第185話 第一接触、両者慢心の極み

▼セオリー


 甲刃重工の傭兵ダイコクとも別れ、テーマパーク内を警戒しつつ進む。

 よく考えると先に中へ入った方が有利な場所で待ち構えられるから、後から中へ入って行くのは不利だよなぁ。俺のことを見くびって正々堂々と来てくれたら助かるんだけど。


「おっと」


 とか考えていたらコレだ。背後から投擲された手裏剣を『第六感シックスセンス』で感知し、ひょいと避ける。

 振り返って手裏剣の出どころを見れば、そこには由崎組の組長マキシが立っていた。ショッピングストアの影に潜み、後から通るであろう俺を待ち構えていたということだ。


「ほう、中忍頭にしては良い反応だ。音も立てず、完全に死角から放ったんだがな」


「何言ってんのさ、避けて下さいと言わんばかりに殺気が駄々洩れだったぜ」


「殺気を感知する忍術を持っていたか。それなら奇襲はあまり意味を為さないな」


「そーそー、正面から正々堂々やろうぜ」


「ふん、減らず口を」


 とりあえず、最初の一撃は上手くいなせた。実際のところ、手裏剣を避けれたのは運が良かっただけだ。『第六感シックスセンス』は危険を報せてはくれるが、どんな危険が襲ってくるのかまでは教えてくれない。今回は普通の手裏剣だったから良かったけれど、もっと広範囲にダメージを発生させる爆弾なんかが投げられていれば避けたところで多少ダメージを負っていたことだろう。

 とはいえ、『第六感シックスセンス』が無ければ、今の一撃で終わっていた可能性すらある。最大限に周囲を警戒しつつ進んでいたつもりだったが、マキシの存在にまるで気付けなかった。隠密のステータスに差があるのか。マキシの実力の高さが窺える。


 だからこそ、俺はなんとしてでもヤツを挑発して正面からの戦いに持って行かなくてはならなかった。万が一、相手が隠密からの奇襲、待ち伏せに徹するような行動をし始めると俺にとって非常に厳しい戦いになってしまうからだ。


「幹部会合でできなかった続きをしようぜ」


 幹部会合で俺とマキシは一触即発の雰囲気になったけれど、その場は冴島組のキョウマによって流されてしまった。マキシの野郎もきっと煮え切らない気持ちで過ごしていたことだろう。ちょうど良く合法的に喧嘩するいい機会を設けてやったんだ。さあ、乗ってきな。


「策でも考えてきたか? 良いだろう、乗ってやる。その上で叩き潰して格の違いを教えてやろう。───『肥大術・超過筋力マキシマムマッスル』」


 マキシが忍術を唱えると、途端にヤツの腕と脚が膨れ上がる。衣服が破れ、肉体が露わになると、そこには幾重にも織り込まれた膨大な筋繊維が見える。見た目的には不格好だけれど、その両腕・両脚に見られる筋量は異常だ。


「うげぇ、ビジュアル最悪の忍術だな」


「黙れ!」


 マキシは地面を大きく掴み、クラウチングスタートの体勢をとった。直後、爆発のような音と共にマキシの姿がブレて消える。その直前から俺の脳内では非常警戒アラームがひっきりなしに鳴り響いていた。『第六感シックスセンス』の赴くままに全力で横っ飛び回避を敢行する。回避しつつ、俺がさっきまで立っていた所に目を向けると、そこには巨大な掌が上から覆い被さるようにして叩きつけられていた。割れる地面、はじけ飛ぶコンクリート片。

 しかし、まだ戦いは始まったばかりだ。息つく暇など与えてくれやしない。地面を叩き割りつつ、マキシの視線はすでに俺へと向けられていた。

 俺はクナイを投擲し、追撃に対する牽制とした。筋力が肥大化しているのは両腕と両脚のみで、顔や胴体はそのままだ。だからこそ、そこを狙う。つまりは顔面狙いのヘッドショット。


「それで牽制のつもりか!」


 俺の狙いは悪くなかった。クナイは吸い込まれるようにマキシのこめかみを切り裂いた。そこまでは俺の目論見通り。しかし、マキシには覚悟があった。反撃されるのは織り込み済み、それを差し引いてもチャンスがあれば俺を仕留める、殺意の覚悟だ。


「……っ! アンタ、痛覚無いのかよ?!」


 マキシは血が流れるのも意に介さず、直後に再び爆発するような勢いで筋力にモノを言わせた跳躍を繰り出した。

 俺は甘かった。てっきり顔面を狙う刃が迫ってくれば一度距離を取るなり、防御するなりで仕切り直しになるだろうなどと考えてしまった。

 ヤクザクランの組長、それも上位幹部に名を連ねる者が、たかだか格下からのクナイ一本を避けるために退くなどという選択肢を取れるはずもなかった。


「貴様にはこれで十分だ」


 瞬時に距離を詰め、俺の目の前まで躍り出てきたマキシは指を折り曲げてピンッと弾く。いわゆるデコピンというヤツだ。それが限界まで筋繊維を折り重ね、筋肉の塊となった腕により放たれる。その一撃は俺という人ひとりを簡単に吹き飛ばす威力と衝撃を伴っていた。

 吹き飛ぶ身体は宙を一直線に飛んでいき、ショッピングストアの壁にぶつかり停止した。背中を強く打ち付けて肺の中の空気が全て強制的に吐き出される。目の前がチカチカとして、頭はくらくらする。


「……っかは」


 地面に落下してようやく息を吸い込めた。荒く呼吸を繰り返しながら、すぐに体勢を立て直してマキシへ視線を向ける。しかし、一度は地面に倒れ伏した俺を前にして、ヤツは性急に詰めようとはせず、悠々と見下ろしていた。格の違いを見せつけた強者の余裕。


「力の差は歴然、といったところだな。彼我ひがの実力差を冷静に見つめ直せたか?」


「げほっ……、はぁはぁ。へっ、何言ってんだよ。元より実力に差があるのは分かり切ってんだ」


 マキシが上忍だろうと上忍頭だろうと、どちらにせよ中忍頭の俺よりランクの高い忍者であることに間違いはない。数値に表れるステータスでは確実に劣っているだろう。そんなことは百も承知の上だ。


「だけどよ、今のタイミングで俺を落とさなかったのは舐め過ぎだろ」


 マキシは俺に対してずいぶんと説教をしたい様子が見受けられる。それは若造に対する躾のような側面もあるのかもしれない。それこそヤクザクランなんて上下関係にうるさそうだしな。

 だが、だからといって止めを刺せる絶好のチャンスをふいにしてまで俺に説教を垂れるのは慢心と言える。今、あのタイミングで一気に片を付けなかったことをマキシは後悔するだろう。


「それなら一矢でも報いてみろ。現状、貴様は一ミリも俺の脅威足りえないぞ」


「そうかい」


 俺は会話をしつつポーチから取り出した小型の煙爆弾を足元に転がした。すぐさま破裂し、大量の白煙を周囲に撒き散らす。


「小癪な、煙幕か」


 マキシが悪態を吐くのが煙の向こうから聞こえる。俺は煙に紛れつつ、居場所を変えた。そして、忍術を唱える。


「『支配術・黄泉戻し任侠ハーデスドール』」


 手の先から光の粒子が湧き出し、それが目の前で人型を形作っていく。そして、白煙が消え去ると少年が一人立っていた。


「ほほぉ、面白そうな相手じゃねぇかぁ」


「ライギュウ、気を抜くな。突進の速さは全盛期のお前並みだぞ」


 召喚されたライギュウは手を頭の後ろに組んでマキシのことを品定めするように見た。肥大化した筋肉により爆発的な力を得たマキシは全盛期のライギュウに近い。直線的な動きで攻撃してくるところも似ているっちゃ似ている。

 とはいえ、全盛期のライギュウは筋肉の密度が段違いに大きく、ぎゅっと引き締まっていた。いうなれば練り上げられた筋肉といった感じだ。それに対してマキシの筋肉は筋繊維が暴走し、異常増殖を繰り返した末にできあがった無差別な筋肉といった様子である。

 おかげで瞬発力は驚異的だが、一撃の威力自体は全盛期ライギュウよりも軽い。まあ、さっき喰らったのはデコピンだからマジの拳を喰らったらどうなるか分かったもんじゃないけどな。


「暗黒アンダー都市のライギュウか。死してなお傀儡かいらいにされるとは哀れな男だ」


「あぁん? 喧嘩売ってんのかぁ、てめぇ」


「憐れんでるんだ。素晴らしい筋肉の持ち主だったのに、今や見る影もない」


「この体のことかぁ。そりゃあ、俺だって好きでガキの体でいるわけじゃねぇ」


「そんな醜態を晒し続けるのも辛いだろう。俺の手で引導を渡してやる」


「ははぁ、つまり結局は喧嘩したいんだろぉ。やろうぜ、さっさとよ」


 マキシがクラウチングスタートの体勢を取る。それに対して、ライギュウはまるでこれから抱擁でもするかのように両腕を広げて構えた。

 ……あれ、なんか急に蚊帳の外になってないか、俺。しかし、ヒートアップしている中、申し訳ないんだけどライギュウとマキシの一対一にはしてやれない。俺は腕をグルグルと回しながらライギュウの隣に並び立った。


「ライギュウ、一応、命令しておく。好きに動け。俺が合わせる」


「好きに動けだぁ? 良いのかよ、付いて来れなくても置いてくぜ」


「それで構わない、伸び伸びとやってみてくれ。その代わり、最初っから本気でだ」


「あぁ? ……まあ、いいかぁ。どっちにしろ、俺に選択肢なんてねぇんだからなぁ」


 俺の命令は正しく伝わったようだ。ライギュウは両腕を広げていた状態から、拳を固めて体の前をガードするように構え直した。続けて『雷神術・雷鬼降臨』を使用する。身体を電撃が纏わり付き、額に一本の角が生えた。

 本気のライギュウとは、すなわち慢心の無い状態を指す。ライギュウの慢心とは、相手の全力を受け止めた上で、それを力で捩じ伏せようというストロングスタイルのことだ。

 かつて見た全盛期のライギュウであればその戦い方でも良かったかもしれない。しかし、今の少年と化したライギュウが同じ戦法を取った場合、全力を受け止めるのにライギュウ自身も全力を使ってしまい、結果反撃する分の余力が残らなくなってしまう。

 つまり、現状のライギュウには命令してでも最初から本気を出してもらう必要があった。俺たちはチャレンジャーだ。慢心している余裕なんてない。

 最初の出会い頭でマキシが一気に勝負を決めに来なくて助かった。俺も半端に様子見なんてしてしまったから、危うくそのまま脱落するところだった。


 目を閉じ、息を吐く。指先の隅々まで神経が行き渡っているのを感じられるように、息を吸い直す。ここからは俺も本気だ。心の中にあるスイッチを入れる。


第六感的死線突破シックスセンス・ブレイクスルー


 さあ、ここからが本番だ。

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