切った先に見えた巨大な鳥居。それを潜ると、すぐ目の前にコンビニがあった。


「……え?」


 俺は最初、自分の目を疑った。

 鳥居をくぐった先、一番に視界の中へ飛び込んできたのがコンビニエンスストアなのだ。それまでの山を登っている時に感じた荘厳で神秘的な雰囲気は一気に霧散していってしまった。


 ウィーン。ピロピロピロピローン。

 ひとまず、入店してみた。自動ドアを通った途端、入店音が流れ出す。


「いらっしゃいませ! ヤオヨロズマートへようこそー!」


 入店音を合図にレジ前で立っていた女性が大きな声で挨拶をしてくる。俺はそちらへ目を向けた。なんとなく聞き覚えがある声だったからだ。


「あ、やっぱり」


「やっと来たんだね、セオリー!」


「久しぶりだな、コヨミ」


 そこでレジ店員をしていたのは、何を隠そう企業連合会の会合で八百万カンパニーの代表として訪れていたコヨミだった。

 というか、何でレジ店員なんてしてるんだ?


「あたしー、裏の搬入終わったよ」


「はい、りょうかーい」


 そんな疑問を浮かべていると、レジの裏にある従業員用出入口からコヨミが現れた。そうしてレジ前にいるコヨミへと搬入報告を伝えていた。

 え、コヨミが二人いる……?


「搬入物の品出し始めるよー」


「「はーい」」


 レジ前にいたコヨミが声を掛けると、店内にいたらしい二人のコヨミが駆けつけ、店の裏へと消えていった。それからしばらくすると、搬入されたであろう商品をカートで運んでくる。

 この時点でコヨミが四人いることになる。俺の頭は大混乱だ。影分身でも使っているのか?

 でも、影分身って細かい動きをするためには、ある程度自分で操作しなきゃいけないんじゃなかったか。だとしたら、あまりにも全てのコヨミが好き勝手に動き過ぎている。


「それで、キミは何か買っていくの?」


 レジ前に居たコヨミが俺へと質問してくる。あまりの怒涛の展開に、ここへ入ってきた目的を見失っていた。

 ひとまず、山を登って喉が渇いていたので飲み物を購入しよう。ほう、日輪光天宮にだけで販売されている特殊な水が置いてある。霊験あらたかな自然由来の美味しい水らしい。よし、一本買ってみるか。


「って、違ーう! そうじゃなくて、アンタが俺を呼び出したんだろう」


「あれ、買い物しに来たんじゃなくて目的はあたし?」


「そりゃあ、そうだろう。呼び出しが無けりゃココに来てないっつーの」


「それなら本殿の方に行くと良いよー。ここに本体は居ないからさ」


「本体?」


「まあまあ、行けば分かるよー」


 軽くあしらわれてしまったので、俺はコンビニを後にする。

 店を出るとエイプリルが疑問に思ったことを尋ねてきた。


「今、私の見間違えじゃなかったらコヨミさんって人、四人居なかった?」


「あぁ、見間違えじゃないぞ。俺にもそう見えた」


「影分身ってこと? でも、影分身ってマニュアルだとあんな沢山を同時に動かしたりできないよね」


「うーん、一概にそうとも言えないのかもしれないな。なにせ、コヨミも頭領なわけだし」


 そうだ、彼女は頭領なのだ。

 そして、今までに遭遇してきた頭領を思い出せ。イリス、シュガー、アリス。その誰もが規格外の力を有していた。それと比べたらどうだ、ただ本人がたくさん動いていただけだ。それくらいどうってことは無いだろう。



 いや、待て。

 頭領のステータスを持った忍者を複数人、自由自在に動かせるとするなら、それってだいぶ規格外なんじゃないか。

 しかも、本体は本殿に居るとか言っていたよな。つまり、あの場に居た四人は全て分身のような存在というわけだ。あれ、もしかして今まで会った頭領の中で一番ヤバいのでは?


「今更だけど、頭領って凄いんだね」


「あぁ、それは今、俺も十分身に染みてるとこだわ」


 そんな規格外の力を備えている頭領が頭を悩ますような問題に、俺のような一介の中忍がどうにかできることなどあるのだろうか。戦々恐々としつつ、コンビニを抜けた先にある本殿へと向かった。



 参拝客が立ち並ぶ拝殿が目の前に広がり、大きな賽銭箱が広がっている。そして、その奥の畳に座るコヨミの姿が見えた。しかし、一般の客は賽銭箱より先には進めないようだ。

 ここを無断で立ち入るのはなんだか罰当たりな気もするので、周囲にいる神主の格好をした男性に要件を伝える。


「あの、コヨミに呼ばれて来たんですけど……」


「おや、……コヨミ様がお呼びしたということはセオリー様ですか?」


「そうです、はい」


 とりあえず、証明になるかと思い、電子巻物を出して、ステータスの名前部分を表示させる。それを確認した神主は、俺たちへ待つように伝え、本殿にいるコヨミへ俺たちの来訪を伝えに向かった。



 ふむ、変だ。

 俺たちは先ほどコンビニにいた分身のコヨミと会話をしている。

 普通の影分身であればコヨミがマニュアル操作をしていることになる。そして、そうであれば俺たちと会話していたコヨミは、すでに俺たちがここへ来ることが分かっていたはずだ。

 にもかかわらず、先ほど本殿の方でチラリと見かけたコヨミは俺たちが来ることなど露知らずという風に過ごしていた。


「あの分身はマニュアル操作じゃないってことか……?」


 だとしたら、あの動きはなんだ。オートモードにしてはあまりに精密な動きをし過ぎている。一体、どういったカラクリなんだろう。

 そんな疑問を俺が頭の中で浮かべている内に、先ほどの神主が戻ってきた。そして、社務所の方へ案内された。

 よく見ると社務所ではお札や破魔矢などが忍具として売られている。最近、「降霊巫女様珍道中」を遊んだ身としてはどんな武器として使えるのか興味が湧く。後でのぞいてみよう。


 神主に付いて行くと、社務所の中へ入って奥にある休憩室のような場所へ通された。そこでしばらく待つように伝えられる。


「エイプリル、後で社務所に売ってた札や破魔矢なんかの忍具を見てみようぜ」


「あれ、セオリーが忍具に興味を示すなんて珍しいね!」


「いやなに、最近ちょっと札を使う機会があってさ。ここでも使えるかなって気になったんだ」


「そっかー、お札って紙だもんね。それなら重量もほとんど無いし、セオリーでも常備しやすいもんね」


「……うん、まぁ、そうだな」


 そこまでは考えていなかったけれど、たしかに言われてみれば筋力1という貧弱ステータスでも札であれば自在に使うことができるだろう。もしかすると、俺と相性の良い忍具となるかもしれない。


「お待たせー」


 そんな風に札という忍具に思いを馳せていると休憩室の襖が開いた。そして、その奥にはコヨミが立っていたのだった。

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