第211話 白蛇と針とすれ違い

▼セオリー


 エニシに手渡された爆弾は驚くべき爆風と熱波をもたらした。

 舞い上がる砂煙の量も尋常ではなく、視界は全くきかない。それがまた爆発の威力を物語っていた。


「しのげた、ってのか?」


 エニシの不思議がる声が聞こえた。とんでもない威力だ、だからこそ無傷であることに疑問が湧いたのだろう。エニシが無事であると同時に、俺とエイプリルも無事だ。


「おい、人を何だと思ってやがる」


 そんな全員生還の立役者が俺へと悪態を吐く。

 砂煙が潮風に押し流され、四人目のシルエットが浮かび上がった。小柄な体躯ながら全身に纏う稲妻が強者の風格を漂わせる。


「思った以上の威力だったから咄嗟に呼び出しちまった。悪いな、ライギュウ」


 爆発が起きる直前、俺は『黄泉戻し任侠ハーデスドール』でライギュウを召喚していた。そして拳圧をもってして爆風と相殺させたのだ。

 エイプリルの作成した爆弾と見た目も寸分変わらなかったため、いくら高性能にしたからってそれほど威力が桁違いに変わることはないと思っていた。しかし、投げた瞬間から『第六感シックスセンス』が死の警鐘をガンガンに鳴らしてくれたおかげで危険を察知することができた。


「にしても、すごい威力だな」


 砂煙が完全に流されて砂浜が露わになる。そこには直径三十メートルはありそうな巨大な陥没が生まれていた。瞬く間に海の水が流れ込み、ちょっとした入り江が形成される。こんな高威力の爆弾が大量生産されたあかつきには地上を簡単にボコボコにしてしまえるだろう。

 俺たちが立っていた場所はライギュウの拳圧によって守られたが、しだいに足場が崩れ、入り江に浸食され始めていた。威力に驚き、続いて足場が崩れ始めていることに気付き慌てて爆心地から離れる。




「どうして同じ見た目なのに威力がこんなに違うの?」


 十分に距離を取ったところでエイプリルはエニシに尋ねた。それは俺も気になる。爆弾の大きさそのままに威力を高めることができる技術は、エイプリルと俺が欲している爆弾小型化への助けとなるかもしれない。


「そりゃあれだ、忍具作成のレベルが高いからよ」


「……それだけ?」


 疑問に対するエニシの答えは身も蓋もないものだった。エイプリルも期待した答えと違ったようで落胆気味に聞き返す。


「それだけって言うがな、忍具作成を甘く見ちゃいけねぇ。レベルが上がるにつれてより高度なことができるようになっていくんだ」


 そう言うと両方の手にそれぞれクナイを一つずつ、計二本作製してみせる。そしてまず一本を投擲した。一本目が砂浜にあった流木へ突き刺さる。一目見てすぐ分かる鋭い切れ味だ。


「今のが普通のクナイだ。そんで……」


 そう言ってエニシがもう一本のクナイを投擲した。それは黒い尾を引きながら飛んでいく。そして、流木に刺さるとそのままするりと抵抗なく貫通して砂の中へ消えてしまった。


「……流木を貫いた?!」


 ナイフの刃をバターへ突き立てた時のように音すら立てず、易々と流木を貫通した。俺とエイプリルは信じられない切れ味に思わず顔を見合わせる。


「こっちが切れ味に特化したクナイってわけだ」


「こんなこともできるんだ!」


 エイプリルは驚きとともにワクワクとした表情を浮かべ、目を輝かせる。忍具作成に関する新たな発見、それを目の当たりにして創作意欲が刺激されているに違いない。


「二投目のクナイは黒い尾を引いてたけど、それに秘密があるのか?」


 俺は一投目と二投目の違いを思い浮かべて質問する。すると、エニシは鼻で笑って答えた。


「そりゃ誰が見たって分かるだろう。そっから一歩踏み込んで考えてみろ。どうしてそうなったと思う?」


 俺は黙り込むしかなかった。どうして黒い尾を引いていたのか、エニシが考えろと言ってきたのならば全く見当違いではないのだろう。何かしら切れ味アップの秘密が隠されているのだ。少しばかり考えてから思い浮かんだものを挙げる。


「うーん、例えばクナイの持ち手部分からジェットを噴射して威力を上げてた、とか……」


「ぶぁっはっは、そりゃ面白いな。だが、ハズレだ。もしその機構をクナイに付与した場合、逆に切れ味は悪くなるだろうよ」


「推進力を付けたのにどうして切れ味が悪くなるんだ?」


「そりゃ、威力は上がるかもしれん。だが、クナイという忍具の持つ容量じゃあ、その機構だけで満杯になっちまう」


「忍具の持つ容量?」


 新たな概念が出てきた。容量って何だ。そして、ジェット噴射の機構を搭載すると容量がいっぱいになってしまうらしい。

 俺が首を捻っていると代わりにエイプリルが「分かった」とばかりに手を上げた。


「もしかして別の部分を犠牲にして切れ味を上げたんじゃない?!」


「よしよし、正解に近付いたぞ。良い頭の柔らかさだ。じゃあ、黒い尾の理由を推測できるか?」


「えっと、……クナイの持つ耐久値を削って切れ味を上げたとか? 黒い尾は空中で崩壊し始めてるクナイ自身なんじゃないかな」


 エイプリルがそこまで答えたのを聞き、エニシはにやっと笑った。


「そう、正解だ。二本目のクナイは切れ味を上げるために耐久値を極限まで削って生み出した。だから投げ始めた瞬間からクナイが自壊し始めて黒い尾を引いてるように見えたってことだな。……忍具作成のレベルが上がるとこういう弄れる部分の幅が広がるわけだ。どうだ、ワクワクすんだろ?」


 腕を組んでどこか遠くを眺めるようにして語るエニシの横顔は、さながらロマンに生きる少年の横顔のように映った。そして、その横で一緒になり首をコクコクと縦に振るエイプリルの姿も印象的だ。俺はそんな二人を一歩引いた視点から眺める。


 まあ、要は忍具のカスタマイズ機能が解放されていくってことだよな。もちろん、カスタマイズの自由度が上がるのは楽しいだろう。そこは分からんこともない。ただ、いかんせん俺自身に忍具作成の才能が無かったものだから、この二人の熱には付いていけなかった。


「おっといけねぇ、話が脱線しちまったな」


 はっと正気に戻ったようにエニシが呟く。たしか元を辿ると最初は爆弾を作って見せろとエイプリルに要求したんだったか。


「最初の爆弾で忍具作成の腕前は大体分かった。『神託の名匠オラクル・スミス』に登り詰める器かは知らんが、熱いモンを持ってるっちゅうことは伝わった」


 エニシはエイプリルを見ながら自分の胸の辺りを拳で叩いて見せる。どうやらエイプリルは彼に気に入られたようだ。カザキもそうだけど、忍具作成に対する情熱みたいなものは忍具職人同士で言わずとも通じ合うものがあるのだろう。


 というか、今エイプリルを見て『神託の名匠オラクル・スミス』がどうこうと言ったか。こちらはエニシを『神託の名匠オラクル・スミス』であると分かった上で接触を試みたわけだけど、エイプリルが『神託の名匠オラクル・スミス』の卵かもしれないというのは全く話していない。


「エイプリルが『神託の名匠オラクル・スミス』かもしれないって分かってたのか?」


「まあなぁ、気付いたからこそ話を聞いてやろうと思ったんだ。そもそも、そっちこそそれが目当てで俺を探し出したんだろう」


「それなら話が早いな。アンタの言う通り、神託の名匠であるエニシに頼みがある」


「へっへ、当ててやろうか。白蛇のユニーク忍具を直すための手ほどきをしてくれってとこだろう?」


 俺が頼み事を言う前にエニシはニヤリと笑ってエイプリルの肩辺りを指差した。


「はく、じゃ……?」


 しかし、俺もエイプリルもぽかんと口を開けてしまう。どや顔で決めてきたところ悪いけど、そんな用事ではない。というか、見せた方が早いだろう。俺は不死夜叉丸から託された黄金の針『神縫い』をポーチの中から取り出して見せた。


「そうじゃなくて、この『神縫い』って忍具を蘇らせたいんだ」


「……ハァ?!」


「これ、アンタが作った物なんだろう」


「ちょっと待て、本物か? ……いや、見間違えるわけねぇ。俺の作品だ。なんでこんな小童が持ってやがる」


「不死夜叉丸がアンタなら直せるだろうって」


「お前が不死夜叉丸からこれを預かったってのか? 信じられん」


 何やら『神縫い』を目にしてから様子がおかしい。慌てた様子で何度も観察しては自分の作った物だ、と再確認している。それくらい今この場にあるのが信じられないようだ。その後もエニシによる確認作業はしばらく続いた。




「……いまだに信じきれないが、それは本物の『神縫い』だ。俺の人生における最高傑作の一つと言って良い」


「でも、これは力を使い切って死んだ状態だって不死夜叉丸は言ってたんだ。だから、この針を蘇らせる手助けをして欲しい」


「なるほどねぇ、とうとう決戦の時が来たわけか」


 エニシは訳知り顔の様子で呟いた。おそらくエニシは重要NPCである。物語の背景に深くかかわる人物だ。だから不死夜叉丸や世界のくびきまわりの事情にも詳しいのだろう。


「ねぇ、ところでさっき話してた白蛇ってのは何なの?」


 感慨深そうな表情を浮かべているところ、エイプリルが我慢できず横槍で質問を投げ掛けた。そういえば『神縫い』を見せる前に何か別のことと勘違いしている様子だった。すると、エニシは先ほどと同じようにエイプリルの肩付近を指差して答えた。


「あん? あぁ、それな。お前は白蛇に憑かれてんだよ」


「つかれてる?」


「おぉ、よく言うだろ、怨霊に憑かれるとかって。それと同じだ、白蛇のユニークモンスターに憑りつかれてんだよ」


 エニシの答えを聞いた瞬間、エイプリルの身体が綺麗にぴしりと固まった。そして、恐る恐る背後を見る。目と目が合った。いや、俺の顔見たって仕方ないだろう。幽霊とか見えないし。

 そんなことを思っている間にもエイプリルの顔色が徐々に青くなり、身体をぷるぷると震わせ始める。しかし、そこへエニシはダメ押しとばかりに追加の情報をプレゼントしてくれた。


「ちなみに、ずっと耳元で恨み言を呟いてるぜ」


「うっ……、もう最近幽霊とか怨霊とかそんなんばっかりでヤダー!!」


 それからしばらく砂浜には海のさざ波の音を掻き消すほどの声量でエイプリルの声が響き渡るのだった。

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