第102話 忍び寄る勧誘の魔の手

淵見ふちみ 瀬織せおり


 大学の新入生勧誘という荒波に揉まれて疲れ果てた俺は、メインストリートから外れた木陰に設置されたベンチに癒しを求めた。しかし、そこで一息ついていたのも束の間、見知らぬ女性が声を掛けてきたのであった。


「えっと、どなた様でしょうか?」


 なんとはなしに敬語になってしまう。

 いや、私服姿なところを見るに、おそらく先輩だろう。背丈は随分と小さいようだけれど、女性を身長で判断してはいけない。いやでも、本当に小さいな。百五十センチも無いんじゃなかろうか。

 小柄な女性は俺の質問を聞くと、腕を組んで「ふふん」とドヤ顔になりつつ答えてくれた。


「あたしは神楽かぐら 夜ミ子よみこ。電脳ゲーム研究会の会長をしてるんだ」


「はあ、そうなんですか」


 なんでドヤ顔なんだと思ったけれど、おそらく会長をしてるから、かな。

 奇遇なことに俺も最近会長とか組長とかになったばかりだ。今度からは俺もドヤっとした雰囲気で名乗りを上げてみようか。……いや、似合わないから止めとこう。


「そうなんですかって、それで終わりは無いでしょ、キミは?」


「え……?」


 あぁ、俺の名前を聞いているのか。


「俺は淵見って言います」


「淵見くんだね!」


 溌溂はつらつとした彼女は眩しい。それに初対面なのにグイグイ来るタイプだ。押しが強い。

 俺はどちらかと言うとインドア派のゲーマーだ。スポーツも中学までは部活でやっていたけれど、本質的には内向的な性格なのだ。こういったタイプは苦手な部類だ。

 でも、たしか最初に自己紹介した時にゲーム研究会とか言っていたな。大学生ともなると、ゲーマーでも社交性が強い人が増えるのかもしれない。


「あはは、疲れた顔してる。ペデ下は大変だったでしょ」


「ぺでした……って何ですか?」


「さっき淵見くんが出てきた所だよ。ペデストリアンデッキの下にある通路、だからペデ下」


「あぁ、あのメインストリートってそう呼ぶんですね」


 俺がさっきまで歩いていたメインストリートには、屋外にも関わらず屋根がある。その屋根にあたる部分がペデストリアンデッキだ。そちらは屋根兼通路となっており、各学部棟の二階と直接繋がっている。

 つまり、一本の道に一階と二階の部分があるわけだ。人でごった返す様子を見るに、本来は混雑緩和のために作られたものだろうと思われる。


「毎年入学式の直後は混雑が凄いんだー。ちなみに、これが一週間は続くと思ってね」


「げぇ、マジですか」


 その説明に俺は思わずげんなりとしてしまう。しかし、神楽は俺の肩を軽く叩きながら笑った。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。その後はだいぶ過ごしやすくなるし、さらに一ヶ月も経てば人の数が激減するから」


「そうなんですか?」


 たしか大学では講義を自分で選んで受講できると聞いた。だから、高校までのようにみんながみんな同じように大学に来るわけではなくなる。そんな話は色々なところから聞いた。しかし、だからと言って一ヶ月で人が急激に少なくなるなんてことは考えにくいけども……。


「なんでだろうって顔してるね」


「そんなに分かりやすい顔してましたか?」


「うん、笑っちゃうくらい顔に出てたよ」


 ちょっと本格的にポーカーフェイスの練習をした方が良いかもしれない。会う人みんなに表情を読まれてる気がする。


「その疑問にお答えしよう。何故なら一ヶ月もすると大学に通学しなくなる学生がたくさん出てくるからだよー」


「えー……」


 知りたくない真実だった。

 いや、それなりに高い金を払って通うんだから、そんなちゃらんぽらんな考えになるかなぁ。俺にはなかなか理解できない。


「うんうん、淵見くんはそんなの理解できないよーって顔してるね」


 ちょっとあんまり俺の表情を読まないで!

 なんだか自分の考えを丸裸にされているようで恥ずかしい。


「でもね、そんな淵見くんも他人事だとは言えないんだよ」


「そうなんですか?」


「そうだよ。大学に来なくなる原因の一つに、大学が楽しくない、というものがあるんだ」


 そんなことで通わなくなったりするのか?

 そもそも専攻科目を勉強するために通っているのだから、楽しくないとかいうのは関係なさそうなものだ。


「おやおや、余裕の表情をしてるけど、高校までと同じように考えていたら足元を掬われるよ。高校までは否が応でも生活を共にする学友が居たでしょう。でも、大学では学友という関係性は最も薄い関係性と言っても過言ではないのだ!」


「な、なんだってー?!」


 ビシッと指を突き付けるポーズまでして断言するものだから、俺もとりあえずノリに乗ってみた。そうは言っても、まだ実感は湧かない。


「でも、毎日顔を合わす連中もいるだろうし、自然と仲のいいヤツができたりもするんじゃないですか?」


「甘い甘い、砂糖よりも甘いよ。まだしばらくは講義がないでしょう。せいぜいオリエンテーションくらいかな。そして、実際に講義が始まると愕然とするだろうね。その時にはすでにほとんどの学生がコミュニティに参加しているんだよ」


「どういうことですか?!」


「それはね、新入生はこの勧誘期間の内にサークルでコミュニティを形成しちゃうんだ。マンモスサークルなんかだと同じ学部に何人も同じサークルメンバーがいることもざらにある。そうやって事前にコミュニティへと参加することに成功した者たちは生き残るのさ」


「サークルがそんなに重要なものだったなんて……」


 知らなかった。この情報を知らなければ、俺はサークルに入らずにいたかもしれない。ピンとくるものが無ければ普通にスルーしていただろう。

 こうなったら、今一度恐怖のペデ下へ突貫してサークル情報を集めねばなるまい。善は急げだ。早速、行こう。

 そんな風に思っていると、当の神楽は俺のことを見て何気ない風に尋ねた。


「ところで、淵見くんはさー、ゲームとか興味ない?」


「え、なんですか。俺は今からあの荒波をかきわけて薔薇色の大学生活を掴み取らなきゃいけないんですよ! ……あぁ、そっか。貴重な情報を教えていただいてありがとうございます!」


 神楽夜ミ子に礼も済んだ。さあ、準備オッケーだ。いっくぞー!


「ちょっと待ってと言ってるでしょーが!」


 痺れを切らした様子で神楽夜ミ子は俺の腕をむんずと掴んだ。いや、待てと言われた記憶は無いけど。しかし、それを言っては空気を悪くしそうだ。ひとまず、ペデ下へ向かおうとする足を止めて神楽へと向き直る。


「だからさ。ゲームよ、ゲーム。やるの? やらないの?」


「ゲームですか。それなりにたしなんではいますよ」


 これは嘘だ。どっぷりとゲームにハマっている。でも、いきなり初対面で重度のゲーマーですという自己紹介は博打が過ぎる。そんなわけで控えめの申告をした。

 さて、俺の返答を受けて当の神楽の方はと言うと、ゲームを嗜むという言葉を聞いて目の色が変わる。


「良いね! それならさ、あたしが会長をしている電脳ゲーム研究会に入らない?」


「あぁ、勧誘だったんですね」


 ここまで長い前振りだったようだ。

 押しの強い感じでグイグイと話し掛けてきていたのは、新入生勧誘の一環だったようだ。サッと後ろ手に持っていたらしいチラシを俺に押し付ける。


「電脳ゲーム研究会、か……」


 チラシにはデカデカとサークル名とともにゲームのスクリーンショットの画像が貼られている。ゲームの画像はテラナイトファンタジーというゲームだ。俺も過去に遊んだことがある。むむむ、少し興味がそそられてきたかもしれない。

 チラシには煽り文句も書かれていた。「可愛い会長と一緒に、貴方も無限大の世界へ飛び込もう!」というものだ。この人、自己顕示欲強いな……。


「テラナイトファンタジー、良いですよね。高二の時に遊びましたよ」


「おっ、良い反応してくれるじゃない。じゃあさ、もし良かったらサークル室に来て、ちょっと遊ばない? 体験用に最新の感覚ダイブ型VRヘッドギアも用意してるからさ」


 ほうほう、ヘッドギアがサークル室に用意してあると。VR専用のヘッドギアが世に流通してそれなりに時間は経ったけれど、それでも最新ゲームを動かせる馬力を持ったヘッドギアともなると高価な代物になってくる。

 二年前に発売したテラナイトファンタジーも濃密な世界観に裏打ちされた馬鹿げたゲーム容量とグラフィックの良さが売りだった。しかし、安価なヘッドギアでは満足にプレイすることができず、俺は泣く泣くグラフィックを落とした低画質状態で遊んでいた。

 もちろんゲーム自体は面白かったし、なんならドハマりしていたわけだが、それでも今にして思うと悔やむ部分もある。あのゲーム体験を最高画質で満喫したかった、と。


 つまり、最新ゲームをプレイするに足るスペックを備えたVRヘッドギアは、最高のゲーム体験をしたいという欲望を叶える点において非常に重要なポイントを占めているのだ。

 新入生の中にはヘッドギアを持っていなかったり、安価なヘッドギアしか持っていない者もいるだろう。そういった層に対して最新のヘッドギアでゲームを遊ばせる。そのファーストインプレッションの衝撃たるや、相当な威力を発揮することだろう。


 かくいう俺も「‐NINJA‐になろうVR」を機に最新のVRヘッドギアを購入したのだ。そして、まるで現実と見間違うようなリアルなグラフィックと、手足を動かす際のラグの無さなどに感動し打ちのめされた。


 この会長、ゲームを好きにさせる方法ってヤツをよく分かってやがる。俺は神楽の提案に深く頷いた。


「ぜひ、遊びに行かせてください」


 こうして俺はホイホイと付いて行ったのだった。

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