第213話 とんだじゃじゃ馬、雷霆咬牙

▼セオリー


「これが生まれ変わった咬牙か」


 ステータス画面を開き、タブを操作して忍具の詳細画面を開く。そこには『雷霆咬牙らいていこうが』の名とさらにユニーク忍具の文字が並んでいた。


「ユニーク忍具になってる?」


「元々、大怪蛇イクチの魂が宿った素材を使われていたんだ。ユニーク忍具になる要素は十分にあった。ま、要するに俺にかかればざっとこんなもんってことよ」


 改めてエニシの忍具作成レベルの高さを認識する。これが一つの地方を崩壊に導く争いの引き金となった技能『神託の名匠オラクル・スミス』の力ということか。


「さて、作り手としてエイプリルには精進してもらうとして、だ。セオリー、使い手であるお前さんにも頑張ってもらう必要がある」


「俺は何をすればいい」


「簡単に言えば、イクチを納得させにゃならん。気を咬牙に込めてみろ」


 俺はエニシに言われるがまま気を咬牙へと込めていく。黒いオーラが右手から曲刀へと移っていき、刀身全体を覆っていく。

 直後、チクッとした感覚が掌に広がった。そのまま掌全体に熱さが満ちていく。たまらず俺は咬牙を手放した。砂浜に刃先が刺さり、持ち手部分が露わになる。


つかから牙が生えてる……?」


「へっへ、ずいぶんと嫌われたな」


 疑問と驚きがない交ぜになった声を上げると、それを横で見ていたエニシは笑った。


「イクチに嫌われたってことかよ」


「魂の宿ったユニーク忍具は扱いが難しい。その一つがコレだ、忍具が持ち手を選ぶ」


「……なるほどな。それじゃあイクチを納得させるっていうのは、俺自身を使い手として認めさせることを言ってるのか」


「その認識も一つの正解だ。使い手が十分に強ければ屈服させることもできるが……。ま、今のお前さんには無理だな」


 ぐっと奥歯を噛み締める。エニシの指摘はその通りなのだろう。本来であれば『大怪蛇イクチの牙』なんて大層な素材は入手できていない。イリスからのおこぼれを授かったに過ぎないのだ。それこそ討伐を成し遂げたイリスであれば力技による屈服も選択肢に入るのだろうけれど、俺の場合は逆だ。イクチに認めてもらうしかない。


「柄に牙が生えたくらいで手放すんじゃとても認めてもらえやしないぜ?」


「分かってる。もう何が起きたって手放さない」


 深く息を吐い込む。そして、再び咬牙を握りしめた。気の供給が途絶えたからなのか、柄から生えていた牙は時間とともに消えていた。今なら問題なく持つことができる。

 しかし、いざ戦闘となれば『仮死縫い』を付与するなりで必ず気を咬牙へと送り込む必要が出てくる。その時、再び牙を剥かれれば致命的だ。


「なんとしてでも認めさせてやる」


 俺は気を送り込む前に咬牙を握る手を包帯でぐるぐる巻きにして縛り付けた。これでたとえ俺自身の握力が無くなったとしても手放すことは無い。さあ、もう一度だ。


 気を右手に纏わせ、それを咬牙へも伝える。黒いオーラが咬牙を包み込むにつれ、刀身が妖しく煌めき出した。

 再び掌を貫かれる感覚が熱をともなって押し寄せてくる。脳内では危険信号がけたたましく鳴り響き、出血ダメージにより体力がジリジリと削れていく。包帯に赤い血が滲み、刀身を伝って地面にぽたりと落ちた。


「そんなんじゃ手放してやらねぇよ」


 この声は果たしてイクチに届いているのだろうか。そんなことは知らない。ただ俺にできるのは耐えることだけだ。まさか柄に牙を生やしておしまいってことは無いだろう。


「俺が使い手として認められないだって? だからどうした、柄に牙が生えるくらいなら全然構わないで使ってやるよ。『不殺術・仮死縫い』ッ!」


 固有忍術『仮死縫い』を唱える。これまで『集中』によって咬牙に付与されていたオーラとは異なる、『仮死縫い』による黒いオーラを付与していく。

 それに反応したように咬牙がぶるりと震えた。認めていない相手の忍術が流し込まれることに対して反発しようとしているのか。突如、青白く発光する雷を生じさせた。


 激しい明滅とともに稲妻が柄を握る手を通して身体全体を流れていった。視界が真っ白に弾け、全身が痺れるような衝撃に貫かれる。

 足に力が入らない。そのまま倒れてしまいそうになる。咄嗟に刃先を砂浜に突き立て、杖のようにして立った状態を維持した。


「……ッ、まだ倒れちゃいないぞ」


 とは言ったものの咬牙をつっかえ棒にしてなんとか辛うじて立っているような状態だ。次、もう一度同じように稲妻が身体を駆け抜けたら、とても立っていられないだろう。

 にしても、このような放電する力は咬牙には無かったはずだ。考えられるのは『神縫い』を埋め込んだことによる変化か。たしかに忍具としての銘も『雷霆咬牙らいていこうが』となり、まるで雷を操るかのような二文字が追加で刻まれていた。


 雷か。それはまた運命的じゃないか。なにかと縁がある。

 それなら俺はその縁を使ってイクチの試練を乗り越えよう。ゆっくりと左手を持ち上げて忍術を唱える。『支配術・黄泉戻し任侠ハーデスドール』、対象は同じく雷の力を纏う鬼ライギュウだ。


「おうおう、ずいぶんとズタボロじゃねぇか。てめぇの得物に振り回されるたぁ『支配者フィクサー』の名が泣くなぁ」


「こっちが弱ってるからってずいぶんと言ってくれるな」


「てめぇはさっき俺を爆風の盾にしたろうがぁ。それに比べりゃ、このくらい可愛いもんだろう」


「うっ、たしかにアレはすまんかった」


 呼び出した途端、さっそく痛い腹を突かれる。いや、たしかに最近は危ない場面で咄嗟にライギュウを呼びだすことが多い。いくら俺の式神になったとはいえ手荒な扱いをし続けるのは良くないことだ。


「なんだぁ、しおらしい態度してんなぁ」


「うるせー、こちとら身体中痺れて舌も上手く回らないんだよ」


「ほう、そうかい。それで俺に手助けしてもらいたいってわけか?」


 ライギュウはスタスタと俺に近寄り、包帯でぐるぐる巻きにされた俺の拳の上から自身の手を重ねようとした。その瞬間、ビリっと電気が俺の腕を駆け巡ると同時に、俺の意志とは関係なく腕が振り上がり、咬牙がライギュウの腕を切り裂いた。


「おうおう、やってくれるなぁ」


 切り裂かれた腕を見てライギュウが舌なめずりをする。『仮死縫い』の効果も発揮されているため腕はダラリと垂らしたまま動かないようだ。


「ライギュウ、離れろ。お前を呼んだのは手伝ってもらうためじゃない」


「へぇ、そうかい。じゃあ、なんで呼び出したんだぁ?」


「ライギュウの耐性だけ借りさせてもらう」


 ライギュウが不思議そうな表情をしたままピクリと眉を動かした。

 これから使う忍術をライギュウは知らない。なんせ俺もまだ一度も使っていない忍術だ。最近になって覚えたばかりの忍術だから使う機会も無かった。


「さて、やってみるか。『共鳴術・魂の絆ソウルリンク』」


 俺が新たに忍術を使用したことを察知し、咬牙は再び稲妻を俺へと差し向けた。貫く稲妻、つんざく雷鳴。しかし、その中でも俺は立ち続けた。先ほどまでと打って変わって咬牙を杖代わりにすることなく、二本の脚で踏ん張ることに成功していた。


「どうした、雷霆咬牙。お前の力はそんなもんかよ」


 挑発するように声をかける。まだイクチの、……いいや、咬牙の声を聞けていない。もっとさらけ出してガチンコのぶつかり合いをして分かり合うしかない。

 俺の挑発に応えるように稲妻が轟き俺の身体を何度も貫いていく。しかし、ライギュウの持つ電気に対する耐性を得た俺はものともしない。


 俺が新たに得た忍術『共鳴術・魂の絆ソウルリンク』は、甲刃連合の序列決めでアーティを腹心として迎え入れた時に得た称号『特異の使役者ユニークテイマー』とともに覚えた忍術だ。

 忍術の効果は、自身の使役する対象が持っているステータスや耐性を一時的に俺へ付与するというシンプルなものだ。この忍術によりライギュウの電気に対する耐性を俺へ付与することで咬牙の操る稲妻を無効化したのである。


 それから数回の稲妻が身体を駆け巡り、掌に食い込む牙も激しさを増した。それでも倒れず、手放さずに咬牙を握り締め続けた。


「そろそろ俺のことを認めてくれても良いんじゃないか?」


 咬牙の方だってできることは大体やっただろう。そろそろ手詰まりなんじゃないか。そう思っての言葉だったけれど、俺の言葉に反応するように咬牙は刃先を俺の胸へ向けた。どうやらまだ抵抗してくるらしい。なら、とことん付き合ってやろう。



 不意に咬牙を握る手を通して、何かが俺の中へ干渉してきたような感覚が襲った。他人が自分の身体に入り込んできたようなおぞましさを感じて吐き気が込み上げてくる。でも、包帯でぐるぐる巻きに固定した咬牙はおいそれと手放せない。だから干渉を止められない。

 結果として、俺の忍術が強制発動させられた。


『不殺術・魂縫い』


 忍術が発動し、咬牙を『魂縫い』のオーラが包み込む。そして、そのまま意思を持っているかのようにうねる咬牙の切先が正確に俺の心臓を刺し貫いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る