第187話 筋肉VS不殺

▼セオリー


 全身を焼けただれさせたマキシが肉塊の中から這い出てくる。見るからにズタボロな状態は思わず瀕死なのではないかと錯覚させられるけれど、『第六感的死線突破シックスセンス・ブレイクスルー』はいまだに道標の灯を揺らめかせていた。その光は俺に訴えかけてくる。敵にいますぐトドメを刺せ、と。

 俺は自分自身の感覚に身を委ねた。すなわち、クナイを取り出して固有忍術を唱えたのだ。


「『不殺術・仮死縫い』」


 黒いオーラが俺の右手から先、クナイ全体を包み込む。ここのところ活躍の場が無かった『不殺術』だけれど、フェイ先生に師事して改めて自分の目指すべき強さを認識させられた。人は誰しも平等ではない。与えられたカードで戦うしかないのだと。つまり、初心に帰ってきたわけだ。

 ボーっとした表情で地面を見つめるマキシの瞳には、俺の持つクナイも、それを覆う『不殺術』の黒いオーラも見えていないようだった。ともすれば、このまま何もしなくたって全身の火傷でスリップダメージを喰らい続け、脱落するのではないかとも思える重傷だ。

 しかし、自分の感覚を信じ、油断せずに距離を詰めていった。マキシが不審な動きをしないか細心の注意を払い、観察することも忘れない。


「どうしたぁ、さっさとケリつけねぇのかぁ?」


 ライギュウが痺れを切らしたように文句を付けてくる。そりゃあ、傍目はためにはサンドバック同然の状態と化したマキシを相手にここまで警戒する必要があるのか、と思うのだろう。それより少しでも回復されたりしないように素早く仕留める方が重要な場合もある。もしくはライギュウの視点からすれば反撃も抵抗もしない肉人形となった敵には興味が湧かず、さっさと倒して次に行こう、という気持ちもあるのかもしれない。

 ……肉人形のサンドバックか。まるで稽古用のカカシみたいだな。そんな風に目の前のマキシを見て思った。それと同時に言いようの知れない違和感を覚えた。


 いや、おかしいだろう。マキシは上忍頭相当の実力者のはずだ。こんな簡単にやられるはずない。目の前で立ち尽くしているマキシ。コイツは本物か?

 今までの会話を思い返してみろ。マキシは全身に火傷を負ったくらいでこんな大人しくなるようなタマか。いや、そんなはずない。自分のダメージも顧みず、狂犬のように喰らいついてきたはずだ。


 そう考え直し、より目を凝らして見ると光の道筋は眼前のマキシを通り越して、その先へと続いているのに気付いた。目の前の木偶デクはマキシじゃないぞ、と裏付けるように。

 俺は無言のまま眼前のマキシに向けてクナイを突き出した。目標は左胸、心臓部。ずぷりと肉を掻き分ける感覚とともに、クナイが胸に沈み込む。そして、突き刺された途端に目を剝き、痙攣しながらマキシは倒れた。さも急所を刺され、絶命したかのような素振りでだ。


「ライギュウ、次は八重組の刺客だ。ダイコクも心配だし、急ぐぞ」


 口頭で説明しつつ、それと並行して別の内容をライギュウに『念話術』で伝える。それは本物のマキシの居場所を伝えるものだ。


「……あぁ、そうかぁ。分かった」


 俺とライギュウは揃ってその場を離れるような素振りを見せる。まず、マキシの忍術によって倒壊したショッピングストアの屋上へ飛び乗った。それから遠くを観察して、どの辺で八重組の忍者とダイコクがやり合ってるのか確認する。


「ほうほう、あっちの方みたいだな」


 時折、爆発音や銃声が北の方角から聞こえてくる。おそらく誰かしらはそちらの方角に居るだろう。


「よし、行くぞ」


「おうよぉ!」


 そして、まさに出発しようとするタイミングで二人して見ていた方角とはまるで違う方へ向けて距離を詰める。それはマキシの忍術で異常増殖した筋肉の海の片隅だ。上手いこと殺気を抑えているんだろうけど、一度灯った光は俺を本物のマキシの居場所へといざなってくれている。


「はっはぁー、喰らいな、『雷神術・壊雷拳』!」


 ライギュウの拳が肉の海に沈み込む、と同時に雷が周囲一帯を焼け焦がした。


「馬ぁ鹿な! 肉分身が見破られただと?!」


 たまらずといった様子で肉の中からマキシが飛び出してくる。今度こそ、コイツが本物だ。ライギュウは飛び出してきたマキシへ向けて拳を振るう。しかし、さすがに本物は簡単に追撃を喰らってはくれない。即座に片腕を肥大化させ、ライギュウの拳とぶつける。そこからは拳と拳のぶつけ合いだ。衝突するたびに軽く衝撃波が周囲に撒き散らされる。

 だが若干、ライギュウに分が悪いようだ。攻防を続けていくと、じりじりと押され始めた。『壊雷拳』や『男の迅雷突き』といった術の補正が掛かればライギュウの拳の威力が上回るようだけど、素のパワーではマキシに分がある。とはいえ、それはライギュウとマキシが一対一で戦えばの話だ。


「俺を忘れないでくれよな」


 棒を素早く突き出してマキシの目を狙う。目は鍛えようのない場所、あらゆる生物の弱点だ。当然、マキシは俺の突きを嫌って、首を捻ることで攻撃を躱した。結局、こめかみを掠めた程度に終わった。だが、俺の役割はこれで十分。すぐさまライギュウが雷を宿した渾身の拳を叩きつけた。

 マキシの胴体にライギュウの拳が突き刺さる。途端にマキシは身体をくの字にして崩れ落ちた。どぼんと内臓をかき回すような重い一撃がクリーンヒットした。


「クソッ、これで終わると思うな!」


「いいや、これで終わらせる。……『不殺術・仮死縫い』!」


 雄叫びを上げるマキシを前に、俺は『仮死縫い』の黒いオーラを纏わせたクナイを抜き放ち、マキシの心臓部へ突き出した。

 キンっという甲高い音とともにクナイがマキシの肉体に弾かれる。俺が狙った心臓部の肉体は金色の輝きを放っていた。


「終わらせるだと?! 俺の『肥大なる黄金美グレイトフルゴールド』を破れるものなら破って見せろ!」


「あぁ、そんなに言うなら破ってやらぁ」


 おそらくはマキシの奥の手であろう黄金に輝く肉体は俺の突きだしたクナイを容易に弾いた。しかし、俺ははなっから自分の筋力で傷を負わせようだなんて考えちゃいない。ただ目標地点にクナイを添えただけだ。


「そ、その構えは?!」


「同じ相手に二発も放つなんて大盤振る舞いだぁ、『男の迅雷突き』ぃ!」


 正拳突きの構えから射出されたライギュウの拳は、その技の名の通り雷のごとく煌めき、俺が添えるクナイの底面を叩いた。その瞬間火力はマキシが誇る黄金の筋肉の防御力をわずかに超え、クナイの先端が胸の肉を掻き分け突き刺さる。直後、クナイの刃先より『仮死縫い』が毒のように肉体を侵した。



 ───そして、マキシの心臓は鼓動を打つのを止めた。



 男はギラギラとした目を俺たちに向けながら、立ったまま仮死状態となっていた。恐ろしい執念だ。仮死状態になっているはずなのに、まだ襲い掛かってくるんじゃないかという凄味がある。


「だけど、……俺たちの勝ちだ」


「はっ、なぁにが勝ちだよ。その片手、使えんのかぁ?」


 ライギュウは鼻で笑いながら俺の片手を指差した。最後の一撃でクナイを添えていた方の手だ。つまり、ライギュウの渾身の一撃をクナイ越しに喰らったようなもの。当然すごいことになっている。まず、五指がはちゃめちゃにひしゃげている。多分、全部折れてんじゃないか。現実世界だったら確実に悶絶して転げ回っていたことだろう。過剰な痛覚の伝達を制限するゲーム様様だ。


「まあ、俺の片手は使えなくなったけど、代わりに手駒は増えたからな。問題ないさ」


 そう言い返して、『支配術・空虚人形エンプティマリオネット』を唱える。すると、仮死状態となったマキシがゆっくりと動き出し、俺の側にはべった。片手と引き換えにマキシの身体を支配できるのだ。余裕でお釣りがくるだろう。


「あぁ……、そういやぁ、そんな術も使えたんだったなぁ」


 ライギュウは頭を掻きつつ、操られているマキシをマジマジと眺めた。それからハァと一つため息を吐いた。


「もしかして、お前の覚えてる忍術って根暗なモンばかりじゃねぇかぁ?」


「なっ?! そ、そそそ、そんな事ないだろ!」


「おいおい、動揺し過ぎだろうがぁ……」


「そんなことより、早くダイコクの方へ向かおう。由崎組のマキシも厄介だったけど、八重組の忍者はもっと強いかもしれないからな」


「話の逸らし方下手だなぁ」


「う、うるさいわい!」


 ひとまず一人目は無事に撃破できた。残るは八重組の忍者だけだ。俺とライギュウはがやがやと言い合いながら、戦闘音が聞こえた方へ急ぐのだった。

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