第四章 八百万カンパニーとツールボックス

第101話 それぞれの門出

▼佐藤 真也


 重い米袋を担ぎ上げると精米機へ玄米を投入していく。もう何度も繰り返した工程だ。その後の機械操作もやっと身体に染みついてきた。

 操作を終えて後ろを振り返ると親父と目が合った。俺の所作に無駄がないか、機械の操作を間違えていないか、こうして時折確認してくれている。今日は何事も無かったようで、静かに頷いてくれた。


「だいぶ操作もこなれてきただろ?」


「何言ってんだ、まだまだ新米のぺーぺーよ」


「えっ、もしかして米の新米と掛けてる?」


「減らず口叩いてねぇで、さっさと裏から米袋持って来い」


「イエッサー、了解」


 俺の返事にまだ何か言いたそうにしていたが、親父が再び口を開く前に店の裏へとすたこらさっさと逃げた。裏には専用の保管庫がある。中に入ると、ひんやりとして肌寒い。その中から米袋を二つ両肩に担ぎ上げると再び精米機のある表に戻った。


 俺は高校を卒業したら、そのまま家業の「佐藤米店」を継ぐことにしている。そのため、卒業を控えた三月から親父の下で簡単な手ほどきを受け始めていた。

 店は実家の一階を使用しているため、米屋の機械や道具は幼い頃から目にしていたけれど、実際にどうやって使うのかは、こうして教えてもらうまで全然知らなかった。


「なあ、真也。本当にウチを継いで良かったのか。他にやりたいことは無かったのか?」


「なんだよ、急に」


 出し抜けに親父がそんなことをポツリと問うてきた。

 一年前に大学受験をするのではなく、家業を継ぐという話を親父にした時以来だ。あの頃は毎日のように尋ねられた。本当に米屋を継ぐのか、他の選択肢を見てから決めて良いんだぞ。そんな風な具合だ。


「友達も皆大学に行くんじゃないかと思ってな。後になってから行っておけば良かったと後悔しないか心配なんだ」


「そりゃあ、大学に行くヤツの方が多いよ。ウチの高校は卒業者の九割が進学らしいし。でも、それを言うなら遅すぎだろ。高校三年生の期間はもう残り一ヶ月しかないんだ」


「浪人して勉強する手だってある」


してくれよ。それに家を継ぐのだって生半可な気持ちで決めたわけじゃない。親父だって跡継ぎいないと困るだろ?」


「それはそうだが……」


 佐藤米店は親父が創業した小さな米屋だ。従業員もアルバイトが一人いるだけで、ほぼ家族経営と言って良い。もし、俺が継がなければ恐らく親父の代で自然消滅するだろう。


「別に、真也を家業に縛るつもりはない。合わないと思ったら、それから大学を目指したって良い。一、二年浪人するくらい大丈夫だからな」


「分かった。頭の片隅に入れとくよ」


 言い方は厳しい時もあるが、なんだかんだで一人息子の俺を大事にしてくれていると我が身のことながら思う。だからこそ、親父の始めた家業を継ぎたいと思ったのかもしれない。


 俺が家業を覚えるのに忙しくしている間、瀬織の方も大学入学を控えて色々と慌ただしく準備しているようだ。一人暮らしに向けて家電を揃えたり、書類を準備したりと大変らしい。

 一人暮らしか。ほんの少しだけだが、俺も経験してみたかった。瀬織が新生活に慣れてきたら、一人暮らしの部屋に突撃してやろう。それで、いかがわしい物を見つけたらエイプリルに報告してやるのだ。俺は悪戯を思いついた子供のように笑った。


 そういえばセオリーは甲刃連合の幹部として認められるために甲刃工場地帯へ行く、とか言ってたな。お互いなかなか時間が合わないということで、三月中はおのおので自由行動になったけれど、果たしてどうなったことやら。






淵見ふちみ 瀬織せおり


 三月が終わり、明日からいよいよ四月に入る。

 俺は未だに慣れない自室で寝転がっていた。


 俺が一人暮らしを始めたアパートはいわゆる「1K」というものでメインの部屋が一つあり、それとは別にキッチンが備え付けられている。バス・トイレも別だ。正直なところ、借りた部屋には何も不満点が無い。


 とはいえ、このアパートは大学生向けの賃貸と銘打った売り出し方をしていたため、他の部屋の住人も大概が大学生ということになる。そうなってくると、隣人の交友関係や生活スタイルによっては夜中に騒がしくされるといった問題点が後から浮上してくるかもしれない。


「まあ、それを今から考えても仕方ないか」


 明日は入学式がある。

 それから大学と言えばサークルが盛んだろう。その辺が楽しみとしては大きい。と言っても、サークルがどんなものなのかは全然分からない。中学や高校の部活と同じようなものとして考えれば良いのだろうか。そうなってくると、高校は興味の持てる部活も無く帰宅部で過ごした俺としては心躍らない。

 変わったサークルや面白いサークルなんかがあると良いな。そんなことを思いながら眠りに就いた。




 翌日、俺はスーツに着替えて入学式へ向かった。

 大学は山の中にある。本当にここは都会なのかと疑いたくなるほどに山だ。その証拠に大学までモノレールが伸びている。オープンキャンパスという大学の見学会に参加した時にモノレールに乗ったけれど、あの時の衝撃は忘れられない。

 まるで登山用のロープウェイに乗っているかのような気分だった。電車で乗り継いでいた時までは都会の風景だったのに、急に自然豊かな山奥へと連れていかれたのだ。初めて来た時には狐につままれたようにポカンとしてしまった。


 今は一人暮らしの部屋を借りており、立地も大学から徒歩で十分かからないくらいの距離だ。しばらくはモノレールに揺られることもないだろう。

 ただ、この徒歩というのが意外と曲者だということに俺は気付いていなかった。



「ハァ……ハァ……、なんで朝から山登りせにゃならんのだ」


 ようやく大学構内に辿り着いた。大学は山の中にある。そして、借りていたアパートは平野部分に建っている。そうなると通学コースが必然的に山登りと化すのである。

 これは事前の情報収集が手抜かりだった。通学途中には俺と同じように、ひいこら言いながら登山をするスーツ姿がちらほら見られた。どうやらこの大学の最初の洗礼だったらしい。仲間がいることに若干の安堵を覚えつつ、指定された体育館へ向かった。


 入学式は体育館で行われた。そこは高校の体育館と比べて何倍あるのかというほど広い。新入生が数千、数万人単位でいるわけだから当然と言えばそれまでだけれど、これほど大規模な場所に集まるという経験は今までに無かった。


 結果として場の空気に飲まれたまま、なんだかフワフワとした状態で入学式は終わってしまった。偉い人の祝辞やら色々と読み上げられていた気がする。でも、何もかも右の耳から左の耳へ素通りしていた。


 体育館を後にして、今日のイベントは終了だ。

 本格的な学部ごとのオリエンテーションは明日から始まるらしい。となると、今日の俺の予定もこれで終了なわけだ。

 大学の構内は複数の学部棟を内包する形で構成されている。そして、棟の数は全部で十一棟あるらしい。そして、それらの棟に収まるだけの学生や教員がひしめいている。


 入学式の日だということもあって、構内を歩く学生の数が尋常ではない。普段の様子を知らないから比較対象はないけれど、よくテレビなどで見るスクランブル交差点の様子、あれを想像してもらえればそっくりそのまま現状の大学構内の様子となる。

 外に居ながらにして満員電車に乗っているような気分だ。こんな状態が平常運転ではないことを祈ろう。


 スーツ姿の新入生に対して、それ以上に多くの私服学生たちも見かける。彼らは看板を持ったり、道端にイスとテーブルを用意したりして新入生の勧誘に精を出していた。

 どうやら、あれらがサークルの新入生勧誘のようだ。


「ねーキミ、テニスやらない?」

「タップダンス同好会でーす、一緒にステップ刻みませんんか!?」

「クイズサークルQ&Aに入って、早押し問題解こうぜ!」


 四方八方から勧誘の声が聞こえてくる。俺も気付けば大量の勧誘チラシを握らされていた。人ゴミに揉まれて気分も悪くなりそうだ。

 なんとか構内のメインストリートから外れて、腰を落ち着けられそうな場所まで抜け出す。すごい熱量だ。それに多種多様なサークルがあるのも驚きだ。貰ったチラシだけ見ても二十枚以上ある。これでもメインストリートに並ぶ大量のサークルを見るに氷山の一角なのだろう。

 精神的に疲れてしまった俺は木陰に設置されたベンチに座り込んだ。


「ふぅ、疲れた」


「お疲れの様子だね、新入生くん」


 そんな俺の隣には、いつの間にか見知らぬ女性が座っていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る