第186話 第六感的死線突破

▼セオリー


 腕と脚を異常発達した筋繊維で包み込むマキシは、鬼と化し雷をまとったライギュウを用心深く見つめた。いくら筋肉ダルマになろうと感電は防ぎきれないのだろう。忍術における相性はこちらに分がありそうだ。


「さぁて、いくぜぇ?」


 ライギュウが右の拳を引く。それは正拳突きの構えだ。すなわち、ライギュウの持ち得る最大限の火力技『芝村拳法・男の迅雷突き』の準備モーションである。

 しかし、それに対応するマキシの行動も早かった。俺たち二人を中心にして弧を描くように高速で移動し始める。ライギュウの強みは直線方向への攻撃力の高さにあるが、代わりに左右への素早い切り替えしに難がある。マキシの初動は明確にライギュウの弱点を突く動きだった。


「チィッ、小賢しい真似しやがる」


「ライギュウ、貴様のデータは甲刃連合の上位幹部には筒抜けだ。当然、弱点も知っているし、対策手段も十分に検討してある」


 なるほど、芝村組の元組長ライゴウは上位幹部に歯向かう狂犬だった。その息子であるライギュウも当然警戒すべき対象に入っていたのだろう。だからこそ、ライギュウの強みと弱みは徹底的に分析し尽くされてるってわけだ。

 マキシは勝ち誇ったような笑いをあげつつ、速度のギアを上げた。俺とライギュウを中心とした円運動。その速さは異常なほどになっていた。砂煙が上がり、しだいにマキシの姿が二重三重にブレていく。高速移動と分身、それから砂煙による錯覚も駆使したであろう多重影分身。気付けば、何十人もの数に増えたマキシが周囲を取り囲み、もはや全方向どこから攻撃を仕掛けてくるのかも分からない状況となっていた。


「……ライギュウ、『待て』だ。だが、いつでも撃てる状態にしといてくれ」


「へぇへぇ、仰せのままに、ってな。どっちにしろぉ、今の身体じゃあアイツの姿を目で追えねぇ」


 俺の命令を聞いたライギュウは拳を引いた構えのまま静かに目をつむった。直後、ライギュウの身体にまとわれていた稲妻がスッと引き、身体の中に吸い込まれる。それは例えるなら、荒波が一瞬の内に凪いだかのようだった。

 しかし、鬼の角は生えたままだ。『雷鬼降臨』を解いたわけじゃない。ただ、暴風雨のように撒き散らしていた力の奔流を、一時的に内へ押し留めたのだ。しかるべき時に爆発させるため、力を温存しているとも言える。


 ライギュウに本気で戦えと命令した意味が出ていることを実感した。頭で考えているのかどうかは分からない。しかし、例え本能でやってるのだとしても、自分自身の最大限をぶつけるために尽力している。今のライギュウに遊びはない。

 そうなれば、あとは俺がきちんと務めを果たせるかどうかだ。スイッチは入れた。あとはフェイ先生との特訓の時にできたことを今もやるだけだ。


 ライギュウにならって、目をつむる。

 周囲の音が耳に集まる。マキシの移動する足音、巻き上がる風の音、どこか遠くで聞こえる爆発音や銃声。それからもっと深く、人の鼓動、気配、そして、……殺気。



 右前方から人が地面を強く蹴り、接近してくる音が聞こえた。

 目を見開く。右前方には音が示す通り、マキシの姿があった。異常発達した奇怪な剛腕を振り上げ、突進してくる。だが同時に、首の後ろがチリチリと焦げるような感覚を覚えた。



 ……目の前のは、違う!



 突進してくるマキシが発する音とは裏腹に、殺気の出どころは左後方にあった。ロッセル手製の棒をポーチから出現させ、手で掴む。それから身体を反転させつつ、左後方へ向けて棒を突きだした。


「ぐあぁっ、……くっ、この程度ぉ!」


 完全にカウンターとなって吸い込まれるようにマキシの胴体へ棒が突き刺さる。だが、俺の筋力で突きだされた棒程度でマキシの突進が止まる訳が無い。胴体へ捻じ込まれていく棒を無視しながら、マキシはなおも突進し、剛腕を振り抜いた。


「ライギュウ!」


「『男の迅雷突き』ぃ!」


 マキシの振り抜く拳と俺の声に反応して突きだされたライギュウの拳が至近距離で衝突する。衝突箇所を中心として轟音と激しい爆風が巻き起こり、俺は自身の顔を腕で守った。足に気を集中させ踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまいそうだ。

 風が収まり、爆心地を見る。拳を突き出した構えのまま立つライギュウの姿。それと相対するように立ちはだかるマキシ。しかし、マキシの拳は粉々に砕け散っていた。筋繊維で覆われて巨大になっていた拳は見るも無残に吹き飛び、引き千切れた筋繊維が腕から垂れ下がっている。


「そんな馬鹿な……」


 信じられないものを見たかのように、マキシが言葉をこぼす。自身の砕け散った拳と、悠然と拳を突き出すライギュウを交互に見比べ、それから両手で頭を掻き毟り始めた。


「そんな馬鹿なことがあってたまるか……。俺の『肥大術』が殴り合いで負けるわけがない! 嘘だ、嘘に決まっている……!」


 呪詛のように呟かれる言葉からはさっきまでの余裕は感じられない。怒り、悲しみ、それから殺気がマキシを中心にして収束していく。


「ただじゃおかない。俺の拳を砕イタ代償は高いゾ。覚悟シロ……!」


「……あれ、なんかヤバくないか?」


 不穏を感じ取った時にはすでに遅く。マキシの中で圧縮されていた負の感情が一気に膨れ上がり、爆発した。


「轢キ潰シテヤル……! 『肥大術・筋肉異常暴走マッスルランナウェイ』」


 感情の爆発と共にマキシを構成していた肉体を覆い隠すように筋繊維が異常増殖を繰り返し、巨大化していく。その勢いはすさまじく、俺とライギュウを飲み込まんと肉の壁が波のように広がっていった。


「おら、掴めぇ!」


 ライギュウが伸ばした手をギリギリで掴み、それから引っ張られるままショッピングストアの屋上まで退避する。


「サンキュー」


「お前がやられたら術が解けるだろうがぁ。気を付けやがれぇ」


「はっはっは、ライギュウを信用してたんだよ」


「テキトー言ってんじゃねぇ。絶対に何も考えて無かっただろぉ」


「あ、バレた?」


 俺のジョークはライギュウにウケなかったようだ。にしても、今のは危なかった。正しく全体攻撃だったから避ける隙間も無かった。ライギュウの瞬発力で退避できなかったら逃げ切れなかっただろう

 ショッピングストアの屋上から見下ろす。地上を埋め尽くすのは筋肉の海だ。ショッピングストアが立ち並ぶ通りいっぱいに広がっている。しかし、それで終わるはずがない。


「──逃ガサナイ」


 くぐもったような叫びが聞こえてきた。その言葉と同時に視界一杯に広がる筋肉が躍動し始め、腕のようなものを形成する。それも一つや二つじゃない。十、二十という大量の腕が筋肉の海の中から飛び出したのだ。


「マ〇ハンドは仲間を呼んだ、って感じだな」


「マド、ハ〇ドだぁ? あいつの術を知ってるのか」


「あぁ、いや違う。知ってる光景に似てただけだ。……っと攻撃が来るぞ!」


 軽口を言い合う暇もない。大量の腕がリーチを無視して伸び上がってくる。そして、十分な高度まで伸び切ると俺たちの居た屋上へ向かって流星のように降り注いだ。コンクリートでできたストアの屋上が豆腐みたいに破壊されていく。一発一発にさっきのマキシが振り抜いた拳くらいの威力が秘められていそうだ。

 絶対に当たりたくないな、と思いながら冷静に周囲を観察する。攻撃自体は広範囲だけどさっきの肉壁が爆発的に広がる攻撃と比べれば隙間がたくさんある。その隙間を縫って避けていこう。


 今、俺の目には光の道標が見えていた。いや、視覚的に見えているというよりは感覚的に感じられると言った方が正しいかもしれない。いずれにせよ、これは俺が生き残るための道筋を指し示している。これこそが俺の持つVR適応『第六感シックスセンス』をさらに発展させ、身に着けた能力ちから、『第六感的死線突破シックスセンス・ブレイクスルー』だ。


「ライギュウ、俺に続け」


 天から降り注ぐ拳の雨を掻い潜るようにして進む。一発でも食らえば、そのまま数十発を連続して食らい死へまっしぐらだろう。一瞬たりとも気が抜けない。

 俺は生き残るために光が差し示す通りに突き進む。進むべき道が塞がれていれば棒で掻き分け開拓する。棒で駄目ならライギュウの拳を借りて破壊する。そんな生き残るための最短距離での方法が、俺には道標みちしるべのように感じ取れるのだ。






 ***



「フム……、つまりなんだネ、君は自分へ向けられた死の危険を察知する能力、『第六感シックスセンス』を持っているワケだネ?」


 フェイ先生との特訓の中、俺が殺気に対してだけやたら勘が良いのを指摘されて『第六感シックスセンス』の説明をした時のことが思い起こされる。


「はい。……まあ、正しくは『物事の本質を掴む力』らしいですけど」


 電脳ゲーム研究会でVR適応を調べた際、元会長の浜宮に言われた言葉だ。危険を予知するのは副次的な効果であって『第六感シックスセンス』の本質ではない、らしい。


「なるほど、素晴らしい能力ちからだネ。だけど、今のままじゃ宝の持ち腐れダヨ」


「そうですよね。もっとステータスを上げないと危険が迫っても避けられなかったりしますし」


「何言ってるカ、違うヨ」


「へ、違うんすか?」


 俺がボケっとした顔をしていたのか、フェイ先生は呆れたようにため息を一つ吐くと教えてくれた。


「死の危険が分かるってコトは、自分が生き残るための道筋も見えるってコトなんダヨ!」


 そう言われても俺は全然ピンと来ない。そんな俺を見かねてか、再び稽古が再開された。そして、稽古という名の地獄は俺がフェイ先生の言った言葉の意味を理解するまで続いたのだった。


「死を恐れるイメージが強いからこそ、見えるものがネガティブに寄る分かるカ?!」


「分かりません!」


「生き残るための道筋を渇望するんダヨ!」


「わ、分かりません!」


 あぁ、今思い返しても恐怖する。五体の格上変異種モンスターに囲まれて、絶えず死を報せる警鐘が鳴り響く中、その上でフェイ先生と組手をし続けるという地獄すら生温い稽古。『第六感シックスセンス』が酷使され、脳が焼き切れてしまうんじゃないかと何度思ったことか。

 しかし、その先にはちゃんと成果が待っていた。つまり、死の危険を個別に判別して警鐘を鳴らすよりも、身に迫る危険に対して生き残るための道標みちしるべだけを掴み取った方が俺の脳も混乱しないし、焼き切れない。ローコストで済むのだ。

 考えてみれば簡単な話なんだけど、とはいえ、その能力は自分で設定したわけじゃなくて自然と身についていたものだ。そんなわけだから、矯正するのにも非常に骨が折れた。それこそ、地獄を体験しなければいけないほどに……。






 ***



「ナ、何故攻撃ガ当タラナイ?!」


 マキシが驚く声が地上から聞こえる。無限と見まがうほどに増殖した大量の腕が筋肉の海から次々と飛び出し、流星群のように降り注ぐ。しかし、その拳は一つたりとも俺の身体に触れることはなかった。コンマ数秒でもズレれば無くなってしまうような隙間に身体を滑り込ませ、棒で薙ぎ払い、ライギュウの拳を借りて吹き飛ばし、そうして道を開拓する。


 道標みちしるべはすでに灯った。

 そして、灯った光が差し示す最終地点はマキシの身体が眠る肉の海の底だ。


「『雷神術・壊雷拳』」


 ライギュウの拳が筋肉の海に突き刺さる。同時に周囲を白く染め上げる稲妻が迸る。引き千切れる筋繊維は宙を舞う間に雷撃によって焼け焦がされていた。それは拳の着弾地点一帯も同じだ。猛烈な勢いで煙が昇り、肉の焼ける臭いが立ち込める。


「グゥゥ……、オノレェ、ヨクモォ!」


「マキシ、肉の壁に隠れてないで出て来いよ。決着を付けようぜ」


 俺の『第六感的死線突破シックスセンス・ブレイクスルー』が正しく機能しているならば、ライギュウの『壊雷拳』の着弾地点は正しくマキシの本体が眠る場所のはずだ。そして、壊雷拳の影響範囲を考えれば肉の壁を挟んだとてマキシに少なくないダメージが入ったことだろう。

 俺の挑発を受けてか、焼け焦げた筋肉の海が隆起する。ちょうど人ひとりが入りそうなくらいの大きさに盛り上がると、その中から肉を掻き分けて全身を焼け爛れさせたマキシが現れたのだった。






********************


新年あけましておめでとうございます。

去年の今頃を思い返すと、「小説家になろう」の方で第二章「逆嶋防衛戦」を書いていたようです。時間経過の速さに驚きを隠せません。

なにはともあれ、今年も「不殺忍者の征服譚」をよろしくお願いします。

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