第184話 四者、会敵
▼セオリー
いよいよ序列決めも大詰め。最後の種目は「戦闘能力」戦だ。
資産形成能力、諜報能力と来て、それでも最後に頼れるものは直接的な力なのだ、という甲刃連合の意志を感じる順番となっている。
冴島組の忍者に付いて行き、戦いの舞台へ向かっていると途中でルペルと出会った。「諜報能力」戦が終わり、控え室へ向かうのだろう。その顔は少々申し訳なさそうな、ばつが悪いような表情に見えた。
「よっ、ルペル、お疲れ。大活躍だったな」
「セオリー……。すまないね、八重組にしてやられたよ」
「あぁ、それな。由崎組を囮に使われたんだろう。仕方ないって」
立ち止まり、ルペルと向かい合う。そういえば、具体的にルペルはどんな戦法で相手の運搬役を妨害していたのだろう。
「ところで、どうやって運搬コースを制限してたんだ?」
相手陣営の「資産形成能力」戦の解答を運搬する者たちは吸い込まれるようにルペルが罠を張る一ヶ所へと誘導されていた。おそらくは固有忍術を使ったのだろうけど、その謎は未だに分かっていない。
「簡単に言えば、軽い暗示を掛けたんだよ。私の『忌名術』は知っての通りNPCを操ることができるからね」
「でもよ、完全に支配する場合は一人までとか言ってなかったか?」
「そうだよ、私の固有忍術で完全に支配下へ置くことができるのは一人まで。それより多くなると強制力が落ちていく。だがね、潜在意識に簡単な感情を刷り込むくらいだったら、もっと多くの人数を対象にできるのさ」
「潜在意識に刷り込む……?」
「そう、例えばサブリミナル効果は知っているかい?」
「映像とかの中にメッセージを紛れ込ませるヤツだろ」
「その通り。それと似た形で潜在意識に暗示を掛けて運搬コースを限定したわけだよ。この道はなんだか嫌な予感がする、この先に行ったら危険な気がする、そんなポイントをいくつか刷り込んで、最終的に罠を仕掛けた地点に誘導したわけさ」
なるほど、行動の全てを支配するのではなく、本人の意志を暗示で誘導したわけだ。この場合、操られていたとしても本人は自分の意志で動いたと思い込んでしまうだろうからなおさら
「ほーん、それなら八重組はどうやって被害を防いだんだろうな?」
「さぁてね、それは分からない。いくつかこうじゃないかっていう候補はあるけどね」
「へぇ、例えば?」
「一番単純な方法で言えば、運搬役を直前にすり替えた、とか」
「あぁ、確かにな。でも、それってルペルに洗脳されてることが分かってなきゃできない事だろ」
「そうだね。あとは私の『忌名術』を他の洗脳・支配系統の忍術で上書きされてしまった可能性も考えられるかな」
洗脳支配の上書き。なるほど、そういう手もあるのか。でも、どっちにしろ敵がルペルの『忌名術』を察知しているからこそ取れる手だろう。
「なんにせよ、八重組には私よりも一枚
上忍頭のルペルよりも上手な敵か。正直、考えたくもない悪夢だ。しかし、相手は甲刃連合の上位幹部に名を連ねていたのだから、必ず何かしらの強みを持っているだろう。それを蹴散らせなければ不知見組が甲刃連合でのし上がっていくことなど夢のまた夢だ。
「セオリー様、そろそろよろしいですか?」
冴島組の忍者が腕時計を確認しつつ話しかけてきた。
おっと、話し込み過ぎたか。他の組を待たせてしまっているかもしれない。
「つい長話しちまったな。ルペル、あとはドンと構えて待っててくれ」
「あぁ、任せたよ」
ルペルと別れ、今度こそ本戦会場へ向かう。
しばらく歩いた先に現れたのはテーマパークだった。遠目には観覧車や水族館といったアミューズメント施設らしい建造物が見える。門をくぐり中へ入って行くと、他にもレストラン街やショッピングストアなんかも取り揃えてあるようだ。
ここは関東地方の南、甲刃工場地帯にある甲刃連合100%出資のテーマパーク「百景島シーアイランド」という。なんなら俺がさっきまで居た控え室は、このシーアイランドに隣接されたホテルの一室だ。つまり、今回の序列決めはテーマパークを貸し切って会場にしているのである。
「目上を待たせるとは良い度胸しているな」
テーマパークの中央エントランスになっている広場には、すでに他の組の代表者たちが待ち構えていた。俺が遅れて到着すると由崎組の組長マキシが噛みつくようにして声を荒げている。
俺はそれをスルーして他の面々へと視線を移していく。甲刃重工からは大柄の男が一人、八重組は黒い長髪を垂らした女が一人だ。
「おい、貴様! 聞いているのか。聞こえているのだろう、おい!」
そして、由崎組は組長のマキシが出張ってきたらしい。すごい剣幕で怒鳴り散らしている。まあ、確かに一度目を合わせた後、他の人に視線を移したからな。既読スルーは良くない。
「そうギャンギャン喚くなって。聞こえてるよ」
「遅れて来ておいてその態度か。ふざけるのも大概にしろ」
うへぇ、怒り心頭って感じだ。これじゃあ、俺が何を言っても火に油を注ぐだけだろう。チラリと進行役っぽい冴島組の忍者へと視線を送る。早く始めちゃってくれ。
俺の視線に気付いた進行役はゴホンと一つ咳払いをして注目を集めた。それからルールを説明するべく口を開いた。
「皆様、お集まり頂けましたね。それでは、これより『戦闘能力』戦のルール説明をさせていただきます。とはいえ、至ってシンプルです。皆様には殺し合いをしてもらいます。最後に立っていた者の勝利です」
ルールは簡単。つまり、生き残っていた順番がそのまま順位になるというわけだ。つうか、俺とマキシはそれぞれ組長でもあるんだけど、本気で殺すつもりでやる雰囲気だけど大丈夫なのか?
そう思っていると、進行役が両手を地面に触れさせて忍術を唱え始めた。
「『遊戯術・
緑色の格子状をした壁が進行役を中心に広がっていき、包み込まれていく。おそらくはこのテーマパーク全域をすっぽりと覆っているのだろう。これは一体どんな効果があるのか。
「セオリー様は初めて目にしますか?」
「あぁ」
俺の返答に進行役はコクリと頷くと、俺を案内してくれた冴島組の忍者へ向けて手刀を放った。指先から胸を貫き、心臓を穿つ。誰の目にも死亡は明らかだ。そのまま光の粒子となって案内をしてくれた忍者が消えてしまった。
「えぇっ、死んだ?!」
俺が目を白黒させていると、進行役がテーマパークの一角を指差す。すると、ストアの中から先ほど粒子となって消えた忍者が出てきたのだった。
「……生きてる?」
「はい、その通りです。この『
「へぇ……、まるでゲームだな」
「はい、ですから『遊戯術』なのでしょう」
変わった忍術だ。しかも、一般忍術ということは誰しもが習得可能な忍術ということ。こんな特殊な忍術を誰でも覚えられるってのはおかしな話だ。
それからもう一つ気になったのは、さっき忍術が発動した時の緑色の格子状をしたエフェクトだ。まるでフェイとの修行で向かったサーバーの境界線に張られた結界のようでもあった。
これは勘だけど、おそらく『遊戯術』ってのは運営側が意図的に用意した忍術っぽいな。今回みたく同じクラン同士で戦う際にNPCが相手でも遠慮しなくて済むように、とかそういう配慮だろう。
「ご理解いただけましたか?」
「あぁ、殺すつもりで相手を攻撃しても問題ないってことだな」
「ハッ、大きく出たな」
俺の言葉を聞いてマキシが鼻で笑う。
「大口を叩いていられるのも今の内だ。すぐに吠え面をかかせてやる」
そういってテーマパークの中に消えていった。八重組の代表である女も知らぬ間に居なくなっていた。中央エントランスにはすでに俺と甲刃重工の忍者しかいない。
「では、五分後に信号弾を上空へ放ちます。それが戦闘開始の合図です。見逃さないようにしてください」
「はい、りょうかーい」
進行役に手を上げて返事をし、それから甲刃重工の忍者と合流する。カザキによれば甲刃重工で一番戦闘力が高い忍者、もとい傭兵なのだという。
「えっと、ダイコクだよな。今日はよろしく」
「不知見組の組長セオリーか。社長から話は聞いている。協力して由崎組と八重組に対応せよ、とな」
「あぁ、俺たち二人で組めば、向こうさんが手を組んでも二対二でイーブンだろ」
「……イーブンね。さて、どうだかな。お前さん、中忍頭なんだろ?」
「そうだ」
「なら、せいぜい足を引っ張らないでくれよ。俺は金の分の働きをするだけだ」
「おい、どこ行くんだよ」
「俺は一人で動く。お前さんの方に二人とも行ったらフォローしてやるよ。だが、一対一なら自分でなんとかしろ」
俺の返答も待たず、ズンズンとテーマパークの中へ入って行ってしまった。
うーん、あの感じだと協力するのは難しいかもしれないな。カザキが満を持して用意した手駒だ。戦闘能力は十分あるのだろうけど協調性は皆無だ。
つうか、多分俺が中忍頭だから二対二の状況になった方が不利だって考えたんだろう。カザキの前情報によれば、どこの組も『戦闘能力』戦には少なくとも上忍以上の力を持った忍者を用意するはずと推測していた。
俺は戦力的に足手まといか……。
分かっていたはずだ。不知見組は戦力的に明らかに不利だった。シュガーも居ない今、それは
「やってやろうじゃないか」
進行役が信号弾を上空へ放つ。さあ、修行の成果を見せる時だ。この戦いが終わった後、中忍頭だからって侮った奴らの鼻を明かしてやろう。
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