第103話 ドギマギ! 二人っきりの密室体験会
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俺は
大学というのは不思議な場所だ。今までの短い人生の中では見たことも無いような場所と触れ合える機会が多くある。サークル棟もそんな場所の一つだった。
サークル棟は四階建ての白を基調にした壁が日に映える爽やかな見た目をしている。
大学の案内地図によると、真上から見たサークル棟は楕円形をしており、中央には一階から繋がる広場があるらしい。
この建物一つが丸々サークル専用として使用できるようになっているというのだから驚きだ。
だが、真に驚くべき点はこんな所ではない。
サークル棟の内部に一歩足を踏み入れると分かる。壁中に乱雑な文章が書き記され、その上からさらにチラシなどが貼り重ねられている。それが階段から踊り場、サークル室に繋がる廊下まで隅々に至るまで続いているのだ。その無秩序さと言ったら壁の綺麗な部分を探すのが不可能に思えるほどである。
「驚いた? 私もあんまり詳しくないんだけどね。なんでも学生運動とかの名残らしいよ」
「驚いたっていうか……、こう、圧倒されたっていうのが正しい感想かもしれないです」
「そうそう、圧倒されるよね。ここまで昔の名残が残ってる場所も少ないみたいだから、ラッキーだったね」
外観は綺麗にされていたから、内部の様子とのギャップに心底驚いてしまった。
「でも、安心してよ。サークル室は綺麗にしてあるからさ」
しばらく歩いて行き、廊下の一番奥の部屋に電脳ゲーム研究会のサークル室があった。神楽は鍵をカバンから取り出すと手馴れた手つきで解錠して扉を開く。
中へ入ると、彼女の言う通り、室内は清潔に保たれていた。部屋の真ん中には大きめのリラクゼーションチェアが二脚置かれ、その奥の窓際に人が二人座れる程度のソファが置かれている。
壁際には棚が設置され、感覚ダイブ型VRヘッドギアやゲームカードが並べられていた。他にも遥か昔に流行っていたレトロな据え置きゲーム機がいくつも飾ってあった。あれはスーパーサターンにサーガステーション、むこうのはプレイボックス640だったか。一応知識としては知っているけれど、実物を見たのは初めてだ。
「凄いな、見た目的にも結構美品みたいだし。これって実際に遊べるんですか?」
「うん、だいたいのは遊べるはずだよ。……それにしても淵見くん、渋い物に目を付けたね。さてはなかなかのゲーマーだな?」
「えっ、いやいや、軽くかじった程度の知識ですよ」
頭を掻きつつ笑って誤魔化した。実際、それほどディープな知識を持っている訳ではない。ただ、ゲーマーとして今のゲームの礎となったレトロゲームにも興味はある。
「そんな照れ隠ししなくたっていいのにー。ただ、残念だけど棚に展示されてるゲームはサークルの会員にならないと遊べないんだ、ごめんね」
神楽は手を合わせて謝るようなポーズをして言った。
「あー、そうなんですか。たしかにレトロゲームなんかはそこそこのプレ値ついてますもんね。手荒に扱われて壊れたりしたら困りますし、会員だけ遊べるってのは妥当なラインだと思いますよ」
今ではもう製造されていないレトロゲームは流通が中古市場にしかないものも多い。そのため、年を経るごとに希少価値が上がっていき、値段もプレミアムな価格になってしまうのだ。
「そう言ってもらえると助かるよ。棚のゲームたちは何代も前の先輩たちから脈々と受け継がれてきた大切な備品だからさ」
なるほど、昔の電脳ゲーム研究会に所属していた先輩たちが未来の後輩のために残していったものなのか。そういった背景を知るとより一層、大切にしたいという神楽の気持ちも理解できる。
「それじゃあ、ゲーム体験会をしよっか」
神楽はリラクゼーションチェアの内、片方の一つへ身を沈めた。椅子の横には小さな丸テーブルが設置されており、そこにゲームカードが並べられている。
宇宙戦闘機に乗って敵対性宇宙人を撃退するシューティングゲームの『Type‐Bee』
様々なゲームの主要キャラクターがごちゃ混ぜになり戦う対戦ゲーム『大乱戦オールスターズ』
近未来の忍者となり、任務をこなして成長していくアクションMMORPGの『‐NINJA‐になろうVR』
などなどジャンルの異なる様々なゲームが並べられていた。
しかし、何を遊んでみたい? と神楽に問いかけられると、俺は答えに詰まってしまった。というのも、ここに置かれているゲームは全て遊んだことがあるからだ。もちろん、どれも面白いゲームなので初心者向けとしてゲーム体験の導入に使うのは大正解だ。
うーん、ここはワイワイと楽しめる大乱戦オールスターズ辺りを遊んでおくのが無難か。そう考えて、ゲームカードを指差そうとすると、神楽の手が俺の指先を遮った。
「なーんか、歯切れ悪いね……。もしかして、全部遊んだことあるんでしょう?」
「ギクッ」
「あっはっはー、分かりやすっ」
「いやぁ、せっかくのお誘いなのに全部遊んだことあるなんて言ったら興醒めかと思って……」
「新入生がそんなに気を使わなくて良いのに。……あっ、それじゃあさ、少しマイナーなんだけど、あたしの好きなゲームがあるんだ。それやろうよ」
そう言って神楽は椅子から跳び起きて棚を物色する。それからすぐに一枚のゲームカードを持ってきて俺に見せた。
「降霊巫女様珍道中……?」
「そうそう、昨年VRで発売されたゲームなんだけど全然売れてなくてねー。というのも‐NINJA‐になろうVRが発売した翌週が発売日だったからさ。皆、そっちに行っちゃったんだ」
受験勉強で忙しかったというのもあるけれど、全く知らないゲームだ。しかし、電脳ゲーム研究会の会長が太鼓判を押すというのなら、きっと面白いゲームに違いない。
「良いですね、やりましょう」
「よし、良い返事だ。そしたら窓際のソファに座って」
「了解です」
俺は言われるがままにソファへ腰掛ける。それから神楽が渡してきたヘッドギアを装着した。そういえば、ゲームカードが一枚しか無かったけど、その場合はどうやって二人で遊ぶんだろう。そんな疑問を抱いていると、ヘッドギア越しに神楽の声が聞こえてきた。
「ゲームカード一枚しか無いからローカル接続するよ。ちょっとヘッドギアに触るから、顔に手が当たったらごめんねー」
そう言うや否や、神楽がヘッドギアに触れる。自分が装着したヘッドギアを誰かが触れているというのは不思議な感覚だ。まるで生殺与奪の権を握らせているような錯覚をしてしまい少し怖い。もちろん、それは考え過ぎなのだけど。
ちなみにローカル接続というのはヘッドギア同士を専用のコードで繋げることにより、ゲームカードが一枚しか無くても二人以上で遊ぶことができるという画期的なシステムだ。
とはいえ、実際にローカル接続で遊ぶことはほとんど無い。俺も小学生の頃に佐藤を含む友人連中で『大乱戦オールスターズ』を遊んだ時以来だ。
その原因の一つにコードが短いという問題がある。
小学生くらいまでは許容していたけれど、中学生以降になってコードで繋げられる距離感で一緒にゲームをするというのが無性に恥ずかしくなったのだ。
そんなわけだから、ずいぶんと久しぶりに聞いたローカル接続という言葉に懐かしさを覚えていた。だからこそ、俺は不意打ちを食らってしまったのだ。
とすっ、という軽快な着席音がすぐ隣で聞こえる。
そして、直後に俺の右半身に人の温もりを感じた。
……えっ?
一瞬、何が起こったのか把握できなかった。ただ、分かることは隣から微かな花の匂いが香ったということだ。
ゆっくりと状況を確認していく。俺と神楽の装着したヘッドギアはローカル接続されている。そして、使われるコードは短い。つまり、現状俺たちは二人掛けのソファに肌が触れ合うほど近い距離で並んで座っているということだ。
「せーの、でゲームを起動するよー」
「えっ、あ、はい」
パニック状態の俺へ間髪入れずに神楽が話しかける。
俺は心臓がどぎまぎとした状態のまま空返事をするのが精一杯だった。
「じゃあ、いくよ。せーの」
神楽の声に合わせて俺は慌ててヘッドギアを起動させる。そうして、俺の意識はゲームの中へ落ちていったのだった。
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