第212話 神託の名匠直伝、忍具作成講座

▼セオリー


「なるほどねぇ、あの大怪蛇イクチの牙を使った忍具をエイプリルが作成したは良いが、お前さんが下手こいて壊されたって訳か」


「……まぁ、そういうことになる」


 しばらく経って蛇に憑かれてる騒動で泡を食っていたエイプリルも落ち着きを取り戻した。そして、ついでとばかりに思い当る節として浮かんだ曲刀・咬牙の生まれた経緯と壊れた経緯をエニシに説明したのだった。

 咬牙を壊されたことを肯定すると、エニシはジトっとした視線を俺へと向けた。


「あのイクチの素材ってぇと相当な代物だぜ? それを壊されちまったのかよ」


「申し開きのしようもない……」


「でも、セオリーだけのせいじゃないよ。私の忍具作成が未熟だったのもあるだろうし」


「当たり前ぇだ。結局のとこ作り手と使い手の両方が未熟なせいでイクチもカンカンに怒ってんのさ」


 エニシはユニークモンスターの名前「大怪蛇イクチ」を強調するように何度も繰り返す。それだけ強大なユニークモンスターだったのだ。強いモンスターからドロップする素材を使った忍具は比例するように強力なものとなる。

 しかし、それは作り手の腕次第では大きく力を落とすこともあるのだという。さらに使い手も未熟とくれば、なおさら素材となったユニークモンスターは屈辱に感じてしまうのだそうな。


「だがまあ、ちょうど良いとも言えるな」


「何がちょうど良いんだ?」


「お前さんが託された『神縫い』はどう渡されたよ。日本刀の中から出てきやしなかったか」


「あぁ、たしかに砕けた日本刀の中に『神縫い』が埋め込まれてた!」


「そうだろう。あれは大変だったぜ、薄緑ン中に『神縫い』を埋め込むんだからな」


「どうして針を中に?」


「そもそも『神縫い』ってのは他の忍具に刺して使うことを想定された忍具なんだぜ。そんで刺された忍具には莫大な力が与えられるってな寸法よ」


 エニシの説明を受けて、俺は不死夜叉丸から針を受け取った時のことを思い出していた。不死夜叉丸の刀は内側から爆発するように砕け散った。あの時は年季の入った刀だから砕け散ったのかと思ったけど、もしかしたら『神縫い』の力を抑えきれなくなって爆発したのではないだろうか。


「力を与えるって言うけど、不死夜叉丸の刀は最後に爆発してたぞ。大丈夫なのか?」


「そうさな、『神縫い』が与える力は莫大だ。それを抑え込むには生半可な忍具じゃあ無理だ。……しかし、そうか。薄緑でも最後は爆発したか。あれほどの名刀でもダメとはな」


「薄緑……、不死夜叉丸の刀か」


 世界のくびきダンジョンのボスとして戦った不死夜叉丸が振るう刀は薄緑と呼ばれていた。刀身が淡く薄緑色に発光するのは一目見たら忘れられない。ひとたび刀がきらめけば薄緑の残光とともに切り裂かれてしまう。不死夜叉丸の技量も素晴らしかったのだろうけど、それを置いても切れ味の鋭い刀だった。


「その薄緑って刀はユニーク忍具ではなかったのか?」


「いいや、違う。たしかに素晴らしい名刀だったがユニーク忍具ではない。それは確かだ。そして、だからこそ今回はユニーク忍具を使って『神縫い』に命を吹き込む必要がある」


「ユニーク忍具なら『神縫い』の力を制御し切れるかもしれないってことか」


 エニシはコクリと頷いて見せた。それからエイプリルを呼び、簡易工房を広げさせ、砕けた咬牙の部品を並べさせる。


「ほれ、さっさと座れ。咬牙を直すぞ」


 エニシはエイプリルを簡易工房の前に座るよう促す。しかし、エイプリルはなかなか座ろうとしなかった。


「……これまで咬牙を直そうと何度も試したの。だけど全然上手くいかなかった。今の私にはまだ直せないよ」


「んなこたぁ、分かってる。そのために俺がいるんだ」


 エニシはエイプリルが座る場所の向かい側に座り込んだ。そして、簡易工房へ手をかざす。


「さあ、何度も言わせるなよ。さっさと座れ。俺が手ほどきしてやることなんて滅多にないぞ!」


「……は、はい!」


 叱咤を受けて慌てて簡易工房の前へ向かう。そして、考える間もないまま手をかざした。すると簡易工房を中心にしてエイプリルとエニシを半球状のオーラが包み込んだ。いつもエイプリルが行っている忍具作成とは明らかに違う。

 俺はドームのように閉じてしまったオーラの壁に手を付いた。バチンと弾かれる。完全に外からの干渉を拒絶しているようだ。忍具作成において俺は足手まといでしかない。こうなったら、後はもうエニシとエイプリルを信じて待つ他ないだろう。






 ▼エイプリル


 簡易工房へ手を伸ばし、忍具作成が始まった。

 普段の忍具作成とは違う。心が溶け出すみたいにドロドロと流れていって、簡易工房の素材を入れる底なし穴の中へと滑り落ちていく。


「心をしっかりと持て。流されるなよ」


 ハッとして目を開けた。周囲には色とりどりの物体が高速で渦巻くように回転している。気をしっかり持たないと酔ってしまいそうだ。様々な色の絵の具をバケツにぶちまけてミキサーにかけたような混沌、そんな光景に包まれていた。

 そんな中、エニシだけがハッキリと実体を持って浮かんでいた。私はエニシを見つけるとそばまで近寄る。何故だか歩くことができないので泳ぐようなイメージで近付いた。


「まあ、初めてにしちゃ上等か。及第点はくれてやろう」


 エニシは私の身体を眺めつつ腕を組んでぶっきらぼうに言った。視線を感じて自分の身体へと視線を落とす。


(えっ、なにこれ?!)


 視線を降ろした先に私の身体は無かった。あるのは混沌の奔流に流されそうになっているのを辛うじて踏みとどまっている黒い影だけがあった。


「エイプリル、お前さんの本質は『影』らしいな」


(どういうこと?)


 私は今、影しかない。だから声を発することもできなかった。しかし、エニシは私の声が聞こえているかのように説明を続ける。


「今居るココは忍具作成におけるワンランク上のステージだ。素材の声をよりよく聞くため、自身の魂を素材とともに混ぜ合わせる。この空間は工房の中とでも思えばいい」


 忍具作成は初めてではない。これまでに何度もしてきた。けれど、今のように混沌とした渦の中へ入ったのは初めてだった。


(どうしてエニシは身体がそのままなの?)


「俺か? そりゃ、俺は俺自身が工房でもあるからな。簡易工房なんぞでどうこうできるわけねぇだろう」


 エニシの説明はよく分からなかった。自分自身が工房? 一体、どういうことだろう。でも、たしかにエニシは忍具作成をする時にわざわざ簡易工房を広げたりなんてしてなかった。


「忍具作成の鍛錬を怠らなければ、いずれできるようになる。今はそれよりも大事なことがあんだろ」


 エニシに言われて、私は改めて目的を思い出した。そうだ、私は咬牙を直さなきゃいけない。砕けた咬牙の破片は全て工房に入れてある。まずはそれらを手繰り寄せる。

 いつもしているのと同じように咬牙の完成形を思い描き、想像し創造する。すると咬牙の破片が周囲を渦巻く混沌の中から飛び出してきた。私の下まで飛んでくるとそのまま周囲にふよふよと漂う。


(よし、感覚はいつもと同じだ。これならできる!)


「……あー、ちょっと待て。盛り上がってるところ悪いが、その前にすることがある」


 エニシは「今なら見えるだろう」と言って私の肩辺りに指を向けた。私は言われるがままに指の向けられた先へ視線を移す。そこには全長30センチメートルくらいの小さな白蛇が浮かんでいた。


(ひっ!)


 驚いて身体が強張る。その姿は大怪蛇イクチだった。正確にはそのミニチュア版といったところだろうか。


「我を、直せ」


 シューシューと威嚇するような音を出しながらイクチは言った。エニシが話していた蛇に憑かれて恨み言を言われているというのがようやく理解できた。咬牙が壊されてからずっとこうやって語り掛けていたのだろうか。


「見えたな」


(うん、見えたよ)


「まずはそいつを納得させにゃならん。だが、今のお前さんでは力不足だ。今回はほとんど俺に任せてもらう」


(……うん、分かった)


「そう意気消沈するな。次からメンテナンスはお前がするんだからな。今日見たことを何度も反芻して覚えろ。俺は懇切丁寧に教えてやることはできん。だから勝手に技を盗め」


(は、はいっ!)


 エニシは言うことは言ったとばかりに、忍具作成の方へ意識を集中させ始めた。私が呼び出した咬牙の破片を手元に引き寄せると、イクチの身体が引っ張られるようにしてエニシの方へ動いた。


「おい、イクチよ。お前の身体は俺が直してやる」


「貴様は、誰だ。我の身体を最初に弄り回したのは、あの女だ。ヤツが直さなくてはならない。貴様ではない」


「なんだぁ、ずいぶんと執念深い性格してんな。別に誰が直したって良いだろう。俺ならお前の望む姿にしてやれるぜ」


「……我の、望む姿に?」


「おうとも、それに今ならコイツをプレゼントしてやる」


 エニシはイクチが聞く耳を持ったと見るや『神縫い』を取り出して見せた。小さな光は黄金色に光り輝いていた。セオリーが持っていた時には光は失われ、何の変哲もない針になっていたはずだ。

 しかし、そこで気付いた。簡易工房の中では、すべての素材は構造を解析され、本質を表すようになるという。あの光り輝く姿こそが『神縫い』の本質なのだろう。

 この混沌の坩堝るつぼの中でさえ、あの小さな針は全く揺るがずに光を発し続けている。つまり、混沌の奔流に押し流されないだけの強大な力を保有しているのだ。おそらくはイクチも同じことを思ったのだろう。


「その力を、我に与えると?」


「あぁ、そうだ。逆に言うと力が大きすぎて並の忍具じゃ受け止め切れない。だが、どうだ、イクチよ。お前さんなら制御し切れるんじゃないか」


「……」


 しばらく沈黙が続いた。シューシューというイクチの発する音だけがしばらく周囲に響き渡る。

 数分経ち、それでもエニシは変わらず針を見せたまま動かない。それに対してイクチの方がアクションを取った。ゆっくりと身体を伸ばしていくと、エニシの手の中にあった針を大きく開けた口でパクリと一飲みにしたのだ。


「良いだろう、貴様の提案に乗ってやる。我を、直してみせよ」


「へっへ、よしきた」


 そこから先、私には目まぐるしくて何が行われているのか半分も理解できなかった。それでも、しっかりと目に焼き付けた。これから毎日、毎晩この光景を思い返し反芻するのだ。エニシの一挙手一投足も見逃せない。


 すごい、素材たちと会話をしてる……。

 イクチだけではない。咬牙を構成するすべての素材たちに耳を傾けていた。素材の声を聞き形を想像し、最適な場所に最適な形で創造する。

 これが忍具作成。『神託の名匠オラクル・スミス』の忍具作成だった。






 ▼セオリー


 時間にして一時間弱くらいだろうか。長いように思えて、忍具を作成していると考えれば短いともとれる時間。そのくらいの時が経ち、ようやくエイプリルたちを包んでいた半球状のオーラが解除された。


「フゥー、なかなかどうして難産だったぜ」


 エニシが息を吐きながら立ち上がる。それに対してエイプリルは声も出さずに座り込んだままだった。まるで腰が抜けたように全然立ち上がらない。大丈夫か、と近寄ろうとするけれど、それをエニシに制止された。


「おう、ちょっと待ちな。エイプリルは今、記憶を忘れないように定着させてる最中だ。邪魔しないでやれ」


「……そうなのか、分かった」


「へっへ、忍具のことより先に女の心配かぁ?」


「う、うるさいな」


 エニシはにやにやと笑いながらおちょくってくる。こんの冷やかしジイさんめ。


「そうカッカしなさんな、俺も久々に骨のある仕事を終えて興奮冷めやらぬ、ってな状態だからよ。勘弁してくれや」


 額の汗を拭う仕草をしながら溌溂はつらつとした顔を向けてきた。たしかに最初に会った時と比べて頬が上気し、テンションが高い様子が見受けられる。


「そんなに興奮してるんだ、咬牙を直すのは上手くいったのか?」


「誰にもの言ってやがる、そりゃもう完璧よ」


 そう言って一振りの曲刀を俺の前へ突き出した。受け取れということだろう。柄を握って確認する。



雷霆咬牙らいていこうが



 それが咬牙の新たな名前だった。

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